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13 頭が良い

(……? あ)


 いつもとは違う高い視点、それに校外に居たはずの私は校舎の中を歩いている。


 また、ディミトリの中に私は居た。慣れない大きな体に、長い手足の感覚。


「……シンシア? どうした? 君も今は授業があるんじゃないか?」


 あ。やっぱり……ディミトリは、魔法薬の授業へと今から向かうところだったらしい。


 間に合った……いや、私の体は全然間に合ってないんだけど、助けられるなら結果オーライってことで。


 しかし、ここにまで来た私は、彼になんて言えば良いのだろう。だって、ディミトリはいつか誰かの役に立ちたいと勉強熱心で真面目で、だからこそ報われない運命に闇堕ちしてしまうはずなんだから。


(ねっ……ねえ、ディミトリ。あのっ……私と一緒に授業サボらない?)


 彼の返事まで一瞬間が空いたので、私はとても緊張した。


 どうするどうする。このまま魔法薬の授業へと向かわれてしまったら、これから起こる事故の内容だってわからないのに回避しようがない。


「シンシアには……この前助けて貰ったから、わかったよ」


(わー! 良かった!)


 ため息混じりの彼の言葉に、私は喜びで手を叩きたい気持ちでいっぱいだった。性格が真面目なのに私が誘ったら授業もサボってくれる素敵な推し、なんて尊いの。


「また、占いで何か見えた……?」


 私はここで、なんて言えば良いか迷った。


 良く当たる占いの嘘を素直に信じているディミトリは可愛いけど、そうすると事故が起こることを知らせなければならない。


 けど、もし事故を知らせれば、彼は自己犠牲を選ぶかもしれなくて。


(あんまり……良くないことです)


「……そうか。どこでサボる? 俺は魔法薬の授業が終わったら、もう今日は下校するだけだから」


 ディミトリは私の言っていることの詳細を聞きたそうな素振りを見せたけど、結局は聞かなかった。


 私がそれを話したくないんだろうから、聞かないようにしよう思ってくれたのかもしれない。


(え……? あ。そっか。最上級生って、選択授業がもうなくなるんだ)


 そうだった。彼はもう来年に卒業してしまうから、卒業や就職に必要な授業しかないんだ。


「そうそう。だから、俺は卒業試験でも勉強しようかと思っていた。シンシアも良かったら俺と一緒に勉強する?」


 ディミトリは多分それを冗談で言ったんだけど、私は彼が勉強しているところが見たいので即答した。


(します!)


「……え。でも、二年生のシンシアはまだ、習っていないところだと思うよ。俺は別に、なんでも良いから……」


(ダメです! 勉強します!)


「あ。はい……」


 私の強い勢いにたじろぎながら、ディミトリは返事をした。



◇◆◇



 やばい。彼の挑戦している設問の意味すら、私は全くわからない。


 来年の自分がこんなに難しい問題が解けるようになっているという、前向きな妄想すら出来ない。


 頭の良いディミトリはさらさらっと驚くような筆運びでノートに数字を書き綴り、私の大嫌いな数学の勉強を進めていた。


「……シンシア。大丈夫? 楽しくは、ないよね?」


 暇ではないかと気遣うようなディミトリは、私が中に居ることを当たり前のように受け入れている。


 けど、これはかなりの異常事態であることに、チョロインならぬチョロボスのディミトリは気がついていない。


 現在、校舎の中は授業中ではあるんだけど、私のように自習組も中には居るようだ。


 学術都市ドミニオリアの誇る広い広い図書館の中は、たくさんの長い机があるけど、ポツンポツンとところどころに座っている人影が見える。


(……大丈夫です。中に居る私のことは気にせずに、勉強を前へ前と進めてください)


「君が良いなら、良いけど……」


 遠慮がちにそう言ったディミトリは、生い立ちは複雑であるものの、命を救ってくれた育ての親に恵まれたから元々の性格は優しくて勉強熱心だ。


 だからこそ、その後様々な不幸が襲い掛かり、恋する彼女に邪険にされてしまい、報われない現実に闇堕ちしてしまったのである。


 ここから先に彼を傷つけることになる聖女アドラシアン、絶対に許さない。絶許。


 目の前の数字に集中したのかディミトリはさらさらと書き進め、私は推しの彼の視点に居るというだけなのに、なんとも言えない喜びを感じていた。


 好きな人の目からの、視点が見える。普通に生きていて、そんな体験することは絶対にない。


 それだけでもこの世界へと転生してきて、良かったと思える。


 たとえ、もうすぐ死んでしまっても。


 私はディミトリの体を自由には動かせないんだけど、体の感覚は共有しているから、自分が彼のように頭が良くなったような、そんなありえない錯覚を持ってしまった。


 唐突にバタバタとこちらへ走ってくる大きな足音が聞こえて、ディミトリははっと顔を上げたので私は驚いた。


「っ……リズウィン? ……お前に、聞きたいことがある。何故、お前は魔法薬の授業に出ずに、ここに居るんだ? ……そして、それにシンシアは関わっているのか?」


 そこに居たのは走って来て、はあはあと荒い息を吐き、必死な表情をしたヒューだった。


「……ヒューバート・ルケア? シンシアを、知っているのか?」


 ディミトリは驚いた様子でヒューの言葉を聞いていたけど、彼の中に居る私のことを話して良いものか戸惑っているようだった。


 こんな話をしてヒューに信じて貰えるのか、今までただダークエルフの血が流れているだけで彼は色んなことを言われて来たはずだから……咄嗟に説明が出来ないのも仕方ないのかもしれない。


「……知っている。お前の話をして走り出した彼女は、今は意識をなくして昏睡状態だ。前にも同じようなことがあった。そして、お前……リズウィンが出るはずだった授業で、事故が起きて数人が怪我をした。おい。彼女に何があった?」


「事故が? ……シンシアの占いは、本当に当たるのか」


 ディミトリはヒューの話を呆然とした様子で呟き、そして私はディミトリにトラウマを植え付けられることから助けられたという安心感からか……彼の中にある意識が急に遠のいていくのを感じた。


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