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#5 幼馴染 〈後編〉


 暗い夜道。街灯は少なく、怪しげな光のみが道を照らす。

 

 そんな真夜中の一本道。

 

 静寂な夜をかき消すような、不穏な足音が響き渡る。

 

 リズムはバラバラで、雑で、不快な足音。

 

 次第に少年の吐息が混じりこみ、よくよく耳を澄ますと苦しんでいるようにも聞こえる。

 

 酷く胸を押さえつけるような、乱れ、荒くなる呼吸。

 

 紛れもない、大坪ヒロが表情を歪めながら走っている。

 

 ずっと隠し通してきた強い欲望。

 

 いや、感情を押し殺し、見ないふりをしていただけで、溢れかえっていた泥にまみれた汚い感情。

 

 それをほんの少し、自覚しただけで、己がどれだけ汚れているかを知る。

 

 押し殺していた感情は、本人の意思を超え、ついに限界を超えた。

 

 瞳の奥に映るのは、己にとって邪魔な存在。

 

 「境一っ!!!」

 

 綺麗に声となって吐き出すことが出来る。

 

 なんと美しいことか。

 

 己の感情に目を向けることが、こんなにも気持ちがいいものだったなんて。

 

 「……っあ……はは。」

 

 口角が自然と上がる。

 

 とんでもなく歪な顔をしているのか自分でもわかってしまう。

 

 呼吸を整えつつ、自分の顔に手を触れる。

 

 緩みきって心地の良い表情をしているのが分かる。

 

 

 ヒロは幼い頃から優を好いていた。

 

 その気持ちに嘘をついたことは1度もなかった。

 

 だが、『隣にいること』はしなかった。

 

 本当は、隣に寄り添い、支え、共に生きていきたかった。

 

 でも『自分』を見つけられていない今の自分ではダメだと、彼女に誇れる自分にならないと、そんな気持ちで隣にいることを諦めた。

 

 だが、同時にその気持ちは強くなり、彼女を救えるのは自分しかいない。そんな意志へと変化を遂げていった。

 

 いつか、自分がソラや優の隣に対等に並び、居心地の良い二人を支える。それが夢のひとつになっていた。

 

 だが、今はどうだろうか。

 

 二人はヒロが知らないうちに、成長を遂げ、前に進み始めた。

 

 居心地の良かった場所は、どんどん遠のいていく。

 

 自分が導くはずの2人が、自分と同じはずの人達が、離れていく。

 

 「そんなの……許されるわけが無い!……二人の隣にいるのは、僕なんだっ!!!」

 

 ついに限界を超えた欲望は、口をついてでる。

 

 ふたりの成長、ヒロから離れていくふたり。

 

 そのきっかけを作ったのは、紛れもない『境一』。

 

 怒りが湧いてくる。

 

 気に入らない。

 

 何年も大切に育てた空間を、ほんの一瞬で奪われた。

 

 取り返さなければならない。

 

 「僕が、ボクの『自分』を見つけるために……二人は必要なんだ。」

 

 自覚していく。

 

 自分を見つけられはしない。

 

 ただ歪んだ感情が、ヒロの中へと渦巻く。

 

 「そうか、ボクはアイツが憎いんだ。」

 

 いつか、自分が二人を変える。救う。

 

 そう思っていた。

 

 それが自分の役割だと。

 

 でも違った。

 

 「僕が、『大坪ヒロ』だから、『幼馴染』だから、いけないんだ。」

 

 進んでいく。

 

 溢れ出ていく。

 

 叶わないなら、僕じゃ届かないなら。

 

 『境一』に僕がなればいい。

 

 僕が、境一になればいいんだ。

 

 二人は僕のモノだ。

 

 誰にも渡さない。

 

 「っあっ!?あがっ!!」

 

 自分の黒い感情に吐き気を催す。

 

 胸が苦しい。

 

 でもこれが、『自分』なんだ。

 

 抑えきれない欲望、支配欲、傲慢さ、独占欲。

 

 「あぁああああっ!!!!」

 

