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#8 それぞれの事情。


 ユリに一泡吹かせることが出来た輝。

 

 彼は百合野家の庭にて、剣の素振りをしている。

 

 「てやっ!!!」

 

 「ユリを倒したってのに、飽きないねえ。」

 

 「倒せてねえ!!……あいつ本気出してなかったんだっ!!クソっ!!」

 

 「はぁ。やれやれ。だが、鈴蘭は褒めてたじゃないか。」

 

 「見たろ?お母さんのあの力。まだだ!負けてる!!!」

 

 呆れながら、縁側で見守る座敷童子。

 

 大量の汗をかきながら、輝は素振りを続ける。

 

 「……先程の大きな音は何かな?座敷?」

 

 「リリ……。ただの姉弟喧嘩。分かってて聞いてるだろ?」

 

 「まあな。」

 

 不意に後ろから声をかけるリリ。

 

 座敷童子はそれに動じることなく、話す。

 

 「そろそろ大地くんが迎えに来る頃じゃない?」

 

 「ああ。だから帰る支度をしろと、輝に言ってるんだがね。」

 

 目を閉じ、疲れたように話す座敷童子。

 

 ここまで、輝が力を欲するのは理由がある。

 

 座敷童子はそれを知っているが故に止めることは出来ない。

 

 ーーーーーー。

 

 『僕がっ!弱いからっ!……だからお姉ちゃんはいなくなったんだ!!!』

 

 『ならば強くなって見返せばいい。』

 

 『つよく……なる?』

 

 『ああ。ユリを超えて、その先にいるジンや鈴蘭を超えて見せればいい。……失いたくないなら、お前がみんなを守るんだ。』

 

 今から4年前。まだ8歳だった輝に希望を与えた。

 

 ユリが家を出てしまったことを自分のせいだと責めて嘆く日々。

 

 それを見兼ねて座敷童子が希望を与えた。

 

 だが、12歳となった今でもその信念は変わらない。

 

 ーーーーーー。

 

 少し悪いことをしたと思う反面、今それを奪ってしまえば輝は希望を失う。

 

 彼なりに折り合いを付けた結果なのだ。

 

 否定する訳には行かない。

 

 実際ユリは輝のことなど考えてはいなかった。

 

 両親の冷徹な様に嫌気がさした、または天野と共にいるための選択だ。

 

 だが、それは輝にとってどれほど残酷だろうか。

 

 だから座敷童子は遠回しに道を示すことしか出来なかった。

 

 輝が強くなり、権力を持てば、ユリは幸福な道を歩める。

 

 それは確かな事だ。

 

 ユリは家を出てしまっているから、自動的に輝に運命は降りかかる。

 

 困った姉弟だ。

 

 「……神は残酷だな。」

 

 ポツリと呟く座敷童子。

 

 彼女も彼ら一族に振りまされる運命だと言うに献身的に一族を支えている。

 

 それもまた運命か。

 ーーーーー。

 

 玄関付近で石を踏み鳴らす音が聞こえ、誰かが来たのだと理解する。

 

 決まっている。大地だ。

 

 「迎えに来ましたよ、お坊ちゃま。」

 

 「あ?ああ。……少し待ってくれ。」

 

 苛立ちが隠せない輝。

 

 実際に強くはなっているが、家を支えられるほど強くはなってない。

 

 ましてやジンや鈴蘭に勝つことなど到底できない。

 

 力のコントロールを出来ていないユリに対しても力比べでは負けている。

 

 何度も試行錯誤し考えた作戦も、圧倒的な力の前ではどうすることも出来なかった。

 

 輝はどうしてもユリを運命から解放してあげたい。

 

 そして、少しでもいいから、弟として接して欲しい。

 

 どこか、淡い期待が輝の奥底にはあった。

 

 背伸びしているが、本音を言えば、ただ姉に構われたいだけなのだ。

 

 周りが彼を大人にしようとする。

 

 きっと姉がよりそうさせているのだろう。

 

 何となくの事情を座敷童子から聞いた大地はゆっくりと輝に近づく。

 

 しゃがみ、視線を合わせ、頭を撫でる。

 

 「なっ!?やめろっ!」

 

