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#11 広がる世界【大坪ヒロside】


 忘れていた過去がある。

 

 それは僕、大坪ヒロの記憶だ。

 なぜ忘れていたのか。

 

 答えは決まっている。あまりにも平和だったからだ。

 

 今の『真城優』なら問題ない。そう思ったから、記憶の彼方へと忘却したのだ。

 

 だが、思い出した。

 

 それは紛れもなく邪悪で、危険で、怖くて。

 でも流されそうになるぐらい心地がいい世界。

 

 そう、『牛鬼』をその身に宿したことで、僕の記憶は過去へと遡ることが出来たのだ。

 

 ーーーーーー。

 

 英才教育を強いられてきたボクは周りの人より賢い自信があった。

 

 普通の人間より優れていると思っていた。

 

 なんでも早い時期から始めて、周りより上手くなっている。

 

 よく褒められたものだ。

 

 僕は優秀そのものだったろう。

 

 だが、当然僕は人の子だ。

 

 苦手なこともあるし、成長にも限界があった。

 

 その頃からだ。父親の教育がエスカレートしていった。

 

 「いたっ!?……痛いよ!!お父さん!」

 

 「……痛い?何を寝ぼけている?武道も心得ているはずだ。これぐらい避けて見せろ。」

 

 父親の教育はどんどん厳しいものになっていた。

 

 それはボクが期待に答えられないからだ。

 

 「いいか、トップだと言ったろう?何故同年代のクソガキに劣る結果を残しているっ!!!」

 

 「ごめんなさい。……でも!サトシもユージも昔から運動やってて……っ!?」

 

 再度僕は殴り飛ばされる。

 

 身体を強く地面に打ち付けられ、皮膚が赤く染る。

 

 「……言い訳するなあっ!!!」

 

 理不尽だ。この家では父親が絶対。

 

 母親は早い段階で家を出た。

 

 正しい判断だったと思う。

 

 この家にいたら、常に完璧を求められる。

 

 「運動だけでは無いはずだ。勉強も芸術も、2位2位2位!!2位じゃないかぁっ!!!トップだと言っているだろう!?」

 

 なぜ、1番にこだわるのか。僕には分からない。

 

 家族なのに理由も分からず、僕はひたすらに1番を目指さないといけない。

 

 嫌気がさす。

 

 「何がいけないんですか……周りなんて!僕は僕です!……僕を見てよ!お父さん!」

 

 僕は縋り付くように言葉を求めた。

 

 でも父親は僕を必要としていない。

 

 僕の手を払い除け、表情を曇らせる。

 

 「……まだ、分からないようだな。お前は『この私の息子なのだ。』お前にそれ以外の価値などない。」

 

 髪の毛を鷲掴みされ、持ち上げられる。

 

 頭皮から髪の毛がちぎれるような感覚に襲われ、瞳から涙が溢れ出る。

 

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い

 

 僕の心の中はその言葉だけになった。

 

 ひたすらに痛くて仕方ないのだ。

 

 「痛いか?この痛み、忘れるな。私はお前に人形以外の価値など期待していない。」

 

 この痛みが、父親の言葉が、僕という個人を塗り潰した。

 

 僕は、この時自分を見失ったのかもしれない。

 

 『僕はなんのために生きているのだろう。』

 

 そんな言葉が脳裏に過った。

 

 僕に価値なんてなかったんだ。

 

 そう思うことで、気持ちに蓋をした。

 

 ーーーーーー。

 

 家から放り出され、頭を冷やせと言われた。

 

 僕は呆然と景色を眺め、歩き続けた。

 

 心の傷が染み付いて離れない。

 

 いつまで経っても身体のあちこちが痛む。

 

 もう限界だ。逃げたい。僕には結果を出すことなんて無理だ。

 

 僕は普通だったんだ。

 

 なんの取り柄も価値もない。

 

 「……あれは…?」

 

 眺めていた景色の一部が輝いた瞬間だった。

 

 「えい!……えい!……えぇええい!」

 

 可愛らしい声とは裏腹に顔全体に力を入れ、顔を真っ赤にしながら必死に鉄棒をすると少女が視界に入る。

 

