#29 散り行く花
楽しく終わった二泊三日の旅行。
穏やかな自然や美味しい食材に触れ、心身ともにとても自由を感じる。
さあ、帰ろうと思ったその時。
突然の豪雨に見舞われ、一日帰宅を遅くすることにした。
そんな雲行きが怪しくなった今日、一人の来訪者によって平穏の終わりを感じずにはいられない。
野村大地は普段整えている髪の毛をずぶ濡れにし、暗く重い表情を見せていた。
「どう……したんだよ?大地……。」
輝はそっとタオルをかけて室内へと招き入れる。
「なにか……あったんだな……?」
「申し訳……ござ……」
泣きながらその場に崩れ落ちる。
ここまで絶望しているということは、もう手遅れなのだろう。
そう感じてしまう。
「とりあえず、お風呂入りますか?」
見かねたカレンは優しく声をかける。
事情は何も聞いていない。だが、一つ道を間違えればカレンも同じことになっていたかもしれない。
不思議と自分と大地を重ねてみてしまう。
慈愛に満ちたその表情は、黒く染った大地の心を少しばかり温めた。
「あり……がとう。すみません。」
ーーーーーー。
大地をお風呂場に連れていくカレン。
残された面々には動揺が見られる。
「大地は父さんや母さんの側近だ。あの二人は相当な手練だ。何かあったとは思えないけどな。」
輝は最悪な展開も予想しつつ、それを否定していた。
「だが、あそこまで絶望した大地は初めてだ。……お前さんもよく分かっているだろう?」
「……まあな。」
輝の様子を見兼ね、座敷が現実を突きつける。心構えをしておく必要がありそうだ。
「とりあえず、上がってくるの待つしかないな。……悪天候だし、なんだかなあ。」
せっかく楽しかった旅行なのに不穏な空気が流れている。ハジメは企画した身として残念な様子だ。
「カレン、随分と気にかけてた。ああいう人放っておけないのかな」
いつもと少し様子の違うカレンに思うところがあるのか、優は疑問符を浮かべる。
「カレンは幌先の人間だし、大地も強い二人を守る人だからね。どこか親近感を感じたんじゃない?」
「随分と落ち着いてるわね。」
「あそこまでの顔みたらね。覚悟を決めるしかなさそうよ。」
「ユリ、大丈夫かい?」
「……恐らく百合野が何か仕掛けてきたのは間違いないと思う。……今はどうするかを考えるしかないわ、これ以上被害を受けないために。」
「どちらにしても、彼が戻ってきてからだね。」
「野村大地、宮ノ森海の弟だったな。」
確認するようにタケルはハジメに話しかける。
「私たちにも能力使ってくれたわよね。隠蔽の化け狸だかってやつ。」
橋姫も覚えがあるのか、思ったことを口にする。
「ああ、その通りだ。事象を都合よくねじ曲げる力だ。俺達もそのおかげで、現世で生活出来ている。」
「……そんなにすごい力なのに対処できなかった……リムっていう人は相当お強いんですね。」
「厄介な相手ではあるだろうな……。あとは狙い次第だな。」
ーーーーーーー。
お風呂から上がると、少し落ち着いた様子で大地は椅子に腰掛ける。
「さすがに落ち着いたか?話してもらうぞ。」
「了解しました。結果だけ、簡潔にまとめます。……リム様が琴上家に来訪、鈴蘭様他百合野の血を引く方々の反乱が起こりました。……ジン様、宮ノ森の方々は応戦後敗北。……現在は安全なところで体をやすめています。」
ゆっくりと結果だけを伝える大地。
大方予想は出来ていた。それぞれも覚悟を決めていたはずだが、さすがに驚きを隠せない。
「……お母さんが……?どうして?」
疑問を口にできたのはユリのみである。
そう、百合野が攻めてくる。それは分かっていた。だが、鈴蘭たちが反乱を起こしたというのが一番の謎だった。
「分かりません。……突然操られたかのように『全てはリム様のため』と呟きながら襲ってきたのです。……それも皆さん百合野の血を引く方々ばかりが突然『鬼の力』を発動して。」
「どう考えてもリム様の仕業……ですね。でも私やユリ様、テル様は影響がないみたいです。」
「近くにいる人に影響する何かだったのか?……恐ろしい力だな。あの母さんを操るなんて。それに他の人まで……」
「操られたのは他に誰がいるんだ?」
ハジメは大地に質問する。
「現当主・百合野莉理、ユリ様の祖母・幌先果伊菜、祖父・栄介、カレンさんの祖父・咲さん、そして玉緒月花・陽太さんの二人です。」
淡々と語られる面々。優は聞いたことない名前の最後に聞き覚えのおる名前があり、驚愕する。
「……玉緒先生?」
以前、優の大学に講師に来た女性の名前がそこにはあった。