 「そんなに急がなくてもいつかは追いつけますよ。」

 

 精一杯の言葉をかける大地。

 

 大地も兄を持ち、置いていかれるような寂しさは経験している。

 

 大地に妖怪や鬼を見通したり、異能の力を使ったり、という才は無い。

 

 突然運命に引き寄せるかのように遠ざかった兄を必死で追いかけた記憶がある。

 

 「お前に何がわかるんだよ!!」

 

 「何も分かりませんよ。でも、今坊っちゃまが無理をなさってるのは分かります。……僕は外で待ってますね。」

 

 再び、輝の頭を優しく撫でると大地は立ち上がり、座敷童子に目で合図する。

 

 さすがは海の弟というところだろうか。

 

 関心したように暖かい目線を送る座敷童子。

 

 「せっかくまた会えたのに……俺はユリに勝てなかった。まだ足りねえんだ。」

 

 刹那。座敷童子は優しく輝を抱きしめる。

 

 妖怪に抱きしめられているというのに、輝の心が満たされていくのがわかる。

 

 「な、なに……してる」

 

 顔を真っ赤に染め上げ、輝は恥ずかしそうに顔を背ける。

 

 「確かに……強くなれとは言ったが。……無理して大人になる必要はないんだぞ?」

 

 「………。帰るぞ。」

 

 「あいよ。」

 

 座敷童子の言葉が響いたのか、認めてくれて分かってくれる人がいるからなのか、輝は満足そうにその場を後にした。

 

 ーーーーー。

 

 ハジメと天野が寮に戻ると、お腹を空かせた四人が項垂れていた。

 

 「おな、お腹すいた」

 

 すっかりハジメ料理の虜になったようで、優は具合悪そうに口に出す。

 

 「ああ、すまなかったな。……簡単に作るとしたらチャーハンか?」

 

 先程とは打って変わって瞳を輝かせる優。

 

 「待ってましたァ!!!」

 

 「中華スープもつけてちょうだい。待たせたんだから。」

 

 偉く上から目線に言うソラ。

 

 鬼を嫌っていてもハジメの料理は好きらしい。文句を言いながらも食べる気満々だ。

 

 「偉そうに。お前には作らねーよ。」

 

 「ぬあっ!?……ごめんなさい、作ってください。」

 「よろしい。」

 

 本当にハジメが帰ってくるのを待っていたようで絶望したように低い声を出すソラ。正直にお願いする。

 

 「ごめんね、2人とも。僕との用事が長引いちゃって。」

 

 天野はにこやかにふたりに謝る。

 

 「そういえば、何し行ってたの?」

 

 ご飯ができると知り、体調を戻した優は質問する。

 

 「修行…的な?あとこれ買ってきたんだよ。」

 

 なにやら袋から物を取り出す天野。

 

 大きめのダンベルとお菓子のような黒い袋に入った商品を見せる。

 

 「ダンベルにプロテイン?マッスル目指すの?天っち」

 

 天野にはえらく砕けて話すソラ。今の姿が人間だからだろうか。あだ名までつけている。

 

 「ほら前に言ったよね。僕は転生した時に力の大半を失ってるって。ハジメと修行していくうちに人間の体だと力を上手く引き出せなくてね。体の許容を超えるみたいで。」

 

 「だから、マッスル?」

 

 「そうだよ。」

 

 「ならハジメさんは?」

 

 「俺か?」

 早速ご飯を炒め始めるハジメ。炒めながら話す。

 

 「俺は鬼の体ではあるからな。パワーはあるさ。ただオレも力は失ってるからな。……天野みたいにテクニカルに動けるようにトレーニングするつもりだ。今までは力でゴリ推してたからな。」

 

 「へえ。……ふふ、でもなんだか、ハジメさん元気になりましたね。」

 

 落ち込んでいた数時間前とは異なり、態度が普段通りなハジメ。

 

 明るく前向きになったハジメを見て嬉しくなったのか優は頬を緩ませる。

 

 

 「……ホントよ、牛鬼に怯えてたさっきより、マシな顔つきをしてんな!」

 

 「全くだぜ。これからはシャキっとしろよ?ハジメ!」

 