 クラスメイトの『真城優』だ。

 

 家が近い事で、何度か遊んだことがある。

 

 僕の父親と、この頃の真城の両親とは仕事上で付き合いがあった。

 

 「逆上がりの練習?手伝おうか?」

 

 ボクは気がついた時には優と話していた。なにか惹かれるものがあったのかもしれない。

 

 僕は誰かに頼られたり必要とされたりしたかった。

 

 どこがで誰かに認めて欲しいという想いがあったのかもしれない。

 

 「ホント!?ヒロが教えてくれるなら助かるよ!」

 

 満開の笑みで優は喜んでくれた。

 

 そんな暖かな笑顔が僕を照らす。居心地の良さを感じずにはいられなかった。

 

 「少し力みすぎなのかも。もっと軽くでいいと思う。」

 

 「やってみる!」

 

 ーーーーー。

 

 数時間たっても優は中々上達することは無かった。

 

 「疲れたあ〜今日はもうおしまい!明日また頑張るよ!」

 

 何度も挑戦しても結果は変わらなかった。

 

 それなのに優は挫けることなく楽しそうに続けていた。

 

 だから僕は思わず答えを求めた。

 

 「どうしてそんなに頑張るの?何度やっても変わらないじゃん。」

 

 「んー?よくわかんない!えっへへ!……でもヒロなんでも出来てすごいな!って思うよ?…私もかっこよくなりたい!」

 

 「僕が……かっこいい?僕みたいになりたいの?」

 

 そんなこと言われたのは初めてだった。認められたような、救われたような、そんな気持ちになる。

 

 「うん!私、ヒロと幼なじみだもん!一緒にいたい!色んなことしたいもん!」

 

 「……幼なじみ…うん。そうだね。」

 

 「私なんも特技とかないからさー!ヒロすごいって思うの!」

 

 「なら。……何も無いなら、ボクも一緒に探すよ!一緒に頑張ろうよ!」

 

 「うん!それ凄くいい!!!」

 

 その時からなのかもしれない。ボクは明るく真っ直ぐな優に惹かれたのは。

 

 この出来事をきっかけにボクは努力をすることを知った。

 

 最初は誰だってできない。認められたいなら頑張るしかない。

 

 そして、何も無いからこそ、何者かになりたいと、そう思ったのかもしれない。

 

 ーーーーー。

 

 それから3年。悲劇は起こった。

 

 「どういう……ことですか?」

 

 「そのままの意味だよ。真城の奴は仕事を立ち上げた。もう一流企業の男ではない。……だからあの子とは関わるな。…関わる必要が無くなった。」

 

 「……嫌です。」

 

 僕は眉間に皺を寄せ、苛立ちを露わにする。絶対に従わない。そういう強い表情をしていたと思う。

 

 僕を人形として扱ってきた父親にはカンに触ったのだろう。

 

 父親は机を突然叩き、僕の目の前に立ち、大きく振りかぶる。

 

 「……ほう?最近大人しいと思ったら、偉く強気できたな。……また『教育』が必要なよう……だっ!」

 

 顔面目掛けて拳が飛んでくる。僕は数歩右にずれ、かわし右手で父親の肋骨目掛けて拳を放つ。

 

 「っ!?」

 

 父親はそのまま、殴られた場所を抑えながら、崩れ落ちる。

 

 「……貴様!!」

 

 鬼のような形相で睨みつけてくる。以前の僕なら恐れていた。

 

 だが、もう怖くはない。

 

 「『武道も心得ている。避けろ。』でしたよね。僕は結果で答えます。」

 

 「……ちっ。好きにしろ。」

 

 初めて父親に一泡吹かせた瞬間だった。優のことになれば、ボクは強くなれる、そう確信した。

 

 僕は父親に背を向け、部屋を後にする。

 

 「お前も……私から離れていくのだな。」

 

  そんなボヤキが聞こえた気がした。

 

 ーーーーーー。

 

 だが。1年後。

 

 訃報が届いた。

 

 優たち家族は、家族旅行に行った末、事故にあい、優の母親は亡くなった。

 

