#14 前世の記憶part3
町近くの小さな川。
流れは緩やかで、浅く心地の良い空気が流れている。
その川のほとりにくつろぐ美少女がいた。
風に揺られる髪の毛。毛の一つ一つに光沢を帯び、光り輝く宝石のようだ。
白く美しい素肌に、瞳を閉じてゆったりとした時間を感じている。
そこに、草むらをかき分ける音、石を鳴らす音が聞こえ、少女は振り返る。
現れたのは稚彦だ。彼女を追ってやってきたようだ。
「探したぞ。サグメ。」
「わざわざこんなところ来たんですか。どうせ、何言っても無駄なんでしょう?」
ため息混じりに、少女『探女』は言葉を漏らす。少し怒っているとも感じられる物言いだ。
「そんな横暴なことはしないって。ほかにもまあ、作戦はある。」
その作戦に後ろめたさがあるのか稚彦は、すこし躊躇いながら口にする。
「住民を売る、ですか?」
鋭い眼光で、天稚彦を見やるサグメ。その様子にやや気圧されながら天稚彦は驚いた表情をうかべる。
そう、民を兼近に渡してしまえば済む話なのだ。それをせずに民に協力をするということはとても難しいことなのだ。
「さすがだな。もう先の未来を見通したのか。」
「あなたとやっていくなら、随時やらないといけないと思って。」
「どういう意味だ?」
「貴方はこの世界に与える影響が強すぎます。大きく未来を変えられると文明に歪みができてしまいます。」
「それはスサノオ様に言ってくれ。俺はそこまで乱してないぞ。」
「もう未来は変わっているんですよ。あなたの干渉によって。」
「やっぱり神が関わると良くないんだな。」
「まあ、そうでしょうね。ただ、大国主神やスサノオ神などこの世界は普通の世界とは変わっています。常世からの影響が強すぎます。」
「いずれ、ケモノが生まれてもおかしくはないか?」
「生まれるでしょうね。」
「ま、話は戻るが、どちらにしろアマテラス様の命令を遂行するには俺はこの世界に干渉する。どうする?」
「意地悪ですね。僕が協力しないと言えば、民が傷つき、僕が協力すればボクが傷つく。」
「どんな未来を見たか知らんが、俺はお前も民も傷つけるつもりは無い。歴史が変わろうとも、俺は俺がしたいようにするだけだ。」
「ふふ。貴方はそういう人でしたね。……なら守ってくださいね。」
「任せろ!!!!」
天稚彦は自信ありげに言うとその場を去っていく。
残されたサグメは呟く。
「僕が見た未来は、『貴方が災いの矢で貫かれる』という未来ですよ。どうやっても変えられない未来のお話です。……兼近はいずれ民に裏切られ死ぬ。民も協力を仰いだ国に処罰される。……でも貴方が関わることで、兼近は死なず、民も死なない。……これでいいのでしょうか。」
サグメは未来を変えることに抵抗があった。でも何故だろうか。天稚彦という男を死なせたくないという想いが溢れてくる。
この気持ちはなんなのだろうか。
彼の行動は、むしろ文明をいい方に変えていこうとしている。未来も大きくは変わらない。
でもその結末が彼の死でいいのかと、サグメは考え込んでしまう。
そして、この事実を伝えれば、きっと彼は、その道を選んでしまう。
「もっといい未来があるはずだ。僕にしか出来ないことをやろう。」
サグメは想いをしまい込み、彼のそばにいることを選んだ。
ーーーーーー。
「先程の話だが、他の国と協力するのは兼近の件が落ち着いてからにしよう。」
街に戻った天稚彦とサグメは民たちに説明を始めた。
「ええ!?バカかあんた!大勢で攻めた方がいいだろう!!!」
ヌイが大声で騒ぎ立てる。
その大声に対し猿の助が間髪入れず頭を殴る。
「うるせえ、黙ってきけえ。クソガキ。それに攻め込むわけじゃねえって言ったろうが!」
「ま、そうだな。攻め込むわけじゃない油断している奴を追い詰めるのが作戦だ。」
吉次が冷静に賛同してみせる。
「納得してくれたか?」
「ああ。こちらとしてはそっちの方が安心だ。」
「なんでえ!みんな、兼近を殺すんじゃねえのかよ!見損なったぞ!この意気地無し!!!」
「っるせぇ!!!」
全力で抗議してくるヌイを猿の助が突き飛ばす。あまりにも強い衝撃でヌイは尻もちを着く。
さすがのヌイも、猿の助の怒号に驚く。
