#33 遠すぎる輝き 【琴上輝VS怠惰の鬼】
俺はいつも刀を振るう。
一族に伝わる名刀らしい。
「てやっ!はぁああっ!」
一振一振、真剣に。
俺には才能なんてものは無い。
姉や母、父親が特殊な人間だとしたら、俺は凡人だ。
俺は基本をいつも忠実に行う。
『正直すぎるね』
『頭を使わなきゃ。』
一振じゃ足りない。
何回も何回も。何百、何千、何万、数字の限界まで。
数字は無限に続くらしい。聞いたこともない桁がいっぱい存在していた。
ならば、俺にも限界も終わりもない。
ひたすらにこの剣を振るい続ける。
回数を重ねて、重ねて、重ねることで、俺はようやくステージに立てる。
憧れた景色はどこまでも遠いから。
ーーーーー。
霊力。
この世界には特殊な力が存在する。
霊気、霊力、妖怪といった三すくみの関係が存在している。
例えるなら水だ。
霊気は悪意と表現されがちで、どんなものも持つ生命から派生して生まれる力だ。形のない気体のような存在だ。このままでは扱うことは出来ない。
それを力として変換できる能力者を『霊能者』と呼ぶ。
霊能者が使う力こそ、霊力。
水だ。液体で器に注いだり、自らの力として蓄えることが出来る。
そしてそれが個体として具現化したものが妖怪だ。
俺とユリには霊力に圧倒的な差があった。
もともと持っている霊気の量が100倍近く違ったのだ。
だから俺がいくら頑張ったところで霊能者としてユリには勝てないということを定められていた。
姉に憧れて俺も何度も修行に付き合ったが、俺は足でまといにしかならなかった。
世界に危機が訪れているというのに、俺には才能がないからと足蹴にされた。
姉とは5歳しか離れていない。俺が5歳で姉に構われたい年頃だった頃姉は10歳。
突然世界と戦えと鍛えられて俺に構っている余裕なんてなかった。
「いいよね、アンタは気楽で。」
「僕だって!戦えるなら戦いたいよ!」
「それが出来ないからこんなことになってるんでしょ!放っておいてよ!」
姉の罵声が耳に響く。普通の生活とはかけ離れていく恐怖がユリにはあったのだろう。
俺は姉に反発することしか出来なかった。
「ユリ、そんな言い方しなくても。」
天野がユリに付きまとうようになったのもこの辺だ。
ぽっと出の男に姉を取られた気がした。
歳以前にとても落ち着いて男性の俺からみても、ものすごく天野は見た目が整っていた。
なにより、気に入らなかったのは、彼にも霊力が使えたということ。
それも姉に近い領域で能力を駆使していた。
ーーーーーー。
それから2年後、大きな事件が起きた。
俺は7歳になり、少しばかりだが、妖怪退治を座敷童子と共に行うようになっていた。
ユリは12歳という歳で多くの妖怪を葬っていた。
天野とユリの二人はとても優秀だった。
だが、反発して、妖怪が強くなってきており、以前父親や母親が倒した妖怪が現れるようになっていた。
それを倒している最中に鬼が出現し始めたのだ。
世界にはもう鬼はいないはず。
それなのに、鬼が現れたのだ。
ーーーーーー。
「私が鬼を全部倒します!」
「ダメだ。もう、天野から離れるんだ。天野も分かってくれる。」
「嫌です!!!!」
ーーーーーー。
姉と父親は大きな喧嘩をした。
姉は家を出ていくことになった。
俺は自分の力のなさを嘆いた。
俺が次の当主となれるだけ力があれば、ユリにここまで負担をかけることは無かった。
ユリと天野は普通の暮らしが出来ていた。
全部俺の力が足りないからだ。
だからいつも、姉に置いていかれるんだ。
幼い俺の頭の思考では無力感と責任と現実がごちゃまぜで訳が分からなかった。
ーーーーーーー。
自分にももっと使命が欲しかった。
力が欲しかった。