 優は何ヶ月もの間心を閉ざした。

 

 今度は僕が助けなきゃ行けない。そう思った。

 

 ーーーーーー。

 

 「すまない。いつもプリントを届けてきてもらって。」

 

 「いえ、近所ですので。……優は?」

 

 「最近出かけてるんだ。1人にしてくれって。多分モデルハウスにいると思うんだが。」

 

 「それって……今度立ち上げる予定の?」

 

 「ああ。建物自体は出来ていてな。ただ、色々な事あったから。」

 

 「そうですか。うまくいくといいですね。」

 

 ーーーーーー。

 

 雨が止まない。

 

 嫌な予感が、胸騒ぎがずっとしていた。

 

 「ここが本当にモデルハウス?」

 

 たどり着いた場所は、どこか廃墟のように見えた。

 

 以前来た時とは全然違う。

 

 「いや……優は!?ユウ!!」

 

 僕は後先考えずに、モデルハウスに駆け込んだ。

 

 扉を開けて、ボクは絶句した。

 

 何も無く、暗い。

 

 どこまでも闇が広がる。

 

 「っ!?」

 

 刹那。心が痛むのを感じた。

 

 数々の嘆きや辛い記憶が呼び起こされていく。

 

 『絶対に殺してやる……呪ってやる……あはははははは!』

 

 『このまま、一生を終える……この暗い部屋で。クソみてえな人生だ……』

 

 『あいつさえ……あいつさえいなければっ!!!』

 

 「な、なんだこれっ!あ、頭がァっ!?ぐっ!?あぁあああああっ!!!」

 

 知らない人たちの嘆きの声、恨む声、呪う声、世界を憎む声。

 

 全てが一気に僕の中に流れていく。

 

 辛くて苦しくて、身を任せて楽になりたい。

 

 そう思うほどの憎悪が身を包む。

 

 呼吸、鼓動、体全身が恐怖という感情で埋め尽くされていく。

 

 「ここまで『牛鬼』と親和性が高い人間がいるとはな。10年近くその力を使って平気だったわけか。ならば、あと7年ほどで完成するな。」

 

 意識が薄くなっていく中、聞き覚えのある声が聞こえてくる。

 

 いや、本当は誰か分かっている。認めたくないだけだったのかもしれない。

 

 「だ、れだ?」

 

 僕はやっとの思いで声を発する。

 

 「『梨花』。もうすぐ現世は消えるよ。私の陰陽師の力と神の力で!……あははははははっ!!!」

 

 薄暗くて姿は分からない。

 

 でも声、背丈。涙ぐむ声。

 

 僕には誰なのか分かってしまう。

 

 だから、目一杯の声で叫んだ。

 

 帰ってきて欲しいから。

 

 親を亡くし、世界の黒さを知った君が、絶望で埋め尽くされる前に。

 

 「黙れ!!!!僕はっ!『大坪ヒロ』だ!!!僕は『真城優』に会いに来たんだ!!!!」

 

 僕は闇を切り裂くように叫ぶ。

 

 ーーーーー。

 

 気がついた時にはモデルハウスを優とともに後にした。

 

 どうやって抜け出したのか。優はどうやって見つけたのか。わからない。

 

 記憶は朧気で、良くは覚えていない。

 

 でも、ひたすらに優という存在が不安定だったことだけは覚えている。

 

 あの闇はなんだったのか。

 

 あの声は誰だったのか。

 

 分からない。

 

 それでも、あのあとモデルハウスでは、自殺事件が頻発。優が訪れていた別の施設もいわく付きとなった。

 

 その後、除霊師が何かがやってきて、モデルハウス、施設も共に野ざらしとされた。

 

 だが、確実に言えることはあの時期の優には何かが取り憑いていた。

 

 僕の中にはあの時点で既に牛鬼が宿っていた。

 

 そして、優が関与したことで、モデルハウスと施設は呪われた。

 

 それだけは確かなのだ。

 

 あの声は7年で牛鬼は完成すると言っていた。あの当時で12歳だった。つまり、もう時間がないということだ。

 

 だから。

 

