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#3 親友としての在り方

挿絵(By みてみん)

 


ソラから放たれた衝撃的な言葉。

 

 『酒呑童子』。誰しもが、一度は聞いたことあるだろう鬼の名。

 

 その酒呑童子が、境一だというのだ。

 

 酒呑童子とは、悪の限りを尽くしたと『現世』では伝わっている。

 

 日本に伝わる最強の鬼で、人をさらっては食い、最後はお酒に毒を盛られ、源頼光、坂田金時ら、に討ち取られたという。

 

 「……。そうだよ、俺は『酒呑童子』。ソラ、お前が思うような悪い鬼さ。」

 

 悲しげにハジメは、自らの真名が『酒呑童子』であると、認める。

 

 「ふーん。すぐ認めるんっすね。……力失ってるみたいだし。討伐されても文句ないよね?」

 

 そう告げると、ソラは構え、一直線にハジメに突っ込む。

 

 先程の戦闘で疲弊してしまってるハジメは、身動きが取れない。

 

 向かってくるソラ。

 懐から札のようなものを取り出し、ハジメに向かって投げつける。

 

 それをユリは二人のあいだに入り、札を弾き飛ばす。

 

 「なにっ!?」

 驚くソラ。その一瞬の隙をついて、天野がソラの前方に立ち塞がり、開いた手掌をソラの腹部に翳す。

 

 「はっ!」

 「ぐっ!?」

 

 勢いよく一喝すると、ソラは、後ずさりし、そのまま膝をつく。

 

 「気に入らないな、人間。例え、どんな事情があろうと、ユリに手を出すとは。」

 

 いつもの穏やかな空気とは一転し、低い声色で話す天野。

 

 心のどこかで人間を嫌っているかのような殺意さえ感じる。

 

 「……なんだ、アンタも鬼か……?」

 

 強靭な力の圧、人を寄せつけない瞳。

 

 鬼特有の悪意のチカラを感じたソラは、天野にひと声かける。

 

 「……貴様のような人間には関係ない。ひとつ言うなら、僕は人間だ。……今はな。」

 

 含みを持たせるように言う天野。

 

 呆れたように、天野の横に立つユリ。

 

 「アンタもいい加減、人嫌い直してちょうだい。私になんかある度に怒られたら疲れるのよ。」

 

 「ご、ごめん。ユリ。」

 

 少し強めのユリの言葉に、反省しているのか天野は落ちんでるように見える。

 

 「あ、えっと、べつに。そんなに落ち込まなくてもいいよ。守ってくれてありがとう。」

 

 なんだかんだ、守ってくれるという男らしさを気に入っているのか、ユリは優しくお礼を言う。

 

 お礼を言われて嬉しかったのか、天野は満開の笑みを見せる。

 

 「それはそうと、話してもらえる?辰早空。どんな事情があっても、今の優やハジメに手を出されるのは困るの。」

 

 「大人しく、言うことを聞けと?あたしに?冗談じゃない。鬼と連むような輩に、優を好きにさせてたまるか!」

 

 空は立ち上がり、構える。その様子を見ていた天野が声を荒らげる。

 

 「貴様まだやる気か!」

 天野が攻撃体制に入るが、ユリが止める。

 

 「ストップ。最近弱い悪鬼ばっかりで、なまってたし、私がやるよ。それに札使ってきたし。天野じゃ危ない。」

 

 「……また君という子は。どうせ、言ってもきかないんでしょ?」

 

 「分かってるじゃない。天野は優と、ハジメよろしく。……心置き無くやり合いましょ?ソラ。」

 

 ニヤリと微笑み、余裕の表情のユリ。挑発しているようだ。

 

 「……綺麗なそのお顔、どうなっても知らないよ!」

 

 ユリの挑発に乗ったと言うに、ソラは勢いよく突っ込む。

 

 「我に力を与えたまえ。『火の神・騰蛇』」

 

 ソラは唱えると、札を取りだし天にかざす。

 

 刹那、獣のような鳴き声と共に、炎が燃え上がり、ソラを包み込む。

 

 その炎全てが霊気の塊であり、炎は徐々に姿をかえ、蛇のような姿を模す。

 