誰かに必要とされたかった。
特別な何かに。
俺はいつも輝きを追い求めるだけ。
輝きはいつも遠いから。
ーーーーーー。
そして。
「俺は使命から逃げたいなら、それでいいと思うぞ!その重みは誰かが分かってやるべきなんだ!!!」
輝は刀を振るう。鬼の力を纏うカイナとの戦闘中だ。
黒光りする瘴気を纏い、月花と陽太がカイナを守る。
攻撃を仕掛けると視界に2人が入り込み、全攻撃を防がれている。
「闇雲に突っ込むな!霊力を消耗するだけだ!」
「放せっ!俺にはこれしかねえんだよ!」
いたずらに体力を消耗している輝を後ろから抱え込み、戦闘から離脱する大地。
輝は大声で叫び、暴れている。
「無茶してんじゃないよ。」
パシッと叩くように輝の頭に札を付ける座敷童子。
輝の体は緑色に輝き、傷がみるみるうちに回復していく。
驚いたような表情を見せ、やっと我に返る。
「落ち着いたか?阿呆。」
「俺は……一体?」
「交戦中にカイナの瘴気に当てられたのさ。百合野の過去はちとお前には効きすぎるようだな。」
「血筋もあるようですが、恐らくお坊ちゃまの抱える闇とカイナ様の潜在意識が共鳴してしまうのでしょうね。」
「意図的……だな。」
暫し、座敷童子と大地の話を聞き考え込む輝。
「と言うと?」
「みんなバラバラに分散された。共鳴し合う何かを持った人同士が集められるんだろうよ。分が悪い戦闘を仕組まれた……みたいな?」
「アンタにしては頭が回るじゃないか。」
嬉しそうに座敷童子は輝の頭を撫で回す。
「やめっ、やめろ!」
照れたようにその手から逃れる。
「そいつがわかりゃ、上出来だよ。」
「何か考えがあるんですね?」
「ああ。さっきの輝の様子といい、狂ったように正義を貫くカイナ。根本はリムの精神支配、感情による鬼の仕業。となりゃ、わかるだろう?」
「意識は残ってる。説得の余地はあるってことか?」
「ああ。『後悔を晴らしてやればいい。』」
「なるほど。先程の逆を行くわけですね。」
輝、大地、座敷童子はお互いに頷く。
方針は決まったようだ。
ーーーーーー。
「流暢に待っててくれてありがとよ。おばあちゃん。」
輝はニヤつきながら再び刀を懐から抜く。
カイナの前に月花と陽太が構え、先程と同じ構図が完成する。
「下がりなさい、輝。そしたら、元の世界に返してあげる。私が倒さなきゃ行けないのは鬼と真城だけよ。」
「体に鬼を『再び』住まわせたアンタが何を言ってるのやら。」
煽るように座敷童子が、輝の横に並び立つ。
「あんたらもそれでいいのかい?なんのために海外に行った?忘れたのか!あの戦いを!」
「忘れる訳ないだろう!俺たちは鈴蘭たちを守ってやれなかった!結局全ての使命を受け入れさせてしまった!」
「だから私達は平和になった世界をさらに平和にするために鈴蘭と同じように海外に渡った!」
「悪意を根絶するために!」
陽太、月花、カイナが強い意志を座敷童子に向けてくる。
刹那。
「……感情の変化確認。対象は三名。『束縛術式・結界!』」
「なっ!?隠蔽の力!?」
影から現れた大地に混乱する三人。
「逃がさないよ!『浄化の札!』」
すかさず座敷童子が懐から3枚の札を取り出し、三方向へと投げる。
「浄化だと!?そんなもの効くわけが……」
「違う!姉さん!」
「邪魔なんだよ!取り巻きがぁああああっ!」
刹那、眼前に忍び寄る輝の強烈な一撃を月花は喰らい術式に固定される形で身動きが取れなくなる。
「クソガキがぁああああ!」
激昂した陽太の強い一撃が輝の腹部にクリーンヒットするが、そのまま勢いを利用し半体側へと投げ飛ばす。
「へっ!相変わらず半端もんだねえ!」
吹き飛んできた陽太に強烈な蹴りを浴びせる座敷童子。
陽太はそのまま気絶する。
