#37 反転する悪意。
七体目の鬼。憤怒。百合野に蓄積された悪意が生み出した鬼の最後の一体だ。
どういう訳かその力は優に宿り呼応するようにハジメにも白きチカラが宿った。
対峙するのは百合野家前当主リム。
多くの犠牲を払い、今日まで百合野を守ってきた女性だ。
年令は不明だが、その頬に刻まれた皺が心労を浮かばせる。
「たかが、小娘が覚醒したところで私が敗れると思ったのか?」
先程まで優の様子に怯えていた様子見だったが、ようやく冷静さを取り戻したようだ。
優は構わず歩みを進める。
優とハジメが並び立つと、ようやくリムも座布団から立ち上がる。
想像していた何倍も老いたその体は優たちから見れば、酷く下へと視線を送ることになる。
「年寄りを居たわらんかい『小童共』」
不敵な笑みを浮かべると、嫌味たらしい言葉を発する。
その言葉にどういう訳か風が乗り、響き渡るというなんとも不思議な衝撃が全身を襲う。
「なっ!?」
宣言通り、優とハジメは為す術なくその場に伏してリムを仰ぎ見る。
「なに……が、起きてる?」
「言霊の使いを百合野と誤解しがちだが。本来はユリノが持っていた力なのだよ。まあ百合野は女の子しか生まれなかったから、幌先に力が移ったのだがな。」
「……。」
優は解説を黙って聞くと、いとも容易く立ってみせる。
「これでおしまい?」
「ぱ……ばかな!?」
余裕な様子で立ち上がる優に驚愕の表情を見せるリム。
「はは!だが!そこの鬼は立ち上がれていないぞ?再び顕現せよ!大罪の鬼!!!奴を食らいつくせ!!!!」
「……ふっ。お好きにどうぞ?」
「……なぁっ!?」
「うわああああああっ!!!」
リムの言葉通り常闇より表れし異形の鬼たちが、ハジメを跡形もなく喰らい尽くす。
「……おまえ……正気か?おまえの好きな男なのだろう!?」
「ええ。心の底から愛してます。」
「なのに!なぜ!!!……ぐふおえ!?」
刹那。優が不敵に笑うと無数の剣がリムに突き刺さり吐血する。
「…だって。ハジメさん今私とひとつになってますもん。」
「ばかなあ!?いつの間に憑依していた!?私が見ていたのは幻影だというのか!?」
気がつくとリムの血はとまっており、無傷である。
「……ひとをバカにしおって!!!」
大声で叫び出すリム。しかし。
「あがっ!?」
「あぁああああっ!!!」
「あぁっ!?」
ーーーーー。
繰り返し再生される自分が死ぬ幻。
それに何度も翻弄され、リムは肩で息をしている。
「こ、小娘が!いい気になりおって!」
「折れないなあ。早く観念しなよ?終わらないよ?」
優の瞳にハイライトは無く、むしろ笑顔に見えるその表情は恐怖だ。
「何がしたい!?さっさと殺せ!!!」
「嫌ですよ?あなたがごめんなさい、したらそれで終わりなんですから。そんなことしても何も解決にならない。」
「鬼め!鬼だ!貴様には人の気持ちがないのか!」
「……人の気持ちがないのか?……いいえ。ありますよ。」
「ああああああああっ!!!!」
優は躊躇いなく、リムの足に刃を突き立てる。
「……分かってるぞ。これも幻なのだろう?」
「いいえ。もうめんどくさいので、使ってません。」
「……え?」
壊死して動かなくなった足を見て、さすがのリムも顔面を蒼白させる。
じわじわと押し寄せる。恐怖。
目覚めさせては行けないものを呼び起こしてしまったという後悔。
同時に自分の過去の行いと相似していて、吐き気を催す。
「そう。ようやく気が付きました?これはあなたが行ってきたことなんですよ?」
「やめろ」
「リリさんの父親を殺し、気絶させるまで何度も悪夢を見せたり」
「やめろ!」
「カレンに無理やり男をあてがってセクハラさせて強姦しようとしたり」
「やめろ!!」
「薫さんを殺して、詩歌さんの記憶を奪ったり」
「やめろ!!!!」
「ユリや鈴蘭さん、輝に悪意を宿らせてココロが壊れるまで洗脳したり」
「やめろ!!!!ぜんぶ!全部!必要なことだったんだ!」
「必要なことだった、正しいことだった。あなたはそう言って、自分の正義を押し付けてきた。従わないなら、従うまで調教して、屈辱を与えて。」
「お前ら悪を消すために必要なことだったんだ!」
「自分は正しいことをした。全ては悪を倒すためだ。……そんなことが通じると思っているんですか?利用して利用して、捨てて!傷つけて!最後は殺して!……それがあんたの正義なのかよ!?」
「ああああああっ!!」
優は躊躇いなくもう片方の足にも刃を突き立てる。
