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#6 夢果ての淡き記憶


 記憶の奥深く。

 

 それは、誰の記憶か。

 

 ひたすらに奥深く。

 

 沈んでいく。

 

 誰かの記憶、誰かの夢。

 

 自我を超えた深層とも言える深い領域。

 

 誰かの記憶と繋がり、世界は構築されていく。

 

 見たこともない広大な大地が目の前に広がっている。

 

 自然豊かで、緑が自然と視界に入る。

 

 風は心地よく、木々を揺らし、青い空はどこまでも続く。

 

 異形の者三人が会話しているのが見える。

 

 黒光りする大きな岩にそれぞれ腰掛け、焚き火をしている。

 

 一人は体全身を赤く染めあげ、額には一本の鋭利な角。髪の毛は雷鳴のように黄色く鋭く伸び、長く伸びた前髪が何本かある。

 

 闘志が漲っており、誰も寄せつけない強者の力が迸っている。

 

 いわゆる赤鬼。孤高のようで、優しい瞳。どこか、ハジメを思い起こさせる。

 

 一人は、体を青く染めあげ、二本の巨大な角を生やしている。

 

 眉間に皺を寄せ、仏頂面をしている。

 

 髪の毛は黒く額を露わにする様な横に拡がった髪型でツンツンした印象を持たせる。

 

 一人は緑色で女性のような体つき、紅葉柄の着物を着こなす。

 

 般若のような仮面を頭の横から生えている短い角にかけている。もう一方の角は綺麗に折れており角が生えていた跡が残っている。

 

 とても眠そうに欠伸を繰り返し、綺麗な銀髪を結っては解くということを繰り返している。

 

 「で?酒呑童子よ、我に貴様の部族に入れと?」

 緑鬼は欠伸をしながら、口を開く。

 

 「行き場がなく、人を襲っているそうだな。……そんな生活よりはマシだろう?」

 赤鬼はニコッと悪戯な笑顔を向け、緑鬼に話す。

 

 「勘違いされちゃ困るよ。悪党を懲らしめてるだけさ。……我の部族は滅んだからねえ。……それよりもそこにいる青鬼の方がよっぽど悪党じゃないか。」

 緑鬼は眼を擦りながら、片方の目を開け、青鬼を瞳の奥に捉える。

 

 「俺は……ただ。」

 

 責めるような眼差し。口答えできないのか口篭る。

 

 「まあ、こいつにもこいつの、事情があるんだよ。悪いことは沢山してたが、今日のは違う。」

 

 赤鬼は青鬼の肩をそっと触れ、微笑む。

 

 「俺は何を言いたいかと言うとな、お前ら二人にお願いがあるんだ。鬼の未来、変えてみないか?……もう神や人間に怯えて生活することは無い。」

 

 「どういう意味?」

 

 「……鬼として、人や神の『悪意を食べてやろうじゃないか』。俺達が鬼の常識を変えるんだ。」

 

 赤鬼は満開の笑みを見せる。未来を夢見て、瞳を輝かせて、絶対の自信が見える。

 

 少なからず、人や神に恐れを感じてきた青鬼や緑鬼はそのとき確信する。

 

 この人にならついていける。

 

 先頭にたち、未来を作ってくれる。

 

 そのとき、2人の鬼は救われた気がした。

 

 だが、緑鬼は立ち上がり、眠気を吹き飛ばすかのように口を開く。

 

 「なら、信じさせてみろ。……絶対的なチカラが必要なはずだ。この戦いに貴様が勝ち、己が信念を、力を見せれば信用してやろう。そして、貴様を慕ってやる。」

 

 「随分、チカラに自信があるようだな。……いいだろう。指先ひとつで、相手してやろう。……俺が勝ったらもっとお淑やかに可愛く話してもらおうかな。」

 

 ニコッと冗談めかして言う。

 

 「言ってろ!負ければ、貴様を奴隷にして、一生こき使ってやる!!」

 

 「ちょ、まて!?お前らこんなところで……うわぁああっ!!!」

 

 赤鬼と緑鬼の圧倒的な力は強大な衝撃波と共に爆発し、焚き火の炎が消え去り、青鬼を吹き飛ばす。

 

