#20 勝ち取った平穏
時は流れて7月。
あと一日で優の大学は夏休みを迎える。
「優は明日から夏休み?」
ダラダラしながら、ソラはソファに寝転がる。
ポテトチップスを片手に、休暇を貪っているようだ。
ソラは優とは違う大学に通っている。
先に夏休みを迎えているのだ。
「そー!今日で一旦休み!高校の時と違って宿題とかそんなにないから結構のんびりできそう。」
「4年制だっけ?」
「ううん。ちょっと変わっててね。ほら一応医療福祉系の学校だけど、ちょっと変わってるの。」
「ふぅん。まあ、よくわかんないけど頑張って。明日からいーっぱい遊ぼうね!」
ソラは興味無そうに流すと、気分を変えるように優に遊ぶ約束を取り付ける。
「ホント、私の学校のこと興味無いよね。……まーでも久しぶりにゆっくりしたいなあ。」
優は朝食を食べながら、ソファにいるソラに向けて話す。
少し小綺麗な水色のワンピースを身にまとい、夏だからか多少露出が見える。
対照的にソラは短パンにシャツ一枚と際どい格好だ。
だが、見た目が整っているからか、似合っているようにも見える。
「おいコラ、ソラてめえ。夏休みだからって怠けすぎだ。ちょっとは勉強しろよ。」
ハジメがキッチンから戻ってくると構わずにソラに注意を入れる。
夏だと言うのに服装はいつも通り。ワイシャツに黒いズボン、オレンジ色のエプロンを身にまとっている。
「えー?勉強って学校でするもんでしょ?なんで予習復習とか馬鹿みたいなことしないといけないさ。休める時に休まないとさ。」
「これだから天才は。怠けってっとヒロに幻滅されるぞ。あとお前最近太ってきてるからな。」
目を細めて一言告げる。「はいはーい。」と雑に流すソラ。
ハジメは呆れながら、椅子に腰かけ優の方を見やる。
優はおいしそうに頬にトーストを詰め込み、リスみたいな顔をして幸せそうだ。
食卓にはバターの乗ったトースト、ジューシーさが見て取れるウィンナー、美しく配色されたサラダが綺麗に盛り付けられている。
「……切り替えはできたみたいだな。」
なんとも平和な光景にハジメは一言漏らす。優がクロエのことを引きずっていると、分かっていたからだ。
優はキョトンとした表情でハジメを見る。
「あと1日だろ?頑張れよ。来週にはヒロも引っ越してくるだろうしな。」
「でも……驚いたなあ。ヒロがあのお父さんに……ねえ。」
「ま、ヒロちゃんはかっこいいからね。」
ーーーーー。
ヒロはクロエの件が解決して直ぐに、寮に住むことを父親に了承させた。
「僕はもう、僕の力で生きて行けます。貴方とは違うやり方でのし上がってみせますよ。」
ヒロは乱暴に書類を父親のデスクに広げる。
そこには大坪ヒロの名前と会社を設立し利益を得ている証拠がズラリと記載されていた。
「……なんだこれは。お前何をした?」
「お父さんから学んだこと、そして僕の中にあった力を使ったまでのことですよ。」
「莫大な金額を要したはずだ。どこからそんな金を?」
「隠れて株を少々。それから、融資を募りました。取っておきの。」
「融資だと?まさか、宮ノ森桃子かっ!?私を幻滅させるなと言っただろう!」
「早とちりしないでくださいよ。……お母さんが働いてた企業ですよ。高校の時から色々学ばせてもらったんです。」
「………。隠れて行っていたのは知っていたが、まさか学生ごときにノウハウを教えるような会社だったとはな。」
「あなたに嫌気がさして、よく会社に足を運んでいたんですよ。皆さんは僕のこと可愛がってくれて。僕の力はご存知でしょう?見ているうちに仕事を覚えて、ちょっとした手伝いをしていたんです。それで会社の後押しもあったので、自分でやって見たんですよ。もちろん、違うやり口でね。そしたら、会社もお金を出してくれてお互いに利益を生み出すようになりました。」
「……それで?そうまでして勝ち取りたかったのはあの娘か?」
「いいえ、自分ですよ。誰かに誇れる自分じゃなくて、人生に胸を張れる自分が欲しかったんです。僕らしくていいんだっていう成功と道すじです。……僕は結果で答えました。これで満足ですよね。」
「……好きにしろ。だが、大坪の名を汚すなよ。見失ったら、私がお前の会社を潰す。……わかったな。」
「もちろんです。寮住んでもいいですよね。」
「好きにしろ」
父親は酷く寂しそうに、目線をそらす。
ヒロは勝ち誇った顔で出ていく。
これからの道は彼が決めていくのだ。
守ってくれる存在との決別。それは自由を手に入れたということ。だが、これからは自分の足で進んでいくことを余儀なくされるということ。
大坪ヒロの進路は今動き出したのだ。
ーーーーーー。
「今流行りの学生起業家ってやつか。最近の若いもんは怖いねえ。」
ハジメはニコニコしながら、皿洗いを進める。
優は身支度を終え、玄関へと向かう。
「いってきまーす!」
明るく元気に行ってみせる。
「いってらあ〜。」
ソラは眠そうに優を送り出す。
優はにこやかにかけて行った。
ーーーーー。
「そいや、ユリと天っちは?紅葉とタケルはヒロちゃんのとこでしょ?」
紅葉とタケルというのはこの世界での橋姫と茨木の名前だ。もう常世に帰る気は無いらしく、平穏に過ごしている。
ヒロ曰く、鬼ほど信頼出来る仕事をする人はいないからね、ということらしい。ハジメの順応ぶりを見てのことだろうか。
つい、忘れがちになるが、ヒロは外では周囲からの信頼や人望が厚い。
リードしていく存在としては申し分ないだろう。
ハジメは皿洗いを続けながら、ソラの質問に答える。
「デートだよ、デート。そういやお前とヒロはデートしねえのか?」
「してるわよ、何回も。まだまだってとこね。というか、あの二人やっぱり付き合ってたんだ!」
「この寮、カップル臭くて寝られねーよ。某恋愛バラエティかシェアハウス恋愛ドラマかっての。」
ハジメはブツブツと文句を口にする。
「あんたも優とイチャイチャしてるじゃない。汚らわしい猛獣、スケベ、変態。」
嫌気がさしたようにソラも返してみせる。まるで汚物を見るような目だ。
「……まだなんもしてえよ。」
「『まだ』ってなに?なにかする気なの?」
言葉のあや的なものを執拗に言ってくるソラ。
「そういうんじゃねえっての。」
なんだか、めんどくさくなりつつ、恥ずかしくなりつつはぐらかしてみる。
「はあっ!?私の優に手を出せないっての!?どこが不満なのよ!」
「めんどくせえなお前!早く夏休み終われええええええっ!!」
ハジメの悲鳴が鳴り響く。
増える皿洗い、散乱した部屋の掃除。
ソラは意外とその辺雑である。
何より、やかましい。
ハジメの気苦労は今日も耐えなさそうだ。
だが、久しぶりの平穏に笑みが込み上げてくるのも事実だ。
それは寮に住んでいるみんなが勝ち取った平穏と言えるだろう。




