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#1 悪意を宿す少女


 真夜中。多くの人々は眠りにつくだろう。

 

 静寂が心地よく、夏の寝苦しい暑さでさえ、ふと夜風を感じれば、心地よい。

 

 だが、ここにいる少女だけは違った。

 

 「ううっ。……うっ!?」

 

 可愛らしく若々しい少女には、似合わない吐き気を催すような声。

 

 彼女はこの静寂を破らんと思い、ひたすらに吐き気を我慢する。

 

 なぜ、彼女はここまで気分を害しているのか?

 

 10代である彼女は、決してお酒を飲んで気持ち悪くなっている訳では無い。

 

 ちょっとした事情があるのだ。

 

 真城(マシロ) (ユウ)

 17歳の高校生。長く伸びた黒髪に、大きな瞳。大人しそうで可愛らしい顔立ち。

 

 だが、そんな愛らしい顔立ちとは別に、どこか強気で人を寄せつけないような雰囲気を醸し出している。

 

 彼女は生まれつき、不運に巻き込まれやすい家系で、母親は既に他界。

 

 父親は先日事故にあい、現在入院中。

 

 生活をするために仕方なく、仲の悪い親戚の家に住まわせてもらっている。

 

 ここまでで、おおよそ、気分が悪くなっても仕方ないことがわかるだろう。

 

 常人であっても、ストレスのかかる毎日のはずだ。

 

 「最悪、すぎる……。誰か『助けて』」

 

 彼女はひたすら、願うことしか出来なかった。

 

 唐突な話だが、彼女には人とは違う能力があった。

 

 人一番不運に巻き込まれやすく、この年齢にして多くの危険を体験してきたからだろうか。

 

 真城優には、『人の悪意をその身に受ける力』を手に入れてしまったのだ。

 

 だいたい能力というのは、持ち主にとって有用なものであるが、この力については酷くデメットしかない。

 

 例えば、仲良くしているクラスメイトが自分に抱く不快な感情なんてものもストレートに伝わってくる。

 

 通学の電車内でも日々の疲れを溜め込む社会人の嫌なストレスもその身に受けてしまう。

 

 そして毎回この時間、人々が寝静まった頃、その身に受けた悪意を物理的に吐き出さなければ、気が狂いそうになるのだ。

 

 別に物理的に吐いたところでなにも変化は起きはしない。

 

 しかし、そうでもしないとやっていけない。なにより、気分が悪くて仕方ないのだ。

 

 彼女は人のストレスによって、精神的に参ってしまっているというのが、正しいだろう。

 

 だから、彼女は願い続けるのだ。

 

 『誰か、この悪意を食べて』と。

 

 その願いはきっと、いつか叶えられるだろう……。

 

 ーーーーーー。

 

 「……あれ、寝てた?」

 

 気持ち悪くなり、無理やり眠ってしまう優は、いつもこんな調子で目を覚ます。

 

 朝の身支度を終え、早々に家を飛び出す。

 

 親戚と顔を合わせたくない。

 

 少しでも早く出て人が少ない時間に学校に行きたい。

 

 そんな考えだ。

 

 何とか通勤ラッシュを乗り越え、学校へと到着する。

 

 気持ち的には余裕がある。

 

 「……朝はまだ大丈夫なんだよね」

 苦笑いしながら、そんなことを呟く。

 

 恐らく、夜になってキャパを超えてしまうのだろう。

 

 そのため、なるべく人の悪意を受けないように優は行動している。

 

 ーーーーー。

 

 「ん?随分早いな、真城。どうした?」

 

 教室につき、ゆっくり過ごしていると、教室の前を通り過ぎた男性教職員『宮ノ森 海』に話しかけられる。

 

 「あぁ。えーっと……。お勉強……的な?」

 

 いつもより少し、早く来すぎてしまったのか、こんなことを想定していなかった優は適当に誤魔化す。

 

 「別に真城は成績悪くないだろう?まあ……いっか。あっ。そうそう、お前いつ進路希望出すんだ?もう待てないぞ?」

 

 何かを察したのか、カイは会話を終わらせ、別の話題を優に振る。

 

 「えーっと。明日…とかに出します。」

 

 「明日……ねえ。土曜だぞ?来るんだな?学校。」

 

 「え、えぇ。」

 

 あからさまに嫌な顔をする優。

 

 学生なら誰でも休みに学校は来たくないものだ。

 

 「悩んでるなら、相談乗ってやるぞ?俺進路担当だし。」

 

 「大企業のお婿さんですもんね。」

 

 バツが悪い優は、カイが嫌う話題を振る。

 

 宮ノ森(ミヤノモリ) (カイ)

