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#7 相似した投影


 降りしきる雨の中。

 

 雲は黒く染まり、昼だと言うのに光はささない。

 

 混沌とした世界を作り出し、切り取ったかのように何も無い草原。

 

 「こんな大雨の中、俺を呼び出して何の用だ。」

 

 ハジメは不貞腐れながら、目の前に立つ少年に声をかける。

 

 ハジメは今自分の不甲斐なさ、力のなさを嘆いている最中なのだ。どちらかと言うと人と関わりたくないタイミングだ。

 

 にも関わらず、着いてきたのはユリと行動しがちな天野による誘いだったからだ。

 

 ハジメは天野に対して自分の似たモノをどこかに感じていた。

 

 ソラが暴れた際はどこか、お説教のような言葉を向けたり、悲しそうにユリを守り続けたり。

 

 彼がなんのために力を使うのか気になっていたのだ。

 

 「ここ、近くに川があって。雨降ってると人来ないんですよ。」

 

 振り返り、言いながら雨で濡れた髪をかきあげる天野。

 

 「だったらなんだ?」

 

 「鬼の姿になっても問題ないってことですよ。」

 「……なに?」

 

 刹那、天野は不敵な笑みを浮かべ、黒い闇に包まれる。

 

 闇は解き放たれ、辺り一面の草が消え去る。

 

  現れた天野はいつもとは違う様子が見受けられる。

 

 長く綺麗に伸ばされた藍色の髪の毛。その綺麗な髪の毛は後ろで低めに結ばれている。瞳に光がさすことがなく、暗闇を捉える。


 服装は白と水色を基調とした民族衣装のような服を着ている。襟元は黒く統一され美しく縫われており、現実らしからぬ姿を映し出している。


 美しく、醜く、額から角が鋭く伸び、天野本来の姿がそこにはあった。

 

 「……ほう、ただの金魚のフンかと思っていたが、そういう訳でもないのか」

 

 「当たり前だよ。彼女の隣にいるにはそれなりの資格が必要なんだ。」

 

 「それにしても……驚いたな。……なんだ、その姿は?」

 

 さすがのハジメも困惑する。

 

 理由は簡単だ。ハジメが知っている鬼の姿とは大きく異なるからだ。

 

 人間と鬼の狭間のような姿。

 

 色を体に刻まず、美しい姿。

 

 性別が分からなくなるほど、その姿は美しい。

 

 「僕は君たちとは違うからね。……僕は『天邪鬼』。現世に混乱を齎した鬼さ。」

 

 「天邪鬼……?聞いたことない名だ。」

 ハジメは混乱している。

 

 力を失ったと言っても元は常世の鬼の長。

 

 知らない鬼など居ない。

 

 「僕はさ、数千年前は神だったんだ。『天探女』っていうね。」

 

 「なら、なんだその姿は?神だと?鬼とも人とも言えない姿じゃないか。」

 

 「まあ聞けよ。……『天稚彦』っていう常世の神様に仕えてたんだ。神同士も揉め事が多くてね。現世での争いが起きてそれを止める役割を担った。……だが、僕の主様はあろうことか『下照姫』っていう神に恋をしちゃってね。そのあとは争っていた現世の土地を自分のものにしようと企んだり。」

 

 「……。当然、お偉いさんは黙ってないだろうな。」

 

 流石常世出身の鬼と言ったところだろうか。

 

 天野の話を聞き、おおよその事態が予測できてしまうハジメ。

 

 「……そう。遣いが来たさ。八年も現世から帰らないんだから、当たり前だよね。……僕は未来を見る力があったから、このままでは主が危ないと思い『天の大御神様に反抗した』。正確に言えば、『天の邪魔をした』かな。……僕は主に命が狙われてることを伝えたのさ。……そして。」

 

 「それでそんな姿に?」

 

 天野が語り終える前に言葉を遮るハジメ。

 

 おおよそのことは理解出来る。主の『天稚彦』とやらは、きっと使者を射た。しかし、それは射返され主は死んだ。

 

 神の邪魔をしたことが大御神の怒りを買い鬼の姿に、と言ったところだろうか。

 

 「そうだよ、主を殺され、姿を変えられ、現世に落とされ。……そのあとは恨みか暴走か……僕は悪事の限りを尽くしたさ。……そのあといろいろあって。最後には人間に悪事を止められてね。……人間の姿に転生した訳さ。」