 大坪ヒロはその瞬間『悪意』を認識し、抑えられてきた『悪意』解き放つ。

 

 抑えられてきた強い力は限界を超え、『暴走』する。

 

 「そうか、これが『自分』なんだ……」

 

 そうして、同時に大坪ヒロは自覚する。

 

 自分の力や『世界の悪意を』。

 

 「この力があれば、僕は彼になることが出来る。……ふふ待っててね。」

 ーーーーーーー。

 

 一方その頃、優はユリと話していた。

 

 力のコントロールについて、ユリに教えを乞う優。

 

 ポケットの中をまさぐり、白いチョークを手にする。

 

 「なに、それ?チョーク?」

 

 ユリは目を丸くし疑問符を浮かべる。

 

 「ああ、これ?学校から持ってきたの。」

 

 「どうしてまた?」

 

 「ちょっとやってみたいことがあって。私はソラやヒロはみたいに優秀じゃないから、何をやっても平凡だから、能力についても色々試さなきゃなって。」

 

 「いいんじゃない?自分の力に目を向けて、己を知ろうとするその努力。……できるようになるといいね、コントロール。」

 

 「うんっ!ありがとう!!!」

 

窓の外を見やる優。優も嫌な予感を覚えている。今日のヒロはどこか元気がなかった。


ヒロと優は幼い頃から一緒にいて、孤独を共有してきた仲だ。お互いにどこか、自分を抑え、辛い思いをしながら生きてきた。


一緒にいてくれたから、同じ悩みを共有していたからきっと前に進めた。つぎは優がヒロのそばにいる番だ。


明日にでも話を聞こう。きっと力になれるはずだ。


優はそんなことを思いながら窓の外を見上げていた。

 ーーーーーーー。

 

 ハジメは鬼だ。

 

 無理に眠る必要は無い。

 

 料理だって、真似る必要は無い。

 

 だが、最近徐々に人間の生活が馴染むようになってきていた。

 

 「寝ないのか?」

 

 問いかける茨木童子。

 

 暗い小屋の中。ハジメは腰を下ろし、窓の外の空を眺める。

 

 「………怖くてな。」

 

 「怖い?」

 

 「ああ。妙に馴染んできたこの日常が、また壊れんじゃないかって。」

 

 「まだ前には進めないか?」

 

 「いや、そうじゃない。あまりにも違うからさ。常世と現世じゃあさ。」

 

 「平和すぎるか?」

 

 「ああ。だからこそ、大切さや居心地の良さが際立つ。気が緩む。」

 

 「そうか?嬢ちゃんはかなり危険じゃねーか?」

 

 「ああ。……まあ、だからかな。ふとした時に錯覚を起こすんだ。」

 

 「常世なんてなくて、普通に寮の管理人でってことか?」

 

 「そう、普通に管理人してて、あいつと出会う。」

 

 「でも、その『お前』じゃ、譲ちゃんは救えてないぞ?世界を混乱に陥れた『酒呑童子』がいるから、おまえは譲ちゃんと、巡り会えたんだ。」

 

 「その通りだな……。昔のお前じゃ考えられないセリフだな?」

 

 納得したように微笑み、ハジメは茨木童子に懐かしむような声で言う。

 

 「昔の俺もそうだったからな。周りの才能が羨ましくて。もしも、自分ならって。人に化けたり、わざと悪いことしてみたり。」

 

 「そんな時に『橋姫』にあったんだもんな。」

 

 「そうだよ……かっこよかった。力の限り、一族を守り、気高く咲き誇って。『自分を持っている』。そう思ったね。」

 

 懐かしむような談笑が続く。

 

 静寂な夜。

 

 静かすぎる夜。

 

 だが、それは唐突に終わりを告げる。

 

 大きな足音、荒い息遣い。

 

 ハジメは顔を強ばらせる。

 

 「……ダメだったか。おまえは……。」

 

 誰が来たのか理解したハジメはポツリ呟く。

 

 どこか悲しげだ。

 

 後悔の色も見える。

 

 刹那、開け放たれる扉。

 

