09 体操服
私は次の授業が前世の学校でいうところの体育のような体を使う系の授業、魔術実技の時間だったので、教室へと着替えに行こうと思ったら、汚れても良い用の体操服を女子寮に忘れていた……。
異世界ファンタジーな世界観なんだけど、日本人の作者が作り上げた小説の世界だから、私にも慣れ親しんだワードに出会えるという場合は多い。こんなにも厨二病感漂う魔法の授業だってある学術都市で、体操服だよ!
しかし、体操服を別のクラスの友人に借りに行こうにも、そろそろ別の教室へと着替えに行こうと女子達は移動を始めていた。
そんな彼女たちの様子に慌てた私は、同じクラスに居る男子のヒューに助けを求めることにした。
「あ。ヒュー! 次の授業。男子って、座学だったよね?」
「うん。そうだけど……シンシア。どうしたの?」
「体操服って、持ってきてる?」
「シンシア。忘れたの? 良いよ。僕の持っていって」
用意の良いヒューは使ったら洗濯して置いているのか、自分は今日の授業で使わないはずの体操服を準備良く持って来ていて私へと渡してくれた。
魔術実技だけは、身体能力の違う男女で分けられるので、ヒューが同じクラスで本当にラッキーだった!
「助かる! ありがとう! ヒュー!」
「はいはい」
いつもように私の調子の良い言いように苦笑したヒューに手を振って、私はこういう時のために空けられている教室まで行って手早く着替え、校庭に向かおうと廊下に出た。
「ディミトリ!」
なんとそこには私の推しが移動教室の帰りなのか、ブックバンドをした教科書を片手に持って微笑んでいた。
同じ授業を受けているクラスメイトは、彼を遠巻きにはしているものの、孤高感を漂わせているディミトリを親しげに呼んだ私に驚いているようだ。
「シンシア。これから、魔術実技?」
「うん。今から授業に行くところで……えっ……もう。なんなの。なんだか、移動中も絵になり過ぎて眩しいです」
彼へと完全に推し開示してからというものの、向かうところ敵なしになってしまった私の言葉に、前世から続く愛に推しは心から駄々漏れるような言葉を聞いて顔を赤くした。正気に戻ろうとするかのように、首を何度か横に振って微笑んだ。
「うん。ああ……シンシアは、俺の顔が好きだったんだった。なんだか、そんな風に女の子に好かれていると思うと、不思議なんだ。俺みたいな人間を好きな女の子が存在するとは、思ってなくて……」
「え。なんで、好きです」
ディミトリの前で恥ずかしいという感情を忘れてしまった私は、すかさずこう言って、悲しい過去を持つ推しの存在を全肯定した。
「えっ……たとえば、どこが?」
私の話を聞いて顔を赤くして戸惑ったようなディミトリ、ここは挿絵に描かれていてもおかしくない。むしろ私がどうにかして出世払いでお金を出すから、神絵師にカラーで全ての場面を描いて欲しい。
あっ……何言ってるの。そうだった。そんな必要なかった。だって、彼は私の目の前にいるもの。
闇堕ちしたディミトリの成長した姿を愛でていた身としては、彼の短い学生時代の若い姿を見ていることもご褒美でしかないし……序盤と終盤にしか出てこないと言っても、立ち姿すら何もかもが素敵なのよね。
「……もうっ……いちいち、格好良くてなんかムカつく!!」
「えっ……!」
「何してもいてもどんな顔をしてても、世界で一番格好良いのに、本人は全く自覚ないの……本当に、ムカつくー!!!」
「え……? え? それが、シンシアにムカつかれる理由……? 俺はどうすれば、ムカつかれないの?」
「無理です!」
「えええ!」
「だって、何をしても素敵なことには変わりないし、どうしてそんな尊い存在なの……! 神様ご両親、ディミトリを生み出してくれてありがとうー! って、思っちゃうから仕方ないです」
「いや……うん。人生初だから、どう言って反応して良いのか、全くわからないけど……とりあえず、ありがとう?」
私と話している間に鳴り出した予鈴に気がついたディミトリは困ったように微笑んでから、私に手を振って去って行った。