 大企業宮ノ森家の婿に入った男だ。

 カリスマ性や新事業の展開など働く女性の憧れ『宮ノ森桃子』をどう口説いたのか。生徒はそういう話題が好きだ。

 

 「それは今関係ない」

 ちょっとイラッときたのか持っていた出席簿で軽く優のアタマを小突く。

 

 「いたっ。」

 

 「明日なら時間作れるから、悩んでるなら来い。……進路以外も聞いてやる。……ストレスとかな。」

 

 さらっとカイは、優が一番聞いて欲しい悩みを引き当てる。

 

 その瞬間違和感が優の中で生まれる。

 

 「(この人、悪意をまるで発してない?)」

 

 通常、どんな人間であれ、悪意となって影が蠢く。

 

 それが今まで見てきた優の分析によるものだ。

 

 だが、彼に至っては悪意そのものを感じない。

 

 まるでコントロールしているかのように。

 

 今まで景色の一部としてか見ていなかったため、気がつくことはなかったのだろう。

 

 興味深い相手に少し、初めての試みをしてみることにする。

 

 「じーっ。」

 カイの事をゆっくり見つめてみる。

 

 今まではその人の悪意をその身に受けてしまうため、人をあまり凝視したことがなかった優。

 

 だが、今回初めて自ら人の悪意を受け入れようと試みる。

 

 ゆっくりと瞳を覗いてみる。

 

 「……ふっ。後悔するなよ?」

 カイは瞳を一度閉じ、ニヤリと笑ってみせる。

 

 刹那。青く煌めく瞳は一変し、赤く染まる。

 

 「っ!?」

 優は凄まじい衝撃を喰らったかのように、尻もちを着く。

 

 瞳の奥に人ならざる悪意を捉え、優の体は震え出す。

 

 ドラゴンだろうか、見たこともないような化け物が脳裏を過ぎる。

 

 その瞳がカイの赤い瞳と酷似しており、見つめていると飲み込まれそうになる。

 

 そして、悪意の記憶を一度に体感させられたかのような怖くて悲しくてどうしようもない感覚に襲われてしまう。

 

 「……おっと、やりすぎたか。大丈夫?……これ以上はやめた方が良さそうだな。悪意を身に受けるその力は、まだコントロール出来てないようだな?」

 

 何もかもを見透かしているぞ、と言わんばかりにカイは瞳を閉じる。

 

 それと同時に悪意による恐怖から優は開放される。

 

 「なに、今の?……どうして、私の力を?」

 

 「さあな。提出物出さない悪い子には教えねーよ。」

 ニコッとカイは微笑む。さっきとは別人かのように瞳は暖かく、優しく手を伸ばされる。

 

 まるで、悪意を感じない。

 

 優はゆっくりと引き上げられ、立ち上がることが出来る。

 

 「……ありがとうこざいます。」

 「……ま、ゆっくり悩め!若人よ!あははっ!」

 頭をポンポンと撫でられ、陽気な様子でカイはその場を後にする。

 

 ひとり取り残された優。

 

 「こ、怖かったぁ。」

 漏れた言葉は、それだけだった。

 

 ーーーー。

 

 「どうだった、オロチ。あの子で間違いないか?」

 

 「ああ。間違いない。彼女だな。異界の門を開き、『彼』を召喚してしまったのは。」

 

 「『彼』だけなら、まだいいんだけどな。他の鬼を呼ばれたら俺達でも対処出来んからな。」

 

 「見守るしかあるまい。我らは前線から離れた。それに彼女の力は、我らにはどうにも出来ん。」

 

 「そうだな。面倒事は天野と幸理(ユリ)に任せるとしよう。」

 

 学校のどこか、薄暗がり。人気がないことをいい事に、カイは『なにか』と会話する。

 

 少し溜息をつき、壁にもたれかかる。

 

 「……明日来るかな。ビビらせすぎたかな。あー。どーしよ。」

 

 頭を抱えるカイ。優を探るためとはいえ、少々悪人っぽさが出てしまったと後悔する。

 

 「何を今更。反省するなら介入しなければいいものを。」

 

 呆れたように『何か』はカイに告げる。だが、不器用でお節介なのは彼の性分である。それを知ってか少し、嬉しそうに問いかける。

 

 「放って置く訳にはいかんだろ?色々迷ってんだよ、あの子。……少し違うかもしれないけど、あの子、昔の『鈴蘭』に似てんだ。力によって、孤立してなきゃいいけど。」

 

 「お前と言うやつは。どこまでもお節介だな。」

 

 カイと『何か』は楽しそうに談笑する。まるで昔を懐かしむように。

 

 元々彼らは、優の言う『悪意』とは程遠い存在なのかもしれない。

 