 勢いのまま、ソラはユリに突っ込み、拳を顔面目掛けて解き放つ。

 

 遅れて炎のヘビが纏うように、ソラの拳を加速させる。

 

 それをいとも容易く受け流し、ニヤつくユリ。

 

 「へぇ。式神。……久しぶりに楽しめそう。……蛇には蛇をってね。『憑依・八岐大蛇』」

 

 ユリはソラの腕を掴み、自身の体から水のように澄んだ霊気を解放させる。

 

 すると、ユリを包み込むように、霊気が首を幾つも持つ大蛇となって、ユリに取り憑く。

 

 危険を感じたのか、ソラは腕を振りほどく。

 

 燃え盛る炎を身に纏うソラと対照的に水を身に纏うユリ。

 

 「なっ!?悪意の塊とも言える妖怪をその身に宿しているというのか!?」

 

 口を開けて驚くハジメ。

 

 鬼である彼でさえ、目の前にいる二人の少女は、人智を超えている。

 

 突如強大な力を発揮させたユリに驚き、距離をとるソラ。

 

 「くっそっ!」

 

 「あれ?来ないの?来ないなら、こっちから行くよ。」

 

 俊足とも思えるユリの高速移動。

 

 距離を取ったにも関わらず、ソラの目の前にはユリの姿があった。

 

 ソラに有無を言わさず、腹部に蹴りをかますユリ。

 

 ソラが身に纏う炎を、それよりも大きな水の霊力で、簡単に貫いたのだ。

 

 遅れて攻撃を受けたと理解したソラは、腹部に強烈な衝撃が走るのを感じる。

 

 「……つぁ!?」

 

 あまりの重くて早い攻撃に、一瞬呼吸を忘れるソラ。

 

 強すぎる衝撃に立ってられず、ソラはその場に倒れる。

 

 「あれ、こんなもん?」

 

 あまりの呆気なさに、物足りなさを感じるユリ。

 

 キョトンした表情で、足元に倒れ込むソラに目線を合わせるようにしゃがむ。

 

 「っあ!はあはあ。……化け物か、アンタ。」

 

 ようやく、呼吸を取り戻したソラは、辛そうにユリに言い放つ。

 

 「でしゃばった割に大したことないのね。……それともまだ使いこなせてないのかな。」

 

 ソラは、衝撃のあまり力を失ったのか呼応するように、炎が小さくなり、霊力が消えていく。

 

 「……はあ。面白くない。」

 ユリは、言うと力を抜くように、肩を落とす。

 

 すると、一気に霊気は消え去り、元の様子に戻る。

 

 「さ、力も劣ってるんだから、素直に話しなよ。私は別に責めたりしないよ。ま、でも優には謝ってもらいたいけどね。せっかく、新生活始まったのに、あなたが巻き込んだ。彼女を不幸にした。今のところ、そうとしか捉えられないよ。」

 

 ユリは優しく微笑む。

 だが、言葉の数々が的を得ており、ソラに突き刺さる。

 

 手を差し伸べられ、ソラは不貞腐れたように立ち上がる。

 

 「……わかったよ。話せばいいんでしょ。」

 

 ようやく観念したのか、ソラは話す気になったようだ。

 

 ーーーーーー。

 

 辰早空。

 

 彼女には前世の記憶がある。

 

 以前優に向けて語っていた『夢の話』。

 

 そう、長髪の男性の物語だ。

 

 その物語は、ソラにとって、個人を形づくる上で欠かせない話。

 

 日が経つにつれて徐々に夢の物語が、現実味を帯びていった。

 

 優が進路や自分と向き合っていた高校最後の年、ソラは自らの力に気が付いたのだ。

 

 優と同じように、突如として、人の悪意が見えたり、聞こえたり、身近に感じるようになっていた。

 

 「こ、これが優の言っていた『悪意』……。」

 

 ソラは、はじめて見る事象のはずのに、不思議と落ち着いていた。

 

 当たり前だ。

 

 彼女は遠い昔に『悪意』の身近で生きていた。

 

 そして、少しずつ理解していく。

 

