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#9 心優の記憶【真城優side】


 大学に通い始めて数日。

 

 「ただいまっ!!ご飯〜ごはん〜ゴ・ハ・ン!!!」

 

 優は充実した毎日を過ごしている。

 

 軽快なリズムでご飯を催促するような歌を歌う様子まで見られる。

 

 表情は生き生きときていて、なにより楽しそうだ。

 

 「まったく、完全に胃袋掴まれてるわね」

 

 呆れた表情で2階から降りてくるソラ。

 

 彼女も現在大学に通っている。もちろん、優とは違う大学であるが、こうして同じ寮に入ったからか、未だに二人の仲に変わりはない。

 

 「だって〜ハジメさんの料理美味しいんだもん!」

 

 まるで、自分のことかのように表情を緩ませる優。

 

 晩御飯のことを考えてか少しヨダレも出ている。

 

 「どんだけ期待してんのよ。毎日食べてるじゃない。」

 

 「え〜!ソラだってそうじゃん?あれだけ学生時代外食行ってたのに、今じゃちゃんと帰ってきてるじゃない」

 

 「ま、まあ?あいつの料理が上手いのは、認めてますけど?」

 

 「もう〜素直じゃないんだから〜」

 

 やや、頬を膨らむぜ腑に落ちない顔をするソラ。

 

 本当は仲良くしたいのだろうが、出会いが出会いであったために素直になれずにいるのだろう。

 

 そんな様子を眺めつつ、そして比較する。以前と今を。ソラのことだけでなく、自分のことも含めて。

 

 優は少しばかり、笑みを零す。それは、少しずつ変化していく日常に幸福を感じていたからだ。

 

 きっと、これからも幸せは続いていく。そう信じて。

 

 ーーーーーーー。

 

 食卓の上に並べられていく色とりどりの料理たち。

 

 優は瞳を輝かせて、待機している。

 

 「元気そうね、優。」

 

 不意に後ろから声をかけられ、振り返るとユリがそこにはいた。

 

 「あ、ユリ!おかえり!!あれ、天野さんは?」

 

 「ジムよ、ジム。すっかりトレーニングにハマってんのよ。あの筋肉バカは。」

 

 「やっぱり、マッスルなのかアマっち。」

 

 呆れたように話すユリ。それを納得したように聞くソラ。

 

 「まあそれに、天野はここ住んでるわけじゃないからね。」

 

 「ああ、そうだったね。ユリのボディガードだもんね!」

 

 「過保護なだけよ。」

 

 「またまた〜。ユリの王子様っしょ。」

 

 「もぅ。ソラったら〜。」

 

 和気藹々と話す面々。

 

 ハジメほ料理を作りながら微笑む。

 

 「そろそろ出来るぞ。優、悪いが『紅葉』呼んできてくれ。」

 

 「はーい!」

 

 紅葉。橋姫のこの世界の名前だ。

 

 百合野や琴上に目をつけられた以上迂闊に『異界の扉』を開く訳には行かない。

 

 そのため、橋姫はこの世界に住むことになったのだ。

 

 優は言われた通りに紅葉の部屋へと歩みを進め、部屋をノックする。

 

 コンコンとノックした後に「空いてるー」と気怠けな紅葉の声が聞こえてくる。

 

 「ご飯出来たみたいですよ。」

 「あいよ。」

 

 薄暗く閑散とした寂しい部屋。日も落ちているせいか余計にそう感じる。

 

 「電気つけないんですか?」

 「ああ。あまり、この世界の文化に慣れなくて。……ダルいってのが本音だが。」

 

 「紅葉さんは、いつもダルそうですけど、着物はいつも綺麗に着こなしてますよね。」

 

 「ああ。これな。姉さんの形見なんだ。このお面もな。」

 

 懐かしむような儚げな表情を浮かべる紅葉。

 

 見ると紅葉柄の美しい刺繍が施された着物を身にまとい、般若のような仮面をズラしてつけている。

 

 その姿に、橋姫の過去を思い起こし、呼んでしまった責任を感じてしまう。

 

 彼女は別の世界で生きる存在。それを無理やり呼び寄せたのは優だ。

 

 使命を追われ、逃げてきたハジメとは違うのだ。

 

 「……やっぱり、戻りたいですよね。……すみません、私……」

 

 「いや。気にしなさんな。どっちみち、私の部族は滅んでる。……帰ったところでハジメの居ない鬼じゃ神や人間に翻弄されるだけさ。」

 