 同じように喜んでいたのは橋姫と茨木童子だ。

 

 彼らは誰よりもリーダーであるハジメに、前に進んで欲しかったのだ。

 

 力を失っても強くなればいい。

 

 今のハジメはそれに気がついたようで橋姫と茨木童子は笑顔を見せる。

 

 「そ、そうか?……まあすこし光は見えたかもな。」

 

 「男と男の友情の力ですね!」

 

 「あ〜!2人でなんかやったんですね!?なんです?何したんですか!」

 

 天野とハジメの仲が深まった様子が見受けられる。堪らず、興味津々で聞こうとする優。

 

 「そ、それは内緒だ。」

 

 口が裂けても優のためだ、なんて言えるわけはない。ハジメは照れながらはぐらかしてみせる。

 

 「えぇー。」

 

 悲しそうな優。

 

 笑うみんな。

 

 何はともあれ、寮に明るい空気が流れつつある。

 

 「ま、あんた落ち込むとやりがいないしね。」

 

 ボソッと、ソラも一言添える。過去を聞き、ハジメや鬼たちが絶対悪ではないと知ったからなのか納得してみせる。

 

 「……ありがとう。」

 

 前に進むことを喜んでくれる仲間がいる。それだけで進んでよかったと思えるのだ。ハジメはそっと皆にお礼を言った。

 

 照れた顔をしつつ嬉しそうなハジメを見つめる優。

 

 多くの人に信頼されてる様子にほっこりする。

 

 優も彼に信頼を寄せるひとりなのだ。

 

 重い過去を聞いたあとだからこそ、どうやって前に進んだのか少し気になるが、今はよしとしよう、そう優は思うのであった。

 

 ーーーーー。

 

 ご飯を食べてしばらくたち。

 

 「んで、帰れないけどお前たちどうすんの?」

 

 「あーそれね。モモコとやらと話進めてな。戸籍作ってここ住むことになった。ほれ。」

 

 ヒロの体に入っている茨木童子はいいとしても、この世界に呼び寄せられた橋姫はそういう訳にも行かない。

 

 この世界で生きていくために色々なものが必要だ。都合良く鬼の力で溶け込むことは簡単なのだ。

 

 「まあそうなるよな。」

 

 戸籍抄本を受け取り、中身を見る、ハジメ。

 

 「(タチバナ) 紅葉(モミジ)?偽名か。」

 「当たり前だろ。あんたも偽名でしょ?」

 「まあな。」

 

 「な!俺には!?」

 目を輝かせて、橋姫に聞く茨木童子。

 

 どうしてもと言うから茨木童子の分も念の為作っておいたのだ。

 

 ヒロが意識を戻せば、茨木童子はもしかしたら、体を身につけられるかもしれない。

 

 鬼の体は悪意で形成される。優の力で失った体を作れるかもしれないのだ。

 

 最も、ヒロも悪意を相当持っているため、そのうち体が形成され、分離するかもしれないのだが。

 

 「はいよ、つくったっての。」

 

 「おおおい!!!なんだこれはっ!?」

 

 戸籍抄本を橋姫から受け取った茨木童子は怒号を上げる。

 

 「なんだよ?『茨木 健』って!!適当すぎんだろ!」

 

 「あ、それ。健って書いてタケルって読むから気をつけて」

 

 「だとしても!!もっとかっこいいのつろよ!てかなんだよ!自分はオシャレなのつけて!」

 

 「なによ。作ったんだから文句言うな。じゃあ例えば何よ?考えなさいよ、何とかするから。」

 

 面倒臭がりながらも茨木童子の話を聞こうとする橋姫。長い付き合いだからか仲がいいように見える。

 

 「ふむ、そーだな。『終焉の悪魔』と書いて『ジエンド・デーモン』と読むのはどうだろうか!」

 

 「却下」

 「却下ね」

 「却下だな。」

 

 誇らしげに宣言した厨二病全開な名前にソラ、橋姫、ハジメは即答する。

 

 「なっ!?このかっこよさが分からない……だと!?な、なあ、嬢ちゃんはいいと思うよな!?な!?」

 

 鬼気迫る様子で助けを求める茨木童子。いや、『終焉の悪魔(ジエンド・デーモン)』さん。

 