 いまのカイは生徒のことを心配しているお節介な教師の顔をしていた。

 ーーーーーー。

 

 一人、クラスで孤立しながら学校生活を送る優。

 

 「……進路、ねぇ。」

 溜め息が出る。

 

 この年頃特有の悩みであるが、彼女はそれ以前にお金をあまり持っていない。

 

 父親は社長を務めているが、会社は新事業を立ち上げる度に赤字。

 

 どこの企業でも黒字になることは少ないだろうが、ことある事に父は失敗を重ねる。

 

 いや、失敗と言うより不運が重なりすぎる。

 

 優が小学生ぐらいの頃、一度高級なモデルハウスを売りにしたが、すぐに自殺事件が多発。

 

 立地がかなり良かったことから定期的に入居者が集まったが、なぜか立て続けに自殺を繰り返してしまう。

 

 めげずに、別所に施設を建設。

 

 だが、すぐ、夏にもかかわらず真冬のような局地的な被害に見舞われる。

 

 そんなこんなで今年に入り、交通事故。

 

 幸い怪我は軽かったが、しばらくの入院を余儀なくされ、社名は『いわく付き企業』なんて言われ始めた。

 

 建てたモデルハウスは『呪いの家』呼ばわり。

 

 施設は『極寒廃墟』。

 

 2つの建物は今は野ざらしにされており、誰も手を出そうとはしていない。

 

 度重なる不運。いや、不可解な事件の数々で収入は激減。

 

 おかげで優はバイトに追われる毎日。

 

 とてもじゃないが、未来のことなんて考えている余裕が無い。明日は久しぶりの休みなのに、という気持ちもあるにはあるが。

 

 と、そんなことを考えていると、予鈴がなる。

 

 「では、これで午前の授業は終了だ。各自復習しておけよ。あ、あと真城は進路希望出すようにな。」

 

 「……はーい。」

 少し、しつこいと感じつつ不満げに返事する。

 

 その返事を見て肩を竦めながらカイはその場を後にする。

 

 

 担任で歴史や社会を担当しているカイ。

 

 教師陣の中では群を抜いて若くイケメンだ。

 

 それに世話好きで、女生徒からの人気が強い。

 

 つまり、優は彼に話しかけられるのを良しとしていない。

 

 なぜか。

 

 それは優が強く周りからの悪意を向けられるからだ。

 

 「……はあ。ご飯食べよ。」

 向けられる視線。近づいてくる悪意。

 

 複数名の女生徒が優を取り囲むようにして佇む。

 

 「えっと……なに?」

 少し優はお腹が痛くなるのを感じていた。

 

 別に訳など聞かなくても、彼女たちから溢れ出る悪意をその身に受けてしまう優は、もはや憂鬱だ。

 

 『何この女。ちょっと大人しいからって』

 『彼氏もこいつのこと可愛いとか言ってたな。1回締めるか。』

 

 『真城さんって男子から意外と人気あるのよね、大坪くんも明らかに好意剥き出しだし。』

 

 『先生もこんなやつ構っちゃって。思い上がらないように、忠告が必要よね。』

 

 聞こえてくる悪意の数々。

 目の前にいる少女達は、至って冷静な顔をして、にこやかに微笑む。

 

 「(あー。女子ってこわい。皆さん丸聞こえなんですよ。早く終わらないかな。お腹痛いよ、私。)」

 

 悪意が透けて見えてしまう優は、彼女達が何かを話始める前に大体のことの次第がわかってしまう。

 

 見ての通り、優は男性から割とモテる。可愛らしく大人しい性格。

 

 男子はこういうタイプ好きなのである。

 

 そして、女子はこういうタイプが嫌いなのである。

 

 そして優はそれに加え、悪意が強いところを嫌うため、いわゆる女性の輪の中に入ることは昔からしない。

 

 一度入ったことがあるが、女性陣の腹の探り合い、男の取り合い、心の中での貶す様。

 

 それらを目の当たりにしてから極力避けてしまっている。

 

 「(あー。クラス中のみんなが見てるよ。もっとやれとか言わないでよ。……てか男子、こういう時は盛り上がるよなあ。)」

 

 「真城さんってば、どうしたの?まだなにも言ってないのだけれど?」

 

 「いやあ、さすがにこんな大人数に囲まれたら怖いって」

 

 「あら、ごめんなさい。私たちべつに怖がらせるために来てるわけじゃないのよ?」

 『嫌がらせだよ、ブルブルしちゃって。男の同情買うつもり?』

 

 「……そうですよね。(怖っ。本音と全然違うこと言ってるじゃん!?)」

 怖くて苦笑いすることしか出来ない優。

 

