#13 前世の記憶part2
誇らしげに語った稚彦。
向かった先は、先程回った店の数々であった。
「なんでまた回っているのですか?」
まんじゅうを美味しそうに食べている稚彦に、探女は呆れた顔で質問する。
「モグモグ……んあ?……まあ、食えって」
言うと、口にまんじゅうを咥えて、半分に分ける。
それを探女に差し出す。
「いいです、自分で買います。……店主、同じものを。」
「あいよ!美人さんだからひとつオマケな!一日に2回も来てくれるなんてえ、気前のいい客さんだあ!」
店主は満足そうに接客してくれる。
「ありがとうございます。……うちの連れは、この町が気に入ったみたいで。」
「そうかい!そりゃ、よかった!でも変わったアンちゃんだな!お連れさん!何を考えてるのかさっぱりわからん!ガハハハハハハッ!」
「そんなに俺は変かい?店主さん。」
店主と探女が話していると稚彦が話に割り込んでくる。
「あぁ。大体の客さんは、空気でわかるんだけど、アンタはわからんなあ!」
店主は大体の客がどんな人なのか分かるというような話をする。人間観察の賜物だろうか。
「怪しいかい?」
遠回しに怪しいと言われている気がして、稚彦は直接聞いてみる。
「真ん中ってえ、とこだなあ!まあうちとしてはまんじゅう食ってくれりゃいいさ。……アンタはお偉い貴族さんとは違うようだ。」
店主はまるで、貴族に恨みがあるかのように顔を強ばらせる。
「お偉い貴族さんねえ。……奥の彼も、貴族に恨みでもあるのかな?」
何を思ったのか、稚彦も空気を一変させ、顔を強ばらせる。
「……あんた、何者ですかい。何者が知りやせんが、うちの邪魔だけはしないで頂きたい。」
確信をつかれたのかあっさりと認める店主。
何が起きているのか分かるず、呆然としてしまう探女。
稚彦は誇らしげに続ける。
「あんたらのチカラになってやろうか?」
「あんちゃん、ありがたい頼みだが。悪いことは言わねえ、これ以上踏み込むな。……お連れさんが、痛い目見るぞ?」
「やってみればいい。大事になって、足ついても知らねえぞ?」
「なりはしないさ。……町全体の協力があるからなあ!」
店主が大声を上げると、周りの建物から大柄の男たちが次々と出てくる。
全員、探女目掛けて一斉に襲いかかる。
「よく分かりませんが、僕が人間に舐められていることは分かりますよ。」
呆れたようにため息を着くと、男たちの力任せな一撃をひらりと交わしながら、歩みを進める。
「ひええ。美人さんは身のこなしも一流だねえ。……ならあんちゃんの方だ!!」
店主は叫ぶと、拳を振りかざす。同時に集まってきた男たちが、一斉に体当たりしてくる。
「ただ力を見せればいいってもんじゃないだろ?」
稚彦は言うと、店主の拳を受け止め、そのまま受け流す。
すると、後方から襲ってきていた男たちの群れに突っ込み、激しい揉み合いになる。
「いつつ。なんでえ!あんたら!冷やかしか!!」
「ちがうっての。協力してやるって言ってんだ。……だからわざわざ貴族の屋敷から財宝盗んだんだろ?」
「なっ!?あんたどこまで……」
「はあ。なるほど。ようやく意味がわかりました。」
探女は一息つくと、争いの結果、落ちてしまった張り紙に目をやる。
『罪状 吉次。数名ノ者ト貴族、今野兼近ノ屋敷ニ忍ビ込ミ、金銀財宝ヲ盗ンダ。コレヲ処罰ノ対象トス。以下ニ示スハ本人ノ顔ト理解セヨ。更ニ以下、特徴ヲ記ス。見ツケ次第確保セヨ。褒美ハ幾ラデモ差シ出ス。』
そこには真夜中、貴族の屋敷に入り込み、金銀財宝を盗んだ罪人の名前が記されている。
『細身、声小、乱レ髪、疲労顔』
そして更に詳しく、服装、口癖、顔立ちなどとても一晩で集めたとは思えないような詳細な情報が書き留められていた。
稚彦がその他の紙も探女に手渡す。
そこには名前、顔が違えど、同様の内容が項目ごとに羅列されていた。