 「みつ、けたァ」

 

 歪なヒロの顔がそこにはあった。

 

 顔を歪ませ、体をふらつかせ、溢れ出る悪意。

 

 ひと目でわかる。暴走している。

 

 我を失った魂。

 

 「っ……。」

 

 ハジメは過去を思い出さずにはいらない。

 

 平穏が崩れる時、今まであった普通が常識じゃなくなる時。

 

 それを壊すのはいつだって悪意だ。

 

 悪意にまれてしまう弱い心。

 

 弱い心に付け入る悪意。

 

 ハジメは苛立ちを隠せない。

 

 自らの弱さ。

 

 そして怖くなる。

 

 『また、壊れてしまう。』

 

 過ぎる弱い心。

 

 「僕のモノになってよ?ハジメさん。ねえ……いいでしょう!?」

 

 ニヤつきながら勢いに任せて悪意を解き放つヒロ。

 

 それをいとも容易く消し去るハジメ。

 

 「一回気絶させるか……。」

 

 呆れたように冷静に呟くハジメ。

 

 「ばかっ!あぶねぇ!!」

 

 刹那。茨木童子の声が響き、ハジメは戦闘体勢にはいる。

 

 一瞬の隙に懐に入り込むヒロ。

 

 強い踏み込み。

 

 ハジメは襟首を捕まれ、地面に叩きつけられる。

 

 「かはっ!?」

 

 一瞬呼吸が止まる。

 

 ハジメにとっては初めての経験。

 

 柔道の投げ技のようなモノを喰らう。

 

 「なんだ……今のっ!?」

 

 「投げ技ですよ。」

 

 体重をかけられ身動きが取れなくなるハジメ。

 

 完全に固められ、手足をばたつかせることしか出来ない。

 

 「人間ごときがっ!!!」

 

 ハジメは瞳を赤く染め、悪意を放出する。

 

 力の差でねじ伏せ、今度はハジメがヒロの上に乗る。

 

 同じように固めようとするが、手を振りほどかれ蹴り飛ばされる。

 

 「さっきからなんだ……なにかの武術……?……いやちがう。」

 

 思考を巡らせていると、今度はボクサーのような構えをとるヒロ。

 

 目に負えない速さで、ハジメとの距離を縮め、猛烈なラッシュを与える。

 

 ハジメはガードを上にあげるが、今度はボディに強い一撃を喰らい不覚にもガードを下げてしまう。

 

 その隙をつき、顎に強烈なアッパーを受け、飛ばしあげられた肉体は宙を舞う。

 

 勢いよく壁に衝突し、辺りには木の板が散乱する。

 

 それを手に取り、中心で剣のように構えるヒロ。

 

 危機を察知し、起き上がろうとするが、中々上手く体は動かない。手足をバタバタさせ、壁に持たれながら無理やり立ち上がる。

 

 ゆっくりとハジメに近づく。

 

 「次から次へと、構え変えやがって。」

 

 続いてヒロは剣道のような構えをとり、独特な間合いで、ステップを踏み、木の板を振りかざす。

 

 その一撃を両手を使い受け止めるハジメ。

 

 「だぁああっ!!!」

 

 振りかざした勢いに合わせ、その力を利用し、板を粉砕する。

 

 ハジメはそのまま、勢いに任せ拳をヒロの腹部に叩き込む。

 

 しかしヒロはヒラリとかわし、ハジメの腕を掴まれる。

 

 「どうです?ボクの技の数々。凄いでしょ?僕なんでもできるんですよ?悪意の力だってあなたとは桁違い。分かるでしょ?力の差。」

 

 能力について理解したからなのかハジメに力の差を見せつけるような戦い方をするヒロ。

 

 「だったらなんだ?何が目的だ?偽物の力でのし上がって満足か?」

 

 ヒロのチカラは他人の力を真似ているだけの紛い物に過ぎない。本人の努力の上で成り立たない力は、柔軟性がなく『自分』がない。

 

 ヒロが一番嫌がり、一番理解していることを口にするハジメ。

 

