7話 訪問者
クリスがこのネコ科の魔獣姉弟の屋敷に来て1か月程が過ぎた
その間2回、人間を襲うという魔獣を見に行った
1回目は蛇の魔獣だった
クリスは大パニックを起こしてしまい、なにも出来ずに終わってしまった
人間に執着のない魔獣だったので、蛇の魔獣は人間がいない場所へと移したそうだ
2回目はネズミの魔獣だった
これもクリスは大パニックだった
巨大な体に赤い目をして、鋭い前歯を武器として使っていた
そして集団で人間を襲うのだ
これは蛇のように捕まえて場所を移しても再び人間を襲う可能性があったので、エリザベスとヴァレンタインにより消し去られてしまった
結局2回ともクリスは何も出来なかったのだ
なので今は庭園でヴァレンタインの下僕を相手に魔法で模擬訓練をさせらていた
「おい、ちゃんと真面目にやれよ」
「やってるわよ!」
ヴァレンタインは訓練用の下僕にクリスの相手をさせている
エリザベスは優雅に椅子に座り、お茶を飲みながらその光景を眺めていた
「俺が創った下僕だ
遠慮せず消していいんだぞ」
「別に遠慮してないわよ!
ヴァレンタインの魔力で創った下僕よ!?私には強すぎるのよ!」
「そんなに強くないぞ?」
「もう!自分の魔力の凄さを理解していなんだから!ヴァレンタインは…」
と言い掛けた所でヴァレンタインが手のひらをクリスに向けて「ストップ!」と止めた
「え?何?」
ヴァレンタインはツカツカとクリスへと近づいて来る
クリスは何かヴァレンタインの気に障る事を言ってしまったかと、ビクビクしてしまった
「ヴァル」
「え?」
「ヴァルって呼べ」
「え…でも」
「ヴァレンタインは長いだろ」
「まぁ、そうだけど…いいの?」
まさか愛称で呼ぶ事を許してくれると思っていなかったので、クリスは驚いてしまった
「いいも悪いも、俺がそう呼べって言ってるんだ」
「うん、じゃあそう呼ばせてもらうね」
ヴァレンタインはにっこり笑うとクリスの頭をポンポン叩いた
「よし」
え?この笑顔は反則でしょ
超絶イケメンに微笑みかけられて、クリスはドキドキしてしまった
だが突然、ヴァレンタインの顔が険しくなった
エリザベスもまるで何かを探っているかのように辺りを見渡した
「どうしたの?」
クリスが聞いたが、2人はまだ辺りを探っている
エリザベスは椅子から立ち上がると、ようやく話し始めた
「誰かが結界に侵入しようとしている」
「魔獣?」
「いえ、これは人間…魔法使いね」
「魔法使い!?」
クリスの知る限り、魔法使いは自分と父と兄だけだ
クリスはこの結界から出た時、2回とも杖を召喚した
杖を召喚すれば、お父さまが察知してくれるはずだと考えていたからだ
お父さまが助けに来てくれたんだ
「結界に侵入できるの?」
思わずクリスは聞いてしまった
「いえ、出来ないわ
ただ…気に障るわね」
エリザベスは明らかに不愉快そうだ
「俺たちの結界を破って侵入しようなんて無謀だな
魔法使いなら喰っちまおう」
クリスはどきりとした
お父さまは強い魔法使いだ
だけど最上位の魔獣、しかも2匹に勝てるのだろうか?
お父さまにもしもの事があったら…
クリスは青ざめてしまった
「よし、頂きに行くか」
「ちょ、ちょっとヴァレンタイン!」
楽しそうに言うヴァレンタインにクリスは慌てて声を掛けた
「違うだろ?」
「何が?」
ヴァレンタインはぶすっとしてしまった
もしかして愛称で呼ばなかったから?
まさかね?
でも一応、試してみよう
「ヴァル」
クリスは半信半疑で言い直した
「何だ?」
ホントに呼び方だったの!?
呆れたクリスだが、すぐに本題に入った
「その…食べないで」
「何で?」
「えっと…お腹壊しちゃうわ」
「………」
エリザベスは顔を伏せて必死で笑いを我慢している
「…不味いのか?」
「年寄りよ
美味しくないし、活きもよくないわ
食べるとお腹を壊しちゃう」
自分の父親をここまで言うか
自分で言っておいて、自分でつっこんだ
「不味そうなら止めておくよ」
ヴァレンタインはそう言うとボン!と魔獣に姿を変えて大空へと飛び立った
空を駆けるヴァレンタインを見送っているとエリザベスが聞いて来た
「知り合いが来たの?」
「たぶんお父さまだと思うの
このルガード国に魔法使いは私と兄と父だけだから」
「ふーん」
エリザベスは少し考えた
「オルドリッジの現当主?」
「そう!知ってるの?」
「今の当主は知らないわ
何代か前の当主は数人、知ってる」
えっ!エリザベスって何歳なの?
魔獣なので寿命は長いだろうが、それにしても長すぎる
最上位で魔力も桁違いに凄いから、寿命も桁違いなのかも
クリスはよくわからないので、よくわからない理由で結論付けた
ヴァレンタインが結界の外に向ったが、お父さまと争っているような魔力は感じない
本当に不味そうだから食べないのかも
それでも争いが始まったら、エリザベスを振り切ってでも加勢に行かなくては
だがクリスの心配をよそに、争う気配は感じない
「戻って来たわよ」
そう言うエリザベスの目が上空を見つめているので、クリスもエリザベスの視線の先を見た
魔獣の姿のヴァレンタインがこちらに向かっている
お父さま…魔法を使う間もなく、ヴァレンタインに食べられちゃったの?
クリスがそう考えた時、ヴァレンタインの背後から大きな鷲が姿を現した
あれ?あれはお父さまの使い魔じゃない
クリスが驚いていると、ヴァレンタインはクリスとエリザベスの近くに降り立つと人型へと姿を変えた
ヴァレンタインに付いて来た鷲も地上近くで人型に変わり、降り立った
「お父さま!」
クリスはオルドリッジ家の当主であり、父親のリチャードへと駆け寄ると抱き着いた
「お父さま~」
クリスは涙ぐみながら父親に抱きついた
だがヴァレンタインはクリスとリチャードの間に割り込むと2人を引き離し、クリスを自分の背後へ隠した
「おいおい、娘との再会を邪魔するなよ」
「これは俺の餌だ」
「僕は父親だよ、食べる訳じゃない」
「ダメだ」
「もう、ネコ科はわがままだな」
リチャードは諦めてヴァレンタインの後ろにいるクリスに話しかけた
「元気そうだね?」
「はい、ヴァレンタインもエリザベスも親切にしてくれます」
「それは良かった
実はさっき結界の外で彼から事情を聞いたんだよ」
事情って私が餌って事情?
それにしてはさっきからお父さまは何だか悠長な気がする
「餌の事は置いといて…」
「置いとかないで下さい」
クリスの抗議を無視して、リチャードは話を続けた
「彼らに魔法使いとして鍛えてもらえる事は良いことだ
応援するよ」
はあ!?
この親は何を言い出してるの!?
クリスは口をパクパクさせてしまった
ご精読、ありがとうございます
m(_ _)m
次話もよろしくお願いします!
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