 緑鬼は力を爆発させ、緑色のオーラを纏い、瞬時に仮面を被り、全力の蹴りを赤鬼に喰らわせる。

 

 頭部に目掛けて解き放たれた蹴りをいとも容易く右手の人差し指で止める赤鬼。

 

 数秒、爆風が巻き起こり、緑鬼は吹き飛ばされる。

 

 「どうした。そんなものか?」

 嘲笑うかのようにニヤつく赤鬼。

 

 圧倒的な力の差を理解し、地面に打ち付けられる緑鬼。

 

 「やるな。酒呑童子、さすが最強の鬼と名高いだけはある。我も本気で答えよう………はぁっ!!!」

 

 ゆっくりと立ち上がり嬉しそうな顔を浮かべる緑鬼。構えると力をさらに高め、金色のオーラを身に纏う。

 

 鋼鉄のように、だが、美しく肉体が輝き出す緑鬼。

 

 「我の力『金』。体を金属に変え、守りと攻め、二つを兼ね備える力だ。」

 

 「それはどうかな。」

 

 「舐めた口をっ!」

 

 緑鬼は勢いと金属化された肉体を活かし、渾身の一撃を赤鬼目掛けて何度も放つ。

 

 その拳をギリギリの所で、かわし続ける赤鬼。

 

 「どうした、当たらなければ意味は無いぞ?」

 

 「くそっ!!避けるな!卑怯者!!!」

 

 「なら、攻撃してやるよ。」

 ニヤリと微笑み、赤鬼は右手の人差し指を的確に緑鬼の額目掛けて触れる。

 

 「なっ!?」

 

 指先で抑えられそれ以上動けなくなる緑鬼。

 

 腕をばたつかせ、拳を振りかざすが、リーチが短く、いたずらに体力のみを消費していく。

 

 「金属の体は重いんじゃないか?……いい加減負け認めろよ?」

 

 あくまで、余裕を見せつける赤鬼。その煽りが緑鬼のトラウマを想起させ、プライドを傷つける。

 

 「くっ!!」

 

 歯を食いしばる緑鬼。仮面越しに苛立ちが伝わってくる。どことない焦燥感。

 

 金属に身を包むことでチカラと守りは鉄壁だ。

 

 しかし、重さに耐えきれず、攻撃の速度が鈍っているのは確かだ。

 

 赤鬼の言う通り、当たらなければ意味は無い。

 

 どうしようもない力の差を受け入れることが出来ず、また自分の力のなさを理解したようで悔しく、緑鬼は怒りを露わにする。

 

 「くそっ!!我は強く在らなければならない!!……負ける訳には行かんのだ!」

 

 「……何を焦っている?……その信念は復讐のためか?……殺された姉の敵討ちか?……滅んだ一族の再興のためか?」

 

 鋭い眼光で睨みつける赤鬼。先程とは打って変わって真面目な表情だ。

 

 「貴様何故それをっ!?」

 

 力を求め、悪党を打つ。そして折れてしまっている角。

 

 これだけの情報で緑鬼が、どれだけのものを抱えているのかが伝わってくる。

 

 そして滅びた部族。

 

 伝わってくる信念の強さ。

 

 見透かしたように赤鬼に言われ、図星をつかれたかのように表情を曇らせる緑鬼。意思が鈍ったのか体勢が崩れる。

 

 その隙をつき、赤鬼は指先に力を込める。

 

 「お前の部族を破滅に導いたのは悪意の化身『牛鬼』だ。……俺と一緒に鬼の未来を変えれば、きっと相見える。……だから一緒に来い。……そして俺は強い、共にいればお前も強くなれるさ。」

 

 優しく微笑む赤鬼。指先に集中させた力を一気に解き放つ。それは赤鬼なりの導きのつもりなのかもしれない。

 

 「……言ってくれる……ちっ、負けか……信念も何もかも……」

 

 悔しそうに呟く緑鬼。だが、その瞳はどこか、何かに開放されたような、新たな道を見つけたような決意に満ちた顔をしていた。

 