大腿から溢れ出る鮮血。
肌の色が徐々に変色していく。
「あんたが正義だって言うなら!私は悪になってでもあなたを止める。例え間違っていてもあなたを止める。」
鬼気迫る勢いで脅迫する優。その勢いに気圧されつつもリムを追い込むところまで追い込んでしまったらしい。再び、瞳に決意が漲る。
「舐めるなよ。クソガキ。……わたしは何年生きてきてると思ってる!もう覚悟は決まってるんだよ!『言霊返し』!」
「えっ!?」
リムから衝動的に発せられた言葉。
その言葉をトリガーに優の中に無数の悪意が流れ込む。
「くぐっ!?あぁあああああっ!!!!!」
先程優がリムに対して行った怒り、悲しみ、憎しみが滝のように優の中で爆発する。
「くっ………そ!!やっぱり私が悪……なの?まちがっ……て」
優はその場に力無く倒れる。
リムは回復した様子でいとも簡単に立ち上がる。
「まさか、薫に使った状態反射を貴様に使うことになるとはな。だが。これでやっと……終わる。…セイナ様私は百合野を守りきましたよ。憎き鬼から、琴上から、ユリノから。世界はこれより、再構築されるのです。あなたが求めた……。求めた……?」
勝利に酔いしれるリム。だが、心臓が大きく飛び跳ねるのを感じた。
優に突き刺された刃を優につき返そうとしているのに、体が抵抗している。
「バカか!私は!なぜ今になって躊躇っている!!」
刹那。
リムが握っていた刃は円を描き、光の中へと消えていく。
「おまえ!?」
左手にユリの花の紋章を輝かせて刃を弾く少女。
「あなたは今。間違いに気がつけたんですよ。……不思議な子でしょ?優って。ね、おばあちゃん。」
「な、なんで!?」
リムは驚きのあまり尻もちを着く。
「なんで、生きている!?カレン!」
そう、そこに現れたのは絶命したかに思われたカレンであった。
「わかんない?これ。」
カレンはリムに見えるように左手を見せる。
手の甲に現れたその紋章は紛れもなく、幌先に与えられる契約の紋章だ。
「まさか!?そんなばかな!?」
「ね。そう思うよ。運命だったんだなって。私の。優、君が私の『契約者』だったんだね。」
力に目覚めた優。それは優の中に眠っていたもうひとつの魂『織詩歌』という旧名『百合野鈴蘭』の魂であった。
百合野の魂と今優とひとつに憑依している『酒呑童子』がカレンにとって百合野の人間であると認識されたのだ。
カレンには生まれつき契約者がいなかったのではなく、まだ契約者としての条件を満たしていなかったのだ。
乗り越えてきた思いと宿してきた悪意。そして異界より運命に導かれたハジメと出会ったことで、起きた奇跡なのだ。
その奇跡が今この場において全てのことを物語っていた。
「ほら。まだ立てるでしょ?優。悪意を宿す少女と異界の鬼は存在していて良かったんだよ。…だって私の命を救ってくれたんだよ?おばあちゃんに言ってやってよ。」
「はは、カレンには叶わないなあ。…だって。どうですか、リムさん。これが『悪意を反転させる』ってことです。」
「クククク。いい加減認めてやろう。だが、これからもこの先もそうやって上手くいくと思うのか!?」
「思ってます。どんな理不尽が襲ってきても私は分かり合うことを諦めません。あなたのおかげで、みんなの正義があるって知ることが出来たから。」
「ならば!本気の私を止めて証明して見せろ!これからもその意志を貫くと!私はもう!後には引けぬ!!!」
「どうして!?おばあちゃん!!!」
優はカレンの肩にそっと手を置く。
「もう、これで最後だから。カレンは見守ってて。」
「いや!私も…私も。向き合うよ。……一回も逆らったこと無かったけど!」
「うん!行こう!」
ーーーーー。
膨大なチカラを高め続けるリム。
対峙するのは優とカレン。
そして。
「もういいだろう?俺にもいい所見させてくれよ。みんなで切り開くぞ、未来!」
「はい!!!」
3人の意思がひとつとなり巨大な霊力を生み出す。
それは真っ黒な闇で目を背けたくなる。
だが。
「しってるか?色んな色混ぜ続けると黒になるって。俺たちの力は、色んな難しい思いの上で形成されてんだ。多様性の塊ってやつだ!」
「黒は悪!白は正義!なんて、イメージ。クロも悪くない!」
「私たちは真っ白いキャンバスに色んな色を乗せていきましょう!私たちのオリジナルカラーで!」
3人の思いがさらに大きな力をうみ、リムの灰色の光と衝撃を起こす。
「証明して見せろ!真城優!貴様の正義を!!!」
ーーーーーーー。