 僕の気持ちに決着を着け、そして負の連鎖を終わらせる必要がある。

 

 もう1人の優が世界を終わらせようとしているから。

 

 僕はそれを止めてみせる。

 ーーーーーー。

 

 「ふっ。いつもここだな。僕たちの物語が動くのは。」

 

 ヒロは学生寮の前に佇む。そしてヒロは事前に送信しておいたメッセージに目を向ける。

 

 hiro: 記憶が戻りました。僕の中に牛鬼がいるようです。

 

 :どうやら、時間が無いみたいです。完成する前に牛鬼を消してください。

 

 :優と話したあと解放します。僕が囮になって食い止めます。

 

 :それから以前暴れてすみませんでした。ケジメはつけます。

 

 優以外に宛てたメッセージだ。全員既読はついている。ヒロは満足気に携帯をポケットにしまう。

 

 そして懐かしむように、寮を見つめる。あのモデルハウスがあった場所だ。

 

 

 「あれ、ヒロ?……ヒロなの?」

 

 デートから帰宅した優とハジメと鉢合わせる。

 

 「ただいま。…ようやく自分取り戻せたんだ。……色々とごめんね。迷惑かけて。」

 

 「ううん!いいんだよ!でも、よかったぁ!心配したんだよ!ソラとどうしようかって!……えっと、その。私も、その色々気が付かなくて……」

 

 優は喜びつつも、なんと言葉を声をかければいいか分からない。

 

 少なからず、青鬼が出現した際の一件で優はヒロの気持ちを知ってしまっている。

 

 それでもヒロは微笑む。

 

 答えを知っている。

 

 隣にいるハジメに目を向ける。

 

 「境さん。いえ、ハジメ。優のことよろしくお願いします。……でも今だけは僕に時間くれませんか。」

 

 「分かってる。俺は中入ってるよ。……ファイト。」

 

 一言添えるとハジメは2人に背を向ける。

 

 「ハジメ。……僕に何かあった時は、遠慮せず、ぶっ飛ばしてください。……そして牛鬼を倒して。」

 

 「ああ。それは俺たち鬼の役目だ。……ヒロ、日常はいつも突然終わりを告げるな。」

 

 「いいえ。……これは世界を広げるための、日常を手に入れるための戦いですよ。」

 

 「ふっ。そうだな。」

 

 ハジメとヒロは一切目を合わせることなく、会話を終わらせる。

 

 時間が無いのだ。ヒロは冷静でありつつも、気持ちは焦っていた。

 

 ハジメは寮の中へと入っていく。

 

 優は何も分からず、立ちすくむ。

 

 いや、分かっていても理解が追いつかないという表現が適切だろう。

 

 「色々とやらなきゃいけないことを思い出したんだ。」

 

 「やらなきゃ、いけないこと?」

 

 「うん。でもその前に、 僕の気持ちを聞いて欲しい。」

 

 「……わかった。」

 

 優はヒロの瞳を見つめる。

 

 2人とも、覚悟は出来たという面持ちとなる。

 

 沈黙が鼓動を加速させ、緊張感が襲ってくる。

 

 ヒロは心臓がはち切れそうな想いで言葉を紡ぐ。

 

 「……僕は、優のことが好きだ。ずっと、ずーっと前から。……君を見ているといつも前に進めた。君と一緒に、未来を夢見ることがいつかボクの生きる意味になってた。」

 

 「うん……。私もヒロと一緒で楽しかった。……塞ぎ込んだ時、そばにいてくれてありがとう。……今の私がいるのは、間違いなくヒロのおかげだよ。……でも。」

 

 優は瞳に涙を浮かべる。言葉は途切れそれから先の言葉を口にするのが、辛い。

 

 「……僕じゃダメかな。そばにいられないかな。……優の気持ちを教えて欲しい。」

 

 「……。」

 

 優は俯く。優しく答えを求めるヒロ。

 

 「……私は、……それ以上は一緒に進めない。……ごめん。」

 

 優の頭の中で、ハジメの顔が浮かぶ。

 

 いつからか優の心の中はハジメでいっぱいになっていた。

 

 前に進む時、背中を押してくれたのはハジメだった。

 

