#3.5 新たな住人
程なくして、ソラは学生寮に入居した。
ハジメは、なんの曇りもなく承諾し、奇妙な三人の生活が始まったのであった。
ーーーーー。
「最初に一言だけ。この前はすみませんでした。」
ソラは入居初日、謝罪から入った。
目を丸くするハジメと優。
きっと何事も無かったかのように、生活するような気がしていた2人にとっては、異様な光景だ。
深々とソラは頭を下げ、その姿勢のまま続ける。
「確かに、早計だった。……理解できないかもしれないけど、私にとっては前世の記憶はすごく大切で。……だから。でも、何も考えていなかったのは私が悪い。」
「……気にすんな。俺は気にしてない。ソレに前にも言ったが、お前が取り戻した前世の記憶ってのは、正しい。……俺は確かに酒呑童子で、悪の限りを尽くした。」
「ああ。だとしても、今のアンタは違った。私の思惑とは違って優のことを守ろうとした。……私の知ってる、酒呑童子と『境一』は違った。」
未だ顔を伏せ、表情を曇らせるソラ。
ほんとうに自分のした事を後悔しているのだろう。
見兼ねたハジメはソラの肩に手を触れ、目線を合わせる。
「なら、良かったじゃないか。もし、試してなかったら、俺は信用を得られなかった。……俺も、やり方は考えたが、お前と同じことをしていたと思う。……だから顔上げろよ。正直な話、なにも間違えてないさ。ちゃんとお前は前世の知識を活かして親友を助けようとしたんだ。」
「そのやり方も正直暴走してた。普通に正々堂々戦えばよかったよ。あんたとさ。」
ソラは下手くそな笑顔を見せる。困り顔にも見えるそれは、とても不器用な笑みだ。
「そうだね、私。辛かったんだから。性格悪いよ?ソラ。……私、ソラ大好きなんだから。こんなぽっと出の男にソラの役割奪わせたりしないよ。」
優はキツイ言葉を言いながら、でも優しくソラを抱きしめる。
「ありがとう、そして改めて辛い思いをさせてごめん。優。」
「いいよ、大丈夫。そのおかげで私の力ってこんなに危険なんだって思えたわけだし。……でも、もう一人で突っ走たら怒るからね?ちゃーんと、前世のことも話してね!」
「うん……。ありがとう。」
ソラは瞳に涙をうかべ、ハジメと優の優しい思いに心を救われた。
そしてソラも正直になることで、ようやく前に進める。
そんな気がしていた。
ーーーーーーー。
「まー。つーわけで、これからはオレを監視するんだろ?……一緒にトイレとかもすんのか?」
重たい空気が続かないように、配慮したのか、ハジメが右目を瞑り、ニヤつきながら冗談を言う。
「しないわ!ボケ!……普通に信じさせろ。……いいか?ちょっとでも優にちょっかい出したり悪巧みしたら、マジで消し炭するからな?」
「ひぇ、こえーこえ。あいよ。俺が間違えたり、暴走したら、遠慮なくやってくれ。……それで俺も安心して前に進めそうだ。」
ソラとハジメ。
独特な新たな関係がここに生まれた瞬間だった。
敵のようで、仲がいいようで、仲悪くて。
監視し監視される。
だが、お互いに心の奥底にあるのは『優の幸せ』。
歪な関係だが、少し変わった友達と言えるのかもしれない。
ーーーーーー。
ソラが入居すると話を聞いた大坪ヒロは数日後、大荷物を抱えて、学生寮に来た。
アニメなどでしか見ないようなアウトドアな大きなカバンを背負い、両手にも大量のカバン。
「僕も!住まわせてください!!!」
開口一番、大声でヒロは叫ぶ。まるで、道場破りに来たかのような発声だ。
それだけ、気合が入っているのだろうか。
「ああ。別にいいんだが。大丈夫か、色々と。」
あまりの勢いと声圧に驚きつつ、ハジメは動揺を隠せない。
一体何事か、そう言う顔をしている。
「ソラが住むなら、僕が、住んでもおかしくないはずです!いいでしょう!?」
やや、鬼気迫る勢いだ。
大荷物と勢いの凄さから、気圧されるハジメ。
「いやだから!住んでいいけど!1回落ち着けぇぇえええ!!!」
珍しく困った様子のハジメ。
大きな叫び声が響き渡るのであった。
ーーーーーーー。
少し落ち着き、リビングで契約の確認をする2人。
「んで、親の許可は?」
「も、貰えなかったです。」
視線を逸らしながら、ヒロは困り果てた顔を見せる。
「はい?舐めてんの君?」
書類に目を通していたハジメだが、鋭い眼光をヒロに向ける。
当然必要な要素のひとつだからだ。
「お金はあります!!」
「そういう問題じゃない。君一応まだ高校生だろ?保護者かまたは親族の許可、必要なの。分かるだろ?」
「住まわせてください!お願いです!」
普段物分りのいいはずのヒロが偉く取り乱しているのが、分かる。
一度食事を共にしただけのハジメであるが、さすがにおかしいというのが分かる。
ソラの件がようやく解決したのに、次から次へと。
ハジメは額に手を当て、溜息をつき、呆れるように話す。
「なんでそんなに必死なんだ。話してみ?」
観念したように、ヒロは話し始めた。
ーーーーーー。
「前に言いましたよね。僕には『自分がない』って。」