遅れて札が陽太と月花にくっつき、瘴気を拭い去る。
「隠蔽か。化け狸は厄介だな。」
ボソボソと呟くカイナは先程の比較にならないほど霊力をまし、瞳を赤く染める。
「うぐっ、なんて馬鹿でけえ霊力だ……息ができねえ!!!」
そのまま腹部を抑え、倒れ込む輝。
「そうか!カイナは陽太と月花に力を分けている!つまり!!!」
「お坊ちゃまっ!!!!」
刹那、カイナから解き放たれた膨大な霊力は、輝目掛けて開放される。
闇の中、微かな輝の瞳が捉えたのは輝を庇い闇に飲み込まれる大地の姿であった。
「大地……?」
ーーーーーー。
「……俺のせいだ……俺が『怠惰だから』」
ドクン。
心臓の音が聞こえた。
ドクン
グツグツと血が滾る音がした。
プツン。
なにも聞こえなくなった。
「ガァアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!」
奥底に眠る輝の闇が溢れ出た。
それはカイナの闇をも食らいつき、辺り一面の霊気全てを集約した。
「何が……起きて……?」
膨大な闇。大地もカイナも座敷童子も全てを輝は飲み込み、その肉体を黒く染めた。
「ガァアアアアアアアッ!!!!」
ついに目覚めた輝の光はあまりにも遅く、そしてあまりにも怠惰だった。
ーーーーーーーー。
「あぁあ、あぁ、あああああああああああああああっ!!!!」
目を覚ました輝は顔面の肉が引きちぎれるほどに顔を引っ張った。
絶望の声はどこまでも暗い闇の中で永遠と繰り返されていた。
流れてくる記憶は全て、飲み込んだ人々の記憶。
「俺は……化け物だったよ。俺が!一番悪魔だったよ!!!」
「この人殺しがぁ!あは!あはっ!アハハハハハハハ!!!!」
狂うしか、彼には選択肢はなかった。
ーーーーーーー。
『もうこんな力いらない。』
『なら、僕たちが代わりに君を守るよ。』
『今度は私達に守らせて?』
ーーーーーーー。
『お前を守るのは別にお前のためじゃねえ。俺のためだ。だから黙って守られとけ。』
『そうやって、いつもみんなは……』
ーーーーーー。
『お前にアメノサグメとしての力をやろう。最後の鍵として機能しろ。』
『やめろっ!?やめろ!!』
『欲しかったんだろう?未来を見通す力が!これで今日みたいな惨劇を回避できるってそう思ってるんだろう!?甘いだよ!!!!』
ーーーーーー。
『私は全てを知っていたはずなのに記憶失い、鈴蘭とジンを巻き込んでしまった』
ーーーーーーー。
『兄さんは何を隠しているの?最近、どこで何をしてるの!教えてよ!』
『関わるな。……お前には関係ない。』
ーーーーーー。
闇の中でもがいてきた記憶が蠢く。
それぞれがそれぞれに光を憧れを抱き、どこかで分かっていた使命から逃げていた。
追い求める、必要とされたい、そんな想いは幻想で。
いざ、力を手にした時、残酷にも闇は彼らを覆う。
どこまでも光は残酷にこの身を焦がすのだから。
何もねだりは本当で、いざ手にした時にようやく理解する。
それは自分には過ぎたものであると。
後悔なんてものじゃない。
上手く扱えなかった、あの人なら、あんなやり方があったら。
自分じゃなかったら。
これは違う。
俺が、私が、僕が、望んだ結果じゃない。
最初から、なにも望まければよかったんだ。
そう、それがどうしようもなく使命から逃げてしまう彼らの答えなのかもしれない。
遠く見えた光は、自分から離していた光源なのかもしれない。
「こんなちから……いらねえよ。」
力を求めた少年の最後の言葉は、どこまでも身勝手で、逃げることを渇望していた。
闇の中へ、闇の中へ。
意識も肉体も消えていく。
一つの戦いは消化不良のように消えていった。