 自分の中にある『霊力』を。

 

 今までは無意識に行っていた悪意を消し去る力。

 

 それを身近に感じた時、いとも容易く、力の使い方をマスターしたソラ。

 

 そして、目に見えるようになった妖怪や悪鬼。

 

 まだ、前世のことは思い出せない。

 

 しかし、自分にはそれら悪意や妖怪、鬼を葬り去ることができると確信した。

 

 それならば、と。

 

 ソラの中に芽生えたのは、『優の傍にいたい。』という、強い気持ち。

 

 「今のあたしなら、優を守ってあげられる。」

 

 そう決意した束の間。

 

 優は鬼である『酒呑童子』と仲良くしているではないか。

 

 一部、前世のチカラを取り戻したおかげか、すぐにハジメが鬼であることに気がつく。

 

 そして、前世で会ったことのあるのだろうか。ハジメが酒呑童子であるとすぐに理解出来た。

 

 ハジメが悪意のある鬼と知らず、初対面のはずなのに、妙に仲の良い二人を見て、心がザワついた。

 

 優を守る。その役割はあたしのものだ。きっと優は騙されているのだ。

 

 歪な独占欲が、ソラの中に巻き起こる。

 

 何故だろうか。どうしても、辰早空という人間は、『真城優』という少女に固執してしまう。

 

 そんな、嫌な感情が強くなったせいか、ソラに一部記憶が戻る。

 

 それは酷いことに、悪意によって暴走していた頃の『酒呑童子』の姿。

 

 大義を手に入れたソラは顔を歪ませる。

 

 そうだ、やはり記憶に間違いはない。ハジメも鬼であり、悪い存在なのだ。

 

 ならば、優を助けなくてはならない。

 

 たとえ、醜いやり方でも、優を幸せにするためには、ソラは悪にだって染る。

 

 「酒呑童子、アンタの化けの皮、剥がしてやる。」

 

 そうして、ソラは優の溜め込まれた悪意を暴走させ、ハジメの行動を試していた、という訳だ。

 

 親友である優が最も嫌がる悪意を暴走させる。

 

 危機に陥った酒呑童子が正体を現すと踏んだからだ。

 

 これは、優のためなのだ。

 

 ーーーーー。

 

 「ーーーーって感じよ。」

 

 一通り話したソラ。

 

 不貞腐れたように、視線を逸らす。

 

 深夜のリビング。

 

 先程まで友人たちで賑わっていた長机に集まっていたのは、ソラ、ハジメ、天野、ユリ。

 

 優は、悪意を吐き出したためか、深い眠りについている。

 

 起こしても良かったが、親友が自分の悪意を暴走させたなんて、あまりにも酷すぎる話だ。

 

 聞かせたくないというハジメの意見に皆賛成した。

 

 「良かったわね。貴方が殺そうとしたハジメが、優しくて。」

 

 「……っ。アタシはやったことを間違えてるとは思わない。アタシの動機は、歪んでるかもしれないけど。……だとしても、アタシの記憶の中じゃ、『酒呑童子』って悪意の塊で、とんでもない鬼なのよ。……アタシは、アタシの前世は、貴族とか、お偉いさんに悪いことをするアンタら妖怪や鬼を退治するのが役目だったのよ。」

 

 必死に自分は間違えていないと主張するソラ。

 

 間違えていないにしても、結果がこれでは、やり方が間違えていたとしか思えなくなっていた。

 

 どこか、後悔のような、やりすぎたという想いが滲み出る。

 

 「まあ、『現世』の記録にも悪意の限りを尽くしてた、という記録はありますね。……そうですよね。ハジメさん。」

 

 やっと怒りを、隠していた本性を落ち着かせられたのか、天野は至って冷静に話す。

 

 「ああ。間違いない。明確に覚えてないが、口にできないような、酷いことを平然とやっていたはずだ。」

 

 後ろめたい過去。だが、正直に受け入れるしかない過去でもある。

 

 ハジメは潔く認める。

 

 「ま、話はわかったよ。ソラの話もわかったし。……別にハジメが狙われても、文句の言いようはないし、誤解されても仕方ない。」

 

