#21 手に入れた価値観
暑い日差しを心地よく感じながら、優は鼻歌交じりで歩く。目的の待ち合わせ場所に着くと、一息つき余分に買っておいた水を出す。
あとは待ち人を待つだけ。そろそろ来る時間だろう。
優は時計を見ながら、今日の目玉の授業について考える。
今日は特別講師の授業があるのだ。紛争地域でメンタルケアをしている精神科医が来るそうだ。
「たしか……玉緒先生だったよね。どんな人かな、調べたら50ぐらいだったけど。」
「あっ!おっは!ユウ!早いね!!」
そんなことを考えていると、待ち人である少女が来たようだ。明るい声が優の耳に響く。
息を切らしながらも明るく一人の少女が挨拶してくる。
「おはよう、花蓮。そんなに急ががなくても大丈夫だよ。ほら、お水。」
彼女の名前は『幌先 花蓮』。優と同じ大学に通う少女だ。
優が大学で共に過している友達だ。
髪色は薄く青を帯びており、肩までの長さだ。
黄色と紫のコントラストが映える髪飾りを左右に着けている。
瞳は金色のように輝きを放っている。
服装は黒のロングスカートに肩を少し覗かせるシンプルなデザインのシャツを着ている。
「あ、ありがとう!」
カレンはニコッと笑うと、膝に手をつきながら息を整える。
顔を上げ優から手渡されたペットボトルを受け取り勢いに任せ飲み込む。
「ゴクゴク……ぶほぉへっ!?ありが……ゲボ!ゲホ!……とう!」
勢いよく飲み干したせいかそのままむせる。むせながらお礼を言ってみせるカレン。
「あぁあ。ゆっくり飲みなよ。ほら、落ち着いて。」
いつもの事なのか優はハンカチを手渡し穏やかに声をかける。
二人は仲良さげに、慣れたようにやり取りを開始し、学校へと向かっていく。
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大学の大きなホール。
木のような木目が刻まれた壁を背に多くの生徒が収納され、スクリーンに登壇した女性へと目線を向けている。
「(思ったより若い……本当に50代なの?)」
優の正直な感想だった。
どうみたって30代程にしか見えない女性。
『玉緒月花』は生徒をそれぞれ見渡し、優と1度目が合うと微笑んでくれる。
スーツのような黒塗りの服装をしているが、華やかさを感じる服装だ。
所々に色の明暗が垣間見え、大人っぽい女性の姿がそこにはあった。
片耳にそっと髪の毛をかけるとワンポイントのピアスが輝きを放つ。
大人の魅力が全面に押し出されている。
ここまで来ると美魔女という表現が適切だろうか。
そう思うほどに見た目と年齢のギャップを感じる。
女性はゆっくりと口を開いた。
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内容はとてもインパクトのある授業だった。
紛争地域における非日常めいた話、どんなにキャリアを積んでも文化が違いすぎて介入できない事案。
国籍による差別、不平等が当たり前の世界、生きることの大変さ、救えない患者、戦争に駆り出される人々。
貧困に喘ぐ家族と終わりのない治療。
そんな中でも教育を必要とする子供たちの姿。
玉緒先生の奮闘の数々。
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優だけじゃない、そこにいた全ての生徒が衝撃と何かを考えることを余儀なくされたであろう。
全員放心状態だ。
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「これで私の授業はこれでおしまいです。中々学生さんに話すような内容ではなかったと思いますが、最後に感想や質問などあれば、可能な限りお答えします。」
優しくそう告げると、ホール全体にあ沈黙が起きる。
なにを聞いていいのか分からない、質問をしてもいいのだろうかと言ったところだろう。
そんななかまばらに手が上がり、質問や感想が繰り広げられる。
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誰も彼も国の外の現実を見た、衝撃を受けた、素晴らしい話だと思った、みたいな感想を述べていた。
質問ではどういう流れでその道に進むことになったのかという質問が出た。
「私はずっとこの国で精神心理を行っていました。妄想や精神疾患に苦しむ人、思考の繰り返しにより、生活を営むことが難しくなった方の治療などですね。……それから、弟が教師をしておりまして、学ぶことが出来ない子供たちになにかしたいと活動を開始しました。それが一番のきっかけですね。」
優も質問したくなり、そっと手を挙げてみせる。
玉緒先生は優しく「どーぞ」と促し、優へ注目が集まる。
マイクを渡され、少し緊張しつつも声を出す。
「とても、勉強になる素晴らしい公演をありがとうございます。真城優と言います。よろしくお願いします。」
まずは定型文と自己紹介。
これは常識だ。
続けて質問へと移る。
「海外、紛争地域への活動をされていたということですが、日本でもまだまだできることはあったと公演でお話されていました。それなのにどうして、弟様の活動に参加し何年もその場で仕事をしようとしたのでしょうか?ご意見お聞かせください。」
勢いに任せ、優は無理やり口を動かす。
疑問に思ったことが上手く整理できず、思ったことをそのまま口にしたような形だ。
マイクをとり、玉緒先生は数回瞬きを繰り返す。
「いい質問ですね。ありがとうございます。では、答えますね。……単純に弟の力になりたいというのもありました。でもいちばん大きかったのは世界は日本だけではないということです。国や人、食べ物、文化が変わればいくらでも価値観や善意悪意はひっくり返ります。……私はひとつの答えを求めに行ったのかもしれません。そして本当に自分なすべきことを自分の目で見てきて、やり遂げたと思っています。……これで答えになっているでしょうか。……皆さんにも言えることです。私が今日皆さんに言いたいことは今学んでいることは全てではありません。その都度、正解を求めて変化していくものです。自分なりの『なにか』を貫くもよし、変わっていくのもよし、未来を夢見るのもよし、過去を見るのもまたよし。と言った感じです。まだ皆さんは夢の途中、そして私もその一人です。今日の公演を通してなにか皆さんに残るものがあればと思います。……ご清聴ありがとうございました。」
時間が押していたのか言いたいことが言えたのか、優の質問を最後にその公演は終わりを告げる。
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公演の後、カレンはすぐさま玉緒先生の元へとかけていき、なにやら話し込んでいた。
カレンは勉強熱心なところがある。恐らく色々聞いているのだろう。
優はそっとその場を後にした。
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「……すごく良かったな、勉強頑張って行かないとなあ。」
優は今日の講義をきっかけに改めて自分の価値観を思い起こす。
なぜ、この道に進むのか。
自分が大切にしていることは何か。
今の自分はどうか。
優にとって今日の公演は大変意義深いものになったであろう。
「世界が変われば、価値観は塗り変わる……か。」
必ずしも分かり合えるとは言えない。
だが、どこかモヤモヤしていた答えがみえてくる。
『自分のように悪意に苦しむ人を救いたい』
そう信じて頑張ってきた。
だが、ヒロやクロエにとっては悪意が救いであった。その闇に溺れることで息がしやすいという人もいるのだ。
もちろん、優もそうだった。
そのほうが、楽なのだ。
何が悪でなにが正義かではない。
そんなものはいくらでも覆ってしまうのだ。
だからこそ、悪とされる鬼『ハジメ』との出会いがあったのかもしれない。
優は心の暗雲が晴れたかのように、いい顔つきをしていた。
「さて、帰りますか!」
明日から休みだ。
切り替えるように心は踊っていた。
紛れもなく優は前進した一日を終えたのであった。




