#31 巡り会い【六鬼戦争】
鬼河川。古くから鬼が出ると伝承が流れる地域。
広大な川が町のシンボルで、平屋が目立つ町並みだ。
そんな町の中心地に聳え立つ昔ながらの瓦の家。
耳を澄ますと、水が滴る音が聞こえてくる。
庭でも備えているのだろうか。
紛れもない『百合野家』だ。
中の様子を探ろうとするが、不気味なぐらい生活音がしない。
静かに空気を撫でた風が吹くだけだ。
「ここが百合野家……にしても不気味な屋敷だな、ここでいいんだよな?カレンやユリの居場所ってのは。」
「ああ、間違いないさ。前に坊主と大地と来たからね。……私が仕えていた頃よりは綺麗なんだけどねえ。」
ハジメはユリやカレンの居場所は知らない。百合野家にも行ったことがない。座敷や大地、テル、ジン達に頼る他はなかった。
「何千年前の話だよ。……場所は間違いねえ。姉貴や母さんの霊力をビシバシ感じやがる。ここで間違ってねえ。」
テルが自信を持って発言する。
「だが、何か混じってるな。」
「ああ、あの時と同じ感じがする。ユリやカレンも鬼の力を手に入れた可能性が高いな。」
一度戦闘を経験したジンとカイが何かを感じ取る。『鬼の力を手に入れた』という予測が立てられる。
「行きましょう。私たちには正面突破以外道はありません。」
だが、そんなことを言っていても仕方ないと、優たちはその1歩を踏み出した。
ーーーーーー。
中に入ると異空間が広がっていた。
「なっ!?なんですか!これ!」
「結界と言ったところかしら?」
「へっ!流石の婆さんも家は壊されたれたくねえってことか!!」
いち早く異変にヒロが気が付き、混乱する。ソラが周りを観察し、考察を立てる。
威勢よくテルが発言する。
だが、混乱と武者震いはそこで止まった。
「威勢がいいね、テル。昔のお父さんそっくり。」
刹那、全員の動きが止まった。
目の前に現れたのは間違いなく最強の存在だからだ。
『鬼殺しの鈴蘭』。霊能者の中では最強の存在だ。
大地の報告通り、百合野側についているようだ。
「か、母さん……。っ!!」
一瞬躊躇う表情を見せるが、テルは霊力を高め刀を抜く。
そのまま、勢いに任せ一直線に鈴蘭めがけて突撃する。
鈴蘭はひらりと交わすと、ガラ空きとなったテルの腹部に手刀を繰り出す。
「っ!?」
テルは膝をつき、そのまま倒れ込む。
「素直すぎるよ。テル。いくら強くても頭を使えなきゃ。」
「ちきしょう!一撃でこのザマかよ!!!」
テルは怒りの声をあげ、座敷わらしに肩を貸してもらい何とか戦闘から離脱する。
「普通に戦って勝てる相手じゃない。気にしなさんな。」
「っ……。」
座敷わらしは優しく言葉を紡ぐ。それが納得できないようで、テルは歯を食いしばる。
「鈴蘭。相手をするのは俺だ。他の連中は通してやってくれ。」
ジンが鈴蘭の前に立ち塞がり、後ろに続く優たちに道を明け渡すように腕を広げる。
「通すと思う?……こい、『暴食』!……私はァ!全ての妖怪・鬼を救う!死こそ楽園への入口!アハハハハハハハハ!!!食らって食らって食らって救済するの!!!!満たせ満たせ満たすのよ!!!!」
鈴蘭は不敵な笑みを浮かべ、高らかに声を上げる。
その声に呼応し、鈴蘭の影を塗り替えるように常闇が這い上がってくる。
「鈴蘭……。またお前に背負わせてたのかもな。」
ジンが辛そうな顔を鈴蘭に向ける。
普通の家族や幸せを作るはずだった。それなのに、そのために多くのものを犠牲にしすぎたのかもしれない。
ジンの頭の中で、そんな考えが浮かぶ。
鈴蘭は闇を纏い、瞳を白く染め、眼球の外に闇を纏う。
異質で恐ろしい瞳だ。
虎のような毛皮をまとい、肩から三本ずつ突起物を形成する。
爪は鋭く伸び、額にもうひとつの瞳が形成される。
「がぁああああ!!!」
鈴蘭はこの世のものとは思えないような声を上げる。
その場にいた全員がその恐ろしい声と姿に恐怖する。とてもじゃないが、理性の欠けらも無い。鈴蘭は鬼に感情を支配されているようだ。