 優を陰ながら想い、支えてくれる姿に心を奪われていたのだ。

 

 「良かった。……ちゃんと優から気持ちを聞けて。……これで迷いは晴れた。……僕は結局自分でいっぱいだったからね。」

 

 涙ながらに、微笑むヒロ。どこか晴れやかな表情だ。

 

 「……え?」

 

 優は瞬きをする。

 

 ヒロの姿が黒く包まれていくのが分かる。

 

 「解放します!!!頼みましたよ!……来いっ!!『牛鬼』!!お前はもう必要ないっ!!!……あぁああああああっ!!!」

 

 「ヒロっ!?」

 

 ーーーーー。

 

 「下がって。」

 

 肩を叩かれ、優はハッとする。

 

 後ろに立っていたのは紅葉、茨木の鬼2人と、ソラだった。

 

 ソラは札を翳し、周囲に結界を形成する。

 

 そして寮の扉は開け放たれ、ハジメも姿を現す。

 

 「なにが起こって……っ!?」

 

 刹那、優は酷い頭痛を感じ、その場に座り込む。

 

 「なに、意味わかんない!」

 

 ソラはそっと優に寄り添う。

 

 「は、はやくしろっ!!!ハジメっ!!!」

 

 ヒロは、苦悶の表情を浮かべ、叫ぶ。

 

 「僕ごと、貫くんだっ!!!はやくしろっ!!!」

 

 「……ああ。終わりにしよう。牛鬼っ!!!」

 

 ハジメの肩に茨木と紅葉が手を添え、力を集中させる。

 

 ハジメは姿を鬼に変え、雷鳴と深紅を身に纏う。角と鋭い牙を生やし、霊力が爆発的に上昇する。

 

 そう、完全なる酒呑童子の姿がそこにはあった。

 

 鬼の運命を、ハジメの人生を狂わせた元凶。

 

 それを鬼の力で断つことが許されたのだ。

 

 一撃に全ての想いを乗せる。

 

 「だぁあああああああっ!!!!」

 

 一直線にヒロの身体を貫く。

 

 「これ、で……」

 

 ヒロは意識を失う。それと同時にヒロの体から無数の悪意が飛び出し、牛のような悪魔のような醜い巨大鬼が出現する。

 

 「誰かにヒロを回復させろっ!まだ終わってない!!!」

 

 ハジメは叫び、後ろを振り返る。

 

 ーーーーーー。

 

 「……なっ!?……ゆ、り?ユリなのか?」

 

 ーーーーーーー。

 

 「はあ。またそれか。私のこと忘れたのか?……酒呑童子よ。」

 

 認めたくない現実がそこにはあった。

 

 ユリに似た黒髪の女性が静かに佇み、足元には天野、ユリが倒れている。

 

 そして抱き抱えられた輝。

 

 身動きの取れないソラ、茨木、紅葉。

 

 意識を失っている優。

 

 「な、なんでだ。体が動かねえっ!!!」

 

 茨木は必死に身体を動かすが、全く動かせずにいた。

 

 他の面々も同様だ。

 

 女は突然音もなく現れ、瀕死のユリと天野を連れている。

 

 一体何が起きようとしているのだろうか。

 

 「ふぅーん。……面倒な事をやってくれたな。安倍晴明。いや……この世界では『辰早空』だったか。……もう少しで牛鬼消えちゃうとこだったよ。」

 

 「あ、あんた誰だ?」

 

 ソラは震えが止まらず、ギリギリの感情で言葉を漏らす。

 

 なぜかユリに似たその女性を目の前にして震えが止まらない。

 

 まるで、頭の中で警告の音が鳴り響くように『にげろ』と訴えてくるのだ。

 

 そしてそれと共に湧き上がる『殺意』。

 

 「なるほど。それが人の限界か。『インバート・マリス』の結果、記憶をなくしたか。」

 

 「インバート…マリス?」

 

 「ま、記憶が無いなら良い。眠れ。」

 

 そう呟くと、ソラは瞳を閉じ、意識を失う。

 

 「そう……か。お……前は……私が憎ん……は……鬼じゃ……な……」

 