 

 天野はそっと過去を振り返る。

 

 ーーーーーー。

 嫌な記憶だ。目を背けたくなるような。

 

 黒で覆われ視界を遮られたように映像が途切れ途切れに映し出される。

 

 『……私も殺してください。』

 『愚かな妹だ。……よかろう。』

 

 誰か綺麗な女性が死を望んでいる。瞳には大粒の涙を浮かべ、もう心は死んでいる。

 

 『なりませんっ!!下照姫様っ!!』

 

 醜くて、狡い男はそれを救いと唱え、目の前の女性を殺そうとする。

 

 彼女は関係ないはずだ。神を邪魔した私は間に入り、男を止める。

 

 残酷なことに男は私が愛した主そっくりな顔をしていた。

 

 どこまでも大御神は残酷だ。

 

 『まだ神を邪魔する気かっ!!!』

 『私も神です!!』

 

 『ならば、神で無くなればいいということか?大御神様は、俺に一任している。……天邪鬼として、これからは生きるんだな。負け犬よ。』

 

 『くっ!!』

 

 歯を食いしばり、怒りを露わにする。悪の感情が体を覆っていく。

 

 誰も守ることなどできない。たとえ未来がわかったとしても。

 

 生まれ変わったのなら、誰かを救えるようになりたい。

 

 私は切にそう願うことしか出来ない。

 

 気がついた時には、ボクは『天邪鬼』として、現世を虚無に変えようと行動していた。

 ーーーーー。

 

 思い出し苛立ちを隠せない天野。

 

 もう二度と大切な人を失う訳には行かない。

 

 1度天邪鬼になった際、己の悪意に溺れた。

 

 しかし新たに仕えた『ユリノ姫君』と出会ったことで、光を取り戻した。だが、間違った方向に愛してしまった。

 

 二度と主を失わないために、主を自分のものにしようとした。

 

 人間を憎み、妖怪に負の感情を与え、世界を掻き乱し。

 

 結局、何一つ救えなかった。

 

 そして、最後の時。生まれ変わった『ユリノ姫君』、ユリの母親である『鈴蘭』に心を救われた。

 

 悪意を全て吐き出し、人としての生を与えられた今、天野は『真のつよさを持って護る』ことを誓った。

 

 『天野真護』とは、そういう名なのだ。

 

 二度と大切な人を自分のせいで奪わせない。

 

 天野は誰よりもユリを愛し、ユリのためだけに行動する。

 

 己の悪意に溺れたり、力を暴走させたりしない。

 

 そのために生まれ変わり、人となったのだから。

 

 そのためには力が必要なのだ。

 

 そう、誰よりも純粋な彼女に『生きる意味』を貰ったから。

 

 「前世や過去のことは関係ない。……僕はただ、ユリを守れる力が欲しい。……あなたもそうなんでしょう?……優さんを守りたい。……違いますか、『境一』。……僕は『天野真護』として『境一』に聞いているんです。」

 

 天野の瞳は真っ直ぐで、ハジメのココロを揺さぶる。

 

 

 お互いに鬼で、過去に多くの罪を持ち、贖罪の意識を持つ者同士。

 

 「神はセカイの理不尽と言ってもいいでしょう。勝てる相手ではありません。……でも、牛鬼は違うんじゃないですか。先日の戦い僕は何も出来なかった。……一歩間違えば、ユリを失っていたかもしれない。…そしてついに、百合野や琴上も動き出した。……弱いままじゃダメなんです。」

 

 純粋にユリを守りたい、チカラになりたいという想いがハジメに伝わってくる。

 

 きっと、天野は自分と同じだからハジメに声をかけたのだろう。

 

 ハジメも恐れるのではなく前に進む必要があると。

 

 どこまでも強い天野の言葉。

 

 これが、天野とハジメの差なのだろうか。

 

 決意が違う。

 

 覚悟が違う。

 

 ハジメの中にあったのは漠然とした『優を幸せにしたい』という想い。

 

 でも実際は、明るく優しく、苦しみながらも前に進んでいく優との日常に一番幸せを与えられていた。

 

 そして、どこかで自分のせいで壊れてしまうような、恐怖。

 

 それは、現実となりつつあり、ハジメが情けないばかりに優は一人で抱え込み、ついにまた鬼を呼び寄せた。

 