 刹那、爆風が巻き起こり緑鬼は吹き飛ばされ、地面に転がる。

 

 そのまま緑鬼は瞳を閉じて、意識を失う。

 

 信念を持ち力を求める緑鬼。

 

 自分の利益だけでなく、周りをよく見て、求めるものを差し出す赤鬼。

 

 そんな二人を見て『自分にないモノ』を感じた青鬼。

 

 ゆっくりと立ち上がり、楽しそうな顔を浮かべる。

 

 「俺もアンタについて行きたくなった!そして、橋姫よ!お前はかっこいい!……俺はお前らといることで変われる!!!……だが、その前に俺はお前と戦いたくなったぞ!酒呑童子!!」

 

 「ならば受けて立つ!こい!茨木童子!!」

 

 全身に力を込め、目に見えないスピードを出す青鬼。

 

 「ぐはっ!?」

 

 目にも止まらぬ勢いの拳のラッシュ。

 

 不意をつかれた赤鬼は強烈な拳を何度も喰らう。

 

 地に足をつけて拳を喰らい耐え続け体を仰け反らせていく赤鬼。

 

 悪意など一切ない純粋な心躍る戦い。

 

 赤鬼は笑みをこぼし、瞳を怪しく輝かせる。

 

 強烈な力が赤鬼の奥底から上り詰めてくるのを感じ、青鬼はラッシュを止め距離をとる。

 

 「クク。熱いじゃねえか。……久しぶりに本気出すかっ!!!」

 

 溢れ出る強者の力の圧。炎のような紅蓮のオーラが解き放たれ辺り一面を赤く染め上げる。

 

 「そうこなきゃな!!!……はぁあああっ!!!」

 

 合わせるように青鬼もチカラを高め、爆風が巻き起こり、こん棒を形成する。

 

 「オレの速度についてこられるかっ!」

 

 言うと青鬼は先程よりもさらに速度を上げる。

 

 赤鬼の腹部、首、足と色々な部分をこん棒で殴り続け、最後には渾身の一撃を上空から一気に赤鬼の頭部に目掛けて解き放つ。

 

 赤鬼は猛烈な攻撃を受け続けるも、微動だにせず、上空から降りてきた青鬼の一撃を片手で防ぎ、こん棒を握りつぶす。

 

 「なっ!?」

 

 バランスを崩し地面に受身をとる青鬼。

 

 その隙をつき、赤鬼は青鬼の目の前に手を翳す。

 

 『炎酒天昇っ!!!』

 

 「くがっ!?あっ!あぁあああっ!!」

 

 赤鬼が何やら唱えたあと、青鬼の体は赤く燃え上がり、紅蓮に包まれ、天空へと身体を舞わせる。

 

 まるで、強い酒を一気に口に含んだ際に、奥底から上がってくる炎の如し辛さを表現しているような技だ。

 

 上空に跳ね上げられ地面に強く体を打ちつける青鬼。

 

 満足したように瞳を閉じる。

 

 「さ、帰って盃を交わそうではないか!」

 

 嬉しそうに心躍らせる酒呑童子。彼は信頼するものと酒を交わすことを何よりも好む。

 

 この時より、『茨木童子』、『橋姫』が『酒呑童子』の仲間になったことは言うまでもないだろう。

 

 ーーーーーー。

 

 目がゆっくりと覚める。

 

 意識は徐々に覚醒し、今まで見ていたものが夢だと理解していく。

 

 見えてくる見知った天井。

 

 自分はどうして寝ているのか、思い起こす。

 

 「青鬼はっ!?ヒロは!?」

 

 飛び上がるように起きる優。

 

 『橋姫』を召喚した代償でしばらく眠りについていたのだ。

 

 「ふぁああ。騒がしいやつだな。やっと起きたか。……真城優。」

 

 「えっ…と?」

 

 見たこともない黒髪の綺麗な女性が眠そうな顔で見つめてくる。

 

 現代には似つかわしくない紅葉柄の着物を着こなし、気だるそうな雰囲気だ。

 

 夢で見た緑鬼に似た雰囲気を感じされるが、肌は白く角もない。

 