「っ……脅威だな……。これが鬼と適応した百合野の血を持つものか……」
ハジメはゾッとしたような表情で語る。鬼である彼だからこその恐怖があるのかもしれない。
「あれは僕たちとは違う。感情が起因して生まれた鬼だ。百合野が生み出した鬼と言ってもいい。」
天野はそっとハジメの傍らに立つと、解説してくれる。
「何かの文献で読んだことがあります。古くから妖怪や鬼と繋がりを持った姫がいたと。……皮肉なことに妖怪との繋がりを恐れられ人間に殺されたとか。」
ヒロも隣に立ち、自分の知っている話をしてくれる。古い文献に乗っていたおとぎ話。時としてそれは真実を語る。
それが妖怪との繋がりを求めた姫『ユリノ』だとは誰も知らない。そしてそれを滅ぼしたのが『琴上家』であることも。
鬼と妖怪に狂わされた悲しい物語があったことを。
「そう、僅かの生き残りで繋がってきた百合野の一族。彼らには亡くなってしまった先祖たちの亡霊が今も体を蝕んでいるという。リムはずっと当主として全てを器に閉じ込めてきたんだと思う。」
彼らを狂わさせた元凶『天邪鬼』。天野、彼だからこそ事情に詳しいのだ。
「……なるほど。つまりその器を鬼の形になるまで溜め込み、今ユリ達に放出したわけか。」
この世界には二つの理が存在する。ひとつは元々あった不自然な現象。常世や常世から追放されたスサノオの力の成れの果て。『牛鬼』『天邪鬼』『天狗』『八岐大蛇』『九尾』『橋姫』『茨木童子』『酒呑童子』、彼らのことだ。
そしてもうひとつは人の恐れや負の感情、悪意から生まれでる存在。『悪鬼』『人魂』『座敷童子』『雪娘』『妖怪』、元々の悪意が変化したものや悪意が形のあるものに取り憑いた現象。
そのふたつだ。つまり、天野が言いたいのは『百合野の鬼に対する感情が鬼を生み出した』ということ。天野や酒呑童子とは違うということだ。
「それがわかったところで、あの母さんにはぜってえ勝てねえよ!どうすんだ!父さん!一度負けてんだろ!?」
そう、テルの言っている通り。仕組みがわかったところでどうすることも出来ない。
百合野が長年ためてきた悪意をその身に受け、鬼を宿した鈴蘭が目の前にいる。
「別に倒す必要は無い。リムをどうにか出来れば、鈴蘭も元に戻るはずだ。……だから手をかせ、モモコ、カイ。」
ジンは得意げに前に出ると、カイに肩を組まれる。
「腐ってた頃より素直になったな。おじさん達の見せ場作ろうぜ?」
「そうね、今回の主役は後ろの子達よ。私達の物語は別の場所で語られるべきよ。……タイトルは『鈴蘭の花言葉』ってところかしらね。」
「確定だな。……いつも面倒かけやがって。またオレが助けてやるよ!戻ってこい!鈴蘭!」
「がぁああああああ!!!!」
鈴蘭の声が鳴り響き、戦闘が開始される。
ジン、カイ、モモコが一気に霊力を高めていく。
刹那、閃光が解き放たれ視界からジン、鈴蘭、モモコ、カイが見えなくなる。
消える寸前、ジンは微笑む。
「頼むぞ……みんな。」
ーーーーーー。
大地が座敷童子、テルを抱き抱え、その場から飛び上がる。
「お、おい!?何しやがる!?俺も母さんを助けるんだ!」
テルはバタバタと暴れ出すが、座敷童子に頭を叩かれる。
「落ち着きなさいな。あんたはまだあそこには行けない。他にやることがあるでしょ。物語の脇役は脇役を相手にしないとね。」
「すまないな。……ユリは僕に任せてくれ。テル。」
天野は決意の眼差しを向け、輝から離れていく。
ーーーーー。
「……っ。姉貴も母さんも守らせてくれねえのかよ。俺にはよ!」
「おぼっちゃまはもっと大きなものを守らなければいけません。当主になるんでしょ?テル様?」
大地は優しく微笑み、テルと座敷童子をその場に下ろす。
「ったく。くそ!……そういうことにしてやるよ。んで、お相手はカイナおばあちゃんかよ。」
やや悔しそうに納得して見せたテル。目の前に現れた人影に声をかける。
