#40 器と魂
「クロエ!?」
「ああ、クロエだ。」
驚きの邂逅。
再び現世にクロエの姿があった。
「な、なんでクロエが……。たしか、鈴蘭さんに倒されたはずじゃ?」
動揺するハジメ。
だが、最もな疑問だった。
確かにあの時、世界を闇で覆い自らを鬼神とまで名乗ったクロエ。
そのクロエは優たちの活躍により鬼の力も神の力も失った。
人間になったのだ。
その後、鈴蘭たちの手によって常世へと封じられたのだ。
つまり、ここにいるのは想定外すぎる出来事ということだ。
「って言うか、ユリは?どうしたの?」
「しらぬな。……よっと。」
クロエはベッドから降りて優たちにそっと近づく。
近づく度に服がはだけていき、ハジメと優の中で違和感を生じさせる。
「なんか……」
「縮んだ?」
刹那、纏っていた黒いローブは脱げ、全身が簡単に露出される。
全身綺麗に褐色で統一され、女性らしい曲線を描く。
華奢でいて幼いながらに女性を意識させるほどには成熟はしていた。
秘部や乳頭は色や形も整っており、見る人が見れば飛びつくほど美しいバランスだ。
「ぐわっ!?」
初めは咄嗟に視界にその全てを入れてしまうが、すぐさま顔を逸らす。
しかしながら時すでに遅し。優は無言でハジメの目玉に指を突き刺す。
「……何見ようとしてんですか?」
「……いや、そんなつもりは」
苦悶の声を堪えながら、必死に言い訳をする。自分はなにもやましい思いなどないというように必死だ。
「見ましたか?」
「いえ、見てません。」
「なら、良いです。……どっか行ってください。」
「ほう?我が肉体がそんなに美しいか?ほれ、存分に見つめよ!アッハハハ!」
はだけた服を直すどころか脱いでハジメに抱きつくクロエ。
「本来であれば神に劣情など抱いてはならぬが……ほれほれ!欲望の赴くまま、吐き出して良いのだぞ?背徳感がそそるだろう?」
「やめろ!まじやめろ!優に殺される!!!!」
クロエは上目遣いでハジメの全身に刺激を加える。
性欲を掻き立てるようにいやらしい触り方は、意識していなくても男には刺激が強い。
嫌がりつつも喜んでいるように優からは見えた。
真実はそうではなく、好きな人以外にはそういう感情を抱きたくないという、ハジメの強い思いであった。
つまりは、刺激を必死で耐えているのだ。
「何してんですか!!!!」
しかし伝わらなかったようだ。怒り狂った優の強烈な回し蹴りが炸裂する。しかも、運悪くハジメの股間に直撃する。
「っあ!?あぁっ!?いでえ!……いっつぁあああ……」
声にならない悲鳴を上げ股間を抑えながら崩れ落ちる。
「おお。ジャストヒットだなあ。」
貴重なモノを見たというような顔でマジマジと見つめるクロエ。
耳を引っ張られてそのまま優の部屋へと連れ込まれる。
「あなたはこっち。」
「おぉ、これが神を運ぶ手段と言うやつか?」
引っ張られながらもマイペースに語るクロエ。
少々の苛立ちを抑え自室へとクロエへ引張る。
入ってくるな、と言わんばかりに大きめにドアを閉じる。
引き出しから服を素早く取りだして、上から被せる。
大きめの黒いトレーナーを着せられ成されるがまま着替えさせられる。
落ちていた青色の短パンをついでにはかせ、外に出ても問題ないと判断する。
「あした買い物行くけど。とりあえずそれで我慢ね。」
クオリティを高めるためか、クロエの後ろ側に回り、髪の毛を高めに結ぶ。
「はぁ?何故かわれがそんな面倒なことを。神の素肌だぞ?喜んで見せてやろうではないか。」
何をされているのかよく分からず上を見上げるクロエ。
グイッと元に戻されそのまま髪を結ばれる。
「神と人では価値観が違うのかもしれないけど。ここではここのルールを守って。」
「なぜ我がそんな面倒なことを。」
変わらず悪態をつくクロエに嫌気がさし、夕飯少々意地悪をしてみることにした。
「あっそう。なら鈴蘭さんに報告しよーっと。」