 「ふぁああ。……やっと起きたと思ったら何も覚えてないのか。……我は橋姫、貴様が呼び出した鬼だ。」

 

 「ああ、そっか。……私鬼の召喚に成功したのか……」

 

 「……まあよい。事情を説明してやろう。見た方が早い。動けそうなら、居間に来るがいい。」

 

 ゆっくりと立ち上がる橋姫。

 

 つまらなそうな顔を見せ、優の部屋を後にする。

 

 「事情って……?」

 

 頭が混乱する。

 寝起きで何もかもがわからない。

 

 とりあえず、着替えてリビングに向かおう。

 

 身体が鈍ったように重く感じつつ、無理やり動かす優。

 

 「おもっ。なにこれ?……頭痛いし……どのくらい寝てたんだろう……」

 

 訳も分からず、重たい体を動かし、呟きながら着替えていく。

 

 なんとか着替えを終え、そのまま部屋を後にするのであった。

 

 ーーーーーーー。

 

 リビングに向かうと、ヒロ、ソラ、ハジメが真っ先に目に入る。

 

 良かったと思う一方で、深刻そうな顔を浮かべる天野、ユリが目に入る。

 

 そして、異質なことにモモコ、カイの2人がいて驚く。

 

 さらによくよく見回すと優は驚きを隠せず声が漏れる。

 

 「……ヒロなの?」

 

 「いいや?ちげえな。」

 

 見たこともない歪な表情を見せるヒロ。

 

 髪の毛も普段と違い額が顕になるようなスタイルで、瞳を青く輝かせる。

 

 そして最も違和感を演出しているのは、額から生えている二本の角だろう。

 

 鋭利に長く伸び、夢で見た青鬼と酷似している。

 

 「譲ちゃんと会おうのは初だな。……俺は茨木童子。お前さんの幼馴染は心を傷つけたみたいだな。俺が今この体の主導権を握ってる。」

 

 「っ!!!いい加減にしなさいよ!!!」

 

 ヒロが話終えると、唐突にテーブルを叩き怒号を上げるソラ。

 

 掴みかかり、睨みをきかせる。

 

 「いい加減、その体から出ていきなさいよ!!!」

 

 「出てけ、と言われてもな。俺は肉体や実体がある訳じゃない。酒呑……ハジメを助けようとした時にこいつに入ったら抜け出せなくなったんだよ。」

 

 ハジメのことを酒呑童子と言おうとしたが、改めてハジメと言い直すヒロ。

 

 襟首を掴まれながら続ける。

 

 「こんな調子で話進まねえんだよ。このパツキン女どうにかしてくれよ、譲ちゃん。」

 

 ヒロの顔でヒロが言わないような言葉の数々。

 

 優は溜息をつき、ソラとヒロを離す。

 

 「本当に、ヒロじゃないみたい。……茨木童子さんはそこまで悪い人じゃないよ。ソラ、お客さんも来てるんだから話を進めよう?」

 

 優しく語りかける優。

 

 ソラは舌打ちをしつつ、椅子に腰かけイラついた顔を続ける。

 

 「身勝手な鬼共め」

 

 ボソッと漏れるソラの一言で空気はさらに最悪になる。

 

 ソラの正直なところは魅力でもあるが、こういった場面ではキズだ。

 

 「それで戻るんですか、それは。」

 

 優は仕方ないというような顔で話を進める。

 

 ヒロ改め茨木童子は優の顔を見やり、真剣な顔で言う。

 

 「今回の件は心の問題だ。普通ならここまでのことにはならない。……たまたま牛鬼ってやつに使われたってのもあるが、幼馴染くんは、悪意を取り入れるチカラを持っている。コピーして重ねがけしていくという表現でもいいかもしれない。」

 

 「そうか……ヒロも……。心の問題って言うことは、時間が解決してくれると?」

 

 「だといいがな。とりあえず、今は放っておくしかない。俺も抜け出せるように考えるよ。……すまないな、急に出てきてしまってよ。」

 

 「いえ、茨木童子さんのせいでは無いです。協力感謝します。……それで、お二人はどうしてここに?」

 

