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06 情弱

(あれ?)


 廊下を走っている時に急激に増した胸の痛みを感じた私は、次の瞬間に走っている馬上から見える視界を見ていた。


 この景色はドミニオリアを出て、少し歩いた場所にある広いエレファント草原。春夏は青々とした緑。秋は金色。冬には無数の草も揃って枯れてしまう。


 遠くの方には森が見えて、ディミトリが向かうはずの湖がその先にある。


(えっ? これって、どういうこと? 私……廊下で倒れたのに)


「……お前。なんで、俺の頭で話している? 何か用か?」


 このっ……とても低くて良い声は、アニメ化された時に私の大好きな声優が起用されて、少数派のディミトリファンは手を取り合って喜んだ……あの声。


(嘘! ディミトリ? どうして?)


「いや……こっちが理由を聞きたいんだが、なんでシンシア・ラザルスが俺の頭の中で話しているんだ?」


 ディミトリは戸惑っているのか、眉を顰めたようだった。私も彼の体を動かせないものの、そうした体の感覚は共有している。


 けど、今はそんなことなんて、どうでも良くて。


(……なんで、私の名前を知ってるの?)


「そりゃ……何度もシーンと静かになった中で、自分の名前を呼ばれれば、あれは誰なのかと気になるさ」


(えっ……! ディミトリに私の名前を、覚えて貰えるなんて! もしかして、ここって天国かな?)


 ううん。とても良い夢なのかもしれない。最愛の推しディミトリ・リズウィンが、私のような者の名前を覚えてるんだよ? 本当に信じられない。


「いや……だから、なんでシンシアは俺の頭の中で話してるんだ? 本当に、よく分からない変な感覚だ。俺であって俺でないような、不思議な感覚がする」


 そこで私は、はっと自分が何で廊下を走って彼の元にまで行こうとしていたかをようやく思い出した。


 何がなんだかわかんないけど、私は現在ディミトリの体の中に居るらしい。けど、私にとってはとても都合が良いので、この状況を利用するしかない!


(この先……行ったら、駄目です! 出来たら、ドミニオリアに帰ってください!)


「……え? お前。何を、言ってるんだ?」


(良いから! お願い……このまま走ったら、本当に危険なの。お願い。止まって!!)


 私の悲鳴のような声を聞いて、ディミトリは走っていた馬を停止させた。


 彼の後ろから来た多くの馬が、追い越して行く。きっと優秀な彼は馬術にも長けていてクラスでも先頭を走っていたから、皆に追い抜かれたのだ。


 もしかしたら、この授業では良い成績を残せないかもしれない。そして、そこで馬鹿な私は、とあることに気がついた。


 だって、馬術の授業で森を超えた湖に行くんだけど、それってもしかしたら何回もあって、これが彼が怪我してしまう授業であるかもわからないのに。


「一体……何が、あったんだ? そんな声を出すなんて、明らかにおかしい」


 優しいディミトリは自分の中に居る私を落ち着かせようと、そうして宥めるように言ってくれた。


(ごめんなさい。けど、私……ディミトリが心配で)


「うん。謝らなくても良いから。とりあえず、どういうことか落ち着いて説明してくれ。一回の授業で、成績をどうこうされるようなことはない。何があった?」


(あの……)


 私が彼にどうにかして説明しようとした時に、前方から大きな悲鳴が聞こえて来て、ディミトリは慌てて馬を走らせた。


 森の道の入り口に挟むようにして生えている二つの木の間ロープが張り巡らされていて、それに引っ掛かって馬と人が何組か転んだのだ。


 その場へと急ぎやって来たディミトリも、当たり前のように救助に参加した。


 幸い馬や人にも大きな怪我はなかったようだけど、私は今日のこれが彼の顔の傷の原因だったのだと確信した。


「もし、あのまま進んで居たら、この縄に引っ掛かっていたのは俺だったのか……助けてくれて、ありがとう。けど、なんでシンシアが、俺が事故に遭いそうなのを知っていたんだ?」


 先頭を走っていた彼が、一番に転倒し怪我をする可能性が遭った。


 高さがある馬上から転倒するなんて当たりどころが悪ければ死んでいるだろうとゾッとした恐怖を感じているのか、彼の中に居る私にも、そういう気持ちが伝わって来た。


 けど、ディミトリが聞いた疑問は、もっともだった。彼を待ち受けている危機をなぜ私が知っているのかと、不思議に思っているのも。



(えっと……えっと……えっと、私。私、占いが趣味で!! 良く当たる占いをしたら、ディミトリのことを占ったら、もうすぐ危険があるって未来が見えて!!!)


 なんて、下手な嘘なの。恥ずかしい。


 けど、これ以外にに言い訳が思いつかなかった私が、もうどうにでもなれとやぶれかぶれでそう言えば、ディミトリは幾分戸惑った雰囲気ながらも、私の言ったことに頷いてくれた。


「そうか……俺は流行に疎くて何も知らないが、最近はそんな良く当たる占いがあるんだな」


 え。ちょっと、待って!! ディミトリに嘘をついた私が言うのもなんだけど、そんなに簡単に私の話を信じちゃって大丈夫なの!?


(……うっ……うんっ! そうだよ!)


すんなり信じてもらえて動揺したけど、ここで否定するのは絶対おかしい!


「俺はあまり教師以外の人と話さないから、そんなに良く当たる占いがあることを知らなかった。もし、シンシアに嫌な思いをさせていたら、済まない。こうして頭の中に呼び掛けるのも、そう言うことか。最近の技術は、俺の知らないところで、発達しているんだな」


(……うん)


 完全に騙しているという自覚を持つ私は、何故か自分の頭の中に居ることにすら勝手に理由を見つけて納得してくれる可愛い推しに、とても微妙な気持ちを抱いていた。


 えっ……なにこれ、やばい。可愛い。


 ディミトリってば、これだとすぐにヒーローに恋しやすいことで有名な簡単な女チョロインならぬ、何でも信じちゃうチョロボスじゃん!


 どうしてこんなにも……自分が聞いてもおそらく穴だらけだと思う私の主張を、こうもあっさり信じてくれるのー!


 前世の記憶を持つという隠さなきゃいけない理由がある私には、とても都合が良いけど言いようのない複雑な思い。


 だけど、ディミトリは絶対に自分に気のないアドラシアンを好きになって、それが主な原因で闇堕ちしてラスボスになってしまうくらいなのだ。


 彼は周囲から遠巻きにされてて自ら親しくなったりもしなから、流行りの情報とかにも疎くて良くわかっていない。


 いわゆる、前世の世界で言う情報弱者なのだ。


 だから、めちゃくちゃ良く当たる流行りの占いなんてある訳もないのに、自分が知らないことがあったのかとすんなり信じてしまう。


 この世界にもマルチ商法とか……あるのかな。ディミトリ、大丈夫かな。すぐに騙されそう。


 ええ……なんなの。可愛い。可愛い。私の推し可愛い。こんなに尊い存在なのに、彼は心まで天使のように純真だった。


 可愛いディミトリが傷ついてしまうところなんて、絶対に見たくない。だから、こうして顔に傷が出来てしまう前に助けることが出来て良かった。


 私は危機脱出にとりあえずほっと安心したら、自分の意識が遠のいていくのを感じた。


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