「首をとってそのあとどうするつもりだ?他の国の繋がりを持って、そのあと上手くやって行けるのか?飲み込まれるオチじゃねえのか?もしかしたら裏切られるかもしれねえ!」
「っ!!そんなこと言ったら!そいつらだって怪しいだろ!!!何が神様だ!神ならさっさと用事済ませて帰りやがれ!!!俺たち人間の輪を乱すな!!!」
ーーーーーー。
刹那、天稚彦は大きく息を吐いた。
そして一言告げる。
「そうだな。なら、お前ら全員の首を跳ねて、兼近の所行くとするよ。」
「っ!?」
あまりの高圧的な声にその場にいた全ての者が震えた。
能力など無くても伝わるほどの圧倒的な殺意。
その場全体が血の海に変わるようなざらついた雰囲気。
飲み込まれる、飲み込まれる。
『全員、命を絶ちオレに捧げろ。』
「………え?」
ヌイは震えて何もかも考えられなくなっていた。
景色は赤く染まり、空全体が混沌を示していく。
体を無数の悪意が蔓延る。この感覚ヌイは知っている。体に染み付いた何かを失う時の感覚だ。
「やめ、ろ。やめてくれ……もう俺から何も奪わないでくれ!!!」
周りの猿の助、吉次、ほかの民たちも刀を抜き首を切り裂きその場に倒れる。
大量の血液が吹き出し、ヌイに全ての血が降り注ぐ。
ーーーーーー。
「やめろ!やめてくれ!!!やめろぉおおおおお!!!!!」
ヌイは大声を上げ、目を開く。
「あ、あれ?」
辺りは先程と変わらず民たちが集まり、猿の助が目の前にいる。全員平気な顔でそこに立っている。
全身にも血はなく、蒼空も見慣れたものだ。
「驚いたか。ただの『幻覚』だよ。やろうと思えばこういうことも出来んだよ。でもやらない。俺がやりたくないから。どうせなら楽しく仲良くやっていきたいだろ?」
「脅しかよ……。」
「お前が言うようにやるってこういうことなんだ。悪く思うな。人の体は好きに動かせても心は動かせない。信頼も勝ち取れない。だから俺は楽しくやっていきたい。」
「神の遊びじゃねえか。」
「そうかもな。」
揉める中、見かねたサグメが一声くれる。
「……言うか迷いましたけど。皆さんの運命は兼近の首を取ったものの、処刑されて終わり。それが本来の未来です。それを天稚彦さんは変えてくださったんです。お互いに勝ち取りたい未来があるはずです。協力しましょう。」
民たちに動揺が広がるが、次第に納得していく。
「俺は元々あんちゃんについて行くつもりだ。このバカが失礼したな。あんたにも手に入れたいもんがある。俺らと同じだ。」
猿の助は納得してみせる。
「趣味のわりい幻見せやがって。夢が現実か混乱する。やめてくれ。未来だのなんだの、神様はとんでもないな。俺は連れていかれた妻が助かればそれでいい。あんたらのその力貸してくれ。」
吉次も混乱しながら協力してくれるようだ。
「ヌイ、やっぱりダメか?」
「俺は……シズカと姉貴を取り戻したい。殺されて金目のもん奪われた親父の仇もとりたい。……バカだって、なんもわかってねえって言うのは分かってる。でも俺は、あいつを許せねえ!!!」
「わかった。なら、作戦が成功した時、奴をどうするかはお前が決めろ。それでいいか。」
「……ありがとう。協力するよ。騒いで悪かったな。……でも次あの幻見せたら許さねえ。」
「ああ。すまなかったな。気をつける。」
「はあ。これでやっと進めますね。」
「フォローありがとうな。」
「いえ、僕にしかできない事をやっているだけです。……死なないでくださいね。どうか。」
「死ぬ?俺が?まさか。」
「神もこの世界を見ていることをお忘れなく。さっきのはやりすぎです。貴方の純粋さは時に危険です。」
「ああ。確かにさっきのは気分悪いな。やめるよ。」
サグメはほっとした表情を見せる。
「なにか、俺に起きるのか?」
妙に心配したり助けたりしてくれるサグメに疑問が浮かび、天稚彦は聞く。
「いや別に。……『災いの矢』に撃たれるようなことはしないでくださいね。」
「悪意が芽生えたものに必中する矢だろ?……まあ、肝に命じておくよ。」
「はい、お願いしますね。」
不安は残るものの、ようやく町の協力を得られた天稚彦、サグメ。
二人は運命はこれからどうなるのだろうか。
決して変えることの出来ない前世の記憶は、途切れながらも残酷に再生されていくのであった。