 茨木童子の件は一段落したが、深刻そうな顔で机を囲む4人に視線がいった。

 

 正直、優としては黙りこくっているハジメも気になるが、いまは後回しだ。

 

 「あれだけ派手に鬼が暴れたんだ。この土地と隣町を統括する一族に諸々の件がバレた……とでも言おうか。」

 

 重く閉ざされた口を開けたのはカイであった。

 

 「諸々の件?……統括する一族?」

 

 なにもわからない優は聞くことしか出来ない。

 

 呆れたように、額に手を当て、話し始めるモモコ。

 

 「『百合野家』、『琴上家』っていうユリの親や親戚よ。聞いたことぐらいあるでしょ?」

 

 「琴上家……。お金を支給してくれた……?」

 

 「そう。その2つの家に真城優、それから酒呑童子、ヒロくんに取り憑いた茨木童子、優ちゃんが呼んでしまったそこにいる橋姫のことが伝わってしまったの。」

 

 「え?なにか、いけないんですか?」

 

 「忠告したはずよ、ハジメに負担をかけるな、悪意を溜め込むな、と。この世界はね、鬼や妖怪、悪意を嫌う傾向にあるの。……もちろん、そうじゃない人もいる。でも世界はそんな都合良くない。」

 

 「モモコ、別に真城が悪いわけじゃ……。大坪の事は完全に予想外だろう?……守れなかったのは俺たちの方だ。」

 

 責めるように続けるモモコをカイが止める。

 

 2人にも事情があるのだろう。今のやり取りだけで、守られていたことを実感する。

 

 「少し言いすぎた、でもこれ以上常世へ干渉するのはやめて。危険なのよ、こっちと向こうの世界に繋がりが生まれるとね。」

 

 少し顔を俯かせながら、それでもモモコは優に再度忠告をする。

 

 「琴上家は知り合いの家だし、そこまで怒りはしない。でも百合野の家は『天邪鬼』っていう鬼が消えたことで、おとなしくなっただけで、鬼を宿すもの、鬼そのもの、鬼に関わる全てを憎んでる家系よ。……気をつけて。」

 

 「わかり……ました」

 

 優は唇を噛む。

 

 悪いことをした訳では無い。

 

 理不尽さを感じたのだ。

 

 幼馴染を助けるために持てる力を使った。それがいきなり、悪い事だと自分を否定された気がした。

 

 そんなの知らないよ。

 

 教えてよ。

 

 それが、優の本心だった。

 

 そしてなによりも、ヒロを救えなかったことが引っかかる。

 

 ここまで自分は責められて苛立ちを覚えるのは状況を悪化させただけだと言われた気がしたからだ。

 

 ソラもずっと怒りを抑えている。

 

 巻き込まれた茨木童子、橋姫。

 

 辛い顔を続けるハジメ。

 

 そして、きっと大きな迷惑をかけているであろうユリ。

 

 「すまんな、空気悪くして。俺たちは帰るよ。ほら、モモコ。そんな怖い顔するなって。今できることをやろう。な?」

 

 「わかったわよ。……ユリ、『当主様』がお呼びよ。それから百合野のほうもね。明日にでも向かってちょうだい。………悪いけど、天野はついて来ちゃダメよ。」

 

 「分かってます、なにかとユリのことありがとうございます。」

 

 モモコは去り際、ユリと天野にそう告げる。

 

 ユリは舌打ちをし、イラついている様子が見受けられる。

 

 天野は悲しそうにその様子を見つめ、代わりに二人にお礼を言う。

 

 「……それと、悪いが真城。近いうち、ハジメと一緒に『琴上家』に来て貰えるか?追って連絡するから、心構えだけしておけ。……なるべく善処するが、いくら融通がきく知り合いでも、この土地の当主だ。……なにされるかわからない。悪く思うなよ。」

 

 カイが続けて優に一声かける。

 

 優は不満そうに頷くしかなかった。

 

 「わた、私はっ!そんな悪いことをしたでしょうか!?」

 

 だが、我慢できずに口からこぼれる言葉。

 

 カイは驚いたと言うな顔を見せつつ、優の頭を撫でる。

 

