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#10 晴れ渡る空【辰早空side】


 私、辰早空は誰よりも自由を好む。

 

 自分が思うがまま、突き進むことを好む。

 

 この目の前に広がる晴れ渡った空のように。

 

 ーーーーー。

 

 何度も夢を見る。

 

 それはいつからだろうか。


ーーーーー。

 

 「あなたは優秀なのよ。出来損ないの父親とは大違い。…私を失望させないでね。」

 

 母親の心無い言葉が私をいつも束縛した。

 

 真面目であれ。優秀であれ。父のようになるな。

 

 私は真面目で優秀な娘を続けた。

 

 真面目であり続けることが、私なのだとそう思った。

 

 結果を出せば、いつも空は晴れ渡るから。

 

 ーーーーー。

 

 でも晴れた空は続かない。

 

 ひたすら真面目に頑張り続けて、結果を出し続ける私を好き好まない人たちがいた。

 

 趣味で始めたバレーボール。始めた時は、自分だけじゃなくて人と楽しめる競技性や一体感に惹かれた。

 

 でも、始めたのが最後。結果を私は求められた。

 

 でもせめて、仲間と楽しむことだけは諦めなかった。

 

 気を回したり、仲良くなろうと努力したり。

 

 でも。

 

 

 

 「スポーツも成績も優秀ってなんなのよ、アイツ。」


試合終わり、ふと更衣室に忘れ物をし、取りに来たのが不味かった。


陰口と言うやつだ。私は運悪く聞いてしまった。

 

 「アイツが高い成績も維持するせいで、私達もそれを求められる。」

 

 「部活やってても、成績いい人はいるってね。」

 

 結局上辺だけの関係。それを知ってしまった。それでも私は頑張り続けることしかできない。

 

 ーーーーーー。

 

 こうなると、分かっていた。

 

 でも、自由でいたかった。

 

 真面目でいないといけない。

 

 陰口を聞いたって、親や教師は結果を求める。

 

 結果を出さなければ、仲間が出来るのかもしれない。

 

 でも居場所は消えていく。

 

 どうすればいいのだろう。


私の中で幾重にも考えが浮かんでは消えていく。どうすることも出来なかった。


大会でのスタメン発表の日。私は結局どうすることも出来ず、案の定、最悪の結末を迎える。


「期待しているわ。あなたが、エースよ。『安倍 空』さん。」


コーチの重たい期待が私の肩に伸し掛る。


私はまだ、頑張らなきゃ行けない。


失敗できない。追い込み、追い込まれていく。


ーーーーー。

 

 「あいつが!!あいつのせいで!私はいつも大会に出られないっ!!!

 

 「もうあいつ1人でやればいいんだよ。…私たちいらないんだよきっと。」

 

 わたしは彼女達の想いを知りながら、なにも出来なかった。


「……私の……せい?」

 

 次第に空の色は、私の心とリンクするように曇り空が続いていた。

 

 ーーーーー。

 

 束縛されていく日常の中。

 

 妬み、恨み、悔しさ。

 

 それらは私を包んでいった。

 

 真面目に生きることへの束縛。

 

 結果を出したことによる周囲の眼差し。

 

 プレッシャー、不快感、重圧。

 

 色々なものに私という存在は挟まれた。

 

 ーーーーー。

 

 雨空。嫌なジメジメとした空気の中。

 

 試合終わりにも関わらず、不快な汗は止まらない。

 

 スポーツを始めた頃の楽しい汗とは違う。

 

 「なんでチームメイトと連携取れないのよ!あなたには期待していたのよ!!台無しだわ!!!」

 

 大会終わり。監督から告げられる罵声。

 

 さんざん重圧をかけて来て、これだ。

 

 どんなことにも耐えてきたのに。

 

 なにも、悪いことしていないのに。

 

 周りから聞こえてくる残念そうな声。

 

 裏腹にチームメイトの嘲笑う声。

 

 なぜ、私が責められるのだろう。

 

 責められるべきは、『何もしていないお前達』じゃないのか。

 

 空の雲行きは怪しさを増していた。

 

 ーーーーー。

 

 「見てたわよ。大会。なによ、あのふざけた試合。私の顔に泥を塗るつもり?それに成績も落ちてるじゃない。……何をやっているの!!!!」

 

 帰宅して直ぐに母親からの罵声。

 

 監督や母親の姿が重なる。

 

 もう嫌だ。

 

 どこまでも暗い曇り空が私の心を塗りつぶす。


 

 「……ぶざけてるのは……」 

 

 そして、張り続けた糸は。

 

 

 「『お前達』だろっ!!!」

 

 切れた。

 