「ふっ。昔一緒に戦ったねえ。カイナ、陽太、月花。もう使命からは逃げないのかい。」
「私が逃げ続けたから、あの子や孫にまで運命を背負わせた。私はこんな戦い終わらせる。こい!『怠惰』!」
漆黒の闇を纏い迸る稲妻。
熊のように巨体と獣じみた見た目に変化し、額には四つのツノがはえている。
「なんだがねえ。」
まるで自分たちが正しいと言っているような物言いに呆れてみせる座敷。
「恐らく、リムの力によって自分の都合のいいように解釈されているのでしょう。」
「ま、なんでもいいけどよ。俺は姉貴みてえに甘くねえぞ!」
全員が力を解放し、大きな衝撃音が鳴り響いた。
ーーーーーー。
「さてと。相手になるよ。ユリ、君と本気で戦うのは初めてだ。……これも向き合ってこなかった罰かな。」
「私。気がついたのよ。世界なんてどうだっていい。あんたが手に入ればそれでいい。迎えに来てくれたんだよね。……シンゴ。面倒なしがらみ全部壊そうよ。」
「なにもわかってないよ、ユリ。その全部が僕たちを形作ってくれている。『全てには意味があるんだ。』」
「なら、壊すだけだよ。『傲慢の鬼』!」
ユリの瞳はゆっくりと赤く染っていく。
額に一本黒く輝く角が生えていく。
とても美しくて純粋な輝きがある。
「君はどんな姿になっても美しいね。だから、僕が触れると壊れる気がしてたんだ。君を『白』を僕の『黒』が覆ってしまうって。」
天野はゆっくりと歩を進め、ユリの目の前に立つ。
姿は変わらず、揺るがない決意が瞳に宿っていた。
キス寸前の距離にまで二人の顔が近づき、閃光が交錯する。
「でも僕は『あまのじゃく』だから。君のために何度も嘘をついてきた。そして何度も君を失ってきた。……だから僕は今度こそ『正直者』になるよ。」
ーーーーーーー。
「どういうこと!?そこかしこからみんなの声が聞こえる!でも天野さんも、テルくん、大地さん、座敷童子さんもいない!」
「どうやら、さっきのジンと鈴蘭の戦いで俺たちは分断されたようだな。景色が変わってねえから実感わかねえけど。」
「そして皆さんの声を聞く限り交戦している。」
「ジンさんとカイさん、桃子さんが鈴蘭さんと。テルくん、大地さん、座敷がカイナさん、月花さんに陽太さん。ユリとあまっちが対戦中ってとこ?」
「残ったのはハジメと嬢ちゃん、相棒、パツキン女、紅葉と俺って訳か。」
「ちょっと!いつまでパツキン呼びなのよ!」
「ま、気にするな。奴なりの距離感の詰め方だ。」
「とにかく、また誰か来るかもしれん。用心して進もう。」
「みんな……無事でいて。」
「安心しなよ。実力が同じ人が戦うことになってる。引き寄せ合うからね。力は。」
分断され、路頭に迷う面々だったが、目の前に3つの人影が現れる。
「はじめまして。真城優さん。私は百合野家現当主、百合野莉理。フフ。」
金色の髪の毛を靡かせ、美少女は物音ひとつ立てず優の目の前に現れる。
「っ!?なんて速さだ!?ぐはっ!?」
「落ち着けよ、坊主。黙って見てろ。」
優を助けようとしたヒロを回し蹴りで飛ばす男。黒いジャケットが遅れて揺れる。
ヒロの頭をそのまま踏みつけ、身動きが取れないようにする
「あぁあああああっ!!」
ヒロが悲痛の声を漏らす。ソラは黙っていられない。
「っ!?ヒロちゃんに何すんのよ!……あぐっ!?」
「感情が先行しすぎだ。落ちたな、安倍晴明。」
後ろに気配を感じ、振り返るソラ。
しかしそんなことを許される訳もなく黒いフードを被った男はソラの首元を手刀で触れる。
「……優、落ち着け。実力がどうこうじゃない。戦闘経験が向こうの方が上だ。戦う相手じゃない。」
「ですね……。本能で震えて……あはは。全然動けないや。この先にリムっていう人やカレンがいると思うと…怖気付いちゃう。」
何も出来ず、固まってしまった優とハジメ。
瞳すらも動かせず、ただ目の前の美少女に瞳を奪われる。
ゆっくりとリリは指先で優の唇に触れる。