 助けられたとはいえ、また失いかけた友。

 

 ハジメはどんどん自分の力に枷をしていった。

 

 己の力を解放し、悪意と向き合った結果、ハジメは悪意の塊となってしまった。

 

 だから、怖かったのだ。

 

 「……分かってる。このままじゃ、いけないって。」

 

 ハジメは声を震わせる。前に進むのが、怖くて仕方ない。

 

 天野は黙ってハジメの答えを待つ。彼ならきっと乗り越えられると知っているからだ。

 

 ハジメの瞳の奥はまだ戦っている。きっと、天野とハジメは似ているから、そう思えるのかもしれない。

 

 このままでいいわけが無い。

 

 ハジメから、一からやり直すと、心に決めたのだ。

 

 悪意に怯える心があるなら、牛鬼を恐れるのなら、乗り越える力が欲しいなら。

 

 「……俺も前に進まなきゃな。」

 

 ハジメの心からの言葉が零れる。天野はそっと微笑む。

 

 何かもを牛鬼に奪われた。

 

 罪を植え付けられ、悪意を引き受けた。

 

 でもそれは、なんのためだったか。

 

 それは大切な仲間を守ろうとしての事だった。

 

 そうだ、俺は弱いんだ。

 

 ハジメはひとつの答えに辿り着く。

 

 守るためには力が必要なんだ。

 

 そんな当たり前のことに今更気がつくなんて。

 

 悪意に溺れるのは怖い。でもそれ以上に失ってしまう方がもっと怖いのだ。

 

 もう何も失いたくない。

 

 二度と奪わせてたまるか。

 

 「……!!!」

 

 ハジメは力を解放する。

 

 もう、その体に後悔の色は刻まれない。

 

 赤く燃え上がる肉体。

 

 迸る強者の力。

 

 瞳に宿る優しい瞳。

 

 「……ようやく目が覚めたよ。……こいよ、相手になってくれ。……『天野真護っ!!!』」

 

 「そうです、それでいいんですよっ!『境一っ!!!!』」

 

 拳をぶつけ合うふたり。お互いの顔には笑みが溢れていた。

 

 もうそこに迷いの雨は降らないだろう。

 

 これは前に進む二人に向けた祝福の雨なのだ。

 

 だが、まだまだ道は険しい。

 

 天野もハジメも力を求め前に進もうと決意した。

 

 だが、大半の力を二人は失っている。

 

 拳を交えながら自覚していく、ふたり。

 

 このままではいけない。

 

 そうだからこそ、二人は強くなるために戦うのだ。

 

 頭に浮かぶ想い人のために。

 

 

 運命と戦う二人の少女がいる。

 

 そして、今日ここに。

 

 彼女たちを運命から解き放とうと奮闘する鬼の少年たちが生まれたのだ。

 ーーーーーー。

 

 雨の中を一人の少女が歩いている。

 

 「……はあ。雨か。」

 

 持っていた折り畳み傘を広げ、目的地に向かう。

 

 少女『琴上幸理』。

 

 彼女は昔から妖怪を目にしていた。

 

 何千年も歴史を刻む『琴上家』の生まれ。

 

 そして母方も同じように妖怪と共存することを望んだ家系『百合野家』。

 

 ふたつの家系は何千年と関わりを避けてきた。

 

 しかし、ユリの母親と父親が奮闘の末、和解に持ち込んだ。

 

 昔からよく言われたものだ。

 

 『あなたは、幸せになるために生まれたのよ』

 

 母の言葉だ。

 

 ユリは幸せになるはずだった。

 

 妖怪や鬼を憎む存在を両親が奮闘し、妖怪と人とが生きていける環境を築き上げた。

 

 悪意のある妖怪も退治されたり、改心したりと世の中的にも平穏が続いていた。

 

 そこに現れた『悪鬼』。

 ーーーーーー。

 

 ユリが小学生ぐらいの頃だろうか。天野と出会って数年が経過した頃だ。

 

 悪鬼は活発に出現するようになった。

 

 『……僕のせいだ。僕が、アイツらを生み出したんだ。』

 

 頭を抱え、公園で地面に座り込む天野。

 

 ユリはそっと抱きしめる。

 

 『再び訪れる幸せ。』

 『え?』

 

 『あの花の花言葉だよ。……絶望がいつまでも続くわけじゃない。……一緒に幸せになるために戦おうよ。』

 

