#19 辿り着けない想い。
根源反転術式。二人の陰陽師によって解き放たれた術式は天上に大きな星を描く。
2つの白い星と黒い星は五芒星と逆五芒星を型どり、重なる。六芒星だ。
六芒星は回転しながら、徐々に降下を始める。
「な、なんだって言うだ……おい!我を見下ろすなああああっ!!!」
クロエは六芒星に大きな怒号を漏らす。
混乱しているようだ。
一体これから何が起きるのか、誰も想像できない。
全てはソラと優の意思よって決まる。
その場の支配が塗り変わった瞬間とも言えるだろう。
「根源反転術式は人類最強の奥義。人が越えられなかった生と死を完成させる力。」
優はゆっくりと呟く。その言葉が何を意味するのか理解できるようで、出来ない。
「人であれば、生と死を反転させ、悪意は善となし、または悪となる。そして、神はその身を鬼に落とす。天上からの墜落ね。」
「なっ!?我を鬼にするというのか!?ふざけるなよ!我は究極の神なのだぞ!?この世界の神なのだぞ!?」
クロエは自分が神であることを誇りに思っている。これ以上ない仕打ちとも言える。
「人間ごときに……!貴様らも道連れにしてやる!!!……解き放つぞ!!『牛鬼』!!!我が肉体を喰らえ!!!!」
刹那、術式が交錯し、クロエの姿は観測不能となる。
その後、巨大な爆発が起き、時間を置いて爆音が耳を割く。
全員が眼を擦り、結果を観測しようとする。
「ククク。ハハハハハハッ!!!!……力がああああっ!!!溢れ出るぞ!!!!ククク、ガァアアアアアッ!!!!」
現れたクロエは半身を泥のような醜い色に包まれていた。
増していく不敵な笑み。
絶望の音が高鳴る。
根源反転術式をクロエは鬼になることで乗り越えた。
「神は鬼になる。つまりは鬼は神になるのでは無いか?人間よ。」
崩れた顔面が酷く醜く、もはや神でないことは明らかだ。
大きな致命傷は与えたことは間違いない。しかし、まだ奴には届かないというのだろうか。
「我は鬼であり、神。なんて美しいのだろう。全ての頂点に立ったようだ。我は『鬼神・クロエ』。この世界の悪そのものだ!アッハハハハハハハ!!!!」
クロエは饒舌に、そして狂ったように笑い始める。もう、奴に理性はない。
自らの力で堕ちたのだ。
牛鬼をその身に宿したことで彼女の体は崩壊を始めている。
「可哀想に…。」
ソラは一言言い放つ。
悲しそうにソラは呟いた。それを聞いた優も同じ顔だ。
「それだけ思いが強いんだよ。クロエさんは。私たちで止めよう。あの人も間違ってしまっただけだと思うから。」
優の言葉はその場にいた全員の士気を高めた。
前世を乗り越えた彼らは、その言葉に背中を押される
「全員疲れ切っている、優。今のお前なら行けるか?」
ハジメは優に確認の意味を込めて聞く。もう『あの手』しかない。
殺さず、滅ぼさず、彼らなりの選択だ。
「そうだね。きっとそれが、生まれ変わった私のいる意味だと思うから。」
「はいはい、ひとりでやろうとしない。私とヒロちゃんもやるからね。」
笑顔でソラとヒロも優の近くにやってくる。
「最後の大仕事だね、優。僕にも手伝わせてよ。」
「そうだね、この3人なら怖くない。」
幼なじみの3人は並び、力を高める。
その三人の関係を羨ましく思いつつ、ハジメは少し微笑む。
「最後はお前たちに任せる。時間稼ぎは鬼たちに任せろよ。」
「相棒、気張っていけよ。」
「ソラ、自分を取り戻したようだな。もう見失うなよ。」
ハジメ、茨木、橋姫が続く。力を解放し、クロエに向かっていく。
3人の鬼がいるから、三人の人間は安心して力を解放できる。
ーーーーーー。
「真護、あの人たち来ると思う?」
「来ると思うよ。でもだからこそ、優にかけるしかない。優で無理なら、あの人達が終わらせると思う。」
ーーーーー。
「ちっ、座敷。俺はまだ修行が足りないみたいだ。」
「いつまでも小童だよ、あんたは。」
「そうだな…。俺がこの刀を使いこなせてれば、倒せる相手なのに。」
「あんたの一族は後悔を積み重ねて強くなってきたのさ。だから、あんたも強くなれるさ。」
ユリ、天野が意味深な話を繰り広げる。そんな話を聞きながら座敷と輝は疲労のためかお互いに支え合い結末を見届けることしか出来ない。
「真護、まだ行ける?」
「あと一撃ってとこかな。さっきので、力を結構使ってる。」
「あんたもか……。悔しいわね、見守ることしか出来ない。」
「そうでも無いさ。全てのことには意味があるんだ。無駄なことなんてない。僕たちは優に全てを繋げるために力の限りを尽くしたさ。」
