02 声援
「リズウィン様ー! 頑張ってくださーい!!」
黄色い声がしんとしていた闘技場に響いて、前の席に座っている子たちの中には振り返りディミトリ・リズウィンに声援を送った私の顔を確認した人がちらほらと居た。
名前を呼ばれたあの人は彼の立場を思えば当たり前だけど、私の方を向いたりしなかった。
けど、それは別に驚くことでもない。
はあ……形の良い後頭部やすっきりとした後ろ姿も、尊い……私の推しis今日も最高。
選択で戦闘系授業を取っている生徒のみ参加の闘技大会は、一学年上でディミトリと接点の少ない私に取っては、たまにある楽しみだった。
その他の生徒は自由参加だけど、戦闘系授業取ってる男の子ってモテる子が多いから、女生徒で応援目的の子は多い。
「……シンシアってさ。物好きだよね」
隣に座っていた仲の良い男友達のヒューが、闘技場で今にも模擬戦を開始する二人組の片方へと好意的な声をあげた私に対し呆れた様子で言った。
「あら。ヒュー。この学術都市ドミニオリアに、リズウィン様より格好良い人が居る? ううん。居ない。ディミトリ・リズウィン様が一番。そういう動かし難い事実を考えれば、私は全然物好きじゃないでしょ?」
「それは、何の参考にもならない。シンシア一人の主観で独断による、格好良い人ランキング。現にディミトリ・リズウィンが闘技場に出て来ても歓声をあげたのは、君だけ。周囲を客観的には、見られないの?」
涼しい顔立ちのヒューは黒縁の丸い眼鏡の真ん中を押して上げて、ディミトリが出て来たからと私がはしゃいだことに、冷めた反応を見せた周囲を見渡した。
自分のこれからを考えるなら、同級生から奇行と思われるような軽率な行動を自重しろという、ヒューが言いたいことはわかるんだけど。
けど、私は誰に何を思われようが、別に良かった。
例え、あのディミトリ・リズウィンが「種族や思想で差別し合うことなく、学問を学び高め合う」という崇高な理念で作られた学術都市ドミニオリアで学ぶ学生だと言うのに……周囲から遠巻きにされてしまう、邪悪な性質を持つと迫害される種族ダークエルフの血が、その身に流れていたとしても。
私は推しキャラのディミトリをこれからも応援するし、なんなら世界を敵に回してでも、彼を応援する一番の味方で居たい。
「……リズウィン様と誰も喋ったりもしてないし、彼の内面だってほぼ知らないのに、種族というカテゴリだけで安易に彼を判断して、遠巻きにしているだけじゃない。ヒューだって、リズウィン様と直接話したことある? きっと、一度もないでしょ?」
ヒューは私の主張にふうと息をついて、座席横に備え付けられた肘掛けに頬杖をついた。
「……それは、君だって同じだろう。そもそもディミトリ・リズウィンが誰かと親しく話しているところは、僕は一度も見たこともない」
「た、確かに話した事はないけどっ」
図星を突かれ、私は慌てた。尊くて無理すぎて近寄れないけど、ヒューのいう通りだもの。
「誤解を招くという理由なら、リズウィン本人だって問題があるんじゃないの。自分の気持ちを何も伝えてくれないのに、そんな奴を誰が望んで理解してくれると言うんだよ」
国中の頭の良い子を集められた学術都市ドミニオリアでも秀才として名前が知られているヒューに、このままだと完全論破されてしまう。
期末試験の点数はクラスでも下から数えた方が早い私は、うぐっと言葉に詰まってしまった。
私がディミトリを好きな理由は、深く深くやんごとなく、数え切れないくらいある。
周囲から遠巻きにされているディミトリが、自ら進んで親しい人を作ろうとしないのは……幼い頃お母さんを目の前で殺されてしまったという悲しい過去があるから。
それがトラウマな過去となってしまい自分と関わる人が不幸にならないかと、ディミトリはいつも不安になってしまうから。
けど、彼と話したことがない私がディミトリの過去や内面を知り、それすらも愛している理由は、ヒューには絶対に知られるわけにはいかない。
この世界でも有名な学術都市ドミニオリアで、前世の記憶を持つという世界的に珍しい個体で体の隅々まで観察され、生態を追求される研究対象になんて……絶対に、なりたくはない。
「そっ……それは、うん。確かに……私だって、まだ話したことはないよ……ないけど……うん」
あわあわとわかりやすく挙動不審になってしまうのは、仕方ない。
ここでヒューにその場しのぎの嘘をついても、記憶力の良い彼は矛盾を逃さないだろう。ドジなことに定評のある私のことだから、後々致命的なボロが出してしまうこと必至。
複雑な生い立ちという問題を抱えているディミトリが、今はまだ完全に周囲に心を閉ざしている訳ではないことは、未来起こることを知っている私だけは知っている。
でも、闇堕ちしていない彼が尊すぎて親しくなることなんて、考えられない。こうして、名もなきモブの一人として、模擬戦を戦う前の彼に軽く声援を送るだけで精一杯の愛情表現。