 「僕が……偽物?」

 

 顔に手を当て震え始めるヒロ。その高い自信が揺らぐのがハジメには伝わる。

 

 良くも悪くも彼には『人を真似ることしか出来ない』。

 

 「たしかに、おまえはなんでも出来る。凄いよ。悪意の量も今まで見てきた人間の中では最上級だ。……だが、努力を感じない。『自分』がねえよ、お前。」

 

 「……っ!!!!」

 

 ヒロの怒りに触れたのか、悪意は更に暴走を始める。

 

 黒い悪意は形を変え、無数の腕が形成され、ハジメを拘束する。

 

 「……腹立つな、お前。僕は誰よりも優れている。……わかるか。僕にはあらゆる才能があるんだ。君みたいな異物は消えた方がいい。……僕になることでね。……君が優から受けている好意を僕に向けさせる。僕は君になる、君は僕になる。」

 

 まるで自分に言い聞かせるように語り始めるヒロ。

 

 きっと心のどこかで間違っていると分かっているのだろう。そう思っているのなら、我を取り戻すことは簡単だ。

 

 ハジメはニヤつき続ける。

 

 「はは。……己の本能に従うのは、気持ちいいか?ヒロ。他人の努力奪って満足か?紛い者のてめえの方が異物じゃねえか。」

 

 「うるさい、うるさいうるさいうるさいっ!!!これは僕の力だあ!!!それを今証明してやるっ!!!」

 

 ヒロの心が揺ぐのがわかる。

 

 拘束していた黒い手は力を失い、ハジメは拘束から逃れ、勢いに任せ扉を突き破り小屋から脱出する。

 

 「逃がすかぁっ!!!!」

 

 急いで追いかけるヒロ。

 

 だが、目の前に現れた優に行動を止める。

 

 「……なんで」

 

 「っ!!!」

 

 優は強い眼差しで、ヒロの前に立ち塞がる。

 

 「ダメだよ。ヒロ。……それ以上近づいたら私が許さない。」

 

 優の瞳は今までヒロが見てきたどの瞳より力強く、同時に理解してしまう。

 

 そこに自分には決して向けることの出来ない『愛情』があることを。

 

 「…なんで、なんでそいつなんだよ!!!!…ぼくはっ!僕は……君のために……っ!!」

 

 ヒロはその場に崩れ落ち、瞳には大量の涙を浮かべる。

 

 辛くて仕方がない。

 

 「大丈夫ですか……ハジメさん。」

 「ああ、大したことねえさ。……すまんな、どうやら、ヒロは暴走してるみてえだ。」

 

 「大丈夫。私の知ってるヒロならここでやり直せるはずだから。」

 

 優しくハジメを抱き抱える優。

 

 その瞳はひどく優しく鮮明で、ヒロにとっては最大級の絶望だった。

 

 そして、同時に暴走を加速させる。

 

 瞳の奥に闇を捉える。

 

 「っ!?」

 

 ハジメは嫌な予感を察知し、ヒロの方を見やる。

 

 「……牛鬼……?」

 

 ハジメはひどく体を震わせる。

 

 一気にトラウマがフラッシュバックする。

 

 ハジメから全てを奪った災厄『牛鬼』。

 

 その闇しかない塊をヒロから感じるのだ。

 

 「ハジメさん?」

 

 優は困惑したようにハジメに声をかける。

 

 「……だめだっ!!ヒロ!!!戻ってこい!!!」

 

 「………。君がいたらダメなんだ………キミがいるからダメなんだ。」

 

 ぽつりぽつりと囁くヒロ。まるで誰かに洗脳されたかのように同じ言葉を繰り返すさまは、狂気だ。

 

 「だめなんだ!!ヒロ!!!」

 

 ゆらりと優の元から離れ立ち上がるハジメ。

 

 嘆きながら悲しみながら、辛かった日々を思い出す。

 

 ハジメはフラフラと歩みを進め、次第に力を増していく。姿は変わっていき、人ではなくなっていく。

 

 優はたまらず立ち上がる。

 

 「ハジメ……さん?」

 