 暗い空、雨は激しさを増す。

 

 吐き出される感情。

 

 雷鳴が私の叫び声をかき消していた。

 

 ーーーーー。

 

 私は中学三年になって、逃げるように家を出た。

 

 離婚し家を出ていた父親の家でお世話になることになった。

 

 「お前は自由でいい。そのための『空』だ。晴れても曇っても、雨が降ったっていい。『自由でいいんだよ。』」

 

 父親は優しく私を迎え入れてくれた。

 

 その言葉がすごくあたたかくて、『私は私でいい。』そう思えたんだ。

 

 「ありがとう……おとうさん。」

 

 涙が止まらなかった。人の気持ちに触れること。寄り添うこと。開放された喜び。溜めてきた思い。

 

 全てが溢れるようで、でも心地が良い。

 

 だからその日誓った。

 

 もう真面目に生きるのは終わり。

 

 私は自由に生きる。

 

 ーーーーー。

 

 そんなことを思うようになってからか呼応するかのように、前世の記憶が戻ったんだ。

 

 ーーーーーー。

 

 私と同じように真面目に生き、結果を出し、賞賛され続ける男の人。

 

 十二の式神をつき従え、あらゆることに精通した男。

 

 名前も顔も分からないその男の人は不思議なほど私と重なった。

 

 ーーーーーー。

 

 「私は……こうすることしか出来なかったのか。……なぜ、君の気持ちに寄り添えなかったのか。」

 

 男は表情ひとつ変えず、涙を流している。

 

 男の目の前に広がる凄惨な光景。

 

 愛した妻の血まみれの死体。

 

 切磋琢磨した男の見るに堪えない姿。

 

 「……これが正しいんだ。」

 

 「……。晴、恨むべきは神だ。こいつらを唆したな。……そんなに自分を責めるな。」

 

 「……もし、次の世界があるなら。私は、『道満』と『梨花』の友になりたいよ……」

 

 跪き、静かに涙を流す男。

 

 これが真面目に生きてきた人への仕打ちなのだろうか。


ーーーーーー。


そして、私は導かれるようにその夢に惹かれていった。


目覚めていく力。理解していく事象。繰り返される輪廻。


気がついた時には分かっていた。いや。最初から知っていたのかもしれない。

 

 

 

 私の人生と。そして『優』と『ヒロ』との出会い。

 

 私が成すべきことを。

 

 ーーーーー。

 

 

 

 

 そして現在。

 

 ヒロ、元い茨木童子は、ヒロの父親と話していた。

 

 「さすが、我が家を継ぐものだ。大学も順調じゃないか。」

 

 「ありがとうございます。……お父様。」

 

 「ふむ。だが、いくらいい成績、結果を残しても目過ごせぬな。」

 

 「何がでしょうか。」

 

 「分からないか?なぜ、音楽や美術は平均的なのだ?……ふざけているのか?」

 

 「……っ。すみません。」

 

 「昔から、こうだったな。……家訓を忘れるでないぞ。……常にトップだ。……幼なじみや友人と遊んでる暇があったら、トップを目指せ。……それにお前が好いてる想い人は、我が家とは釣り合わん。いい加減、辞めるんだな。」

 

 「……。」

 

 高圧的な態度を続ける父親。

 

 ヒロはこんな家で育っていたのか。

 

 茨木童子は怒りを抑える。

 

 こんな人間ぐらい簡単に消し炭にできる。

 

 だが、そんなことをしても喜ぶ人間はいないし、直接的な解決にはならない。

 

 これはあくまで、ヒロの問題だ。

 

 心を閉ざしたヒロ。代わりに代役を務める茨木童子が関わる問題ではない。

 

 「まったく。……辰早空とはどうなのだ?……彼女は家柄も優秀だ。あの『安倍』の血筋だ。古くから伝わる優秀な一族だ。……彼女なら文句は言わない。」

 

 「……話は終わりですか?大学の課題が残ってますので、失礼します。」

 

 「まあいい。好きにしろ。」

 

 茨木童子は、軽く話を切り上げ、その場を後にしようと、背を向ける。

 

 だが、父親の一言が足を止めさせる。

 

 「ヒロ、『宮ノ森』や『琴上』と繋がりを持ったようだな。」

 

 「それがなにか?」

 

 「……ふん。いやなに。……ただ一言だけ。……私を不快にさせるな。わかったな。」

 

 「……はい。失礼します。」

 

 ーーーーー。

 

 ヒロの父親は多くの事業を展開している経営者だ。

 

 昔からヒロのことを天才にするべく英才教育を続けた。

 

 そして常にトップを目指すスパルタ指導に幼少期のヒロは、追い詰められた。

 