「まあ、この文明レベルじゃ、身内の暴露ってとこだろ?」
「でしょうね。それにこの町全体の連携を見るに……」
「偽装……だな。」
「初めからわかっていたのですね。」
「だから言ったろ。ただ歩き回っていたわけじゃないって。」
「なるほど。……ここまでされては認めるしかありませんね。……どこまでもついて行きます。……僕から信頼勝ち取りましたね。」
いつもの呆れ顔から一転、探女は晴れやかな表情を見せる。
対する稚彦は『言った通りになっただろ?』と言いたげな表情を見せる。
ーーーーーー。
それから一息つく。
町の人たちも二人には勝てないと思ったのか、渋々事情を話してくれた。
代表者の名を猿ノ助。先程ひと騒動を起こした、まんじゅう屋の店主だ。
「大方あんたらの予想通りさ。ここの領主は、そりゃひでえもんでな。」
「町の利益をほぼ持っていくんですよ!オイラアイツらでぇきれえだ!」
猿ノ助が話している途中で割って入ってきたのは村の若い男だ。刺々しい髪の毛とは裏腹に幼い顔立ちをしている。名前をヌイといい、人一倍うるさい印象だ。
「うるせえ。喋ってんだろ。」
「いってえ!!なにすんだ!!」
猿ノ助は落ち着いた声でヌイの頭を叩く。いつもの事なのか先程のように声を荒らげることは無い。
町全体をまとめているというのは嘘では無いらしい。接客の時と印象がかなり変わっている。
男勝りな肉体に、体毛が濃く大柄だ。
「バカ2人では話が進まないだろう。代わりに俺が話そう。」
まんじゅう屋の奥から細身の男性が出てくる。冷めたような顔をつきにボソボソと喋る様子が特徴的だ。先程の張り紙書いてあった特徴と一致する。
「「あん!?誰が馬鹿じゃい!」」
猿ノ助、ヌイ二人揃って声を荒らげる。確かに話は進まなそうだ。
しかし町の人達は黙ってその様子を見る。いつも通りの光景なのだろうか。
「紹介が遅れた。俺は吉次。馬鹿なこいつらに代わって頭専門だ。この作戦も考えたのは俺だ。こいつらの馬鹿さ加減にはイライラしていた。協力を仰ぎたい。……あんたら、神の国から来たんだろ?」
「……ようやく話のわかる人が出てきましたね。……で?何故神の国をご存知で?」
「それは盗んだ財宝が、神の財宝『牛鬼』だからだ。」
「牛鬼……だと?」
何か知っているように稚彦は表情を一変させる。
「この箱だ。絶対に開けるなよ。悪意に飲み込まれ自我を失う代物だ。」
「ああ、だろうな。」
「知っているのですか?」
「ああ。この箱は間違いない。スサノオ神を無理やりこの世界に送り出した時に生まれた歪みのひとつ。常世と現世に起きる謎の現象は全て『スサノオ神』の乱れた心がきっかけとなっている。」
「あの『暴れ神』の……。たしか天照様の……弟君では?」
「そうだ。力が強すぎてなんでも破壊するものだから追放されてこの世界にいる。……真相は分からないがな。」
「天のお方は想像を超えていますね。力が強すぎてこんな悪意の塊みたいなものまで生み出すとは。……これ一つで世界は滅びますよ。」
「これで半分だ。」
「半分?」
天探女は驚いた表情を見せ、周りの住人にも動揺が広がる。
「もう半分は神の国にあるはずだ。だが、こんなものが現世にあるってことは誰かが持ち出した。それを兼近がたまたま手に入れたってのが俺の推測だ。……預かっても構わないか?危険すぎる。……もし、ふたつ揃いでもしたら、二つの世界は消し飛ぶ。」
「なっ!?も、もちろんだ!受け取ってくれ!……兼近の野郎とんでもないもの手に入れやがって!」
慌てて飛び跳ねながら、猿ノ助が箱を手渡してくれる。誰も彼も宝の価値が分かっていなかったらしい。兼近も含めてだが。
ーーーーー。
牛鬼を受け取った稚彦。住人たちも納得した様子を見せる。
そして、話は本題に戻る。
高い課税を強いられてきた住人たちを裏切るように金親は金銀財宝に目が暗み各地の財宝を手当り次第手に入れたそうだ。