 ハジメはゆっくりと振り返る。

 

 姿は光り輝き、黄色のような肌の色になっている。

 

 鋭い牙を生やし、額には一本の角。瞳には大粒の涙。

 

 優はどこか、後悔の色を感じた。

 

 そして、ハジメがどこかに行ってしまうようなどうしようもない焦燥感が襲ってくる。

 

 でもあまりの強い後悔に優は言葉が出ない。

 

 きっと想像もできないような『後悔』を抱え、ハジメは生きてきたとわかる。

 

 本来『酒呑童子』の体の色は赤だ。何よりも渇望する邪悪な色。

 

 だが、今のハジメは紛れもなく『後悔の色』をその身に宿している。

 

 ゆっくりと立ち上がり、ハジメを瞳に捉えるヒロ。

 

 悪意は強く大きくなる。

 

 そして、ハジメを大きな闇が包こもうとする。

 

 「……え?」

 

 ハジメは闇に飲み込まれる直前ニコッと微笑む。

 

 まるで、それが最後かのような。

 

 刹那、巨大な雷鳴。

 

 力と力の融合。

 

 放たれる閃光は迸り、優を吹き飛ばす。

 

 「うう。」

 

 数分の後、目を覚ますと、目の前には青色の肌、二本に長く伸びた角、大坪ヒロの鬼になった姿がそこにはあった。

 

 「ヒロ……?」

 

 すぐ足元には、倒れ込む人間の姿に戻ったハジメ。

 

 「がァァァァアッ!!!!」

 

 雄叫びのような耳をさくような大声が響く。

 

 「ハジメさんっ!!」

 

 ハジメの元へ行こうとする優。

 

 背後からソラとユリ、天野が現れ止められる。

 

 「ハジメは任せな。ヒロちゃんも何とかしてみせる。……だから待ってて。」

 

 「だめっ!私も戦う!」

 

 「戦うって…」

 

 「ヒロ何かに飲み込まれてる気がするの。だから正気に戻せれば。」

 

 「無駄ね。悪意による暴走よ。優、あなたと普通の人を同じにしちゃいけない。」

 

 ユリが止める。そして、続けるように天野が言葉を添える。

 

 「普通悪意に囚われて正気に戻れる人間なんていません。……ましてやあそこまで悪意を溜め込んで姿を鬼に変えてしまっては………」

 

 「分かってる、調べたから。……私に預けて欲しいの。一つだけ方法がある。……だから時間を稼いで欲しいの!」

 

 「待って、鬼には鬼しか対抗できないの。もしくは封印か、特殊な力を持つ術者が必要なの。」

 

 「それって今ここにいるんですか?天野さんは鬼だと聞きました。でも今は人間の体なんですよね。昔の力使えるんですか?」

 

 「…。正直な話転生した時に大半の力を術者に奪われましたね。」

 

 「天野!……私なら何とかできる。……いい?優、おとなしくしてて。」

 

 「……ヒロは私にとって『幼馴染だから』。……絶対助ける。それは私の役割です!」

 

 強い眼差し。誰も何も言えなくなる。

 

 「はあ。こういったら優は聞かないのよ。とりあえず、ハジメ助けるよ。」

 

 ソラは観念したように周りに言い聞かす。

 

 「ソラ……ありがとう!」

 

 ーーーーーー。

 

 「アガアァアアッ!!!」

 

 またもや耳を割くような強烈な雄叫び。

 

 まるで理性はなく、辺りをこん棒のようなもので薙ぎ払っている。

 

 「憑依・『天狗』!!!」

 

 ユリは唱え始めると全身を和装に染め上げ、黒き翼を生やす。

 

 右手には羽扇子。

 

 一気に高まる強大な霊力。

 

 美しく儚く、ユリを照らす。妖艶でそれでいて力強い眼差し。

 

 一振、また一振。羽扇子を仰ぎ、青鬼の強大な雄叫びを消し去る。

 

 押され始める青鬼。負けじとさらに大きな雄叫びをあげる。

 