 「ダサいです!」

 

 笑顔でトドメをさす優。

 

 このあと茨木童子は部屋の隅っこで呟きながら丸くなっていた。

 

 「……なんでだ、ヒロの記憶では……一番カッコイイ名前なのに……ボソホゾボソホゾ」

 

 「はいはーい、部屋で寝てくれ。」

 

 橋姫は茨木童子の首根っこ掴んで、引きずりながら部屋に放り込む。

 

 姉弟のようで、クスッと笑ってしまう優であった。

 ーーーーーー。

 

 「ふぅ。うまいな。」

 

 汗を拭き、プロテインを飲む天野。

 

 「プロテインっておいしーの?」

 

 不思議そうに聞いてくるソラ。

 

 「ああ。まるでプロテインみたいな味だよ。」

 「いや見ればわかるけど……まあいいか。そういえばユリは遅いね。心配じゃない?」

 

 「ん?ああ。確かにそうだね。見てくるよ。」

 

 心配はしているが、滅多なことではユリは危険はないと思っているのか余裕そうだ。信頼している様が垣間見える。

 

 「ん。行ってら」

 

 天野は一度部屋に行き、着替えるとその場を後にする。その様子を見て一言漏らすソラ。

 

 「やっぱお似合いだよな、ユリと、天野。」

 

 「そーだねえ。私的には茨木さんと橋姫さんもお似合いかなと。」

 

 「むえっ!?」

 

 優から告げられた言葉に驚きを隠せずとんでもない声を発する。

 

 「多分、両想いなんじゃないかなあ」

 

 先程の姉弟のようなやり取りを見て、というのもあるが。

 

 茨木童子は普段ハジメの頼れる友として接している。かっこいい一面もあるのだ。にも関わらず、橋姫にはまた違った一面を見せている。

 

 それに橋姫が茨木童子には砕けている様子などからそう思ったかもしれない。

 

 「てててて、ということはヒロちゃんが橋姫のことをっ!?いや、橋姫がヒロちゃんを好きってこと!?」

 

 慌てふためくソラ。理解が追いついていないようだ。こちらもこちらで大変なようだ。

 

 「あ、いや。落ち着いて?」

 

 ヒロのことになると冷静さを欠くソラ。さすがの優も驚きだ。

 

 ヒロのことを想っているような素振りはあったが、まさかここまで混乱するとは。

 

 想いはヒロに届くのだろうか。優は複雑な感情を向けていた。

 

 ーーーーーー。

 

 そんなこんなで雑談していると三つの人影が学生寮に訪れる。

 

 天野、ユリ。

 

 そして鈴蘭だ。

 

 「そちらは?」

 

 「上がっていいかな?……真城優さん。」

 

 目の前に現れたユリそっくりな女性。

 

 白い髪の毛に白い肌。

 

 年齢を感じさせない可愛らしい顔立ち。

 

 そして、圧倒的な霊力の圧。

 

 優は実感する。

 

 ゆっくり自分らしく進もうとしていた運命。

 

 だが、運命というのは待ってくれないらしい。

 

 ユリと天野の申し訳なそうな顔が全てを物語っている。

 

 そうか、今日は審判の時なのだと。

 

 いやでも自覚する。

 

 優は瞳に決意を漲らせ、リビングへと案内する。

 

 ーーーーーーー。

 

 リビングに案内され、椅子に腰かける鈴蘭。

 

 長机にハジメがお茶をだす。

 「どうぞ」と一声かけ、「ありがとう」と一礼する。

 

 少しお茶で喉を潤した後、リビングに集まった寮のメンバーを見やる。

 

 優、ハジメ、ソラ、茨木童子、橋姫、天野、ユリ。

 

 それぞれに事情、紆余曲折を得ての寮入居。

 

 今では少しずつ仲良くなり、打ち解けてきている。

 

 天野やユリも自分たちのことで精一杯だった様子があるが、ユリは優に優しく接したり、力のことについて教えたりしている。

 

 自分と境遇を重ねているからだろうか。

 

 天野も暴走したユリに助言をしたり、ハジメに進む勇気を与えたりとユリはに依存していた頃とは変わりつつある。自らの意思が垣間見えるようになってきた。

 