 「そんなことはないさ。世界が理不尽なだけだ。押し通したいなら乗り越えるしかない。」

 

 モモコも横にたち一言添える。

 

 「………私も貴方と同じ立場なら同じことをしてたよ。だからごめんね、今の私はこういうことを言わないといけない立場なの。……大人にはなりたくないものね。」

 

 モモコは悲しそうに呟く。

 

 やりたくて悪役に回るものなどいない。

  それぞれに事情があって仕方がない。

 

 どこか二人の奥底にある本心が見えた気がして、優はそれ以上、食い下がることは無かった。

 

 2人は悲しそうな背中をみせ、その場を後にした。

 

 ーーーーーー。

 

 いつもより静かなリビング。

 

 ハジメも顔を俯かせ、優の方を見ようともしない。

 

 「……家の家系がごめん。優はなにも悪くないよ。……それじゃ、ちょっと外出てくる。……天野は着いてこなくていい。」

 

 「ユリ………なにか、力になれることがあったら言ってね」

 

 優に背中を向け、ユリはこくりと頷き寮を後にする。

 

 天野は悔しそうな顔をしながら、ハジメの元に歩き出す。

 

 「……なんだ?」

 「少し、話せるかな。」

 「………いいだろう。」

 

 二人はなにやら、話すと席をたち、外に出ていく。

 

 リビングに残ったのは、優、ソラ、橋姫、茨木童子という異色なメンバーだ。

 

 「この際だから言うけど、優、あんた鬼のこと信用しすぎだよ。……とてもじゃないけど、理解できない。……それになにあの力?勉強してたのは知ってるけどそれにしてもおかしいよ。……なにか隠してるよね、優。」

 

 椅子から立ち上がり、責め立てるソラ。

 

 視線を逸らし、申し訳なそうな顔をしながら話し始める優。

 

 「……お花見した時。あの日からかな。私、ハジメさんの夢を見るようになったの。……暗闇で後悔して後悔して、嘆いている彼を。」

 

 「なにそれ、だからって鬼を信じる理由にはならないし、力を使える理由にもならない。」

 

 「そうだね。でもソラはなにか勘違いしてるよ。ハジメさんはやりたくて悪事を働いていたわけじゃない……きっとそうだと思う。」


強い視線のぶつかり合い。信念のぶつかり合いが起きているとでも言えようか。

 

 「はいはい、落ち着きなよ。二人とも座って。……ほら、茨木の。お茶入れろ。」

 

 橋姫は二人を落ち着かせると、座らせ、堂々と椅子に座る。

 

 そして、茨木童子にお茶を汲ませる。

 

 「人使い荒れえな。……久しぶりあったのによ。」

 

 「我が気兼ねなく接せられるのはお前だけだよ。」

 

 「ハジメは?」

 

 「今のアイツはダメだな。弱くなった。力だけでなく心まで。」


悲しそうに呟く橋姫。全盛期の力を持ち、強く憧れの的だった酒呑童子を知っているのだろう。茨木童子も視線をそらせる。


そんな二人を見て、先程の夢を思い出す優。きっと2人なら、ハジメに何があったのかわかるはずだ。

 

 「あの、教えてください。ハジメさんのこと、いえ。酒呑童子のことを。」

 

 「ふん、まあいいか。さっきの桃子とやらから、常世に帰るために優を使うなと言われてる。……野暮用があって帰るつもりはなかったが。……貴様と仲良くして損は無いな。」

 

 「アンタ!優に変なことさせないでよ!」

 

 ソラはまたテーブルを叩き、立ち上がる。

 

 「はあ。直ぐに血が上るな、貴様は。前世とは大違いだ。」

 

 「私の前世を知ってるの!?」

 

 「鬼であれば誰でも、とでも言っておこうか。……『式神を操り、天翔る星に携わり、悪意を宿す存在と共にあり、好いた異性の心は奪えず』」

 

 「……なにそれ」

 

 「貴様の前世の特徴を並べただけだ。深い意味は無い。……それとも今の自分と重なったかな。」

 

 「アンタ、やりづらい。」

 