「あぁん!待ってよ!冗談じゃーん!」
「変わりみ早。」
猫なで声を出して甘えてくるクロエ。
予想通りの展開だ。
明らかに子供の肉体に変化している。
前の憎悪に満ちた瞳は見る影もなく純粋そのもの。
無垢な少女といったところだろうか。
小学生ぐらいに見える。
いったい何が起きているのだろうか。
だが、わかった事としては、弱体化していること。
クロエに服を着させ、髪を結ぶ。
こんな微笑ましい光景を迎えるなんて誰が思い描いただろうか。
なにも言われなければ、姉妹に見えてもおかしくは無い。
「もうあなたって、神のちから使えないの?」
「何を今更。我から神の力を奪ったのは貴様であろう?鈴蘭たちは我を常世に封じ込めただけ。何故かこちらに来る途中に子供の姿になってしまったがな。」
「抜け出してきたの?」
「数刻前、鈴蘭の封印の力が弱まってな。拘束から逃れた。そのあとは運良く扉が開いてな。くぐってみたらあそこだった。」
「へえ。なんか運よすぎない?」
「常世に時間の概念はないからな。こちらの世界で時間が空けて起きたことも同時に起こったり、はたまた起こらなかったりして影響し合う。大方検討はつく。鈴蘭のやつ一度心でも壊したのではないか?」
「……。そうね。」
優は戸惑いつつも答える。
いくら、人間になったと言えど、世界を破滅に導こうとした存在。
どこまで教えていいのか判断に困る。
実際優はクロエと共に生きていこうと手を差し伸べたことがある。
だが、無惨にもその手は切りつけられたのだ。
少しだけ、猜疑心が浮かぶ。
この言葉、行動に嘘があると、自分とは分かり合えない存在なのだと心が揺らぐ。
分かり合えないこともある。
そう自分を納得させていたからかもしれない。
それでも人それぞれに正義があるとあると知った今の優は、向き合うことを恐れはしない。
ただ、優も色々な経験を得てきたのだ。
少しだけ、疑う心も持ったと言うところだろうか。
「安心しろ。今の我に敵意はない。普通に眠くなるし、疲れる。歳もとるし、お腹も空く。不便な体だよ。」
優の様子や警戒心を見ての反応だろうか。
弱っているからか、とても素直に答えてくれる。
「ま、疑うというのが正しい反応だ。……だが、寂しいものだな。一度は同じ道を志していたのにこうも寄り添えないとはな。」
悲しげな表情を浮かべるクロエ。
「あなたが言う話それ?」
髪の毛は完成したと、代わりに言うように頭をそっと撫でる。
優は冷たく突き放すと、ベッドの端に腰を下ろす。
「我からしてみれば。裏切ったのは貴様が先だからな。」
「……。そうね。」
少し離れたベッドの端と端。
先程まで密着する距離だったのに不思議と遠く感じる。
ーーーーー。
「大変だ!優!廊下でハジメが倒れてる!……っ!?貴様!クロエ!また復活したんだな!今度こそ、やっつけてやる!!!」
大きな声で扉を開くヒロ。
動揺と興奮の色が見える。
目の前にしたクロエと倒れていたハジメに混乱し、力を解放する。
突如として高められる霊力。局地的な風が吹き荒れる。
優の部屋に置いてあったレポートやら教科書なんかが風で舞い上がり、三人の髪の毛も乱れる。
「ちょっ!?えっ!?ヒロ!違くて!」
「ほう?人間になったとはいえ我は神ぞ!?喰らうがいい……!!」
高らかに宣言しゆっくりと走り出すクロエ。
「えーい!!!」
可愛らしい掛け声と共に繰り出される拳を受ける……までもなくヒロはクロエの頭を抑える。
「あっ?え?痛い……痛い痛い痛い!!!!やめて!やめてよ!!!」
子供のようにように泣きじゃくるクロエ。
小動物のようにバタバタと動き回る。
「…え?クソザコじゃんお前……なした?」
ようやく冷静になったヒロ。
「あのヒロ。とりあえず離してあげて?見ての通り厨二病の子供だから。」
「だれが厨二病じゃ!我を誰と……あっ!いたい。ヤメテヨ。ゴメンッテバ。モウナニモシナイカラ。イタイノヤメテ。」