 ユリは、一息つきながら、お茶を口にする。終始つまらないというような口振りだ。

 

 彼女は自分の利害以外、どうでもいいのかもしれない。

 

 もしくは、戦闘があまりにも物足りなかったのを引きずっているのだろうか。

 

 「……一つだけ。僕はあなたの気持ちわかります。以前の僕もそうでしたし。……ただ、少なくとも彼には彼の事情があります。同情するつもりはないですが、今回の騒動、少しやりすぎだったと思います。……そしてあなたのその『感情』。歪んだ愛し方は、真城優が望むものとは、到底思えませんね。」

 

 以前、ソラのように、間違った人の愛し方をしてしまったのか、天野は悲しそうに呟く。

 

 決して過去の不幸話をしたい訳ではなく、ここで踏みとどまって欲しいという強い想いから溢れ出たものだろう。

 

 「……っ。」

 

 経験者の言葉が響くとは言うが、紛れもなく、今のソラには突き刺さる言葉だった。

 

 ソラは強く唇を噛み締める。

 

 沈黙するリビング。

 

 頭を抱え、ユリは一言告げる。

 

 「とりあえず、今のハジメは、貴方の知ってる『酒呑童子』ではない。もう少し、物事を見定めて頂戴。」

 

 そう告げると早々に二人はその場を後にする。

 ーーーーーー。

 

 「……遅いから泊まってけ。俺は離の小屋に住んでる。何かあってもお前なら、優を守れんだろ?」

 

 先程の戦闘とつよいソラの想い。

 

 それらを見届けたハジメは、ソラには優のことを任せる。

 

 優の悪意は確かに暴走した。

 

 しかし、遅かれ早かれあの事態は起きうる事象だ。

 

 それに、ソラのあの力。

 

 並大抵の悪鬼では話にならないだろう。

 

 仕掛けてきたということは、『酒呑童子』を止められる、さらには悪鬼を倒すその算段はついていたように見える。

 

 実際今のハジメでは、彼女を倒すことは到底無理だろう。

 

 そんな考えを巡らせ、『優には危害を加えない』。

 

 そうハジメは思ったのだ。

 

 先程、同じようにご飯を食べただけの関係だが、ソラの優に対する愛情は本物だ。

 

 ハジメのどこか見透かしたような物言い、表情に苛立ったのかソラは、不貞腐れたように話す。

 

 「………アンタのことは、まだ、信用しない。優から悪意吸い上げて、全盛期の力取り戻すことも可能な訳だから。それに優を食べる危険性だってあるし。」

 

 「……そうだな。……だから、お前が、ついててやってくれ。」

 

 確かにその通りだった。そう思われても仕方ないとハジメは簡単に認める。

 

 尽く、相手にされないソラ。

 

 彼は本当に優しい性格をしている。ソラの厳しい発言も自分のやった事のせいだと、彼女を責めることはしない。

 

 どんどん自分だけが悪かったと思い知らされるようで、ソラは苛立ちを隠せない。

 

 「っ!なんで否定しないのよ!」

 

 どうしたらいいのか分からず、勢いに任せ、殴り掛かるソラ。

 

 その拳をあえて喰らい、頬に傷を作るハジメ。眼光は鋭く、ソラを捉える。

 

 「否定してお前は信じるのか?」

 「なわけ!」

 

 さらにもう一発、続けて二発。

 

 ハジメはソラの力のない拳を受け続ける。

 

 ようやく落ち着いたのか、ソラは下を向く。

 

 溜息をつくように、ハジメは自らの思いを漏らす。

 

 「俺はあいつに呼ばれてきたんだ。居場所がない俺を救ってくれたようなもんだ。……あいつには、幸せになってもらいたい。そのために、俺が邪魔だと言うなら、従う。」

 

 「っ!!!……あっそ!」

 

 何も言えなくなったソラはハジメに背を向ける。もう話しかけるな、という合図だろうか。

 

 ハジメは満足したようにその場を後にする。

 

 「なんだよ、鬼のくせに。……なんでいい人なんだよ。……あたしが悪いじゃん、完全に……。」

 