 「信頼してるんですね。……ハジメさんのこと。」

 

 「……何を今更。お前さん、私たちの過去見てんだろ?」

 

 「……はい、なんとなくですが。こないだ、ソラと話した時に聞いてましたもんね。」

 

 「ああ。そんときに話したはずだ。『牛鬼が原因』だと。」

 

 「じゃああの時言っていた野暮用って……」

 

 「牛鬼を撃つつもりだ。……あれは鬼の中でも異質だ。仇でもある。」

 

 「……そうですか。……応援してます。……私にもなにかできることがあれば、言ってくださいね!」

 

 心配は不要とばかりに吐き捨てる紅葉。優は前向きに答え、紅葉に背を向ける。

 

 刹那、紅葉は暗闇からニヤリと不敵に笑ってみせる。

 

 「お前にもできること、あるよ。」

 

 「…え?」

 

 先程より声を近くに感じ、後ろを振り返る優。

 

 振り返るとすぐそこに歪んだ紅葉の顔が覗かせる。

 

 「……な、なに?」

 

 「……違和感ないか?……自分に。」

 

 「え?」

 

 優はゾッとする。

 

 違和感。そんなものは沢山優の中にはあった。

 

 でも無理に進まず、自分のペースで歩むことを決めた。

 

 そして、困難が道を塞ぐなら、その都度乗り越えようと。

 

 それがきっと、いつの日か自分のように悪意に苦しむ人を救うことになるから。

 

 そう思い、無理に考えることをしなかった。

 

 「いやなに。脅かすつもりは無い。お前さんは、いい子だ。……だが、『悪意は反転』するのだろう?…それはつまり、逆もあるんじゃないかってな。」

 

 不敵に笑い、怪しく瞳を煌めかせる。不気味だ。

 

 「な、なにか知ってるんですか?」

 

 優は堪らず声を震わせる。

 

 紅葉はソラの前世のことについても知っていた。

 

 いつも気怠そうなのに、たまにこういった掴めない様子を見せる。

 

 読めない、分からない。

 

 なによりも怖いことは『知らないこと』であろう。

 

 知っていれば身構えや対策が出来るかもしれない。

 

 だが、今ここに至っては知らない恐怖が優に振りかかろうとしている。

 

 そんな気がしてならない。

 

 「考えることの放棄は、進まないことと同義だ。掴みかけている答えがあるなら、もう一度、振り返るといい。」

 

 「……意地悪」

 

 肩をそっと、紅葉は叩く。

 

 優は腑に落ちない顔で頬をふくらませる。安心させるためか、見極めるためか紅葉は空気を一変させる。

 

 これ以上知ることは出来ない。ただの脅しのようなものだったのだろうか。優は納得のいかない顔をする。

 

 「はぁ。誰かに言われたことよりも、自分で知った方がいいだろう?……まあいい。……お前がいつも溜め込んでいる悪意はどこに消えているんだろうな?」

 

 呆れたのか、観念したのか、優の不貞腐れた顔を見て呆れたように一言添える。

 

 「え?」と優は零すことしか出来なかった。

 

 「おーい?メシだぞ?」

 

 呆けた顔して、ハジメが呼びに来る。

 

 進んでいるようで悩み続ける優。

 

 悩んだ挙句答えを得たハジメ。

 

 2人は今日も互いに進みながらも噛み合っていないのかもしれない。

 

 「あ、はーい!」

 

 優は切り替えるように頭を振り、紅葉の手を引きリビングへと向かうのであった。

 

 そう、分からなくたって、世界は回る。

 

 いずれ迎える結末もあれぱ、切り開く未来もある。

 

 怖いという感情が立ち塞がるのなら、乗り越えるために自分なりに進めばいい。

 

 優は瞳に決意を宿し、翻弄される運命に立ち向かうことを心に誓うのであった。

 

 「でも、まずはご飯!ね?紅葉さん!」

 

 「……お前は真っ直ぐでいいな。」

 

 優は表情を一変させ、微笑む。

 

 どんな困難や悪意が来たって『真城優』は変わらないだろう。そう思わせてくれる。紅葉もそう思っているから、導くことはしても答えは与えない。

 

 きっと、それが彼女のためになるからだ。

 ーーーーーー。

 

 私は生まれた時は普通の女の子だった。

 