 刹那。

 

 「おい、その辺にしときな。あたしの可愛い優にそれ以上てぇ出すな。」

 突然、ガラガラと、大きな音を立てて、開かれる扉。

 

 現れたのは、優の親友である他クラスの少女、辰早 空。

 

 不思議と彼女が現れた瞬間辺りの悪意は消え去り、優は、ほっとする。

 

 昔からの仲であるソラは、なぜか優が悪意を向けられた時に現れ、その悪意をどこからともなく消し去ってしまう。

 

 優が悪意をその身に宿す存在ならば、ソラはそれを解き放つ存在……なのかもしれない。

 

 「ちっ。……失礼しました。さ、みんな行きましょ。」

 

 あからさまな舌打ちをしたあと、リーダー格の少女が不敵な笑みを浮かべながら去っていく。

 

 それに釣られるようにして周りの女子たちも教室を後にする。

 

 「ほら、屋上行こっ。」

 優しく微笑みかけてくれるソラ。

 先程の強気な言葉ではなく、愛らしく優しい声の響き。

 

 「うんっ!」

 優は安心して、彼女のそばにいれる。

 

 ーーーーー。

 辰早(タツハヤ) (ソラ)

 真城優の親友。

 

 喧嘩早く、よくトラブルを起こす。いわゆるヤンキー系の女子高生だ。髪は明るめの金髪に染め上げており、肩ぐらいの長さでキープしている。スカートは短く、いかにもな、感じである。

 

 ゴリゴリにアクセサリーもつけており、教師陣にいつも注意されている。

 

 だが、そんななりの彼女も、本当は物凄く美人である。

 

 グレているように見える見た目だが、よくよく見ると澄んだ宝石のような切れ長な美しい瞳。

 

 しなやかな美脚。よく手入れされた髪の毛。抜群のスタイル。

 

 街に出れば、こぞって男性陣の視線の的だ。何度か芸能事務所にスカウトされたこともある。

 

 こんなグレていても学年トップクラスの学力の持ち主で、何をやらせても、人並み以上に出来てしまう彼女は、女性陣からも人気があり、よく告白されている。

 

 そんな男女ともにモテモテなソラのそばにいるのはいつも優。

 

 運がいいのか悪いのか。

 

 とにかく、真城優という人間は嫉妬の対象となりやすい。

 

 「あんたさ、いつも絡まれなくても良くない?」

 屋上での昼食。弁当を片手に、ソラはモグモグしながら、優に呆れながら話す。

 

 「わかった気になるのは、良くないのかなって。私に見えるのは、悪意だけだから。」

 

 「そーいうもん?」

 

 「そーいうもん。……ソラとも、それで仲良くなれたんだし。」

 ニコッと微笑んでみせる優。その笑顔は嘘偽りのない眩しい笑顔だった。

 

 「ま、まあな。」

 少し照れた様子で、ソラは嬉しそうに相槌を打つ。

 そうなのだ。外見で判断され、不当な疑惑をかけられたことのあるソラを優は一度助けている。

 

 少し間を開けて、次は優はソラに質問する。

 「ソラってなんでそんなグレてます!……みたいな格好してんの?せっかく美人さんなのに。」

 

 不意に優は疑問に思ったことを口にする。彼女なら、もっと普通に過ごすことも出来るだろうという考えだ。

 

 「ん?あれ言ってなかったっけ?」

 唐突な質問に不意をつかれたのか、瞳をパチパチさせて驚いた、という表情を見せる。

 

 「うん。けっこう付き合い長いけど、聞いたこと無かったなって思って。」

 

 「そっかぁ、勝手に言った気でいたわ〜。……あたし、昔から着物を着た髪の長い男の人の夢を見るんだよ。」

 

 「夢?」

 

 「そうそう、夢。その人なーんでも出来て、男なのにすげえ美形なのよ!周りからすごく信頼されてて。」

 

 「へえ、すごい人なんだね。」

 

 「ああ。とにかく、凄いの。でもな、その人馬鹿みたいに真面目なんだよ。」

 

 「えぇ。別にいいんじゃないの?」

 

 「まあ、そうなのかもしれないけど。いつも夢の終わりにな。……奥さんを他の男の人に奪われちゃうんだ。……そんで、殺しちゃうの2人とも。」

 

 少し間を置きながら、そっと言葉を添えるソラ。彼女にとってこの夢は大きな意味を持つのだろう。

 

 「……。なんだか、悲しいね。」

 茶化したりせず、しっかりと相槌をうつ優。

 

 「だろ?んで、なんでかわからないけど、その夢めっちゃ見んのよ。だから、これはご先祖さまからの警告なんだなって思うようになったわけ。」

 