 それをさらに一振しかき消すユリ。

 

 「困ったな……思ったより強い。」

 

 「だから僕たちがいるんだよ!ユリ!」

 

 天野は青鬼の背後に回り、強烈な蹴りを与え一時的に青鬼を怯ませる。

 

 「これで終わり!!!」

 

 飛び上がったソラ。陰陽五行で言えば青鬼は『木』を意味する。

 

 ならば、火の力には弱いはずだ。

 

 そう考えたソラは札を2枚かざし唱える。

 

 「我に力を!『火の神・騰蛇』さらに守りを!『火の神・朱雀』」

 

 唱えると守るように火の塊のような青年がソラを包み込む。そして解き放たれるように蛇のような炎が青鬼目掛けて飛んでいく。

 

 二体同時の式神の召喚。以前の何倍もソラは力を増している。

 

 炎は青鬼に直撃し、怯む。

 

 「まだだ!!!」

 

 背後から頭上に舞い上がった天野は拳に強大な霊力を蓄え、青鬼の二本の角を叩き割る。

 

 「アァアアアッ!!!」

 

 さすがに効いたのか、悲鳴のような雄叫びをあげる。

 

 その隙をつき、一気に距離を詰め、青鬼を捕まえるユリ。そのまま翼を使って天空へと上昇していく。

 

 「いまだ!!!ハジメを!!」

 

 頷き、ハジメを助ける優。

 

 「すまねえ……。あいつを止めようとした……そしたら茨木童子に『馬鹿野郎』って言われてな。言われて気がついたよ、俺また……。」


後悔が止まらないハジメ。それを優しく包み込む優。

 

 「無事でよかった。あとは任せてくださいね。『茨木童子さん』が取り込まれたんですね」


無事な様子のハジメをみて酷く心が落ち着く。だが、落ち着くにはまだ早い。優は決意の眼差しを向ける。

 

 「おま……え、どうしてそれを?」


優に茨木童子のことを話した覚えがないハジメは混乱する。優は何もかもを見透かしているような強さに満ち溢れた顔をしている。

 

 「私だって日々成長してるんですよ。……小屋借りますね、術式にもってこいなんで。」

 

 「術式?……お前まさか…。」

 

 ニコッと微笑み走り出す優。ハジメは頭を抱える。


「おまえは……いつだって知らないうちに成長するな……。お前の強さが欲しいよ、俺は。」


ハジメは悲しく呟く。自分には無い優の強さ、賢さ、成長、憧れて仕方ない。

 

 ーーーーーーー。

 

 「……こいつ、再生してるっ!?」

 

 ユリは上空に上がりながら顔を強ばらせる。

 

 よく見ると先ほど破壊した角は、みるみるうちに再生されてる。

 

 「ごめん、優。こいつ、消し去らないとまずいかも。」

 

 ユリは決意をかため、青鬼を地面目掛けて放り投げる。

 

 「これは使いたくなかったけど……っ!!!」

 

 瞳を金色に変化させ、髪の毛は白く鋭くなるユリ。

 

 まるで獣のようなその姿、背後からは天狗の翼、そして、九本の炎がしっぽのように長く伸びていく。

 

 「………。琴上の炎、喰らいな」

 

 前方に手を出し、巨大な炎を形成する。

 

 そして、青鬼目掛けて解き放つ。

 

 地面への着地と同時に炎は青鬼に直撃し、辺り一面を火の海に変える。

 

 「……ユリ。」

 

 悲しく呟く天野。

 

 彼は知っている。この力を使うユリの気持ちを。

 

 そして、使いこなせていないことを。

 

 力に歯止めをかけてしまい、最大火力は出せない。

 

 案の定、炎をかき消しニヤつきながら現れる青鬼。

 

 刹那。小屋から光が解き放たれる。そこにいた全員がまるで何かが呼び寄せられたような大きな悪意の波動を感じ取る。

 

 ーーーーーー。

 

 「これで、呼び寄せる!!!」

 

 優は星を逆にしたような術式を床にチョークで刻み込み、中心に座る。

 