 その結果身につけたのが、見たものの才能を瞬時にコピーできる力。

 

 そんな力を得てしまったからなのか父親の期待はさらに高まった。

 

 執拗までのヒロへの監視。

 

 一体どこまで、ヒロのことを調べあげているのか底がしれない。

 

 普通の人間に悪意の力や鬼、妖怪は見ることは出来ない。

 

 見えたとしても中々理解できるものでは無い。

 

 だから何かを知った訳では無い。

 

 茨木童子は、ヒロの記憶を探る。

 

 どう言った人間なのかはよくわかった。

 

 だが、琴上や宮ノ森との関係は分からない。

 

 「……なるほどな。小さい野郎だ。」

 

 記憶を読み取ると茨木童子はため息をつく。

 

 勝手な話だが、父親はどうやら宮ノ森桃子が展開していく事業や話題性が気に入らないらしい。

 

 そして琴上に関しては古くから土地を収める偉そうな態度に苛立っているようだ。

 

 途端に父親が小さく見えて笑えてくる。

 

 きっと必死な人間なのだろう。

 

 だれだって1番になりたい。

 

 認められたい。

 

 負けたくない。

 

 当たり前の心情だ。

 

 でもそれを子供や周囲に向けるのは違う気がする。

 

 自分でなしえてこそなのだ。

 

 少なくとも茨木童子はそう思った。

 

 そして、ヒロも父親の教育によって追い詰められ、そう思うようになったのかもしれない。

 

 だからこそ、ヒロは空、優と共に居たいと思うようになったのかもしれない。

 

 ヒロになって数週。

 

 茨木童子は、徐々にヒロを助けたいと思うようになっていた。

 

 ヒロと同じように生活し、同じよう気分を味わう。

 

 記憶を読み取り、ヒロという人間の人生を追体験していく。

 

 ヒロにとっては優といることが、いれることが、唯一ココロの平穏だったのかもしれない。

 

 自分を見失い、もがく彼にとっては、優という存在が必要だった。

 

 「出かけるか。」

 

 家にいても厳格な父親。

 

 外に出ても監視。

 

 部屋に籠っていたが、特にやることも無く、ヒロという存在にアタマがいっぱいになる。

 

 寮にでもいこうと、部屋から瞬時に抜け出す。

 

 ヒロもいつもそうしていたようだ。

 

 まあ、今となっては鬼の力でどうということも無い。

 

 音を消し、移動速度を変え、家から飛び出す。簡単な事だ。

 ーーーーーー。

 

 寮の近くで見知った影が姿を現す。

 

 「よ、茨木。」

 

 「……ん?ああ。辰早だったか?」

 

 「相変わらず、ヒロちゃんは引きこもってるの?」

 

 「そーいうこったな。」

 

 「ちょっと着いてきてよ。私に考えがある。」

 

 茨木童子は言われるがままソラについて行くことにした。

 ーーーーー。

 

 「デート!?」

 

 茨木童子は大声で驚いてみせる。

 

 ソラはハジメと優がデートに行くことになったのを伝えたのだ。

 

 「しーっ!声がでかい!バカ!」

 

 「いやいや。は?……鬼と人間なんだが?」

 

 「そーなのよ。問題しかないでしょ?」

 

 「うーむ。おとぎ話でそんな話あったような……いやでもあれ、結局鬼振られたんだっけ?」

 

 「はあ。そんなことはどーでもいいのよ。とにかくよ。優と結ばれるべきはヒロちゃんなのよ。私的に。」

 

 「確かに、ヒロは嬢ちゃんのこと好きみたいだが……」

 

 「はぁぁ。わかっててもその発言きつっついなあ。」

 

 あからさまにテンションを下げるソラ。

 

 茨木童子は困惑する。

 

 「お前、何したいんだよ。」

 

 「……引きこもってるにしても、ヒロちゃんはこの事実を受け止める必要があると思って。……あとは多分、優がきっかけで引きこもったのなら、優がきっかけで戻ってくるのかなとか。」

 

 「中々めんどくさい女だな。お前は。……それでいいのか?」

 

 「ええ、もちろんよ。」

 

 かくして、ソラと茨木童子のデート追跡は始まったのであった。

 

 ーーーーー。

 

 「それで。どうなのよ。」

 

 「なにがだ?」

 

 こっそり寮の壁に隠れながら、ソラは茨木童子に質問する。

 

 茨木童子は少し後ろの影から話を聞く。

 

 「ヒロちゃんになって生活してるんでしょ?きついんじゃない?」

 

 「まあな。あの父親消し炭にしたいとは思うな。」

 