 「……ふふ、なるほどね。だから自分の気持ちに嘘はつかない。……そんな感じ?」

 

 「そ!分かってんじゃん。あたしはくそ真面目にはならない。我慢もしない。そうやって生きようって思うんだよね。」

 

 「ふふ、付き合い長いもん。分かるよ。すごくソラっぽい。」

 

 2人は顔を見合わせて笑う。

 

 屋上での昼食。

 

 誰にも邪魔をされることなく、2人だけの空間がそこにはある。

 

 今この時だけは、優は幸せな気持ちでいっぱいなのだ。

 

 だから、彼女は思うのだ。

 

 たとえ、周りに妬まれたって、私にとっての親友なんだから。

 

 それでいい。

 

 そして、同時にソラも思う。

 

 優だけが、あたしをちゃんと見てくれる。分かってくれる。

 

 それ以上に隣にいて心地いい。

 

 いつまでもこんな関係が続いて欲しい。

 

 それぞれに特殊な事情はある。だが、友達である彼女たちはお互いにお互いが支えとなっているのだ。

 ーーーーーー。

 

 

 放課後。

 

 「バイトまで、時間あるな。……面会も間に合いそう。」

 

 靴を履き替えながら、優は父親の病院に行くか、悩む。

 

 バイトまでは少し時間がある。

 

 刹那。

 

 優のすぐ後ろを白い髪の綺麗な女性が通る。

 

 あまりの美しいその姿に瞳を奪われる優。

 

 「……かわいい」

 

 不意に漏れてしまう言葉。

 

 こんな生徒この学校にいただろうか。よく見ると優とは違う学校の制服を身にまとっている。どこかのお嬢様学校かのような可愛らしい白を基調とした制服だ。

 

 細く綺麗な曲線を描く体。何よりも美しく夕日に照らされる白色のユリのような髪の毛。

 

 儚く美しく、そして白く透き通った肌。

 

 「ふふ。……貴方が、優。」

 「……え?」

 

 「幸理。行かないと。」

 

 唐突に綺麗な少女に話しかけられる優。しかし、優が言葉を口にする前に少女の隣にいた黒髪の美形な少年によって、止められる。

 

 「……あら。じゃあまたね。……これから頑張ってね。応援してるから。」

 

 白い髪の少女は、優の目の前まで来て瞳を覗き込むと、可愛しく一声かける。

 

 流石の優でさえ、ここまで人に近づかれたことがなく、ましてや想像以上の美人に迫られ、不覚にもドキドキしてしまう。

 

 「あまり、多くの言葉を使ってはなりませんよ。」

 

 「……もう。わかってるよ。」

 

 「あ、え?え?」

 

 「……うちの幸理が失礼を。さ、病院に行くのでしょう?早く行った方がいいですよ。」

 

 優が困惑していると、美少年は一礼し、見透かしたかように言う。

 

 「あっ!そうだった!す、すみません。私行きます!」

 

 そそくさと準備を整え、優は飛び出していく。

 

 「……あれだけの悪意。特別な事情がありそうね。……前世からの繋がりかしら。」

 

 「まったく。今日は、カイさんのところに行くんですよ。」

 

 「はいはい。分かってますよ。……でもこの学校面白いね。まだあと二人いるよ?『悪意の力』を持ってる人!」

 

 「……そりゃあ。カイさんが巡り会うような職場ですからね。」

 

 少年と少女は夕陽が差し込む、学校の中を歩きながら、不敵な笑みを浮かべる。

 

 彼女たちも特殊な運命を背負っているのかもしれない。

 

 ーーーーー。

 

 「……ユリかあ。かわいい子だったなあ。隣にいた男の人もすごい美形だった!」

 

 普段間近で見ることが出来ないような美形2人との遭遇。

 

 だが、ふと優は疑問がよぎる。

 

 「……なんで、名前知ってたんだろう?……というより、病院のこと言っないし……。」

 

 首を傾げる優。

 

 少しだけ、朝の出来事が頭によぎる。

 

 「そういえば、宮ノ森先生も……」

 

 悪意を感じさせず、ドラゴンのような幻覚を見た気がする。

 

 そして優の力を知っていた。

 

 今日は特に変なことが多い。

 

 ただでさえ、『悪意をその身に受ける』なんて、非日常を体感しているのだ。

 

 少しだけ、ある考えが浮かぶ。

 

 「私以外にも、力とかある人いるのかな。」

 

 非日常的なことは起こりうる。

 

 よくよく考えてみれば、父親の会社の件だってそうだ。

 

 自殺事件、極寒。

 

 普通じゃありえない。

 

 悪意が見えるなんて力もある。

 