 意識を失う瞬間ソラは何かを口ずさむが、周りの耳には入らない。

 

 「誰なんだ貴様!……今牛鬼を追い詰めているんだ!邪魔をするな!」

 

 状況は読めないが、実態化した牛鬼は簡単に倒すことが出来る。このチャンスを逃す訳には行かないのだ。

 

 牛鬼は人や鬼に取りつく事でチカラを発揮する。

 

 今がチャンスなのだ。

 

 構わず、女は余裕な様子をみせ、続ける。

 

 「貴様とは、不躾な。……んーそーだな。『堕神』と間違えられるのは尺だなあ。……ユリ、ユリねえ。……なら『クロエ』とでも名乗っておこう。……さて、『牛鬼』はここにあるぞ。」

 

 クロエは不敵な笑みを浮かべながら、自分の頭上を指さす。

 

 先程よりも強大な悪意の塊となって、上空に浮かんでいる。

 

 「なっ!?いつの間にっ!」

 

 「に、にげろっ。勝てる相手じゃ……ない。……そいつは『神』だ。」

 

 瀕死の状態の天野が必死にハジメに伝える。

 

 「神……だと……?なんで、そんな奴が……」

 

 「ふっ。鬼ごとき、知る必要もなかろう?ほれ、『道満』、いい加減起きろ。これでも喰らってなあ!」

 

 悪意の塊となった牛鬼を、優目掛けて解き放つクロエ。

 

 「あぁあああああああっ!!!」

 

 優は身体を大きく仰け反らせ、悲鳴にも聞こえる声を漏らす。

 

 「さて、ために溜めた悪意が暴走するぞ。呼び起こせ、本来の自分をなあ!あはははははっ!!」

 

 ーーーーー。

 

 事情は分からない。

 

 何が起きているか分からない。

 

 だが、ハジメはそんなことどうでもいいと思えた。

 

 「優に何をしたァあぁあああああっ!!!!!」

 

 気がついた時にはハジメはクロエを全力で殴りにいっていた。

 

 「ほう?さすが、最強の鬼だ。貴様の悪意が私を掻き立てるぞ!あははははっ!!!」

 

 「ほざいてろ!クソ野郎がァっ!!!」

 

 強烈なハジメの一撃が、クロエを吹き飛ばす。

 

 刹那。

 

 「っ!?」

 「…………。」

 

 怒りに身を任せるハジメに優が抱きつく。

 

 「優!?大丈夫なのか!?……?あつ、い?」

 

 急に腹部が熱を帯び、ハジメはその場に倒れる。

 

 「ゆ、う。な、なんで……。」

 

 ハジメは絶望する。信じた人間に裏切られたのだ。心の底から信じ続けて守りたいと思っていた人間に。

 

 ハジメを支え続けていた柱は折れ、呼応するように意識を失う。

 

 「ようやく起きたか。『道満』。つまらなかったぞ。善意に溢れた貴様は。悪意に満ち足りてこそ、お前は輝くのだ。」

 

 「………。ごめんなさい。みんな。私、この世界嫌いなんだ。……だから消そうと思って。」

 

 ーーーーーー。

 

 「さ、最悪だ……お、思い出したぞ……。道満法師。それが、優の前世。……はは、僕が梨花。そして……空が安倍晴明って訳か。」

 

 ヒロは朦朧とする意識の中、呟く。

 

 ーーーーー。

 

 もう手遅れだ。

 

 今更思い出したって。

 

 でも、僕たちには知らないことが多すぎる。

 

 どうせなら、前世を知りたい。

 

 この世界に闇が広がる前に。

 

 僕たちに何が起こったのかを。

 

 そしてユリと天野。

 

 君たちとも運命は交錯しているのか。

 

 交わることがないと思っていた線が今交わりつつあることがわかった。

 

 だから、僕達は前世の記憶を追い求める必要があるのかもしれない。

 

 ーーーーー。

 

 広がる闇の世界。

 

 それは今を生きる人たちの孕んできた闇の世界。

 

 でもそれは、今だけではなく、過去をも映し出すのであった。

 

 

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