「ああ、言ってたな。だから、優のそばにいれない、そんなような言い方だった。」
「はい。……優は昔から頑張り屋さんで、とにかく優しいんです。不運が続いたからなのか、普通を好むところがあって。」
「……なるほど?つまりは、優も自分と同じように道を見つけられていなかった、と?」
「はい。優しいがゆえ、どこかでセーブしてるようでした。自分もそう言うところがあるので、分かるんです。……でも。」
「そんな、彼女も『自分を見つけた』と?」
「はい、だから。僕は彼女に誇れる自分になるまで、彼女に想いを伝えることはありません。」
「んで、なんでソラが来たら、寮に入りたいんだよ?お前が好きなのは、優なんだろ?」
「はい。矛盾してるって思うかもしれませんが、優とソラは僕がいていい場所なんです。だから。」
「……はぁ。なるほどな。なんとなくは、わかったよ。要は置いてかれるって思ったんだな?」
「……はい。」
ーーーーーー。
だとしても、しっかりとした手続きが踏めないのであれば、入居は出来ない。
それが、ハジメの考えであった。
「ま、部屋は余ってる。荷物いっぱい持ってきたのにそのまま帰すのは忍びない。今日は泊まってけ。明日にはカイを呼ぶ。車で送ってもらえ。」
「……ありがとうございます。急に押しかけて、わがまま沢山言ってすみません。」
「いや、俺も悪いな。上司に怒られるの怖くてな。……仕事だからよ。」
「……ですよね、ここ宮ノ森グループの系列ですもんね。」
「詳しいな。」
「ここ、むかしは優のお父さんが経営してたモデルハウスなんですよ。自殺事件や局地的な寒さに見舞われたりしましたけど。」
悪意を引き寄せる真城の家系。
記録にも残っている優が生まれる前、同様に自殺事件や局地的な寒さに見舞われた事件が多発したらしい。
一部の噂では大きな影の竜をみた、白い着物を着た女性をみた、という噂からヤマタノオロチ事件、雪女事件と命名されていた。
その事件の名残り、残滓が、真城の力によって呼び起こされたのではないか。
そうユリはハジメに説明していた。
余談だが、優の父親が家を建てる前、本来の事件の時には、ユリの父親である琴上人と母親である鈴蘭が関わっており、事件後、チカラを完全に抹消したらしい。
それにも関わらず、事件が頻発しており、カイやユリに目をつけられていたのが、優という訳だ。
その流れを知っているため、ハジメもすぐに優の能力について知ることが出来た。
ーーーーーー。
「それにしても、宮ノ森桃子っていう人が持つ『天狗の加護』ってのは本当なんですね。」
「ああ。善と悪を司るって言うやつだろ?まあ、あんだけ起きていた事件が宮ノ森が関わっただけで起きなくなるんだから、本当なのかもな。」
ハジメは、はぐらかしてみせる。
実は本当にモモコは妖怪の力を使って、真城家が引き起こした悪意を善の力で中和したとは、言えまい。
ーーーーーー。
使われていない部屋に荷物を置いて来たヒロは少し、違和感を抱く。
使われていない部屋は扉が開け放たれている。
ソラの部屋は2階。
優の部屋は1階。玄関から近く、渡り廊下を歩いてすぐのところだ。
ヒロは階段をまたいで反対側の通路の部屋を使わせてもらっているが、廊下の先の奥の大部屋に鍵がしてあり、違和感を覚える。
「他に誰か住んでるのかな。」
「ああ。あそこね、1人住んでる。滅多に居ないけどな。」
「へぇ。そうなんですね。」
ーーーーーー。
その後、ソラの歓迎会が行われ、また同じようにハジメは料理を作りすぎていた。
「張り切っちゃうタイプなんですね。」
クスッと笑う優。
照れるハジメ。
そんなふたりを他所に、ソラとヒロは話していた。
「……今日のは、らしくなかったんじゃない?」
「そうだね。焦った。」
「私はヒロちゃん入ってくれるのは嬉しいけど?」
「ありがとう。」
「……でも私のためじゃないもんね。」
ボソッとソラは悲しそうに呟く。
「え?」
聴き逃してしまったヒロ。
二人の関係もまた、曖昧なようだ。
「いいの、あれ?」
ソラは切り替えたように、楽しそうに話す二人を指さす。
「……ああ。」
ヒロは俯き、そっと頷いて見せた。
内から湧く嫌な感情を押し殺して。
『彼女を変えたのは彼だ。僕じゃない。』
頭によぎる隠しきれない本音。
歯を食いしばり、ぐっと怒りをこらえる。
「ヒロちゃんはヒロちゃんだよ。頑張って。」
そっと言葉を添えると、ソラはその場を後にする。
自分に出来るアドバイスはここまでだと。ソラも同じように役割を奪われた気持ちをハジメに向けていた。
だが、恋愛感情となるとまた、話は大きく変わる。
ヒロは自分の気持ちを押し殺しすぎなのだ。いや、自分の欲に目を向けていない、認めたくない。それが答えだろうか。
「……『自分らしく』ってなんだよ。」
ヒロは一人苛立ちを覚えていた。
ーーーーーーー。
翌日、迎えに来たカイ。
笑顔で帰っていくヒロ。
だが、その1週間後。
ハジメは無理やりにでも彼を寮に入れておけば良かったと後悔することになるのであった。