59話 決戦
その日は三日月が美しい夜だった
ジュリアは北の塔に幽閉されているヒラヌルを喰おうと、自分の部屋のテラスからひらりと飛び降りた
ジュリアの部屋は庭園に面しているので、テラスから人が飛び降りても気が付く人間はいない
更に深夜という事もあり、見張りの衛兵以外が起きているような時間でもなかった
ジュリアが住まう後宮からヒラヌルをが幽閉されている北の塔まではかなりの距離がある
ジュリアはふわりと木に飛びつくと、枝から枝へとすばやく移動した
随分移動したので後宮からはかなり離れたが、北の塔まではまだまだだ
「随分遠くに幽閉したわね、面倒くさい」
ジュリアは枝から枝へと飛び移りながら文句を言った
ちょうど後宮と北の塔の中間くらいだろうか
そこは大きな人口の池があった
この池は王族が水遊びを楽しむために作られた物だ
夏には船を出し舟遊びを楽しめるように船着き場もあった
ジュリアは飛び移っていた木がなくなったので地面に降りると、池の畔まで来た
さすがに池をひとっ飛びは出来ないので、どうしようかと考えていた
突然、ジュリアの背後から何かが飛んできたのでジュリアはひらりとそれを避けると、ジュリアが居た場所には無数の黒い羽が刺さっている
羽が飛んできた方を見ると、ヴァレンタインが木の枝の上で立っていた
肩には黒いカラスの魔獣もいる
「あら」
「決着を付けに来たぜ」
ヴァレンタインは両腕を組んだままニヤリと笑った
「貴方の方から来てくれるなんて嬉しいわ」
そう言いながらジュリアは辺りを探った
ヴァレンタイン一人の訳がない
どこかにエリザベスとクリスがいるはずだ
一瞬、ジュリアはヴァレンタインから視線を外してしまった
ヴァレンタインはそのスキを見逃さなかった
枝の反動も利用して一気にジュリアの懐に潜り込むと、拳をジュリア目掛けて振った
「どこ見てやがる」
ジュリアは両手でヴァレンタインの拳を受けたが、威力がありすぎて後方へ飛ばされてしまった
ザザザッと土煙りをあげ、数メートル離れた所でようやく止まった
ジュリアはすかさず背中から触手を出すとヴァレンタイン目がげて触手を延ばした
ヴァレンタインは向かって来る触手を避けたり、掴んでちぎったりしている
ピュンとジュリアの背後で音がすると、背中から生えていた触手が斬り落とされた
エリザベスがレイピアで斬り落としたのだ
「忌々しい女ね」
ジュリアはそう言いながらエリザベスと距離を取るために飛び退いた
ジュリアは飛び退きながら右手をかざすとそこに空間が開き、水色の髪の男はそこから飛び出して来るとエリザベスに向かって剣を振り下ろした
細身のレイピアで男の剣を受けるとレイピアが負けてしまうので、エリザベスは剣を受けずにさっと避けると、男の剣はザクッと土に刺さってしまった
「あらよっと」
間髪いれずにヴァレンタインは水色の髪の男の左側へ詰め寄ると蹴りを入れた
蹴りを入れられた男は池とは反対側の森へ吹っ飛ばされると、太い木に叩きつけられてしまった
かなりの衝撃を受けた男だが、うめき声すら上げずにゆらりと立ち上がるとハッキリとわかるくらい右腕が折れている
口からは緑色の血を流していた
「あらあら」
ジュリアはそう言い、再び手をかざすとシャボン玉のような玉が無数に現れた
ジュリアがヴァレンタインとエリザベスを指さすと、シャボン玉は2人目掛けて飛んできた
「その攻撃もわかってるよ」
ヴァレンタインがニヤリと笑いながらそう言うと突風が吹き、池の水が巻き上げられた
巻き上げられた水は激しい雨のように降るとシャボン玉に当たり、シャボン玉は次々爆発した
「ちっ!」
ジュリアは舌打ちして、エリザベスの背後にいるクリスに気が付いた
クリスは手に杖を持ち、魔法で風を起こしていた
だがジュリアにとって、クリスが後方にいる事は助かった
先程エリザベスに斬られた触手に代わり新しい触手が背中から生えているが、その背中にはクリスに斬られた傷がくっきりと残っている
クリス以外の者につけられた傷はいとも簡単に治るのに、クリスの攻撃だけは治すのに時間がかかった
しかも完璧に治らないのだ
そのクリスが後方にいる事は、ジュリアにとって幸いだったのだ
だがジュリアにとってクリスは脅威である事にかわりはない
ジュリアは再び手をかざすと、今度はエリザベスの背後に空間が開いた
エリザベスはジュリアの開けた亜空間に気が付きそれを見ると、見たこともない男が3人出てきた
男達は手に剣を持っている
「どれだけ飼っているのよ」
エリザベスは思わず愚痴ってしまった
2人はエリザベスに向かい、1人はクリスに向かった
「クリス!」
ヴァレンタインが叫ぶとクリスは風を巻き起こす魔法を止め、自分に防御魔法を張った
男はそれでもお構いなしにクリスに向かって剣を振り下ろすが、剣は防御魔法に弾かれ鈍い音をたてるだけだ
だが男は何度も何度も剣を振り下ろす
防御魔法の中から男を見ていたクリスはぞっとした
男は白目をむいていて、口からはよだれも出ている
とても正常な人間とは思えなかった
クリスは単調な男の攻撃を読み取り、次に男が剣を振り上げると防御魔法を解き杖を男に向けた
杖からは雷のような光が放たれ男に当たると、男は痺れたように身体を震わすとその場にしゃがみ込んでしまった
エリザベスに向かった2人の男は、エリザベスがレイピアを突き立てていた
1人は既に地面に倒れ、1人は剣を持つ腕を斬り落とされ今まさに心臓にレイピアが突き刺さっていたる
ヴァレンタインは腕を骨折しながらもまだ向かってくる水色の髪の男を再び殴り飛ばしていた
ジュリアが亜空間から出してくる男達は洗練された騎士のような攻撃が出来る訳ではなく、ただ闇雲に剣を振りかざしてくるだけだ
さほど脅威ではない
だが魔法の攻撃となると一変した
クリスの目の前にいる男は口から触手が何本も延びてクリスを襲った
「ぎゃあぁぁぁ!」
あまりの不気味さに、クリスは思わず叫んでしまった
エリザベスが倒した男は、斬り落とされた腕がまるで木の枝のようになり、そこからさらに枝分かれして、まるでムチのようにエリザベスに襲いかかった
水色の髪の男は両手の指がまるで蔓のようになり10本がヒュンヒュンとヴァレンタインに向かって来た
「「「気持ち悪っ」」」
エリザベスとヴァレンタインとクリスは同時に叫んでしまった
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