「そうね……。全部片付いたら、私もみんなと仲良くできるかしら。」
「できるよ、他でもない僕が保証する。その時はそこに僕も混ぜてくれよ。」
「そうね…。寮のみんなで勝ち取りましょう。未来を。」
二人は穏やかな表情で未来を3人に託す。
ーーーーーー。
「我は鬼のあの『牛鬼』を取り込んだのだぞ?貴様ら程度に届くはずがなかろう?」
「言ってろ、いいか?そいつはな、俺の中にもいたんだ!もちろん、天野の中にもいたし、茨木だって経験してる。ヒロだってな。」
幾つものエネルギーを形成し、クロエにぶつけるハジメ。黒と赤が混じったような独特な色彩が放たれる。
「……何が言いたい」
クロエは全ての攻撃を受けて平然としている。体が再生と崩壊を繰り返し、歪さをましていく。
傍から見ても致命傷なのは明らかだ。体の半分はもう朽ち果てているのだから。
中途半端な肉体が神なのか、鬼なのか分からず、ぐちゃぐちゃになっている。
「何が言いたいかって?牛鬼なんて体に宿してんのは意外と普通ってことだよ。お前はどこまで行っても中途半端ってことさ。」
茨木は飛び上がり、頭上からクロエに一撃を与える。
「軽いな。」
クロエにいとも容易く止められるが、茨木は瞬時に棍棒を形成し振りかぶる。
「だから軽いと言っている。……我のことを何一つ知らぬくせに!!!」
棍棒を強引につかみ取り、粉々に砕く。
「軽くていいんだよ、一人一人違う重みで生きてんだ。……頼むぜ橋姫!」
続いて繰り出されたクロエの足蹴を綺麗に交わす茨木。
そのまま肉塊となった足をつかみ投げ飛ばす。
「……攻撃を一点へ。……『金
』!!」
橋姫は拳を金属の塊に変換すると飛んできたクロエの運動エネルギーを利用し、そのまま拳を解き放つ。
橋姫の拳はクロエを貫きそのままハジメの方へと吹き飛ばす。
「『炎酒天昇』!!!俺たちはあくまで時間稼ぎだぜ!クロエ!!……決めろ!ユウ!!!」
ハジメの開いた掌から大量の炎が湧くように形成され、クロエの身を焦がす。
身動きが取れないクロエは悲痛の声を漏らす。
いや、歓喜の声なのかもしれない。
「はっははははは!!!心地いいぞ!痛みが我を駆り立てる!!!」
全ての攻撃を受け切り、ポロボロの肉体から今受けた全ての攻撃が反射される。当然、ハジメ、茨木、橋姫の肉体は吹っ飛び、意識を失う。
「くそ!不死身かあいつは!!」
天野が立ち上がり、最後の力を振り絞ろうとする。
「待って……。これが決まるはずよ。」
優たちの動向を見守っていた百合が天野を止める。
「優、力は調節したよ。美味しいとこ持っていって。」
ソラが優の背中をパンと叩く。
「任せてよ!これで終わり!」
「僕もここまでだ。あとは優の心次第だよ。」
「ありがとう、ヒロ。……今度、寮おいでよ。今のヒロなら可能でしょ?」
「もちろんだ。クソ親父何とかしてやるよ!」
ヒロは満開の笑みを作る。様々な試練を乗り越えたことで、肩の荷がおりた様な顔つきだ。
ーーーーー。
「みんな、どんどん成長してる。だからこそ、最後は私が乗り越える番だ!……私がきっとあなたの憎悪を増幅させてしまったから。私が乗り越えてきた悪意を……私の『器』を見せてあげる!!!」
優は叫ぶとクロエと自分に逆五芒星を形成させる。
『だって私は悪意を宿しているから!』
優が術式の解放を叫ぶ。
クロエの中にあったドス黒い悪意の塊は優に解き放たれる。
優は優しく包み込むように悪意を自分の中へと押し込む。
そして優はハジメと天野の二人に目線を送る。
二人は理解したように立ち上がる。
刹那、角を生やした黒い牛の巨大な悪意は二つに分かれ、天野とハジメそれぞれに注ぎ込まれる。
「なっ!?な、なにをした……?」
クロエは困惑しその場に崩れ落ちる。
奴にはもう力は残っていない。神の力も消され、取り込んだ悪意も消えた。
もう彼女は何者でもない。
「……ゆる、許さんぞ!……お前だけは絶対に!!!」
クロエの体は徐々に人間の体と変わらなくなっていく。
いやもはや、人間としか言えない姿を型どる。
「あぁあああああああっ!!!!」
クロエは号泣しながら地面を叩いている。
「やり直そう、クロエさん。今度はみんなで。あなたの話も聞かせてください。」
優は優しく話しかける。これで幸せな未来を歩める。これはその一歩なのだ。誰もがそう確信し、その場に力無く倒れ笑みをこぼす。
だが。
刹那、優は腹部に熱を帯びていることに気がつく。
優の腹部にクロエの槍が突き刺さる。
これは、自分の血なのか?