「かわいい。彼しか受け入れてないんだ?……汚したくなるね?」
「っ……。」
「優に……触れるな!」
刹那、ハジメは恐怖という拘束から逃れ、リリの手を弾く。
「あらっ。……独占欲ってやつ?私女だよ?やだ、嫉妬?醜いね。……人と鬼だよ?やめなよ、そーいうの。報われないよ。」
薄ら笑いを浮かべ、ハジメの感情を逆撫でする。
「くっ!……貴様ァ!!!!」
「そう、あなたも鬼。生まれが違うだけ。醜いとは思わない?世界と汚すって。」
どことなく艶やかな声に耳を傾けてしまう。
正しく聞こえてしまうから怖い。
「……っ!」
だが、ハジメには効果テキメンだった。
このまま攻撃しても負けてしまうような気がして手が出せなくなる。
まだ答えを見いだせていないからだ。
「本当に俺らが害って言うなら消えてやる。そのつもりだった。……なあ、教えてくれよ。身内をここまで操ってここまでする必要あんのか?」
「ハジメさん……。その人はリムっていう人に操られてるから……」
「分かってる。…けど納得いかねえんだよ。何が正しくて何が間違ってるのかわかんねえんだ。」
「難しく考えるのはハジメさんの悪いところですね。」
「なに!?」
ヒロは呆れたように呟くと、ジャケットを着た男の足を持ち上げ、ゆっくり立ち上がる。
「こい、『茨木童子』!また一緒に戦うよ!」
「待ってたぜ!相棒!」
攻撃のタイミングを見計らっていたタケルはヒロのその声に反応し、魂となる。
そのまま、ヒロの中へと入り込み、ヒロの中から莫大な青い炎が燃え盛る。
「『憑依・茨木童子!』やってやりますよ!僕が時間を稼ぐ!!!」
「たかが憑依したぐらいで調子に乗るなあ!!!!」
男は叫ぶと何か小声で唱え、詠唱を開始する。
その声が止まると、一瞬男の体が光り輝く。
二人は瞬く間に消え、残像だけがその場に残り、加速した世界における戦闘が開始された。
あたりにはヒュンヒュンというような風切り音のみが聞こえてくる。
どうやら、お互いにスピードを上げて戦っているようだ。
「なるほど……ね!」
「うぐっ!?」
不意をつき、ソラも立ち上がる。
その様子に気が付き、拘束しようとしたフードの男の腕を紅葉が掴む。
「はい、油断した〜。感情が先行してる……だっけか。生きた年数は鬼の方が上なんだよ!この小童が!」
勢いに任せ、投げ技を繰り出す紅葉。
ニヤリと微笑み、ソラに合図する。
「ま、その女の人はあたしが相手するから。…は答え合わせしてきなよ。ハジメ。……優もさっさと行きな。……カレン友達なんでしょ?」
ソラは優しく微笑み、優たちを守るようにしてチカラを高め、懐から三枚ほど御札を繰り出す。
「私に勝てるとでも?」
「いいや。そんなこと思ってないさ。……ただ親友としてできることをしてるだけ。……ほら行きな!」
ソラは2人の背中を押し、光の中へと消えていく。
「ソラ!ヒロ!……ありがとう!!!」
一瞬、驚き2人の所へ行こうとする優。だが、ハジメはやさしく優を引き止め、首を横に振って見せる。
その様子を見て、せめてお礼だけでもと、優は必死に声を張った。
ーーーーーーー。
「待ってたよ、優。ここから先は私が相手をするよ。」
いつもと変わらない様子のカレン。
安堵の気持ちと共に沸き上がる不気味さ。
後ろに控える老婆が原因だろうか。
目を赤く光らせ、カレンの様子と重なって見える。
「ずーっと。羨ましかったんだ。……だから、優のもの全部貰うね。」
「カレン。……人から奪ったって悲しみしか生まれないんだよ。……私はこれから精一杯の気持ちで答えるよ。」
「ふっ、ならばそこの鬼は私の鬼と戦うかい?『ゆけ、強欲!!!』」
「嫌な婆さんだ。さっさとご隠居してもらうぜ!」
リム、カレン、ハジメ、優が構える。
刹那、閃光が迸り、空間全体が大きく震えた。
ーーーーーー。
いよいよ、舞台は整った。
奇妙な巡り合わせで戦うことになった面々。
これより本格的に六鬼と優たちの戦いが始まろうとしていた。