何か大きな出来事が、知らない間に起きていたという恐怖がそこにはあった。
「私のおじいちゃんまで……本格的に、私や幌先、百合野が危ないって感じね……」
ユリは眉間に皺を寄せ、考え込む。
「このまま、あの婆さんの好きにはさせておけねえ。なんとかやるしかねえだろ。」
テルが意気込む。しかし、すぐに冷静な座敷に遮られる。
「できるのか?歳は食っても歴代最強と言われた面々だ。あのジンですら適わなかったのだぞ。いや、それどころかここにいる全員が敵におちた『鈴蘭』の恐ろしさを知っているはずだ。」
「……そうですね……私なんて完全に手を抜かれてましたから……。」
優は一度、鈴蘭と対峙したことがある。試されその舞台では勝つことが許された。だが、本気で戦っていたら余裕で負けていただろう。
その他、クロエの一件も解決に導いたのは『あの4人』である。
全員がその強さを目の当たりにしているのだ。
少なくともその3人である『ジン・モモコ・カイ』が敗走を余儀なくされ、敵対するのは鈴蘭と霊能者の中では名を轟かせる面々だ。
かなり絶望的な局面と言える。
「……良くんからないのよねえ。百合野家って鬼嫌いじゃなかった?なんで鬼の力なんて使ってるのさ。」
皆頭を抱える中、ソラが疑問を口にする。その通りの疑問だ。
「僕が天邪鬼なのは皆知っているだろう?……僕は長い間百合野家に封印されてきたのさ。それこそつい最近までユリのお母さん『鈴蘭』に封じられてきた。……百合野は僕のせいで一度滅びかけている。遠い昔の話だけどね。その昔の恐れの感情が今も百合野の人間には流れ続ける。それが力の源『負の感情』となって百合野を強くさせてきたのさ。」
ソラの疑問を天野が悲しげに答える。百合野と天野。ふたつの関係性が見えてくると、ユリと天野が引き離されようとしているのが分かってくる。
「鬼を憎み、鬼の力を使う。……皮肉な話ですね。」
ヒロが天野の肩をそっと叩く。なにか事情的なものを感じ取ったのだろうか。
「リムの狙いは……恐らく終焉だ。全てを終わらせたいんだ。鬼にまつわる全てをね。天邪鬼が消滅したにもかかわらず、生まれ変わっていた。鬼を呼び寄せる力を持つものが現れた。意識的に別世界に干渉出来るまでに力を備えた者がいる……流石のご老人も手を出すしか無くなったんだと思う。」
天野がリムの目的を自虐的に解説してくれる。
自らのこと、鬼を呼び寄せ鬼を従える優のこと、神や妖怪を簡単に討伐する鈴蘭たちの力。
「まるで私たちが『悪』で向こうが『正義』だな。」
「世界の理っていうのはいつだってそうだろ。俺たち鬼は邪悪な存在。」
「俺らからしたら、『悪意』によって世界は正される。……潮時なのかもな。」
紅葉、タケル、ハジメが諦めたように口にする。
まるで最後かのように。
「なに、最後みたいなこと言ってるんですか?嫌ですよ!お別れなんて!」
いち早く空気を察したのか優が涙を流している。
「そういうことなんだろ?……天野。」
「ええ、僕たち鬼がこの世界から消える。…そして優、君の常世に干渉する力を封じる。……それがこの騒動を鎮める方法だ。」
「……そんな……!!!そんなのおかしい!!!…間違ってる!!!」
優は顔を覆い、その場に崩れ落ちる。
そっとソラとヒロが傍につく。どうしてもやれない無力感が二人を襲う。いつも二人は優の悲しみに寄り添うことしか出来ない。でもその姿は酷くハジメの心を安心させた。
「大丈夫だ。死ぬわけじゃない。きっとどこかで繋がっていれるから。」
ハジメは優しく呟き、頭をそっと撫でる。
カレンは顔を背け、涙をこらえる。
ユリは怒りを顕に、天野に強烈なビンタをお見舞いする。
「……っ。」
言葉にならない怒り。離れることを拒みここまで来たと言うのに、迎える結末。
「認めない!こんなの!!!!」
ーーーーーー。
「一つだけ……賭けがあります。」
どうしようもない空気をカレンが破る。
「私とユリ様が……『嘘』をつくんです。」
全員の視線がカレンに集中する。
「……危険すぎる。無謀です。」
天野が静かに怒りに視線を送る。誰よりもユリを危険に晒すことを拒んでいる。
「……だからこそ、説得力があるんです。……私とゆり様はリム様に近づけば、手に落ちる可能性がある。……大地さんを逃がしたのは情報を伝えるためです。……つまりそれは、向こう側はこちらの様子がわからないということです。……それもそのはず、つい最近まで琴上家によってうまく騙せていたからです。ことが露呈したのはクロエの一件で、世界が闇に包まれたこと。悪鬼が出現してしまったことです。問題なく過ごせば、『大地さんの隠蔽の力』で誤魔化せるはずなんです。」