 二人を繋ぐ『花』。

 出会った頃天野が持っていた花の花言葉を口にするユリ。

 

 過去や前世なんて関係ない。

 

 それがユリの考えだ。

 

 だが、それが幸せを阻むものなら、乗り越えるだけ。

 

 絶望しても、後悔しても、憎んでも世界は変えられないのだから。

 

 ーーーーー。

 

 ユリは大きな寺に辿り着く。

 

 長い白い階段。

 

 その頂上に見える鳥居。

 

 「……。」

 

 ユリは少し怖気付いていた。

 

 久しぶりの我が家。

 

 勢いで出て行ったきりだ。

 

 なぜ家を出たのか。

 

 それは今にわかる。

 

 ユリはゆっくりと階段をあがり、本殿へと入っていった。

 

 「……お待ちしておりました。お嬢様。」

 中へ入ると使用人が出迎えてくれる。

 

 「あなたは?」

 見知らぬ顔の使用人に声をかけるユリ。

 

 どこかで見覚えのある顔立ち。瞳は優しい青色をしている。

 

 「……野村大地と申します。お坊ちゃまの教育係をさせてもらってます。」

 

 「野村?……ああ。カイさんの弟さんでしたか。」

 

 カイの旧姓は野村だ。古くからの付き合いがあるユリは、納得する。

 

 「はい。兄がお世話になっております。」

 

 丁寧にお辞儀をする大地。

 

 カイとは違ってかなり、礼儀正しい。カイはどこか砕けた印象がある。

 

 「……いえ、こちらこそ。……『輝』は居ないの?」

 

 大地が『お坊ちゃま』と呼ぶのは、ユリの弟『(テル)』だ。

 

 教育係をしていると聞いて近くに弟がいるのか気になり、問う。

 

 「はい。今は座敷童子様と百合野家へお出かけしております。」

 

 座敷童子とは、古くから母親である鈴蘭の家に住み着いていた妖怪。現在はよく、輝と行動を共にしている。

 

 姿を自在に変えられるようで、よく聞く子どもの姿ではなく、綺麗な女性のような姿をしている。

 

 「面倒だな。」

 

 この後向かう予定の百合野家にふたりがいると知り、顔をしかめるユリ。

 

 理由は単純。弟とあまり仲が良くない。

 

 早い段階から修行をするようになったユリに対し、甘えたい年頃の輝は構われたいからなのか、反発するようになった。

 

 そして、家を出たことが決め手となり、会えば怒りを向けられる。だからユリはあまり輝に会いたくない。

 

 「まあ、そう言わず。お坊ちゃまもそのうち、分かってくれますよ。」

 

 そんな事情を知ってか、優しく微笑む大地。

 

 ユリはどちらかと言うと自分勝手なところがある。弟と言えど、どう接していいか分からないというのが本音だ。

 

 「まあいいです。……お父さんは?」

 

 溜息をつきながら目的である人物像を探す。

 

 「奥でお待ちです。」

 

 大地は軽く、頭を下げ、右手で、奥の部屋を指し示す。

 

 「一日早いけど、いいの?」

 

 「……家族なのですから。良いのでは?」

 

 「……そうですね。」

 

 ユリは奥の部屋と進んで行った。

 

 ーーーーー。

 

 「久しぶりだな。幸理。」

 

 目の前に和服を着た男性が足を崩し座っている。

 

 溢れ出る霊力。

 

 渋い顔立ち。人を寄せつけないような鋭い瞳。

 

 父であり、この土地を統括する『琴上家当主・琴上人』の姿がそこにはあった。

 

 ユリは一礼し、扉を閉めると静かに正座し、ジンと向き合う。

 

 「お久しぶりです、お父さん。」

 「敬語はよせ、そんなに怖いか?」

 

 力の差は歴然。戦う気すら起きないほどに目の前の男は最強だ。

 

 だが、怖がっているわけじゃない。ただ父親であるジンが嫌いなのだ。それが態度として形となっているだけのことだ。

 

 「そんなことは。……お母さんは?」

 

 厳格な父。優しい母親。

 

 ユリは自然と父親であるジンから離れ、母親である鈴蘭に懐いていた。

 

 「真城優のところに行ったよ。」

 「……理由は?」

 

 だが、忘れていた。こと妖怪のことになると、二人は別人のようになる。

 