 「私も大概だけど。アンタも人間嫌いよね。」

 

 「少なからず鬼は人間に迫害されてきたからな。……嬢ちゃんみたいなタイプは珍しい。」

 

 茨木童子は過去を振り返るように語りながら、己の知る人間と優を比較している。

 

 「そうね。」

 

 「お前らは古くからの付き合いなんだろ?」

 

 「私はそこまでじゃない。優とは親友だって言えるけど。……ヒロちゃんは私の事眼中に無いから。」

 

 「……そんなことはないと思うけどな。」

 

 偉く自虐的な発言をし俯くソラ。その様子が珍しくもあり、茨木童子は励まそうとする。

 

 「そりゃどうも。」

 

 ーーーーー。

 

 「今日は〜おデート!デート〜!」

 

 寮の影から見守っていると、優が上機嫌で玄関から顔を出す。

 

 「楽しそうだな。」

 

 「ええ!ハジメさんと初デートですからね!」

 

 ニコニコ微笑みながら、ハジメの方を見やる優。

 

 満更でも無い様子でハジメは、優しく微笑む。

 

 「じゃ行こうか。」

 

 「はい!」

 

 優は嬉しそうに返事をするとハジメの腕に抱きつく。

 

 「おわっ!?くっつくな!」

 「エスコートしてくれるんでしょ?」

 

 「ったく。調子いいな、お前は。」

 

 「えへへ。今日だけでいいですから。」

 

 「わーったよ。……離れんなよ。」

 

 ーーーーー。

 

 「かぁああ!めっちゃラブラブじゃない!優コワ!超積極的じゃない!」

 

 見守っていた空は二人が離れたのを確認すると、赤面し恥ずかしがる。

 

 「……なんだろな。イラつくな、アイツら。」

 

 ヒロの体だからか、イチャつく2人を見てイラつく茨木童子。

 

 「……効果ありみたいね。」

 

 苦笑いしながら空は、茨木童子を見つめる。

 

 本当に優のことが心の底から好きなのだと思い知らされる。

 

 そして、ソラ自身もヒロのことがすきなのだと痛感する。

 

 「……やめないか?今日。」

 

 「アンタはお節介ね。……行くわよ。」

 

 空の様子を心配し、声をかける茨木童子。

 

 心配してくれているのを理解し、気持ちを切り替え、ソラは進む。

 

 「どうしたもんかなあ。」

 

 茨木童子は首の後ろを触る。

 

 いくら他人だと言えど、気まずいのだ。

 

 渋々茨木童子はついて行くのであった。

 ーーーーー。

 

 クレープ屋さん、オシャレなカフェ、映画館、ショピング。

 

 まるでド定番のデートを見ているようだ。

 

 終始、優とハジメは仲睦まじく過ごし、それを見てオーバーリアクションを繰り返すソラ。

 

 「なあ、2人に悪くないか?アイツらやっとこう…なんというか、楽しめてるんだからいいだろ?」

 

 「まあ、分かってるんだけど。」

 

 「いい加減、ちゃんと話してくれよ。」

 

 「……そうね。ここまで見てきたけど、ヒロちゃん変化ないみたいだし。」

 

 「ああ。遠慮せず話せ。聞いてやる。……ヒロの意識は閉ざされてる。おまえの話も聞こえないはずだ。」

 

 「はずって。私そこ重要なんですけど。」

 

 「あんだけイチャついてんの見ても出てこないんだぜ?大丈夫だろ。」

 

 「わかったわよ。話す。……べつに深い理由がある訳じゃないのよ。……優には中学の転校してきて孤立していた私を助けもらったの。」

 

 「4年か5年ぐらい前ってことか。」

 

 「そうね。そのぐらい。」

 

 「それで?」

 

 「……まあ私色々あって、こんな派手な見た目にした訳だけど。一応その前は真面目ちゃんだったから、ある程度勉強とか運動とか好きになってて。」

 

 「いい事じゃないか。」

 

 「そうでも無いよ。……転校してきた不良みたいな奴が成績いいだもん。……周りからはけっこう批判あってね。そんな時にわたしがカンニングしてるって話しがでっち上げられたのよ。」

 

 「……くだらんな。人間のすることは。」

 

 「まあ、あとになってわかったんだけど。私がヒロちゃんよりいい成績だったみたいで。ファンクラブの女の子たちが怒り出したのよ。」

 

 「……とんでもない話しだな。」

 

 「ほら、ヒロちゃんってアタマいいし、運動できるし、周りに配慮するしでモテるのよ。」

 

 「……何となく見えてきたな。……そこ子達はヒロの家のことも把握してたわけか。」

 