 それならば、妖怪や悪魔が人知れず悪事を働いていたっておかしくはない。

 

 優には一瞬、そんな考えが浮かぶのであった。

 

 だが、そういったことでひとまとめにされるのがいやで直ぐに否定する。

 

 「そんなわけない!」

 

 彼女は昔強く能力ついて否定されている。

 

 能力や妖怪といった存在は見える、存在する、そうなのかもしれないが、それを認めてしまえば、強く周りから否定されてしまう。

 

 だから彼女は思うのだ。そういったものは私の中だけにあればいい。

 

 私が否定し続けることで、この世界にないということになるんだから。

 

 ーーーーー。

 病院につき、父親の病室へと向かう優。

 

 「……よお。バイトは今日ないのか?」

 

 「あるよ。ちょっと遅いだけ。……久しぶり。お父さん。」

 

 病室に入ると父親は暖かく迎えてくれる。

 

 親戚の家とは違う安心感。

 

 バイトさえなければ、優は毎日だって通うだろう。

 

 父親も嬉しそうな顔を浮かべている。

 

 「学校はどうだ?楽しくやれてるか?」

 

 「まあまあかな。……お父さんは?」

 学校は正直いって、うまくはいっていない。

 話題を避けたいのか、優は父親に話を振る。

 

 「まあ、軽く動いたりは始まったよ。大したことないとはいえ、ずっと寝てると動かなくなるもんだな。20分ぐらい軽く動いてもうダウンだ。ははは。」

 

 楽しそうに話す父。個室のため、話し相手が居ないのか嬉しそうに病院生活について話してくれる。

 

 しばらく、他愛もない話を続ける。

 

 「あっ。そうだ。そろそろ進路の時期だろう?なにか決めているのか?」

 

 思い出したかのように、父親は言うと、優に問いかける。

 

 「え、普通に就職するよ……。特に何も無いし。」

 

 「……まあ、お前ならそう言うと思ったよ。……いいか。確かにうちに金はないが。娘のやりたいことぐらいはさせてやれんだぞ?心配するな。何とかしてみせるから。……俺に構わず、やりたいことをすればいい。あるんだろ?」

 

 さすが、父親と言ったところだろうか。優の気持ちを読み取り、ゆっくりと想いを伝える。

 

 「でも。」

 それでも後ろめたさがあるのか、考えを口にできない優。

 

 「あー。そうだな。あんま、言いたくないし、お前こういう話嫌いだから、あれだけど。」

 ふと父親は言いづらそうに、頭をかきながら最終手段を口にする。

 

 「信じてくれないかもしれないが、モデルハウスと施設あったろう?どうやらあの事件はこの土地に住む妖怪の仕業だったらしいんだ。」

 

 「何それ。確かに変な事件だったけど、妖怪って……。あっ!?もしかして、変なビジネスに引っかかったんでしょ!」

 

 「違う違う!!聞いてくれ!お前も知ってるだろう?琴上(キンジョウ)家からお金を支給されたんだよ。」

 

 琴上家。この土地では、昔から民たちを統治する一族で、誰しも土地を借りたり、買う際には彼らに一言言わなければならないというルールがある。

 

 「大地主がどうしてまた?」

 

 「知らないよ。この土地じゃ昔の伝承に妖怪とかの記録が多くある。琴上家は昔から英雄扱いだ。妖怪ともなにか関わりがあるんじゃないのか?」

 

 「なによ、そしたら、あの使えない土地買ってくれたわけ?」

 

 「使えないってお前……。ああ。そうだよ。それも買った金額の3倍でな。」

 

 「さ、3倍!?なんでよ!絶対怪しいじゃない!」

 

 「バカ!お偉いさんだぞ!……とにかくだ。当面、お金は平気だから。ちゃんと進路考えておくんだぞ?」

 

 「私はお父さんが心配だよ。不運続きの家系だよ?そんなに上手くいく?」

 

 「ちゃんと契約書も貰ったし、審査も通ってる。会社経営してんだぞ?そんな簡単に騙されるかよ。」

 

 言いながら、父親に優は髪を乱暴に撫で回される。

 

 「いたっ。いたた!」

 「ほら、バイトだろ?行ってこい!」

 

 ーーーー。

 

 妖怪。悪魔。

 

 そういった話はこの土地では珍しくない話だ。なぜかそういった事件が多発しやすい。

 

 だが、昔から異なるものと近しい優はそういった不可思議を嫌う。

 

 自分の能力も、親友であるソラぐらいにしか話していない。

 

 ただの妖怪の仕業。

 

 そんなことで物事を片付けられるのが、妖怪を目にした事の無い優にとっては不快だった。

 

 自分の力はきっと、ほとんどの人が理解してくれない。

 