そう疑うほどに大量の出血が認識できる。
「……ど、…して」
優は悪意は反転する。悪意があるからこそ幸せが輝くと、乗り越えられると信じていた。
しかし、どうにもならない悪意があるということを一番理解していた。
そう、クロエとは最後まで分かり合えなかったのだと痛感する。
そのまま、優は倒れ込む。全員が絶望の表情を浮かべている。
「一人目だ……一人一人、殺してやる。」
クロエの瞳は真っ黒に染まっていた。
もう彼女悪意は止めどなく溢れ出る。
刹那。クロエの肉体に一本の剣が突き刺さる。
「あがっ!?……スサノオの剣?な、何故?」
そのまま引き抜かれ、クロエは倒れ込む。
大量の血が吹きでている。
クロエを突き刺した男は、ゆっくりと優を抱き上げ近づいてきた女に渡す。
「治せるか、鈴蘭。」
「まあ、何とかね。」
「そうか、頼む。モモコ、カイ。」
男はひと声かける。
「あいよ、まだ世代交代には早かったみてえだな。みんな揃ってあまちゃんだ。」
「あんたの教え子ばかりじゃない。……ま、相手が悪かったのよ。……どうにもならない悪意だってある。」
「天狗にオロチだと?……まさか本物?」
掠れた声でクロエはなにかを口にする。
「悪いな、死んでくれ。機会はやったんだ。お前の選択ミスだ。」
男は低い声で言い放つと、剣を引き抜く。
それと同時に無数の術式がクロエに刻まれる。
「ま、待つんだ。我を常世に戻す気か!?やめろ、やめるんだ!」
「捧げるのは『草薙剣』。」
男『琴上人』は唱え始める。
モモコも続く。
親指を齧り、血を滲ませ剣の上にポタポタと血を垂らす。
「捧げるは天狗の血『神の半身』」
同じ動きをカイも繰り返す。
「捧げるは断罪の記憶『迷える魂』」
最後に鈴蘭はクロエにそっと手を翳す。
「お前、まさか……神殺しの鈴蘭……?」
「この世界はもう幸せに向かっているんだよ。邪魔しないで。……『我が霊力を捧げ、天上への供物する。』」
術式が鎖を型どり、大きな白い扉が出現する。
「やめ、やめろ!やめろぉおおおおお!!!!!」
クロエは叫びながら扉の向こうへと解き放たれていく。
大きな音を立てトビラは閉じた。
ーーーーーー。
「あんだけ頑張ったのにユリのお母さんチームの優勝だもんなあ。」
「まあ、みんなが繋いでくれたからってお母さん言ってたよ。」
「いつまでも引きずるなよ、解決したんだから、いいじゃねえか。ほら、飯だぞ。」
「ふふ、そうですね。いただきます!」
世界が悪意に包まれたあの一件から数ヶ月が過ぎていた。
神殺しの鈴蘭。
この世界にやってきた妖怪や鬼のみならず、神までも討伐しているそうだ。
どこまでもそこが見えない世界の裏側を垣間見た気がしていた。
一同はひとまず、それぞれの生活へと戻り、日常を取り戻していた。
世界は救えた。
それなのに、なんとも言えない気持ちになる。
だが、ハジメの言う通り解決したのだからいいのかもしれない。切り替えるように大きなオムライスを口いっぱいに放り込む。
「んん!!おいしっ!」
優は満開の笑みを仲間たちと食卓を交わしながら浮かべていた。
ーーーーーー。
優は回復した体をひとなでして、今日も暖かい布団で眠る。
「でも、みんな無事で良かった……これで終わったんだよね。」
優はそんな一言を漏らし、眠りにつくのであった。
事件はひとまず解決した。
だが、なんとも言えない不安と後味の悪さが引き立つ。
あの人を救えなかった。他に方法はなかったのか。
どうしようもない悪意もある。
優は布団をぎゅっと握りしめる。
あのあとクロエはどうなったのか。
誰もそれは知る術を持たなかった。