カタコトのような、デフォルメされたマスコットキャラのような話し方で小さくなるクロエ。
小さい身体が余計に小さく見える。
ヒロは困惑した表情で手を離す。
「へっ。元神(笑)だな。」
痛みが回復したのか戻ってきたハジメ。屈辱を払拭するかのようにドアにもたれながら、クロエに絡む。
「あぁん?貴様!また股間潰すぞ?」
「おめぇには潰されてねえよ?」
「やるのか?貴様?」
「あん?」
学ばないクロエは当然のように喧嘩を買い、二人の言い争いが繰り広げられる。
「ん?なんだその指は!こら!離せ!卑怯者!!!」
しかし、ハジメがクロエの眉間に指を置いたことで決着はついてしまった。
大人気ない笑いを見せて、楽しげなハジメ。
「クックックッ。クソガキ」
「ぬあっ!?貴様ああああ!!!何故だ!なぜ動かん!我が体!!!」
「子供は大人に勝てないって決まってんだよ」
「そんな道理があってたまるか!!!あと子供ではない!」
「あはは、ハジメさん。…大人げないなあ」
この後しばらくハジメに抑えられて為す術なく暴れるクロエであった。
「いい加減!離せぇえええ!」
過去のことがあるにしろ、弱くなったからと言ってやりすぎである。
このあと調子に乗りすぎたハジメを優が引っぱ叩いたことは言うまでもないだろう。
ーーーーーーーー。
「うぅうう。酒呑童子が……ロリコン野郎が……うぅ。」
嘘泣きのような声を出し、顔を覆うクロエ。
優に怒られ、正座させられているハジメをちらっと見て笑ってみせる。
「あっ!おい!!こいつ、嘘泣きだぞ!!!」
「そんなの見れば分かります。いい加減落ち着いてくださいハジメさん。」
「えぇえ。俺だけ怒るの違くなーい?」
「……ハジメさん?分かりますか?今、緊急事態なんです。真面目にお願いします。」
高圧的に言い伏せる優。その様子にタジタジとなるハジメ。
「……はい。すみませんでした。」
「あっはは。惨めだな!何が最強の鬼だ!聞いて呆れる!!!アッハハハ!!!」
「あいつ……後でぜってえしばく。」
腹を抱えて笑ってみせるクロエ。苛立ちを隠せず怒りを露わにするハジメ。
一向に話し合いは進むことは無い。
呆れて疲れた様子の優。
そゆな困った様子の優を他所に、見かねたヒロが咳払いをする。
「ま、考えるまでもないって思うよ。」
「まあ、そうだろうな。」
「まあでも。見落としがないように一応ね。」
「整理したところでどうするのだ?貴様ら、極端に霊力落ちているのだぞ?」
瞳をギラりと輝かせるクロエ。
さすが神と言ったところだろうか。
問題の最終局面まで見えている様子だ。
問題となる点はユリはどこに消えたのか。
ハジメに何故記憶が戻ったのか。
クロエがなぜ現れたのか。
確定していることは天野が常世にいるということ。
優の異界の扉を開く力が使えないこと。
これらが、論点となる。
つまりヒロが言いたこったことは。
「ユリはひとりで、常世に行った可能性が高い。」
優が端的にまとめてみせる。
その通りであった。
ユリがいなくなった答えにもなれば、ハジメに記憶がもどる答えにもなる。また、クロエが現れたことにも辻褄が合うからだ。
「ユリは常世へ旅立った。その結果、常世と現世の境界が不安定になった。つまり、おなじ牛鬼を持つ、ハジメと天野さんが繋がった。……そして、開かれた扉からクロエがやってきた。」
ヒロが補足するように説明してくれる。
術者の所持品に引き寄せられるのはハジメの時にも同じであった。
優は知らないうちにハジメを呼び出し、ハジメは優の実家に現れたからだ。
鬼同士のつながりについてもユリが説明していた通りだ。
ハジメと天野はふたつに別れた牛鬼の所持者であり、そのつながりによって天野を捉えたということだろう。
驚きなのが、ユリがひとりで扉を開いた、という点であるが、それは優も同様である。
そのため、本来ひとりで開けてしまうものなのかもしれない。