 「見極めるためにだな。」

 「もし、合格しなかったら消すつもり?」

 

 「記憶は消すかもしれないな。……もとの悪意に怯える少女として。」

 

 「……最低。」

 

 分かってはいた。こういう人達であると。だから家を出たのだ。

 

 世界を救った父親と母親。

 

 憧れはあった。

 

 だが、現実はそうじゃない。

 

 平気で周りを陥れ、正義を貫く。

 

 残酷な二人を次第に嫌いになって行った。

 

 「お前もわかるはずだ。彼女がいかに危険か。……お前が倒した悪鬼6000体、彼女の力で復活したのだぞ?」

 

 「分かってます。もう全て退治し直しました。」

 

 「また、復活したら?」

 「また退治します。」

 

 「なら、この間の青鬼が何体も出現したら?」

 「倒します。私が。」

 

 「無理だな。」

 

 キッパリと切り捨てられる。

 

 「なら、力を貸してください。」

 「真城の力を封印した方が早い。」

 

 「くっ。」

 口篭るユリ。

 

 その通りだった。だが、それは間違っているとしか思えない。

 

 力を封印するということは、今までの経験をなかったことにする行為だ。

 

 ハジメと出会い力に向き合おうとしている彼女を、またひとりにするのか。

 

 ソラやヒロという友と出会ったことを無かったことにしていいのか。

 

 それは果たして『真城優』と言えるのか?

 

 生まれ持った力を完全に消すことなどできない。体質のようなものだ。

 

 良くて鬼を呼び寄せる力を消すことぐらいだ。

 

 出力を変える程度。

 

  それが力の封印だ。

 

 「お父さんやお母さんのこと、理解できません。」

 

 「お前を守るためだ。」

 

 「天野から引き離そうとしたのもそうだと?」

 

 昔の嫌な記憶を呼び起こす。家を飛び出した一番の理由はそれだ。

 

 天野が天邪鬼の生まれ変わりだと突然告げられ、距離を置くように言われた。

 

 いつもそばにいて、ユリを守ってくれるそんな彼をだ。

 

 ユリはたまらず、家を出た。今度は友達になれそうな優からも引き離そうとしている。

 

 そして、未だに天野と離れろという態度だ。

 

 「ああ。そうだ。お前が聞こうとしない前世に関係がある。……天野と離れ、真城のことは諦めろ。お前には関係ない。」

 

 「前世とか過去なんてどうでもいいです。私は『琴上幸理』で、彼は『天野真護』です。そして優は私の……友達です。」

 

 「たかが、数ヶ月の付き合いで、友達だと?……なら、悪鬼はどう説明する?あいつが、『天邪鬼』だった過去があるから、悪鬼が生まれたんだ。」

 

 「知りません。そんなこと。……でもこの世界に広がる悪鬼を全て駆逐すれば、文句はないのでしょう?」

 

 「話をすり替えるな。……わざわざ、カイやモモコを使って俺たちを騙すとはな。……常世と繋がりを持つ存在だと?神を呼び寄せたらどうするつもりだ。」

 

 「神は悪意を持ちません。優は悪意を呼び寄せるだけです。神が現れるはずないでしょう?」

 

 段々とヒートアップしていくユリ。相変わらず話の分からない人だ。ユリの言葉に圧が加わっていく。

 

 それに対し、あたかも怒らせるために話しているように冷静に話すジン。

 

 ジンの思惑が全く分からない。

 

 今のジンは父親として話しているのか、当主として話しているのか。

 

 「神は常世と現世を出入りできるわけじゃない。そんなことができるのは大御神様だけだ。……だが、真城優は常世と現世を繋げることが出来る。神の遣いか、もしくは神と干渉出来るもの……陰陽師か。」

 

 「……興味ありません。そんな話。陰陽師とか神とか。馬鹿馬鹿しい。……お父さんやお母さんがその気なら、私は全力で2人を止めます。……じゃ、失礼します。」

 

 ついに我慢できず、その場から立ち上がるユリ。顔は強ばり、すぐにジンに背中を向ける。

 

 「忘れるな。俺もお母さんも、お前のためにやっている。」

 

 扉の前に行ったところでジンがユリの足を止めさせる。

 

 ユリは扉の前で立ち止まり、少し、顔をジンに向かせ低い声で言う。

 