 「天野とユリがお世話になっております。……母の鈴蘭です。よろしく。」

 

 鈴蘭は微笑むと周りに向けて挨拶する。

 

 柔らかい雰囲気に皆安堵する。

 

 最近召喚された橋姫、ヒロの肉体に取り憑いた茨木童子を見やる。

 

 彼らも悪い鬼という訳ではなかった。

 

 橋姫は乱暴な物言いが目立つが、純粋にハジメを慕っている。

 

 茨木童子とは姉弟みたいな関係を築いており、お互いに支え合っている。

 

 茨木童子はもともと仲間に熱く、ハジメや橋姫に対して昔から思いやりを持って接している。

 

 最近ではソラやヒロ、優のことも気遣い始めている。

 

 「……茨木童子さんは、大坪さんの体に取り憑いてますが、今後のことは考えているの?」

 

 「……。正直な話、ヒロはココロを閉ざしてる。このままオレが無理やり離れるのは簡単だが。……コイツが廃人になってもいいってんなら構わないぜ?」

 

 少し探りを入れ始める鈴蘭。

 

 招かれざる客というのは分かっている。

 

 ここにいる全員を見極める必要が鈴蘭にはあるのだ。

 

 鈴蘭の思惑に気が付いたのか冷静に答える茨木童子。

 

 「それは困るね。でも家にどうやって帰るの?……たしか、厳しい家柄じゃなかった?」

 

 事前をソラと優に向ける。

 

 「確かに、ヒロちゃんのお父さんは怖いけど……」

 

 ソラが不安げな表情を浮かべ優へ視線を移す。

 

 「私たちが何とかします。」

 

 「ボロでないといいね。」

 

 先のことを見透かしたように言う鈴蘭。

 

 やや意地悪な物言いだ。

 

 「お母さん!」

 

 堪らず声を上げるユリ。

 

 母親の意地悪なやり方に物申したいようだ。

 

 興奮した様子のユリを天野が押える。

 

 「……ユリ、落ち着いて。」

 「……うん。」

 

 挑発に乗っては行けない。

 

 そう天野の瞳は訴えかけているような気がしてユリは一度深呼吸する。

 

 「その辺の事情は大丈夫です。琴上さん。僕には大坪ヒロの記憶も共有されています。安心してください。」

 

 まるでヒロが意識を取り戻したかのように自然に話す茨木童子。

 

 きっとヒロならこういうだろう。

 

 その言葉を形として発する。

 

 「へえ。驚いたわね。」

 

 関心する鈴蘭。

 

 「……茨木童子の伝承知りません?モノマネ得意なんですよ。僕。」

 

 誇らしげに語る茨木童子。

 

 味をしめたのかヒロのまま続ける。

 

 「なら、安心。残る問題はひとつね。」

 

 ソラ、ハジメ。そして優の方に視線を戻す鈴蘭。

 

 ユリ、天野、橋姫、茨木童子への用は済んだようだ。

 

 なにか大きなプレッシャーから開放されたような気がして四人はようやく気が緩む。

 

 卓越した霊能者だからか。鈴蘭の瞳はどこまでも見透かしているような気がして、落ち着かないのだ。

 

 「ソラちゃんは、大坪君の件納得しているの?」

 

 ソラに向けて鈴蘭は問いかける。

 

 瞳の奥に捉えられソラは、ゾッとする。

 

 その美しい瞳から目が離せなくなる。

 

 どこまでも透き通っていて、自分の過去、未来をも軽く見通されている気がしてならない。

 

 「……私は鬼のことを嫌ってました。……でも優が言うように『少し見方を変えれば悪意は反転する』のかもしれない。……最近はそう思ってます。……ヒロちゃんのことについてもヒロちゃんが選んだことです。今が溜め続けた悪意の休息期間になればと、思ってます。」

 

 鬼の過去に触れ、ハジメや天野と関わるうちにソラの考え方も変わっていったのかもしれない。

 

 ソラは瞳を逸らさず、鈴蘭に正直に答える。

 

 ソラもソラで大きなものを乗り越えたのかもしれない。

 

 微笑む鈴蘭。

 