 今みたいに特殊な力もなければ、見えたり、聞こえたりもしない。

 

 世界は周りと相違なかった。

 

 きっかけはあの日だろう。

 

 人の悪意や自分の中の恐怖に飲み込まれた時だ。

 

 死を経験した日。そう表現してもいいと思う。

 

 家族で旅行中の時のことだ。

 

 お父さんは仕事を立ち上げたばかりで、休みがなかった。

 

 ようやくまとまった休みが取れ、気晴らしに旅行に行こうとお母さんが提案した。

 

 お父さんは一流企業に勤めていたが、間違いや世の中の理不尽を嫌う。

 

 そんな性格だからか自分で仕事を立ち上げた。

 

 お母さんもそんなお父さんのことが好きで、支え続けていた。

 

 私はあまり、親に構って貰えなかったけど、そんな誇りを持って生きているふたりが好きだった。

 

 なにより、とても大切に愛してくれた。

 

 かっこよくて、素敵な両親。

 

 家族での久しぶりの旅行。

 

 最高の一日になるはずだった。

 

 ーーーーーー。

 

 「……な、なにこれ?」

 

 体の自由が効かない。

 

 「けほっけほっ!!」

 

 煙が舞い上がっている。意識が遠のいていく。

 

 何が起きたのか分からない。

 

 「おい、やばくねーか?」

 「おおおれは、なんもしてねーぞ!?」

 

 「いや、別に責めてるわけじゃ……はやく救急車呼ばねえと!!!」

 

 「呼ぶわけないだろっ!!俺は、俺は悪くねえ!!!」

 

 「は、はっ!?そしたら俺悪くなるだろーが!!!」

 

 どうして…?

 

 どうして、助けてくれないの?

 

 どうして……?

 

 ーーーーー。

 

 目が覚めた時には病院だった。

 

 隣には黒いスーツを着たお父さんが私の手を握っていた。

 

 聞こえる機械音。

 

 耳から離れない知らない男の人の罵声。

 

 自分勝手で意地汚い人間の本性。

 

 「よかっ……た。お前だけでも……お前だけでも生きてくれて。」

 

 何度もつぶやくお父さんの顔は私の知っている強いお父さんではなかった。

 

 ただ、縋るように祈り奇跡を信じ待ち続けている。

 

 そんな悲しみに満ちた救いを求める顔。

 

 ああ、お母さんは死んでしまったのか。

 

 その時にはもう、私の涙は枯れていた。

 

 ーーーーーー。

 

 「被告人の男達はカーレースを行っていたと主張し……」

 

 数週間後、ひき逃げをした犯人は捕まったらしい。

 

 あの人たちがもっと早くに連絡をしていれば、お母さんは死ななくて済んだのかもしれない。

 

 なぜ、正しく生きようとした人が死ななくてはならないのか。

 

 あの日が頭から離れない。

 

 焦げた煙のような匂い。

 

 動かない体。

 

 意識のない親の後ろ姿。

 

 二度と温かさを取り戻さない冷たい体。

 

 生きる術を失った父親の顔。

 

 吐き気が込み上げてくる。

 

 ーーーーー。

 

 『お金はどうすんでしょうね』

 

 『娘ひとりいたわよね。可哀想。誰が引き取るのかしら。』

 

 『世の中に楯突くから、こういうことになるんだ。』

 

 『あの男に娘を任せたからこうなったんだ。』

 

 私はその日以来。人の悪意が形となって見えたり、聞こえるようになっていた。

 

 神様なんてものがいるなら。

 

 私に何を求めているのだろう。

 

 ーーーーー。

 

 『証明すればいい。力を。見える悪意を消してしまえばいい。そうすれば、世界は美しくなるだろう。』

 

 そんな声が、聞こえた気がした。

 

 私はそのあとどうしたのだろう。

 

 気がついた時には悪意を溜め込むようになっていた。

 

 我慢できずに悪意が見えることを口走ったこともある。

  その度に否定され、気持ち悪がられ、いつしか力を否定していた。

 

 それでも力を受け入れてくれなかったが、お父さんやヒロだけはいつもそばにいてくれた。

 

 お父さんはお母さんが亡くなってから私が生き残ったのは神様のおかげだと何度も口にしていた。

 

 私は何度も、ならお母さんも助けてと。あの犯人たちを殺してと。

 

 強く当たった記憶がある。

 

 それでもお父さんは私を強く抱きしめてくれた。

 