そして街の見た目のいい女は連れていかれ、町には男ばかり。
そんなまともな領主では無い兼近に嫌気がさし住人たちは立ち上がったわけだ。
吉次の作戦というのは、先ず財宝を盗み出し、金親を町には誘き寄せる。そして取り囲むというような作戦だ。
そして張り紙は町の人間が漏らした情報であり、万が一作戦がバレないように工作したというわけだ。『貴方に逆らいません。仲間でも裏切ります。』というような意思表示だ。
実際には張り紙がしてあるお店の中にそれぞれ身を隠し、兼近の首をはねる準備をしていたという訳だが。
「奴は警備が硬い。中々首をはねることが出来ずにいた。それにまとめ役の二人は芝居が下手ですぐに口を滑らす。」
呆れながら、事情を話す吉次。
シュンと小さくなり、地べたに正座するふたり。
「なるほど、事情はわかった。いい作戦がある。……どうどうと乗り込もう。奴の屋敷にな。」
「話聞いてたか?警備がきついと……」
「もう、1度乗り込んでるだろ?なら行けるって。」
「いやしかし……献上品でもなければ……」
「あるだろ?絶品がな。」
困り果てていた住人の顔が、稚彦の指さす方によって明るくなる。
「あ~!確かに絶品だあ!」
住人たちは声を揃えて言う。
指さされた方を見ると、探女の姿があった。
「はい?もしかしてボクを囮にするつもりですか?」
「頼む!お前以上の美人はこの世にはいねえ!な!信頼してくれたんだろ?」
「撤回します!!!!!」
探女は顔を真っ赤にすると、大きな声で怒りながらどこかへ行ってしまう。
「いいんですかい?怒ってますけど。」
駆け寄ってくる猿ノ助。
「やってくれるさ。……それにもし危険になったら、俺が必ず、助ける。……ってことで、機嫌直しに行ってくるよ。」
「……ああそうかい。おアツいねえ。その前にひとつ聞かせてくれ。」
「ん?」
「どうして俺らに力を貸してくれる?牛鬼の件はさっきまで知らなかった顔プリだった。」
「さすが、よく見てる。……商売上手なわけだ。……俺はこの世界における身分が欲しい。」
「どういう意味ですかい?それは。」
「腐っても貴族だ。奴の身分も何もかもをこの町で手に入れる。お互い有益だろ?」
「あ、あんた何を狙ってるんだ?俺らはやつの首を捕れれりゃそれで……」
「それで?その後はどうするつもりなんだ。ただ首をとるだけじゃ世界は変えられない。全員処刑か他の国に攻め落とされるかになるオチだ。どうせならデカく行こう。……奪われたものを全て取り返す。それでこそ復讐だろ?」
「確かに…そうだが……でもどうやって……?」
「この世界の人間は欲に忠実だ。兼近を捕らえて文書を書かせる。そして、宝を全て朝廷にくれてやるのさ。そうすれば、俺たちは身分と地位を得られる。兼近をただのお飾りにするんだよ。」
「すげえ!そんなことが出来るんですか!?」
「できるさ。町ひとつ治められないようなやつは、他の国や家臣、周りから不評買うってのが定番だ。色んなところとまずは繋がりを作ろう。そして一気に叩く。」
「あんた、すげえよ!そんなこと思いつくなんて!そうだよ!ほかの町や国にも声をかけよう!あいつの悪評は確かに多い!!!……そうだ!あんたってのもあれだ!なまえ教えてくれよ!」
「ん?そうか。名前言ってなかったな。『天稚彦』この世界『現世』を平定するために天から遣わされた。よろしくな。」
天稚彦はこの日世界の小さな小さな町を動かしたのであった。
それは小さな一歩だが、困窮していた町に光が灯った瞬間であった。
無謀な話かもしれない。だが、それをいとも容易く行うその姿に、純粋な眼差しに、人々は動かされていくのかもしれない。
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