 ソラは疲れたように椅子に腰かけ、ため息をつく。どうやらやっと冷静になったようだ。

 

 「遮って悪かったわね。……酒呑童子のこと教えなさい。それはわたしも気になってた。あいつ、いくらなんでも弱すぎる。そして、私の知ってる悪意に満ちた鬼ではない。……それともうひとつ、『牛鬼』とやらの話も、詳しくお願いね。」

 

 「いいだろう。簡単に言えば牛鬼と言うのは悪意そのものだ。見境なく人を喰らい、セカイを食い荒らすそういった類だ。」

 

 「オレも橋姫もハジメも簡単に言えば、牛鬼の被害にあってる。……それによる責任で人間や神とも争った。」

 

 「私の部族は、牛鬼によって壊滅させられた。人間を守る役割だった私たちの敗走は、人間たちに大きな不信感を与えた。……目の前で生き残った同胞を殺された。」


淡々と感情がなく、呟く橋姫。もう乗り越えたのだろうか。


いや、きっと違うだろう。瞳の奥に復讐の炎が垣間見える。それは優の悪意が見える力か、それとも敢えて怒りを表現した橋姫の力か。

 

 「そんなことが……。でもどうして」

 何を口にしていいか分からず、疑問を口にしようとした優を遮り、橋姫は続ける。

 

 「牛鬼ってのは悪意そのもの。私の部族を襲ったのは人間だった。牛鬼が取り憑いたね。……そして人間の不信感を増幅させ、私たち部族は牛鬼に影響された人間に殺された。」

 

 「牛鬼。別名、黒鬼。……誰かをうたがう心を糧として生まれる。……人間はどこかで鬼を疑い、鬼も同じように疑う。ほんの些細なきっかけで、均衡は崩れる。」

 

 橋姫に続くように茨木童子が続ける。ひと呼吸置き、自分の過去を振り返る。

 

 「俺は、人間をどこかで疑ってしまっていた。……いい人間と悪い人間がいる。そんなことも見極められず、人間の悪事を見た時にな、心が汚れるのが分かった。……オレは一度牛鬼に体を奪われてる。」

 

 「そして、それを助けたのが、酒呑童子。簡単に牛鬼をアイツは、飲み込んだ。でも肉体を暴走させてしまった。茨木童子がもつ青鬼としての力、牛鬼がもつ黒鬼としての力。それらをその身に受けた酒呑童子は、文字通り、本当の鬼になった。」


鬼という言葉に言葉の重きを置き、語り終える橋姫。まるで凄惨な過去を振り返るかの如く表情を曇らせる。


あの日の絶望を橋姫は記憶の奥底に焼き付いて離れない。大切な仲間を二度失う恐怖は彼女が誰よりも知っている。


だかるこそ、今足をすくませている酒呑童子に苛立ちを覚えてしまうのだろうか。

 

 「なら、この世界に伝わってる伝承や私の前世は……」


一通り話を聞き、答えにたどり着くソラ。言ってしまえば、空の知っている酒呑童子とハジメの本来の姿の酒呑童子は違うということになる。


なんとも複雑な感情がソラの中で蠢く。

 

 「牛鬼に飲み込まれた酒呑童子、で間違いないな。……まあ、大まかにはこんな感じ。」

 

 語り終えた二人は少し悲しそうに溜息をつき、その場を後にする。

 

ーーーーー。

 

 「思った以上に重たい話だったね……悪意を溜めてはいけない理由、少しわかったよ。」

 

 「そうね。ヒロちゃんのあの暴走も心に牛鬼が宿ったってことなんでしょうね。」

 

 リビングに残り、寂しくなった空間で話すソラと優。

 

 「ヒロのあの暴走って……」

 「考えなくていい。……だれも悪くは無いんだから。」


優は涙が出そうになった。だが、一人で抱える必要は無いとソラは優しく優を抱きしめる。


流石の優だって、分かってしまう。心を閉ざしたヒロ。彼の心を閉ざしてしまったのは自分に責任があると、張り詰めた空気から解放され優のなかで罪悪感が芽生える。


ーーーーーー。

 

 静かに流れゆく時間。

 