 どれだけ悪意を見ようとしても『守ってやる。オレが育ててやる。』その強い想いだけが伝わってきた。

 

 ヒロもそうだ。『そばにいる。力になる。学校にいる時は僕が優を守るんだ。』そう思い続けてくれた。

 

 辛くても悪意に飲み込まれても私はふたりのおかげで、いつの日か黒い感情と決別していた。

 

 ーーーーーー。

 

 私は優しい思いでここまで生きてきたんだ。

 

 だから周りを恨むんじゃなくて、優しさで世界を変えていこう。

 

 嫌な世界なら自分が変えていけばいい。

 

 恨みで世界を呪えば、それは私が嫌いなそれと同じだ。

 

 そう思えた。

 

 ーーーーー。

 

 優は自室で、目を開く。

 

 「……はあ。『溜め込んだ悪意』はどこへ、か。確かになあ。」

 

 優はベッドの上でポツリと呟く。

 

 過去の記憶を思い起こしてみた。

  能力に目覚めた時の記憶。

 

 あまりいい記憶とは言えないが、優が力に目覚めたきっかけだ。

 

 途中で聞こえた謎の声やあやふやな記憶。

 

 きっとトラウマ的なものが関わっている気がした。

 

 よく乗り越えられたものだと思う。

 

 そばにいてくれる力の強さ、優しさに触れたからだろう。

 

 そして、この寮に来てハジメと出会い、それぞれの事情にも触れてきた。

 

 ヒロもまだ、茨木童子のまま。

 

 ソラの前世も掴めず。

 

 ハジメや茨木童子、紅葉に関わる牛鬼も行方知れず。

 

 天野とユリの件は一度は落ち着いたが、偵察に来た鈴蘭のことも気になる。

 

 また、必死で守ってくれていたカイやモモコのことも。

 

 優の頭の中で色々な事がごちゃごちゃになりそうになる。

 

 刹那、コンコンと部屋をノックする音が聞こえる。

 

 「あ、はーい!あいてますよ!」

 

 悩んでいるのを悟られないように、声を切り替える優。

 

 扉が開かれ、現れたのはハジメである。

 

 「ハジメさん?珍しいですね。どうしました?」

 

 「いや、最近忙しかったろ?ゆっくり話できてなかったなーって思ってよ。……さっきも飯の時浮かない顔してたし。……学校大変なのか?」

 

 ハジメは顔を赤面させながら、心配してみせる。

 

 いつもは陰ながら支えたり、思ったりしているため、このように正直に想いを伝えるのは恥ずかしいのだろう。

 

 優は少し笑いながら、ほっとする。

 

 「じゃあ、せっかくだし。デートでもしましょうよ?気分転換に!」

 

 「は!?は、は、はぁあっ!?デート!!?」


挿絵(By みてみん)

 

 悪戯な笑みを浮かべ、可愛らしく人差し指を唇の前に翳す優。

 

 一本に結われた綺麗な髪の毛が靡き、男性が意識してしまうような仕草を自然と繰り出す。

 

 ハジメは動揺を隠せない。

 

 「悪意とか……どーすんだよ。」

 

 「ハジメさんがいれば、大丈夫でしょ?」

 

 優は微笑みながら、ハジメの腕に抱きつき、小動物のように顔を覗かせる。

 

 「し、仕方ねえな。」

 「やった!」

 

 ハジメは照れながらも優の誘いを受け入れる。

 

 優は嬉しそうに小さくガッツポーズをするのであった。

 

 ーーーー。

 

 今の優は幸せだ。

 

 暗い過去も辛い記憶も乗り越え今ここにいる。

 

 周りも優に希望を与えられ、優しさを与えられるからこそ、彼女に優しくなっていく。

 

 だが、それは表面上の話なのかもしれない。

 

 どこかで『真城優』という人間は一方的な正義を主張する存在に別れたのかもしれない。

 

 そう、優の中にも確かに『悪意』は存在するのだ。

 

 だからこそ、優は記憶の中へと押し殺した過去と向き合うことを決意したのであった。

 

 今の自分なら乗り越えられると信じて。でも今だけはハジメとの時間を過ごそう、そう思いを馳せるのであった。


ーーーーーー。

 

 だが、優はまだ知らない。

 

 自分の記憶の奥底に眠る前世や『もう1人の自分』を。

 

 そしてこの先交錯していくそれぞれの『追憶』を。


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