 どうしようもなくなり、ソラは膝を抱えうずくまるのであった。

 

 ーーーーーー。

 

 翌朝、優は目を覚ます。

 

 窓から、吹き抜ける風。

 

 囀る鳥達。

 

 スッキリしたように優は起き上がる。

 

 体が軽い。

 

 次第に意識が覚醒してきたのか、額に手を当て体を震わせる優。

 

 「わた、わたし……昨日なに、して……。」

 

 瞳に涙を浮かべる優。

 

 自分が不幸になるのは構わなかった。

 

 それでも、人を自分の不幸に巻き込むのだけは、ずっと恐れていたことだ。

 

 「わたし、はぁっ!!誰かを……救いたいのに!!!」

 

 感情が溢れ出る。

 

 自分が嫌で嫌で仕方なくなる。

 

 ーーーーーー。

 

 瞼を腫れさせながら、リビングに向かう優。

 

 美味しそうな、味噌汁の香りが漂ってきて、食欲が湧き出てくる。

 

 一丁前にお腹はすくのだと呆れながら、優はリビングに足を踏み入れる。

 

 リビングに入ると、エプロンを付けたハジメが出迎えてくれる。

 

 「おお。起きたか。もう少しでできるぞ?」

 

 優しく微笑んでくれるハジメ。

 

 その姿にホッとした優は、背後から彼に抱きつく。

 

 「ごめ、ごめんなさい。……私のせいで…。」

 

 「いいって。大丈夫だ。このとおり、生きてる。」

 

 ニコッと微笑むハジメ。

 

 何も知らず、自らを追い詰める優。

 

 優は堪らず、ハジメのエプロンに顔を埋める。

 

 ハジメは優しく、優の頭を撫でた。

 

 ーーーーーー。

 

 食事を終え、食器を片付ける。

 

 ハジメは食器を洗いながら、デザートを頬張る優にひと声かける。

 

 「……落ち着いたようだな。」

 

 「はい、ハジメさんの料理美味しくて。私ちゃんと、悪意について、というより、この力コントロールできるように頑張ります!」

 

 想いを爆発させ、美味しい食事を食べ、気持ちを切り替えることが出来た優。

 

 落ちんでいても仕方ないと、前向きな考えを口にする優。

 

 「おお。その意気だ。……だが、まずはお前が不幸にならない事だ。」

 

 「え?」

 

 ーーーーーー。

 

 何かと思えば、たまにはリフレッシュした方がいいと、遊びにいけということだった。

 

 準備をして、外に出ると、辰早空がそこにはいた。

 

 「さ、デートしよ。優。」

 「うんっ!」

 

 久しぶりに遊びに行く優。

 

 隣には親友。心は踊っていた。

 

 ハジメは落ち込んでいた優に気を遣うと共に、ソラにも気を回していた。

 

 親友同士、水入らずで、遊びに行ってはどうかと提案したのだ。

 

 あたりは春を迎えそうな季節。

 

 日差しが心地よく、過ごしやすい日だ。

 

 少しショッピングモールで買い物をした後、一息つきたいという話になる。

 

 のんびり、花見など、どうかとソラを優が誘ったのだ。

 

 ゆっくり歩きながら、近くの大きな公園を目指す。

 

 ーーーーーーー。

 

 今回の誘い、後ろめたさが残るソラであったが、嬉しそうに誘ってきた優を無下にする訳にはいかない。

 

 それに優は外に出ると、悪意を引き寄せる。

 

 ソラかハジメのどちらかの存在がいることで、優は悪意に悩まされることは無い。

 

 ハジメは連日の悪意騒ぎで疲れたということと、ソラには悪意を消し去ることができる、ということを優に伝えたため、二人は遊びに出ているというわけだ。

 

 ーーーーーーー。

 

 川の見える公園につき、生い茂る桜を見つめるふたり。

 

 なんとも、美しい光景が広がる。

 

 風も心地よく、春の暖かい日差しを感じられる。

 

 「ここら辺でいいかな。」

 「そうだね。」

 

 2人は軽く話すと、レジャーシートを広げ、風に吹かれながら談笑する。

 