 「……だとしたら。不愉快です。」

 

 ユリは怒りの視線をジンに向け、その場を後にする。

 

 ーーーーー。

 

 「少々意地悪では?」

 

 ユリがその場を去った後、呆れた顔で大地が部屋に入ってくる。

 

 「監視されていた。こうでもしないと、納得しないだろう。……天野も分かってくれる。あいつが、何よりもユリを大切に思い、傷つけたくないか、俺にはわかる。」

 

 「それはそれとして。いつまでも、お嬢様と仲悪くしているつもりですか?」

 

 「実際、俺が悪役になれば、他の家は手出ししてこない。……それにさっき言ったことは本気だ。」

 

 「神に連れていかれるから。百合野や幌先に鬼は狙われるから。他の琴上も鬼を嫌うから。……そう素直に伝えたらどうです?話が分からない子では無いでしょう?」

 

 「運命はどうやっても巡るものだからな。オレと鈴蘭がいい例だ。天野とユリ。どうやっても引き離せない。……ならば、娘に嫌われてでも他の家を牽制する方が賢い。」

 

 「だとしても、真城優には酷じゃないですか?」

 

 「だから見極めるのさ。奴が過去に伝わる悪の存在じゃないのなら、なんとか助けてやる。……ユリの初めての友達になれるかもしれない女の子だ。悪いようにはしないさ。」

 

 「はあ。……影ではいいお父さんなのに。表では頭カチカチジジイじゃないですか。」

 

 「……うるさいな。いいんだよ、これで。俺も罪を償わないといけない。信用を勝ち取るには、娘にだって酷いことをする。そういうイメージを奴らに定着させて、力をつけていく。じゃなきゃ、守れるものも守れない。」

 

 「……不器用すぎませんか、それ。まあ、効果は抜群ですからね。あなたを見ただけで、大抵の霊能者は震え、従う。」

 

 「当主だからな。……俺は。」

 

 ーーーーーー。

 

 「んで?けっきょく話は進まなかったと。」

 

 目の前に金色の綺麗な髪をした女性が呆れた顔でユリの前に座っている。

 

 『百合野家当主・百合野莉理』である。ユリの親戚のひとりだ。

 

 母親より年上であるはずだが、えらく若く見える。

 

 卓越した霊力は体を若くすると言う。

 

 それだけ目の前の女性が優れているかがわかる。

 

 ジンや鈴蘭、カイやモモコも30後半を過ぎているのに、20代後半ぐらいの見た目だ。

 

 10歳ほど若く見えると言ったところだ。

 

 それで言うとリリは20歳ほど若く見える。元々小柄で幼い顔立ちだからだろうか。

 

 「話がお父さんみたいに逸れると嫌だから、本題行くよ。」

 

 「あ、はい。すみません。」

 

 刹那、空気が一変し、リリが膨大な霊力が解き放たれる。

 

 「リム婆さまからは『鬼を殺せ、鬼に関わる全てを殺せ』と命令されてる。」

 

 リム様。先代の百合野当主だ。もう100歳を軽く過ぎているはずだが、元気な事だ。

 

 鬼にひどく恨みを持っている家系と言っていい。

 

 琴上が妖怪を嫌う家系なら百合野は鬼を嫌う家系だ。そして琴上家も嫌う。

 

 よく父親と母親は結ばれたものだと、改めて思い知らされるユリ。

 

 「天邪鬼の件はあなたのお父さんのおかげで何とかなってるけど。……真城だったっけ?は擁護出来ないね。鬼を次々に生み出し、悪鬼を復活させる力を持つ。とてもじゃないけど、百合野は確実に真城を狙うよ。……今日は忠告で呼び出したの。私も協力できそうなら、助けるから。」

 

 「……っ。わかりました。ありがとうございます。」

 

 ユリは歯を食いしばる。

 

 相変わらず、自分には何も出来ない。結局天野だって反発している父親のおかげで命を狙われずにすんでいる。

 

 「自分勝手なあなたにしては珍しく人のために頑張るんだね。」

 

 少し、ユリの行動に違和感を感じたリリは質問する。

 

 「……優は好きであんな力や運命を背負った訳じゃないから。」

 

 ユリは言うと立ち上がりその場を後にする。

 

 「……自分と重ねてるんだね。」

 

 一人つぶやくリリ。どこか嬉しそうな顔をしていた。

 