 だが、人間は幽霊や妖怪といったものに、事件なんかを押し付けたがる。

 

 小さい頃、周囲の友達や親にも相談したことがあった。

 

 能力についてを。

 

 しかし取り合ってもらえる訳もなく。

 

 いつしか、優は反発するようにそういった考えを否定するようになったのだ。

 

 ーーーーー。

 

 「んで、結局どうすんだ?」

 

 翌日。休日にもかかわらず、学校へ行く優。

 

 昨日は、特殊な人とのかかわりが多かったためか悪意はそこまで溜め込まず、久しぶりにゆっくり眠れた。

 

 そのためか、少し晴れやかな気分でカイと対面する。

 

 妖怪云々は別として、家にお金が入ったことはデカい。

 

 優は実はやりたいことがあったのだ。

 「言うだけ言ってみ?あるんだろ?進路。」

 

 「ええ、まあ。……私、人の心に興味があるんです。昔から人の心に触れてきたもので。……知ってるかもしれませんが、私は人の悪意をその身に受けてしまうから。だから、悪意だけじゃなくて善意とか人のココロの動き方みたいなものをちゃんと学びたいんです!」

 

 優は心の奥底にあった夢を口にする。カイは嬉しそうに頷き、ニコッと微笑む。

 

 「いい夢じゃないか。それなら、最近できた良い大学があるぞ?」

 

 「大学……。まだふわふわしてるのに、行っていいのかな。」

 

 「お金入ったんだろ?気にせず使えよ?相当な金額入ったんだぜ?」

 

 「えぇ!?なんで、知ってるんですか!?」

 

 「昨日俺の力見たろ?……こい、オロチ。」

 

 言うとカイの背後に昨日見たドラゴンのような影が浮かびあがる。

 

 「なっ!?昨日のドラゴン!!」

 

 「ん?ああ。そうか。そう見えんのか。…こいつは、ヤマタノオロチ。どっちかって言えば蛇じゃね?」

 

 「いや、そんなのどうでもいいですよ!!なんですか!それ!!!こんなの見た事ない!」

 

 「悪意が見える割に妖怪や幽霊は信じないのか?」

 

 「だって!こんなの化け物じゃない!!私の力とは全然違う!」

 

 「同じだよ。……妖怪は人の悪意によって生み出される。君が見ている悪意の成れの果てが、妖怪だ。……まあこいつは元々存在していたモノだがな。だが、人の悪意によって我を失ったこともある。」

 

 「そ、そんな。悪意ってそんなに害があるの!?」

 

 「そりゃそうだろ?いつも調子悪くなったりしてんだろ?」

 

 「……。はい。」

 

 「まあ要は、妖怪のことに詳しいのよ。俺は。君の家のモデルハウスや施設についてだって知ってる。それだけの事だよ。そのふたつは特に霊能者や妖怪が多く関わってる。だから迷惑料も込みで支払われてんだ。立地もいいし。まあだから、お詫びなんだよ。そのお金は。」

 

 「……くっ。わ、分かりました。じゃ、その大学教えてください。」

 

 にわかに信じ難い事柄の数々だが、目の前にこんな妖怪を呼び出されては信じるしかあるまい。

 

 いくら、妖怪を嫌う優でも受け入れることしか出来なかった。

 

 そして、どこからほっとしていた。

 

 優が感じていた悪意は本物で、世の中には不思議なのことがあるのだと。

 

 そういう世界が存在していて、自分は異物ではなかった、そう思えたからだ。

 

 ーーーーー。

 

 「ここって。」

 

 数ヶ月後。無事、大学に合格した優は、近くにあるという寮に来ていた。

 寮があるなら、一人暮らしというのもいいのかもしれないと思ったのだ。

 

 「寮が出来たって宮ノ森先生言ってたけど……。」

 

 寮を見に来て数秒、優は目を疑った。溢れ出る悪意の残滓。見た事のある立地。

 

 「……モデルハウスがあったところ。」

 

 強烈な悪意の塊は未だ残っており、見るからに『曰く付きな寮』である。

 

 「買い取られてたって言ってたけど、まさか大学の寮だったなんて。」

 

 「ん?入居希望の方ですか?それとも、見学?」


挿絵(By みてみん)

 

 扉の前であたふたしていると、同い年くらいの少年が顔を覗かせる。

 

 「あ!えっと!近くの大学に入学予定で!それで来てて!」

 

 「あ〜。はいはい。……なら部屋見ていきなよ。」

 

 「え、あ、はい。じゃあ。」

 

 少年は親切に部屋へと招き入れてくれる。

 

 黒髪に赤い瞳。ワイシャツにエプロンと誠実な雰囲気。

 