 「何やってるの!?優!!」

 

 異変に気がついたソラが小屋にやってくる。

 

 そして、表情を歪める。

 

 「それって、……『逆五芒星』。陰陽の反転した力……まさか、悪魔でも呼ぶ気!?」

 

 「鬼だよ。鬼を呼ぶの。」

 

 「なに、馬鹿なこと言ってんの……?」

 

 ソラは瞳に怒りを露わにする。

 

 どうしても鬼が、憎くて仕方がないのだろう。

 

 「ソラ、鬼が悪ってそれは私たちが決めることじゃない。……私気がついたんだ。ほんの少し見方を変えるだけで、『悪意は反転する。』」

 

 「でも!!!」

 

 「ハジメさんはソラの知ってる酒呑童子じゃなかった。ただ過去に囚われてしまってる悲しい人。……ヒロだってそうだよ。自分を見失って悪意に飲まれて。誰にだって起きうることなんだよ。……わたしも一歩間違えばヒロみたいになってた。……みんながいたから、私は前に進めた。……だからっ!!!」

 

 「ダメっ!!!」

 

 術式は紫色の怪しい光を解き放ち、ソラを吹き飛ばす。

 

 優は流れる悪意を全て注ぎ込む。

 

 「わたしが悪意を引き寄せるというならっ!!!」

 

 悪意を象徴とする、いや悪意の象徴とされる『鬼』を同義に呼び寄せられる。

 

 これは優の強い想いと決意の力だ。

 

 「私のために幼馴染を助けて!!!わたしの大切な人なの!!!ずっとそばにいてくれた、私の目標の人なの!!!ヒロには私の目標でいて欲しいの!!!」

 

 強い想い。そばにいたのに気が付かなかった幼馴染の想い。

 

 みんながいたからこそ前に進めた優。

 

 その中にはちゃんとヒロの姿もあるのだ。

 

 常に憧れの的。

 

 それは、優にとっても同じで、自慢の『幼馴染』で、大切な『友だち』なのだ。

 

 ずっとそばにいて普通でいてくれたヒロ。

 

 自分を見失っているのだとしたら、共に歩き見つけてあげたい。そして伝えてあげたい。

 

 「ヒロは誰よりもかっこよくて、大きな人なんだよ!!!」

 

 頭の中でピキーンと音が鳴る。

 

 走馬灯のように思い出が蘇る。

 

 『何も無いなら、僕がそばいて一緒に探す!……僕とお揃いだから……』

 

 「そう、そうなんだよ。ヒロ。……まだこれからなんだよ、だから一緒に……」

 

 優はその場に倒れ込む。

 

 チカラを使い果たしたようだ。

 

 そしてそれに呼応するように、小屋の天井を貫き、光が舞い降りる。

 

 「フン。……貴様か。我を呼んだのは。……いいだろう、『代償』は後払いだ。。……まずは彼奴だな。」

 

 降臨したのは紅葉柄の着物を着た女性だ。

 

 まるで、戦場に咲く一輪の花のように儚く美しく、力強さを感じさせる。

 

 顔は見えず、般若のような仮面を深く被り、綺麗に結われた髪の毛を靡かせる。

 

 ゆっくりと歩みを進め、青鬼に近づく。

 

 突然現れた女性に困惑しつつ、周りは青鬼に攻撃を続ける。

 

 「くそっ!!!」

 

 精一杯の力を振り絞り、攻撃をし続けるハジメ。

 

 体はボロボロで大半の力を失ったハジメは近づいては薙ぎ払われるを繰り返している。

 

 ユリや天野、ソラも同様に攻撃を続けるが、同じように角を破壊しても再生の繰り返し。

 

 いたずらに体力と霊力を奪われ、青鬼は力をさらに増し、肉体を巨大化させていく。

 

 「こんなものをすら、無力化出来ないとは。落ちぶれましたね。『酒呑童子』」

 

 ハジメの横に仁王立ちする般若の仮面の鬼。

 

 見下すように吐き捨てると、そのまま青鬼へと近づいていく。

 

