07 成功
「……ヒュー?」
ぼんやりとした視界の中に眼鏡を掛けたヒューの顔が見えて、私は彼の名前を呼んだ。
「あ。起きた? シンシア。廊下を急に走り出して、倒れるなんて……一体、何があったの?」
「っ……! あのっ……! ヒュー。待って。私。ディミトリのところに行かなきゃ……」
廊下で倒れたままだった私の体は、救護室に運ばれたらしい。慌てて上半身を起こした私を止めるようにして、ヒューは両手を上げた。
「ちょっと待って。落ち着いて。彼ならさっき馬術の授業で怪我人が出たそうで、校舎にまで帰って来ていた。シンシアを探していたけど、君がまだ意識を失っていると言ったら渋々だけど帰って行ったよ」
あ。やっぱり……あれは、夢ではなかったんだ。私は無事にディミトリのトラウマとなるはずだった、顔の傷を負うのを防ぐことが出来た。
「ディミトリの……顔に、傷はなかった?」
「さっき会った僕が見る限り、彼は君のお気に入りな綺麗な顔のままだったよ。それからは、知らないけど」
「はーっ……そうなんだ。本当に、良かった」
あきれたようなヒューの言葉を聞いて、私はほっと息をついた。
「シンシア。何かあったか……僕に、話す気はあるの?」
「えっ……えっと……その」
キランと光った、ヒューの眼鏡の奥の目にたじろいだ。
これは、まずいまずい。
鋭いヒューには良く当たる占いなんて手は、絶対に使えない。私が彼の危機を知っているという事実に、どういうなんていう言い訳すれば良いのか。
「何かの事情があって、何も……言えないの?」
私の理由を追求したい欲を抑えてヒューはどう言えば良いか困っている私に対し、助け舟を出すことにしたようだった。
ヒュー。決して相手を崖っぷちまで追い詰めずに、話のわかる良い男……きっと、彼が付き合う彼女は幸せだろう。そうなのよ。誰だって言いたくないことは、持っているはず。あまり踏み込まないであげて。
「うん……ごめん。ヒュー。秘密にしても良い?」
「……良いよ。誰だって、言いたくないことの一つや二つは、持っているものだ。僕はシンシアの、そういうちょっと変わったところも気に入ってるんだよね」
ヒューは眼鏡を外して、ガラス部分を救護室備え付けのガーゼで吹いていた。
「ふふ。変わっているのは、ヒューでしょ。けど、ヒューと話していると本当に楽しいから、私も気に入ってるの」
笑った拍子に不意にズキンと胸が強く痛んで、私は体を丸めた。
「っ……シンシア? 大丈夫?」
「うん……ごめん。一瞬だけ、胸が痛かっただけだから……心配しないでね」
私は心配そうなヒューを安心させるように、微笑んだ。
あの……彼と意識を共有することは、もしかしたら私の体に負担を掛けているのかもしれない。
けど、それで良かった。もうすぐになくなってしまう私の命を使って、少しでもディミトリが助けられるんなら、それで良い。