 正直、優のタイプの男性だった。

 

 鋭い目付きとは裏腹に、ニコッと覗かせる優しい笑顔。

 

 「……あの、あなたは?」

 

 「ん?ああ。自己紹介がまだたったね。……俺は『(サカイ) (ハジメ)』。この寮の管理人みたいな?ご飯とか家事とかもやるよ。」

 

 若く見えるが、どうやら色々スキルは高いらしい。

 

 「あ、そうなんですね。私は『真城優』って言います。」

 

 「……真城優。いい名前ですね。よろしく。」

 

 「……まだ入居希望者いなくてね。申請だけでもしとく?ここ、かなり格安だよ。」

 

 「あ、いえ。パンフレットだけ貰っておきます。」

 

 「そうか。わかった。良い大学生活になるといいね。」

 

 『おい、こいつ、おまえをこの世界に呼び寄せたやつだぞ?』

 

 刹那。少年の背後に黒い塊が姿を現す。

 

 「なっ!?」

少年は『なにか』によって告げられた事実に驚いたからなのか体から悪意を放出してしまう。

 

 今まで見たどんな悪意よりも強大な悪意を少年から感じる優。

 

 「あぁっ!?なに!?」

 

 あまりの強大な悪意の塊に、優は目眩を起こす。瞳を奪われ、その悪意の塊を凝視してしまう。

 

 悪意を強く見つめること、それ即ち、悪意を受け入れるということ。

 

 優は不覚にも、その強大な悪意をその身に受け止め、体が震え出す。

 

 「あぁああああっ!!」

 

 悪意に飲み込まれていく優。

 

 「っ!?しまった?!お、おい!なに悪意吸収してる!?馬鹿なのか!!」


どんどん悪意をその身に受けてしまう優。少年はそれを止めようとする。しかし、さらに深く闇に沈んでいく少女。

 

 少年はその姿をかつての自分と重ね、動かずにはいられなかった。

 

 遠い昔、悪意によって我を失った。そんな古い記憶が少年の脳裏に過ぎる。そこから訪れた最悪の数々。

 

 トラウマがよぎる。

 

 「……くっそ!なんだって言うんだ!悪意に苦しむのは、俺だけでいい!」

 

 少年は優に手を翳すと、解き放たれた悪意を反転させ、自分の方へと引き戻す。

 

 眩い閃光が解き放たれ、悪意は一瞬にして消え去り、ひとつまみの塊に変化する。

 

 そしてそれを飲み込む。

 

 少年は何故か、悪意を凝縮させて食べたのだ。

 

 「ばかか!お前!」

 

 訪れた静寂をかき消すように、少年の罵声が飛ぶ。

 

 「……え?なにが?」


突然の出来事に困惑する優。


 「鬼である俺の悪意を吸い取ろうとしたな!?死ぬ気か!!!」

 

 「……どういう。」

 

 「ばか。ちげーよ。その子は、悪意を集めてしまうんだよ。この子の悪意、元から相当あったろ?」

 

 知らぬ間に扉の前にいた、カイ。腕を組み、誇らしげに解説してくれる。

 

 「そ、そうなんです!私人の悪意を集めちゃうみたいなんです!」

 

 「はあ!?」

 

 爽やかな印象は消え、凄まじい悪意を感じさせる。

 

 「仲良くしてくれよな。これからお前らはここで共同生活をするんだぞ?」

 

 「なっ!?」

 

 「うそ!」

 

 「真城の父さんからな。大学の近くで生活した方がいいってな。」

 

 「ちょ、待ってよ!先生!!」

 

 「なんで、俺がこんな奴と。俺はゴメンだね。」

 

 「なっ!?私だってごめんです!こんな悪意の塊みたいな人!」

 

 「んだと!人の悪意食うとするやつの方がよっぽど危険だわ!」

 

 「はあ!?なんですか!食べたのはあなたでしょ!それに!さっきの爽やかモードはどこいったんですか!ああやって、女の子を入れようとしてたんですね!?ああ、こわいこわい。野獣ですか!」

 

 「だれが、野獣だ!俺はな!鬼なの!誰かに呼ばれてきたの!お前みたいなガキと関わってらんねえわ!」

 

 「なんですか!その設定は!!厨二病ですか!なんですか!」

 

 言い争う2人。

 

 さっきとは打って変わって俺様口調な少年。

 

 珍しく混乱しているのか、怒りを爆発させる少女。

 

 それを呆れながら見つめる教師。

 

 不意に訪れた共同生活。

 

 悪意をその身に宿す少女と謎の少年はその日出会った。

 

 今はぶつかり合う2人。

 

 これから、どうなる事やら。

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