11 こっちおいで
「こんなの……見て、楽しい?」
「とても!」
放課後のディミトリに訓練姿を間近で見たいと言った私に「別に良いけど」と、あっさり許可を出してくれた。
闇堕ちして邪悪なラスボスになっても、なんだかんだで世界を手に入れようと企む悪の集団でも多くの手下に慕われていた彼は、自分に厳しく周囲には寛大で簡潔に言うと、とても素敵な人なのである。
というか、彼を拾って結果的にラスボスにした黒幕の『研究者』が結局のところ、私に言わせると一番悪なんだよね。
ただ、彼は可哀想な立場にあったディミトリを洗脳して利用して、世界樹の力を手に入れたかっただけだから。
「ねえ。ディミトリ。エドケリ先生の魔法薬の授業って、近日中にある?」
「……? いや、俺は彼には授業を受け持って貰ってないが。確か彼は、一年と二年の魔法薬の担当じゃないか?」
「えっ? そうだっけ? 勘違いしちゃった! えへへ。気にしないでね」
あれ? おかしい。
けど、私はディミトリのエピソードは、何度も何度も読んでるから記憶には間違いないはず。
学長にコネのあるエドケリ先生の授業にある事故で、ディミトリは犯人にされてしまうはずだった。
いつものように爽やかな汗を流しつつ訓練をしていたディミトリは、休憩に入ることにしたのか、近くに置いてあった自分の鞄の中へと手を入れた。
「あ。そうだった。シンシア。こっちおいで」
「むっ……無理ですっ! そんな! 私のような者がっ」
唐突な推しの「こっちおいで」に私は、すごく動揺して断った。いや、無理無理無理。何事!?
「えっ、なんで。私のような者って何。俺はそんなに、大した身分でも何もないよ」
目を開いてびっくりしてからディミトリは少しだけ寂しそうな顔を見せたので、私は違うと慌てて両手を振った。
「違うんです! 嫌がっているという訳ではなく、存在が恐れ多くて!」
「えっ……なんで。シンシアの言葉の意味が良くわからないけど、嫌がってる訳でもないなら。良いか。はい。これ。どうぞ」
ディミトリは私に向けて、小さな包みを投げた。
「あっ……ありがとうございます! 一生大事にします!」
「え。いや。すぐに食べてよ……焼き菓子だけど、そんなには日持ちしないと思うし」
え。でも、せっかくディミトリに貰ったのに、もったいない……。
「街に行って、魔術師に保存魔法を掛けて貰えば……」
「……うん。それだと、食べられなくなるよね。そうすると、美味しそうなお菓子をあげた意味がないから俺に返して貰おうか」
「えー! それは嫌! うーん。じゃあ……食べます」
せっかくお菓子を買ってきてくれたディミトリにそのまま返すのは絶対嫌だった私は、渋々甘いお菓子を食べ始めた。
「これ、おいしい! もう本当に、最高」
もぐもぐと幸せを感じつつ甘い焼き菓子を食べている私に、ディミトリは微笑んだ。
「それ、最近人気の店の焼き菓子。喜んでもらえて、俺も嬉しい」
私が美味しいと言ったから、嬉しそうににこにこして笑うディミトリ尊い。え。何これ、もう可愛い。
「男子って……プレゼントされると、何が嬉しい?」
「人によると思うけど……誰にあげるの?」
ディミトリは鞄から出した布で額の汗を拭いながら、不思議そうに言った。
私はえへへと笑いつつ、彼の疑問に答える。
「ディミトリ」
「え。俺?」
自分を指差し驚いている彼は、この後に私には信じ難いことを言った。
「俺はこれまでに、プレゼントをされたことないから……何が嬉しいかな。もらった事ないから、わからないんだ」
はー!?