 優は徐々にチカラをコントロールしつつある。

 

 そして、頻繁に見るようになった鬼たちの記憶。

 

 夢の果てに得ていく記憶の数々。

 

 そして語られる過去。

 

 悲しい過去を想起させるように急に降り出す雨。

 

 優は窓の外を眺める。

 

 「……まだ、牛鬼はいる。この世界に牛鬼は解き放たれた……」

 

 「わかるの?」

 

 「うん。あの日、橋姫さんを呼んだ時も私ならできる気がした。……わたし思ったことがあるんだ。」

 

 「なに?」

 

 「私は悪意を引き寄せる……そしてソラも、ヒロも悪意による力を使える。私は茨木童子さんとハジメさん、橋姫さんを呼び寄せてしまった……。」

 

 「そうだね、間接的には牛鬼もヒロちゃんが呼び寄せたし。」

 

 「ソラには前世の記憶があって、特別な力を使える。ユリもとても人間とは思えないぐらい強いし、天野さんは鬼らしいし。」

 

 「私は戦ったことあるから、天野が鬼ってのはすぐにわかったけど。アンタはどうして?」

 

 「前にモモコさんとカイさんが話してるの聞いちゃって。ほら、私悪意見えたり、聞こえたりするでしょ?」

 

 「あの人たちも悪意をコントロール出来ない程の話題ねえ。」

 

 「そう、天野さんが鬼っていう強い感情が二人にはあるの。今日話していて何となく事情はわかったけど。」

 

 「そっか。優だいぶ力使えるようになったんだね。……それで?考えたことって?」


刹那、優は珍しく真剣な表情でソラを見つめる。彼女なり考え抜いた気持ちが決意となって言葉を発する。

 

 「ソラ、私もソラの前世に関係してるんじゃない?……こないだの御札見たことあったし。ソラと関わると力の使い方を理解していくような気がするの。……まるで、ソラのことを真似たことがあるような……」

 

 珍しく色んなことに向き合っている様子の優。ハジメと出会う前や未知の力を受け入れるまでこんなことはしてこなかっただろう。

  曖昧で不確定だが、優は答えを求めている。周りのこと、引き寄せてしまう自分の力。傷つけた友。寄り添いたい気持ちが溢れ出る。ヒロのようにしてはいけない。


もっと自分が知らなければならないことがある。そう思って仕方がない。

 

 その様子を見て、前世に囚われ、複雑な気持ちだった頃の気持ちをソラは思い出す。なにやら懐かしくなり優しく答える。

 

 「わからない、私も記憶が確かでは無いから。……でも前世からの巡り合わせってなんだかロマンチックね。付き合っちゃう?」

 

 なんだか、話が重くなり、どんよりした空気が流れたからか、切り替えるようにソラは返す。

 

 「……もうっ。すぐに茶化すんだから。」

 

 気遣いに気がついたのか、自然と笑みがこぼれる。

 

 「無理して今回みたいになるより。私たちらしくゆっくり、知って進んでいけばいいんじゃない?……私もすぐに怒るくせ直さないといけないし。」

 

 きっと優は多くのことを一度に抱え込もうとしている。そんな気がして、自分たちのペースでいればいい、そう声をかけるソラ。

 

 「そうだね。ヒロのこともあるし。何が正しいのか、何が悪なのか。まだ分からないけど、まずはお偉いさんに謝らないとね。」

 

 「まあ、さすがに殺されたりはしないと思うから。」

 

 「やめてよ、怖いこと言うの。」

 

 二人は顔を見合せて笑う。

 

 まだ何も分からないが、徐々に運命は加速していた。

 

 そんな焦りが優の中で巻き起こりつつ、ハジメのことをもっと知りたいと強く思う優であった。

 

 そして自分の力や周りのこと、知らないことを少しずつ向き合っていく決意を固めるのであった。

 

 そんな、一度に多くのことが巻き起こり、それぞれの想いを募らせる雨は気がついた時には上がっていた。

 

 優は晴れた空、かかる虹に瞳を輝かせ、また思いを馳せる。

 

 きっと未来は明るい、と。

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