カレンは解説を終える。筋は通っているように見える。
改めて優は悔しさを感じる。全ての種をまいたのは自分であったと自覚してしまうからだ。
平穏に巡っていた世界の均衡を崩したのは他でもない優の力のせいだ。
再三にわたる周囲からの忠告が身に染みてくる。
「……貴様は、百合野側の人間だろ?……何が目的だ。」
納得のいかない天野は少々物言いが荒っぽくなる。
「……短い間だったけど、私はつくづく思い知ったよ。……ここは本当に居心地がいいって。だからみんなここに集まっちゃったんでしょ?優の元に。……私もみんなみたいに平和に過ごしたいってそう思った……これじゃあ理由にならないかな。」
満開の笑顔を浮かべるカレン。
誰もその決意に逆らえなかった。
「決まりね、手を貸すわ。カレン。ありがとう、勇気出してくれて。」
ユリも安心したようにカレンに手を差し出して握手をする。
「……もし失敗したら、僕たちは早々に常世へと帰る。いいね?ユリ。」
「誰に言ってるの?するわけないでしょ。……それにどこにいたって私は追いかけるから。」
笑顔で二人はその場を後にする。全ては、まだ見ぬ恒久の平穏のため。
その背中を見つめることしか出来ない無力感。過ぎる嫌な予感。
だが、求めてしまったから。託すしか出来なかった。『みんなが笑っていける未来のために』
ーーーーーーー。
花は強く咲き誇る。
美しく煌めく。
色とりどりの花は、生命を燃やす。
だが、美しいのはほんのひと時。
散る時は等しく訪れる。
それもまた、儚くも美しい。
一週間が過ぎた頃。襲い来る百合野の手勢に耐えながら、逃げながら過ごしていた。期限を一週間と決めていたからだ。
希望に満ちた明日は、いつ来るのか。あと少しの辛抱だという願いは、次第に絶望へと変わっていく。
もう日は暮れる。それは、失敗したことを意味していた。同時に、ユリとカレンを失ったことも。
二人は戻ってくることはなかった。
花は咲き誇り、散ってしまった。
これから始まるのは、『悪意の物語』。
ーーーーーー。
悪意を宿してきた優に降りかかる、己の悪意の物語である。
「あぁああああああっ!!!」
天野は降りしきる雨の中、後悔の叫び声をあげる。
ーーーーーー。
優は一人、ベッドの上で頬を濡らす。
どこまでも現実は非情だ。
「……全部……私のせいだ……」
その声を背中越しに聞くハジメ。
「俺にもっと力があれば……っ!!」
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「こうなったのも全部、私のせいなのかもね。」
「どうして?」
「せっかく生まれ変わったのに……私は優の悪意を止めてあげられなかった。……また世界の汚い部分を彼女に見せてしまった。」
「君のせいじゃ……ないよ。牛鬼の力を大きくしたのは僕だった。……君が罪を背負うなら、それは僕も同じだよ。」
ヒロがソラは寄り添い合い、傷を舐め合う。
ーーーーーーーーー。
「……鈴蘭もユリも俺が助ける!!…そして待ってやがれ!!」
ジンは決意を顕にポロポロの肉体で降りしきる雨の中外を出る。
だが、傷は癒えておらず、大雨の中滑り転がる。
「ちきっしょう!!!俺が甘かった!!!!」
「落ち着けよ、バカ。死んだわけじゃねえんだ。」
「ゆっくり体休めなさいよ、なに主人公ぶってんの。私たちはもう前線じゃないでしょ。」
「だが!!!」
「今は体を休めましょう。こんなに外に出られては僕の隠蔽の力も持ちません。……悪いのはいつだって世界なんですから。」
カイ、モモコ、大地に説得させるジン。大人しく室内へと戻っていく。
一定の距離までしか襲ってこないあたり、リムにも能力の限界があるようだ。この一週間、何度も避難場所は変えているが、1日1回がいいところだ。
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「どうすりゃいいんだよ、この状況。」
テルは座敷に膝枕をされながら不貞腐れる。
「……俺にはどうしようもできねえ。」
「……弱気だな。ひとりで何とかしようとする。悪い癖だ。……答えは出ているだろう?」
「……みんな、雨で濡れちまったからな。……俺が素直になるしかねえんだよな。」
「ああ、お前は太陽のようにみんなを照らしてやれ。……今は少し時間が必要なだけだ。」
「……そうだな。」
光の兆しを残しつつ、降りしきる雨の夜は終わりを告げた。
今だけは心を雨音に任せ、眠るのであった。