ファンは尊い推しには、存在を認識されたくない。そんなものである。
ディミトリが毎日幸せで、辛いことなど何もなく楽しく過ごして欲しいけど、私のような小さな存在が彼の時間を奪ってしまうなんて……罪悪感で大好きなお菓子だって、喉を通らなくなるかもしれない。
何故かというと、ディミトリ・リズウィンは前世に私の心を完全にとりこにしてくれて、ほぼ病室で一日を過ごすという辛かった毎日に潤いを与えてくれた、とても素敵な推しだから。
ただ生まれて来てくれて、今まで生きてきてくれたことだけで、私としては感謝して満足なのだ。
ディミトリの亡くなってしまっているご両親にも、感謝を捧げたい。あんなにも尊き存在を、生み出してくれて本当にありがとうって。
私はディミトリには、世界で一番に幸せで居て欲しいと願ってる。それは私以外の誰にも、理解されない感情なのかもしれないけど。
誰かに理解されたい訳でもない。
「シンシアはリズウィンの外見が良いというだけで、彼を全肯定するの?」
ヒューは仲良しな私がなんでその行動を取ったかという詳しい経緯を、たまに聞きたがる。けど、彼は私に意地悪をしている訳じゃない。
これは変だななんでなんだろうおかしいと不思議に思ったことを常に追求したいという研究者体質で、彼には悪気は一切ない。
ヒューは頭がとても良い人で、常に生きていく上で効率的に物事を考えられる。
だから、彼はディミトリをけなしている訳ではなく、彼と親しくなると生じるだろうデメリットを、友人である私に教えを丁寧に説いてくれているという訳。
「ヒュー。話さなかったとしててもリズウィン様の内面は伝わってくるわ。そんな風に周囲から見られて絶対に居心地の悪いはずなのに、黙々と孤独に勉学に励んでいるし……たとえ腹が立つような何を言われたとしても、我慢して言い返さないじゃない」
「それは確かに。君の言うようにリズウィンは自らが不遇の立場にあるからと、自暴自棄になるような人間ではないね」
「逆にヒューに聞くけど、もしリズウィン様の立場にあったとして、自分は気高くグレないという保証でもあるの?」
「いや。確かにシンシアの言うことには、一理あるね。迫害されているとしても、完全に無視して懸命に勉学に励んでいる彼は、確かに人間性と言う部分ではとても優れている」
「そうでしょう? だから、私が彼を好きでも、別に良いと思うの。ディミトリ様に流れる血について、忌まわしいと思う人も多いかもしれないけど……それは彼のせいじゃないわ。外見も中身も好意的に見られるなら、私は彼を好きになることを止めれないと思う」
「……リズウィン本人が何かを仕出かした訳でもないというのに、生まれた種族で差別されることは、本来ならばあってはならない。種族が同一であろうが、違う個体ならば持つ思想は違って当たり前だよね。種族全体を一括りにして判断するのは、自分こそが正しいと驕り高ぶった人間がする愚行の一つだ」
「ほら……! ヒューだって、そう思うでしょう?」
ダークエルフの血を受け継ぐだけのディミトリが、それだけで判断されるなんて絶対おかしい。転生者である私は、現代的なボーダレスな考え方を持っている。人種差別の問題にも、自分なりの意見があるのだ。
「とは言え、彼に邪悪な歴史を持つダークエルフの血が入っていることは、変え難い事実だ。リズウィン個人に対しいだく恐れは、彼の先祖に対する嫌悪が多く含まれているだろう」
「……それは、そうだと思うわ。リズウィン様本人だって、理解していると思うもの」
「ラザルス伯爵家の大事な令嬢シンシアは、リズウィンを信奉していると見られることで、未来の自分に不利益が生じることを理解していると言うのなら、僕もそれについてどうこうは言わないよ。君が嫁げる家の選択肢が、狭まる可能性があるということをね」
ヒューは、とても頭の良い人だ。
友人の私の意見を聞いて尊重し、何の非もないのにただ不利な立場に置かれているだけのディミトリに関する考えを、間違っていたようだと切り替え改めてくれたみたい。
「うん……大丈夫だよ。私はもうすぐ、ここから居なくなるもの。リズウィン様に好意を示すことでの不利益なんて、特に気にすることもないわ」
「え。待ってくれ。親の仕事の関係の、引越しか何か……? 手紙を送るから、ちゃんと引っ越した住所を教えてよ。君は僕に出来た初めての大事な友人なんだからさ」
「ふふ。ありがとう。ヒューの友人特典って、本当に良いことばかりだね」
すごく頭が良くて少しだけ変わっているヒューは、前世の記憶を持っている私とは、なんだかウマが合うんだけど同世代の子たちとはあまり合わないみたいだった。
だから、孤独を感じていた彼は初めての友人である私にそう言って貰えて嬉しかったのか照れたようにはにかんだ。
けど、私は引越しはしないんだよ……ヒュー。それは、違うの。私にとっても大事な友人の貴方に、嘘をついてごめんね。
私はこの小説の世界で……序盤で死んでしまう、モブキャラなんだ。