 徐々に寮を覆うような霊力の圧が収まっていく。

 

 まるで鈴蘭の精神とリンクしているようだ。

 

 「いい寮になったようね。ハジメ。」

 

 「ええ。いい仲間と巡り会えましたから。」

 

 「過去への後悔は消えたようね。」

 

 晴れやかなハジメの顔、暖かい空気の寮。

 

 運命に翻弄されながらも彼は前に進んでいるようだ。そして紛れもなく彼を進ませたのは優だ。

 

 鈴蘭は最後の一人。

 

 優へと向く。

 

 「さて。仕上げね。……真城優さん、私と戦ってみましょうか。」

 

 鈴蘭はさらっと一言告げると椅子から立ち上がり玄関に向かう。

 

 「え?」

 

 「外に結界張ったから。人にバレる心配はない。存分に戦いましょう?」

 

 ーーーーーー。

 

 外の少し広めの庭に出る。

 

 不思議と結界の中は外の景色を歪ませており、現実離れした世界が作り出されている。

 

 「……行きます。(覚悟は出来てる。私なりに前に進むんだ。)」

 

 困惑しつつも戦場にたつ優。それは勇気をもち、踏み出している証拠だ。

 

 その勇気で幾度となく進んできたのだ。

 

 逃げては行けないと本能で理解している。

 

 いや、逃げることも拒否することも不可能なのかもしれない。

 

 最も、優はこういった場面で背中を向ける人間ではない。

 

 「人柄については寮全体を通して納得いったからね。あとはそれを押し通せるかどうか。……ここで私に勝てないようなら、そこまでの人間ってことよ。」

 

 挑発する鈴蘭。

 

 瞳は本気だ。

 

 「お母さん。……危なくなったらここにいる全員がお母さんに襲い掛かるから。」

 

 本気の鈴蘭に本気のユリ。万が一のことがあれば噛み付くと言わんばかりだ。

 

 優の人柄の良さ、頑張る姿勢にみんな意識を変えられつつある。

 

 この寮になくてはならない存在だ。

 

 特に優が何かをしたという訳では無い。

 

 ただ優の周りにはそれぞれの事情を抱えた少年少女は惹かれるのだ。

 

 優という存在は周りを知らないうちに巻き込んで、気がついたら彼女を応援しているのだ。

 

 それはどこまでも真っ直ぐな彼女を見ているうちに、周りが次々と感化されていくからだ。

 

 「……だからこそ、ひとつ間違えば、あなたは危険なのよ。」

 

 思考をめぐらせ、呟く鈴蘭。

 

 その通りだった。

 

 優が成すことは真っ直ぐで善悪なんて関係なく、力を貸したくなるし、皆優のために行動してしまう傾向にある。

 

 それはつまり、優はひとつでも間違えば、全てが簡単に崩壊するのだ。

 

 言ってしまえば『悪意を宿す少女』と表現しても間違いではない。

 

 「さ。始めるよ。」

 

 鈴蘭は戦闘開始を宣言した。

 

 ーーーーーー。

 

 前方に手を翳し、優目掛けて力を解放する鈴蘭。

 

 最初から本気だ。

 

 並の霊能者では対処出来ないような超高密度の霊力を解き放つ。

 

 大きな黒いエネルギーはゆっくりと反転しながら、優目掛けて飛んでいく。

 

 とてつもなく巨大で避けることなんてできない。

 

 優は覚悟を決める。

 

 きっとこれは試練だ。

 

 今までのことを思い出し、優は巨大なチカラに立ち向かう。

 

 優は走り出し、真っ直ぐにエネルギー目掛けて突っ込む。思いも考えも全てを超えて。

 

 先に身体が動いていた。

 

 ーーーーーー。

 

 

 時間が緩やかに進んでいく。

 

 己の中の答えを行動に変えた。

 

 ならば、次は形にする番だ。

 

 走馬灯のように優の中をこれまでの信念や考え、過去に芽生えた感情が言葉となって過ぎ去っていく。

 

 『わかった気になるのは、良くないのかなって。私に見えるのは、悪意だけだから』

 

 『私、人の心に興味があるんです。』

 