 ーーーーー。

 

 部屋を出てすぐ何かと衝突し、ユリはその場に倒れ込む。

 

 「いたた。……大丈夫ですか?」

 「いってーな!どこ見てんだ!?ぶっ飛ばすぞ!」

 

 食い気味に怒りを露わにする少年。

 

 数年越しの再会だったからか一瞬理解に時間がかかる。

 

 「……輝。」

 

 呟くユリ。どういう顔を向けたらいいか分からない。

 

 「……ユリ?」

 

 向こうも気がついたようで、一瞬驚いたと言うな顔を見せる。

 

 直ぐに怖い顔に戻り、歪んだ顔を見せる。

 

 「久しぶりだな?ユリ。ちょうどいい、修行の相手しろ。」

 

 高圧的に言ってくる様。

 ユリが知っている輝ではなかった。

 

 口も悪く背丈も伸びている。

 

 「……修行?……私帰るから。」

 

 「逃げんのか?また。」

 その一言で記憶が蘇る。

 ーーーーー。

 

 『置いてかないでよ!ユリ!!お姉ちゃん!!!!』

 

 泣きわめき、顔をぐしゃぐしゃにしていた少年。

 

 罪悪感が蘇る。

 

 ーーーーーー。

 

 「……逃げる?私が?……随分な口ね、輝。怪我して喚いても知らないよ?」

 

 怒りに触れたのかユリは挑発に乗る。

 

 ーーーーー。

 

 広場に出ると黒髪でおかっぱの長髪女性が見に入る。

 

 高身長で綺麗に赤い着物を着こなす。

 

 「あら、久しぶりだねえ。ユリ、元気だったかい?」

 

 見た目は若いのにおばあちゃんのような話し方。

 

 当たり前だ。彼女は座敷童子。妖怪だ。

 

 「お陰様で。」

 

 「今日はついてないようだね、ユリ。」

 

 「どういう意味?私が負けるとでも?」

 

 「ほぼ勝てないだろうねえ。」

 

 座敷は怪しく笑い、それがまたユリの怒りを加速させる。

 

 目の前に立つ輝。

 

 黒い和服を身にまとい、数珠を首から提げ、いかにもな服装だ。

 

 「お坊さんにでもなるの?」

 

 「言ってろ、ユリが出ていってから俺は強くなったんだ。」

 

 ユリはそっと構える。

 

 「一撃で終わらせるっ!!!」

 

 ユリは飛び上がり、霊力を解放させ、瞬時に輝の背後に回る。

 

 そのまま、背中に強烈な蹴りを食らわせ、輝は倒れる。

 

 「大したことないじゃない。格好だけ?」

 

 「……へっ。『鬼火』」

 

 輝が倒れながら呟くと小型の青い人魂のような炎が、ユリを包み包囲する。

 

 「なっ!?」

 

 「いけ。」

 

 一言輝が唱えると、鬼火は一気にユリ目掛けて集中砲火する。

 

 煙が舞い上がり、ユリは無傷で出てくる。

 

 「『憑依・オロチ』……ちょっと危なかったかな。」

 

 「滅っ!!!」

 

 煙をかき分け、輝がユリ目掛けて突っ込んでくる。

 

 右手には小刀を握り、的確にユリの首元を狙う。

 

 「ちっ!!」

 

 ユリは舌打ちすると一歩下がりオロチの力で水のチカラを発動させる。

 

 ユリの掌が繰り出された大量の水は輝目掛けて解き放たれる。

 

 「へっ!『剣の舞・オロチ殺し』」

 

 輝は唱えると体を空中で回転させながら、水をかき分け、オロチの力を剣に集め、ユリ目掛けて解き放つ。

 

 集められた水は龍のような姿となり、巨大な水の渦が発生する。

 

 「くっ!?『憑依・天狗』」

 

 焦ったユリは黒い翼を生やし、空中へ逃げ、羽扇子で龍を消し去ろうとする。

 

 「へっ!やっぱりなあ!まだ逃げてんだろ!!『解放・九尾!!!』」

 

 風で水を消し去ることが出来ず、吹き飛ぶユリ。

 

 落ちてきたところを輝が解放した炎の九本のしっぽが伸び、ユリを捉え、捕まえる。

 

 「終わりだ!ユリ!!」

 