 「いいねえ。自然を感じられて、穏やかな気持ちになるね。」

 

 ソラは優しく微笑む。

 

 優もつられて笑顔になる。

 

 「うん、でも。やっぱり、ソラといると心落ち着くよ。嫌なこととか忘れられて自然体でいられる。」

 

 「そう?」

 

 「そうだよ。だって、ソラは私の事なんでも分かるでしょ?」

 

 「そりゃあもう!ほくろの数から、なんでもござれよ?」

 

 「それは、言い過ぎ!」

 

 「ホントだってえ!」

 

 見つめ合い、笑うふたり。

 

 なんでもない会話がとても心地よく、普通でいられる。

 

 そう、ふたりは、そばに居るだけで、かけがえの無い時間を過ごすことが出来るのだ。

 

 『真城優が望むものでは無い。』

 

 昨日、天野に言われた言葉が、ソラの脳裏に過ぎる。

 

 真城優の幸せの日常の中には、『辰早空も含まれている』のだ。

 

 ソラは自分の役割を見失い、自分が悪に染まろうとも、優を救えればいいと思っていた。

 

 たとえ、危険に巻き込まれ、自分が命を落としたとしても、構わないと。

 

 だが、その考え自体が間違えっていた。

 

 優にとっては、ソラはかけがえの無い親友であり、たった一人の存在だ。

 

 それだけで、充分ではないか。

 

 ソラはやっと、そんな答えにたどり着くことが出来た。

 

 暴走し、優を傷つけたことを酷く後悔する。

 

 「優。あたし……。ごめん。優のこと救いたいってそう思ってたはずなのに、結局、自分本位だった。あたしが優のそばに居られなくなるんじゃないかって。優のことは、あたしが1番よく知ってるって、どうかしてた。ほんとうにごめんなさい。」

 

 想いがあふれでたのか、ソラは正直に謝る。

 

 何度も、口から「ごめんなさい。」という言葉を漏らしながら。

 

 優は、そんな顔を俯かせるソラを抱き寄せる。

 

 「ありがとう。話してくれて。でも、結局ソラはここにいて、私もここにいる。ハジメさんも悪い人じゃなくて、親切な人だった。過去とか、ソラにも、色々事情はあるんだと思う。でもね。自分本位なんかじゃなくて、ソラはソラなりに、わたしを助けてくれようとしてたってちゃんと分かってるよ。」

 

 その暖かい言葉に、胸が締め付けられるソラ。

 

 自分がどれほど悪いと責めようとも、優は優しくて寄り添ってくれる。

 

 その優しさが愛しくて、そして、いまは、とても辛く、暖かい。涙が溢れ出る。

 

 きっと、辛いのは、優も同じだ。能力に苦しむ彼女をさらに追い詰めてしまったのは、ソラなのだ。

 

 そして、ソラは誓う。もう二度と間違わないと。優を傷つけないと。親友としてそばにいると。

 

 だが、決して、間違えた訳では無い。だから誰もソラを責めないのだ。

 

 この事件は思いやりから生まれたもので、そして、いつの日か優が、向かい合わないといけないこと。

 

 

 それが少し、早まっただけのこと。

 

 優はソラを抱きしめながら、誓う。

 

 運命に翻弄されるのは、もう終わりだ。これからは自分自身で幸せになるのだと。

 

 誰も悲しませず、巻き込まない、強い力を手に入れてみせると強く誓うのであった。

 

 ーーーーーー。

 

 お互いに強い誓いを立てたふたり。

 

 しばらくして、思い立ったように、ソラは宣言する。

 

 

 「決めた!あたしやっぱり、あの鬼のこと、まだ信用出来ない。……でも今回のことで、優がハジメに救われてるのもわかった!……だからちゃんと『見定める!』」

 

 「……と、言いますと?」

 

 「あたしも寮住むよ!」

 

 「えぇえええええっ!?」

 

 ひとまず、これで、今回の騒動は、一件落着。

 

 遺恨の残るソラとハジメであるが、確かに変化は起きていた。

 

 加速していく運命。

 

 優の寮生活はどうなっていくのであろうか。

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