そしてここからが本題となる。
「悔しいが、クロエの言う通りだな。俺たちの力は何故か弱まってる。そして頼みの綱だった優が能力を使えなくなっているのがいちばん大きい。」
「その通りだ。つまり、堕ち神と天邪鬼が常世にいると、わかったところで貴様らでは役不足というわけだ。」
その一言でこの会議は終わりを迎えた。
全くのその通りであった。
いつから使えなくなっていたかわからないが、チカラを使えないのであれば扉は開かない。
ひとまず、クロエも能力はつかない。様子を見つつ、それぞれ眠りにつくことになった。
天野の居場所がわかった、ユリは常世に行けた、これだけでも収穫であろう。
だが、力になれなかったという不甲斐なさは残る。ユリは待っていられなかったのだろう。もっと紳士に向き合うべきだったと反省する。
「大丈夫だよね……ユリ。」
「そんなにやわなやつじゃない。……まだ確定したわけじゃない。今はとりあえず休もう。分からないことを頑張っても仕方ない。」
「まだ、僕たちにもできることはあると思う。なんだか、今回は引っかかることが多いんだ。限定的な能力と記憶の喪失、影響しなかった人、偶然とはいえ、現れたクロエと幼児化した肉体。……色々模索しよう。ユリは嫌がるかもだけど、鈴蘭さんを頼る他無さそうだ。」
「ったく。揃いも揃って。自分の友が消えたというのに呑気な。……ひとりで無理やり旅立って失敗したとは考えぬのか?」
「……もちろん、心配してる。でも、今は何をしても現状は変わらない。ユリが選択して行ったことなら、私達も私達にできることを選択しなければならない。」
「相変わらず、くだらん言葉遊びは得意だな。吐き気がする。偽善の塊で薄情だ。」
「言ってろ、この無理やり進む精神で優はがむしゃらに前に進んできたんだ。だからこそ、後悔しない選択をするために今話し合ってるんだろう?ひとりじゃたどり着けない答えにたどり着くために。」
「大義なものだな。」
ーーーーーー。
「……ここは?」
見たこともない変わった形の建物。
何故か目を奪われるのは、空間が透き通っているからだろうか。
水晶の中に入り込んだかのように透き通った世界が広がる。
結晶のようなものがあちらこちらに浮遊し、露出度の高い絹のような素材を纏い飛び回る人々。
目を引く金色の和風な建物。
流れ消えていく波のような水。
世界が180度変わって見える。
不思議な世界に見とれていたが、ふと我に返る。
体をまさぐり自分が生きていることに安堵する。
床と表現していいか分からないが、地面に自分の姿が反射している。
ゆっくりと覗き込む。
「……あれ?」
瞳を丸くして幼い少女は困惑する。
白く美しい髪の毛に透き通った肌。
純粋無垢なその瞳に、華奢な肉体。
間違いなく琴上幸理本人である。
しかしながら、地面に映る自分に違和感しかない。
目が霞んでいるのか思い、瞳を擦る、
そこでまた違和感に気がつく。
「……あれれれ。」
いつもより手が小さい。
手だけではない。足も体も顔つきもまるで子供ではないか。
「子供になってうー!」
あまりの衝撃に舌が回らない。
訳ではなく、滑舌がよろしくない。発語の絶妙な曖昧さ、体は小さいが溢れるエネルギー、よく回る思考。
小五〜中学生ぐらいと言ったところだろうか。
ユリの肉体は何故か幼児化していたのだ。
常世に来たのかも分からないまま、自分の肉体の変化に困惑する。
しかし、すぐ切り替えるように立ち上がると、着ていたダボダボの服を上手く体に巻き付ける。
「力は……ある。記憶も……問題無し。……元気も……ある!よし!行くぞー!」
なんだか、久しぶりに身体が開放されたようで、自由な気持ちとなる。
このユリという人間になってからは初めての常世。
なんだか、胸の高鳴りを感じる。
「えっへへ。今いくらね!シンゴ!」
不思議と気持ちも明るい。
ユリは何も考えず、そのまま掛け出すのであった。