 数珠を首から引きちぎり、拳に巻き付ける輝。

 

 空中で捉えているが、シッポの力で飛び上がり、ユリの腹に強烈な霊力のこもった一撃を与える。

 

 「かはっ!?」

 

 ユリはそのまま、力なく、地面に激突し、意識を失う。

 

 地面に着地し勝利を確信する輝。

 不敵な笑みを浮かべ、高らかに宣言する。

 

 「琴上は俺に任せろ、お前は一生逃げてろ。」

 

 立ち去ろうとする輝。

 

 刹那、強大な霊力を感じ、振り返る。

 

 「………好き勝手言いやがって。……私が負ける?ふざけんな!!!」

 

 ユリは立ち上がり、力を集中させている。

 

 辺りは燃え上がり、ユリの体は焔に包まれる。

 

 「『憑依・オロチ天狗!!解放・九尾!!!』」

 

 それはユリが全ての力を解放した瞬間だった。

 

 髪の毛は長く鋭くなり、爪は人間のそれを超える長さへと伸びていく。

 

 迸る炎のオーラは九本のシッポを形成し、瞳は金色に染まる。

 

 黒き翼は紅蓮に染まり、手足からは鱗のように変色していく。

 

 もはや人間ではない。

 

 あらゆる妖怪を取り込んだ化け物という表現が正しいだろう。

 

 輝は恐怖のあまり、その場に尻もちを着く。

 

 「な、なんだよ?化け物かよ、おまえ……」

 

 「ガァアアアアッ!!!」

 

 完全に理性を失い、叫び声をあげるユリ。

 

 ユリにとっては今日はあまりにもストレスの溜まる日だ。

 

 いつもは向き合うことの無い悪意と向き合ってしまったのだ。

 

 己の中にある不甲斐なさ、寂しさ、辛さ、怒り。

 

 青鬼に負け、橋姫にあしらわれ、父親の力を目の当たりし、何も出来ず、ついには弟にまで馬鹿にされる始末。

 

 好きな人の隣にいたくて、ただ幸せを望んでいるだけなのに、阻まれる毎日。

 

 それでも、強く戦い続けてきたユリがどれだけ頑張っても否定される今日。

 

 我慢出来るはずはない。

 

 今のユリはそれらが暴走しどうしていいか、分からないと言ったところだろうか。

 

 「まったく、自分勝手なところは父親と譲り、なんでも溜め込むのは母親譲りかい。……ほら、止めてやんな。」

 

 こんな状況にも関わらず、冷静な座敷童子。

 それは背後からやってきた女性に気がついていたからだ。

 

 「どうせ、こんなことだろうと思ったよ。」

 

 現れたのはユリのように美しい白い髪をもつ女性。

 

 言うまでもない母親である鈴蘭だ。

 

 瞬時にユリの前に行く。

 

 見境のないユリは鈴蘭に拳を向ける。

 

 それを容易く、受け止め、そのまま勢いに任せて地面に叩きつける。

 

 「ガアアアアッ!!!」

 

 痛がるユリ。

 

 「こんなに痛くなるまで、ほっとくからだよ。」

 

 優しくユリの頭を撫でる鈴蘭。

 

 その手を止め、何か力を解き放つ鈴蘭。

 

 黒とも白とも言えない光はユリを包み込み、体の力を奪っていく。

 

 辺りは白と黒が反転し、虚無を形成していく。

 

 ユリの体はみるみるうちに人間の体に戻っていく。

 

 ユリはそのまま眠ってしまう。

 

 ユリを背負うとニコッと微笑む鈴蘭。

 

 「リリちゃんによろしくね。」

 

 「ああ。適当に言っておく。」

 

 「それと、あんまりお姉ちゃん虐めないでね、輝。……でも強くなったね。びっくり。」

 

 「……別に大した事ねーよ!ばーか!」

 

 恥ずかしくなったのか輝は、顔を赤くし、その場を後にする。

 

 やれやれという感じで追いかける座敷童子。

 

 鈴蘭はそっとユリの寝顔を見て、その場を後にする。

 

 目的地は、決まっている。

 

 優たちが住む『学生寮』だ。

 

 理由は決まっている。

 

 運命と戦うユリが自分と重ねてしまうような少女、真城優。

 

 そして彼女に呼ばれた、悪意の塊、酒呑童子。

 

 その2人を見極めるためだ。

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