 「そ。私がいるとヒロちゃんが困るってね。……まあそんなこんなで私は休学になりそうになったんだけど、優が抗議してくれてね。」

 

 「嬢ちゃんらしいな。」

 

 「悪意が見えたらしくてね。ほっとけないって。……私の事何も知らなかったのに、助けて。そーいう子なのよ。」

 

 「んで?譲ちゃんとの馴れ初めはわかったけどヒロは?」

 

 「……かっこよかったのよ。」

 

 「え?」

 

 「ファンクラブの女の子にそれとなく、私のことを話してくれてたの。……『彼女は努力してるよ』って。」

 

 「……あいつは自分のこと以外はよく見てるからな。」

 

 「そう。私の事偏見なしで見てくれる人がいたんだって。そう思えたの。……まあそれに、私と同じような環境にいたのに、周りと上手くやっててさ。私に足りないものが見えたって言うか。……『ああ、私ももっと上手く周りと関われば良かったな』って。……優にしても、ヒロちゃんにしても、誰とでも偏見なしで関わってきちんと向き合うのよ。……そして最後には困難を乗り越える力がある。」

 

 「……なるほど。こんなとこで終わって欲しくないんだな。王子様には。」

 

 「……そうよ。ヒロちゃんらしくない。このぐらいの壁乗り越えられるしどこまでもかっこよくてみんなの憧れなのよ。……私の王子様は。」

 

 空は赤面しながら正直に想いを言葉にする。

 

 茨木童子はようやく空の意図を理解し、右目を瞑って悪戯に微笑む。

 

 「……だとよ、ヒロ。起きろよ。」

 

 「え?」

 

 ーーーーー。

 

 「……。ありがとう。……僕行かなきゃ。」

 

 前髪が自然と垂れ下がり、見知った柔らかい表情が見える。

 

 ソラは久しぶりの再会に胸をときめかせる。

 

 一瞬で理解する。

 

 目の前にいるのは『大坪ヒロ』だと。

 

 ヒロはソラの言葉で目を覚ましたのだ。

 

 主観では分からないことも客観的に見れば見えてくることもある。

 

 それぞれに自分らしさがあって、何も『誰か』になる必要なんてない。

 

 ヒロは自分は自分でいいのだとそう思えたのだ。

 

 「……やっとわかったよ。どうして二人のそばにいたかったのか」


『二人は等身大のヒロを受け入れてくれる。』だからこそ、ヒロは二人のそばにいたかったのだ。その答えが今のヒロにはようやく見えたのかもしれない。

 

 「引きこもった甲斐あったな?」

 

 ふと横を見ると、髪を横に広げ、額を露わにする青年が立っている。

 

 ヒロとは似つかず、男前な顔つきで兄貴肌な雰囲気だ。

 

 「長い間任せて悪かったね。……茨木童子。」

 

 「硬いこと言うなよ、相棒。」

 

 「……嘘つき。全部聞いたの?」

 

 「境さんと優がデートするって分かってからね。意識急に戻りそうになって。」

 

 「……ばか。さっさと行きなさい。……ヒロちゃん、振られてからが本番よ。」

 

 「……ありがとう。今度何かご馳走するよ。」

 

 「デートね。」

 

 「え?」

 

 「デート!!」

 

 「はいはい。わかったよ。……じゃ行ってくる。」

 

 「……うん。」

 

 ヒロは以前とは違い、自分を見つけることが出来た。

 

 紛れもなくソラのおかげだろう。

 

 たが、想いが届いても成就するとは限らない。

 

 あからさまに肩を落とすソラ。

 

 走り出すヒロ。

 

 「……いいのか?……あいつの前世は……」

 

 「……分かってるよ。」

 

 「……そうか。今度は運命変わるといいな。」

 

 「当たり前でしょ。それに私まだ諦めてないし!私は『辰早空』!自由に生きるんだから!」

 

 気持ちを切り替え前向きに笑顔を作るソラ。

 

 知らないうちに前世の記憶を取り戻していたのだろう。

 

 茨木童子は安堵する。

 

 今の彼女と前世は違う。

 

 この世界に生まれたことで、変わったんだ。

 

 優もヒロも空も。

 

 それぞれの運命と戦い、先に進んでいる。

 

 今はそれでいいのかもしれない。

 

 ソラは少しだけ、上を見る。

 

 笑顔と共にながれる涙。

 


 

 だが、今だけは少し頬を濡らそう。

 

 茨木童子はそっと背を向ける。

 

 強い彼女を見守るために。

 

 茨木童子も上空を見上げる。





 

 晴れ渡る空がそこには広がっていた。





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