 「何よ!アンタ!」

 

 「貴様……嫌な匂いだな。」

 

 唐突に現れた鬼に嫌悪感を抱いたのかソラは怒りを露わにする。その態度が気に入らなかったのかソラを睨みつけ、瞬時に懐に入ると、強烈な一撃を食らわせる。

 

 「うっ!?」

 

 呼吸が止まり、ハジメの所まで転がされるソラ。

 

 同じようにユリ、天野も吹き飛ばされる。

 

 「ぐはっ!?……なにあいつ?」

 

 いくら疲れていたとしても一撃で吹き飛ばされたことがないユリは驚きの表情を見せる。

 

 「貴様らはなんだ?自分の信念すら守れず、力もロクに使いこなせないとは。……特に『酒呑童子』落ちぶれたな。一族どころか、大切な主すら守れないとは。そして愚かに友も食われるとは。失望した。……真城優に感謝すんだな。」

 

 睨みを効かせる般若の鬼。

 

 どこかハジメに怒りを向けるような話し方。ハジメは俯き、歯を食いしばる。

 

 話して油断していると思ったのか青鬼は巨体を活かし、こん棒を振り回し、足で踏み潰そうとする、

 

 それを般若の鬼は右手の人差し指のみで止めて、青鬼のバランスを崩させる。

 

 「図体ばかりだな。力の本質を分かっちゃいない。……『大坪ヒロ』と『茨木童子』を助ける。それが、主の願いだったか。」

 

 言いながら青鬼に飛び乗り、巨体の胸部に手を翳す。

 

 刹那、青鬼の巨体から悪意の粒が吹き出て、ハジメ、ソラ、ユリ、天野に戻っていく。

 

 徐々に青鬼は姿を小さくしていく。

 

 「鬼に悪意を与え続けてどうするつもりだったのか。……まあこんなものだろう。」

 

 飛び降り、青鬼に背を向け指を鳴らす般若の鬼。

 

 仮面を外し、美しい顔を露わにする。

 

 「願いは叶えたぞ。……我が名は『橋姫』。異界から真城優によって召喚されし鬼だ。……守る力を司る鬼とでも言おうか。」

 

 青鬼の体は橋姫と名乗った女性の言葉を最後に消え去り、元の『大坪ヒロ』の肉体へと変化を遂げる。

 

 「さて、代償だ。娘。悪意を喰らえ。」

 

 橋姫は右手に大きな悪意を蓄え、優を拾い上げ、無理やりねじ込む。

 

 その悪意の塊は紛れもないヒロが溜め込んだ悪意である。

 

 その巨大な悪意を気絶してるとはいえ、優にねじ込む。

 

 「まあ、今はゆっくり眠るといい。」

 

 ニヤリと微笑み、橋姫は姿を消す。

 

 突如召喚され現れた橋姫。

 

 その目的はいかに。

 

 そして、幼馴染の絆によって救われたヒロ。

 

 彼は正気に戻るのだろうか。そして彼の中に芽生えた『牛鬼』とは一体。

 

 また、橋姫を召喚し代償として巨大な悪意を受けた優。

 

 暗い過去と決別出来ずにいるハジメ。

 

 どうしても鬼には好意的になれないソラ。

 

 一人で戦い続けるユリ。

 

 それを守ることしか出来ない天野。

 

 それぞれの感情が交錯する中、長い夜は終わりを告げた。

 

 まだ、何も終わってはいない。しかし、ひとまず優の幼馴染『大坪ヒロ』の暴走は、優の強い想いで現れた『橋姫』によって終息したのであった。


「優……。僕は結局、思い上がって高望みしただけなのか………『君にとって、幼馴染以上にはなれないんだね』」


意識を取り戻したヒロは、涙ながらにどうしようもない気持ちになっていた。


幼馴染。大坪ヒロ。それも優にとって大切なひとつなのに、ヒロはそれでは納得できないようだ。


そんなことを知る由もなく、霞んだ眼でヒロを捉える優。


「よかっ…た。」


優はどこまでも優しく微笑んでいた。

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