01 悲劇のラスボス
「ここは素晴らしい世界だと誰かがどんなに熱心に説こうとも、俺には地獄でしかなかった。だから、終わらせる。世界がなければ、俺のように悲しむ人だって一人も居ないんだ」
推しのラスボス、ディミトリは本当に良い声。人気ナンバーワン声優が中の人だから、それも当たり前なんだけど……演技も完璧だ。
胸にしみ通るような、切ない声。
病院で夕飯時を知らせる放送が鳴り、自作のディミトリ動画が映るディスプレイのリモコンで停止ボタンを押した。
「……はーっ! やだやだ。現実なんて、戻りたくない……ずっと、永遠に動画を観ていたい。もう、やだ」
さっき、昼ごはんを食べたような気がするのに。
気がつけば、窓の外は夕暮れ。どっぷりと世界に入りこんでアニメを観ていたら、何時間も経ってしまったようだった。
両手を伸ばして、大きく伸びをしてため息をついた。そんな訳にはいけないことは、私だってわかっていた。
食事を食べないと、当たり前だけど生き物は死ぬ。
怖い看護師さんに「食べたくても、食べられない人だって居る」と説教されるより、私は何も言わずに食べることを選ぶ。
けど、自分より可哀想な人が居るということが、崖っぷちにある人の救いになるだろうか。誰しも自分が辛い時は世界で一番不幸なのは自分だと、そう思わないだろうか。
誰かの悲しみの数値を測るバロメーターなんて、何処にもある訳がないんだから。
病院の個室にある大きなディスプレイは、親が私のために病院と交渉して持ち込んだものだ。
幼い頃から高校生になる年齢までほぼ病室に居た娘に、あの人たちは出来るだけのことをしてくれた。
けど、健康な心臓を私に移植するには、まだまだ順番待ちの列が長い。きっと、来たる時までには、間に合わないだろう。
もうすぐ、私はこの世界から居なくなる。
だから、もっともっと出来るだけずっと。推しのディミトリの姿を、観ていたかった。
生まれた時から不遇にあり重なる不幸な偶然により絶望に堕ちて悲劇のラスボスと化しても、なおまばゆい輝きを放つ私の推し。
ああ。もうすぐ、完結した本編を補完するという外伝だって発売だし。発売したら、これまでと同じように何度も何度もセリフが言えるくらい読み込むんだ。
ディミトリが出て来るすべてのエピソードを読むまで、私は死ねない。
心臓が致命的な不備のある欠陥品でも、それまではどうか空気を読んでもっていて欲しい。
この世にある他の幸せを諦めても、それでも構わないから。考えたくない。もう、私は消えてしまって、彼のことを考えられないなんて。
もう少しだけでも、良いから……私は生きていたい。神様。