刹那、音もなく世界は白と黒に反転しながら崩壊していく。
『これでいい。やっと終わったんだ。』
結末は分からない。
どちらが勝利したのか。
正しかったのかさえ、分からない。
それでも、長い戦いに終止符がうたれたことは間違いない。
気がついた時にはみんな、知らない草原の上で寝ていた。
あの後百合野がどうなったのか、分からない。
悪意の強さで心を壊してしまっていたメンバーも奇跡のように簡単に目を覚ました。
いったいなんの力が働いたのか、分からない。まるで大切な何かが抜け落ちたかのように思い出せなかった。
それでも優たちは自然と笑顔で、わけも分からず帰路に着いていた。きっと、いつも何気なく助けられていたようなそんな暖かくて懐かしい何かを感じたからだろう。
ーーーーーーー。
そして。月日は流れて。
「やばいやばい!遅刻!!!遅刻する!!!なんで起こしてくれなかったの!」
「ったく、朝から騒がしいな。優先に行ったぞ?」
「そうだぞー、私の優を待たせるなんて!」
「かあああ!あんたは学校ないの!?ソラ!ダラダラして!」
「もう今月取るべき単位とったからねえ」
「ほら!パンぐらい食ってけ!」
「むぐっ!?むってみまーす!」
「食べながら、喋らない!」
騒々しく朝を迎えるカレン。
呆れた顔でパンを咥えさせるハジメ。
相変わらずダラダラしているソラ。
ちょっとマナーにうるさいユリ。
「あ…れ?もう朝?おはよぉ。」
欠伸をしながら出てくるヒロ。
「おい!誰だ!俺のプリン食べたの!」
「ああ。あれあんたの?食べちゃったよ」
「てめえ!」
「かっかしないで。これ書類目を通しておいて。ヒロあんたのせいで寝不足なのよ?」
「……ひえ。社会人きっつう」
「少しづつ慣れていこうよ。タケル。」
順調に仕事を進めるタケル、紅葉、ヒロ。
「たあああああっ!!!」
「まだまだ!甘いぞ!テル!」
「少しは手加減してやんなさいな。ジン。」
「ま、こういうのもいいんじゃない?テルは一生懸命さんだから。これからもよろしくね、座敷わらし?」
相変わず、修行に励むテル。扱いてどこか楽しげなジン。
微笑ましく見守る鈴蘭と座敷わらし。
「ごめーん!ユウ!遅れた!」
「ほんと、遅すぎ。ほら、行こっ!」
「うんっ!」
むうっと頬を膨らませつつ、笑顔で受け入れてくれる優。
動き出した日常。
手に入れた新生活。
優たちの未来はこれからも続いていく。
理不尽でどうしようもないこの世界で。
一欠片の勇気と未来と希望を手に。
今日も悪意が反転し続けるこの世界で生きていく。
それぞれに事情があって、追憶する程に本人を形成する過去があって、時には分かり合えない心があって、それでも等しく季節は巡る。
それはきっと、人によっては悪意で、人によっては善意なんだと思う。
そんな世界が今日も続いていくのであった。
インバート・マリス完結篇〜優の物語〜【完結】
ーーーーーー。
「ただいま!ご飯はなーにかな!」
上機嫌で帰宅する優。
「惚気けちゃって〜!このこの!」
ちゃちゃを入れるカレン。
ご機嫌な2人の前に、深刻そうな顔をするユリが出迎えてくれる。
「おかえり。」
「うん、ただいま?……どったの、怖い顔して?」
純粋無垢な瞳で優はユリに問いかける。
「いや、あのさ。みんな変でさ。別に大したことじゃないから、別にいいんだけどさ?」
「なにさ?聞きますよ?」
カレンも少し顔を引きしめてユリに向き直る。
「シンゴって最近どっかで会った?私最近全然会えてないって言うかさ……あはは!」
空元気のように言ってみせるユリ。
真剣な面持ちで優が答える。
「ねえ、ユリ?」
「うん?」
「シンゴって……誰?」
「……え?」
To Be Continued……?
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。
いちおう本編はここで終了となります。
「え?なんだあの終わり方は?」と、なると思うので、もちろん続きは書いていきます。しかし優の物語の着地点としては描きたい部分はかけました。
これからはユリや天野くんを中心とした話となるので、少し本編の趣旨からはズレます。そのため、このような形を取らせて頂きました。
変わらず、応援頂けると嬉しいです。へんな終わり方ですみません。
また、この場を借りて。いつも、読んで下さり本当にありがとうございます。感想や評価、ブックマークも本当に貰った時は嬉しかったです。これからもよろしくお願い致します。