 『悪意だけじゃなくて善意とか人のココロの動き方みたいなものをちゃんと学びたいんです!』

 

 『心を闇に囚われている人や辛い思いをしている人を助けられるようになりたいと思ってます』

 

 『運命に翻弄されるのは、もう終わり。これからは自分自身で幸せになる。』

 

 『誰も悲しませず、巻き込まない、強い力を手に入れてみせる』


 『悪意と向き合うこと』

 

 『悪意を受け入れること』

 

 思い出される光景、景色。

 

 自分はどうしたいのか。なにが正解なのか。何が悪で、何が正義か。

 

 「迷いなんて、ない!!答えは決まってる!!!」

 

 力のあり方も道も。間違う恐怖も。全てが優に意味を与える。

 

 それが優を進ませる力となる。

 

 真城優はそういう人間だ。

 

 優は答えを見つける。

 

 その答えは優の中に眠っていたいくつもの想いが形となった瞬間だった。

 

 そう、優の中で『信念』が生まれたのだ。

 

 巨大な霊力の塊をその身に受け、強く決意する。

 

 「私はっ!悪意を受け入れも向き合うこともしないっ!!……『私は悪意を乗り越える!!!』」

 

 眩い閃光が解き放たれ、優の中へと悪意が飲み込まれていく。

 

 「なっ!?」

 

 驚愕する鈴蘭。

 

 だが、同時に笑みがこぼれていた。

 

 「そう……。悪意をその身に宿し、善意で進む。……それがあなたのあり方なのね。」

 

 目の前に走ってくる優。

 

 瞳はどこまでも真っ直ぐでいつも彼女なりの答えを見つけていく。

 

 これはもう負けを認めるしかない。

 

 鈴蘭は微笑んでいた。

 

 優は思いっきり鈴蘭に抱きついてみせる。

 

 「はぁはぁ。……どうですか、合格ですか?」

 

 「……合格よ。」

 

 それは、鈴蘭の負けを意味し、同時に全員が笑みを零した瞬間だった。

 

 ーーーーー。

 

 「最後にひとつ。あなたは間違うことが怖くないの?」

 

 鈴蘭は背を向けて、優に問う。

 

 「怖いですよ。でも、私には友達がいますから。」

 

 満開の笑みで答える優。

 

 これ以上何かを聞くのは無粋だろう。

 

 鈴蘭は「それもそうね」と納得したようにその場を去る。だが、立ち止まり、振り返りながら笑顔になる。


「ユリのことよろしくね。優ちゃん。……皆さんも仲良くしてあげて。この子、色々不器用だから。……天野もいつもありがとうね。」


「お母さん!!」


ずっと底が見えない鈴蘭であったが、ユリに対する表情は母親そのものであった。ユリは照れくそうにしていた。天野は優しく微笑み、そこにいた人たちも自然と笑顔がこぼれていた。


ーーーーーー。

 

 「(悪意を宿し、善意をもつ少女……ね。まさしく、『陰陽師』に相応しい)」

 

 1人になり、思考を巡らせる鈴蘭。

 

 ただ単に悪意を引き寄せるだけの少女ではなかった。

 

 そう確信し、鈴蘭は彼女に力を貸すことを誓うのであった。

 

「はああ。こういう立ち回りばっかりね。……でも、期待してるよ、優ちゃん。」


鈴蘭はほんの少し、本音を漏らしながらも、優に未来を託すのであった。

 ーーーーーーー。

 

 そして月日は流れ、優は大学に通い忙しく日々を過ごす。

 

 まだ、なにもわからない。

 

 でも今優が進んでいる道は確かだ。

 

 そして。

 

 この学生寮での生活は幸せそのものと言える。

 

 扉を開け、優は「ただいまー!」といつもようににこやかに言う。

 

 賑やかな寮生活。

 

 築かれていく縁。

 

 結ばれていく絆。

 

 きっと、それぞれに事情を抱えて生きている。

 

 この小さな学生寮でもそれは同じだ。

 

 いつか、それぞれの運命は交錯し、各々の事情や過去が明かされるだろう。

 

 だが、ひとまずこの寮生活に幸あれ。

 

 悪意に囚われていた少女、真城優はそんなことを思うのであった。

 

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