絶望と運命
私はアルナ王女の率いた箒に乗って浮遊する騎士と自らは魔法の馬車に乗って自分が捕虜にされていた場所まで案内をした。
しかし、何度見ても驚くことばかりであふれている。
この世界に魔法という存在が現実にあるということを認識させられる光景。
天高く聳え立つビルに天井の建物の入り口、空を飛ぶ魔法の箒に乗った人々の姿。
自分が乗るこの荷馬車を引く羽のついた馬、俗にいうペガサスの存在。
まるでファンタジー小説の中に迷い込んだみたいな気持ちだけど実際には私はその中の登場人物なんだと理解させられる。
「種村様、あの場所で間違いないのですね」
ぼうっと外の光景を観察していて案内を示して数分。
アルナ王女が前方を示した。
黒い塔のような建物が見えてくる。
そこは地上に入り口が存在したこの世界では珍しい建物だと彼女は言う。
「もしやと思いましたが、あれは闇ギルドですね」
「闇ギルド……敵も言ってましたけどそもそも、それってなんなの?」
「世界で非合法に活動する団体を管理統治し、仕事を斡旋する基地ですね」
「なんでそんな危険な輩が国にいるのよ……」
「そういう人々を取りまとめたり管理しても置くのもこの世界の国益に重要なことなのです。 彼らには悪人や秘密裏に用心を殺害してもらうことで国の利益となる行動を起こしてもらうのもあります。 ですが、彼らは金でしか動かない。ですから、リスクもあります。 今回は我が国にあった闇ギルドの傭兵の反旗といったところでしょう」
未だに私にはこの世界の情勢とかは全くわからないけれども、リスクを抱えてでもそういう悪人を置かなくてはならないというのも必要なことなのだろう。
私のいた世界にも総じて善悪は存在したし、政治家にだって裏で何をしているかわからない人はたくさんいた。
自分の業界だって裏のようなものが存在する。
つまりは彼女が言ってるのはそういう裏の商売を生業にした存在ということを示したのだろう。
「あそこへ、降り立ちなさい」
王女の命令で闇ギルドの施設近くへの地上に降り立っていく荷馬車。
だが、それは叶わないものとなる。
突然とした爆発音と大きな揺れ。
荷馬車内も揺れて御者が地上へと落下した。
おもわず、その光景を荷馬車の窓から見えて私は悲鳴を上げた。
王女は至って冷静に外を見ていた。
戦時の最中といっていたから慣れている状況なのだろうけどタフすぎよ。
王女は指を振るう。
何の動作と疑問に思った直後答えは分かった。
荷馬車の揺れがなくなり、地上へと荷馬車が降り立っていく。
「浮遊魔法でどうにか安全な地点へと着地させましたわ」
「ありがとうございます」
「いえ、種村様にもしものことがあれば最悪ですから」
「それより、何があったの?」
「外をご覧ください」
私は荷馬車から降りて、唖然とした。
自ら乗っていた馬車を守る様にして一緒に飛んでいた騎士たちが地上へと落下したのか血の海と肉片と化した地獄絵図が見えていた。
おもわず、見慣れぬその光景に私は吐いた。
「種村様、大丈夫ですの?!」
「大丈夫なはずないじゃない! これなんなのよ! どうしたらこんな悲惨なことが起こるの!」
彼女はまるで何も感じることがないのか哀れな目も向けず淡々と答えた。
「原因はあれかと」
「は?」
彼女が示したその先には崩壊した闇ギルドの塔が存在した。
「嘘でしょ……」
崩落した闇ギルドを前に私は立ちすくむ。
あの場所にいた彼を救うために私は来たというのに手遅れであった。
また再び私は人を見捨てて助かった。
罪悪感が津波のように押し寄せて、さらに吐き気を催す。
もう、何も出なかった。
ココに来てからは何も食べていない。
そんな食事とかのことなんて考えてる暇はないくらいにあわただしい出来事の連続だ。
異世界へ召喚され、勇者に任命され、変な女につかまり、逃げて、王女へ助けを請うた。
再び戻ってこんな悲惨な光景を目の当たりにする。
そんな余裕のないことがここ数時間で続いたのだ。
精神はもう限界を迎えていた。
「もういや……こんなの嫌よ……」
泣き崩れ、私は膝をついた。
そんな私の肩に誰かの手が置かれた。
「た、種村様?」
王女の手が私の肩に触れていた。
彼女が心配してくれたのかと頼ろうとしたときに見た彼女の顔に私は絶望する。
それは心配じゃない。
不安な顔であった。
泣き崩れた私に彼女もすがろうとしてる。
「な、なによそれ……なんなのよ!」
怒りで立ち上がる。
王女を突き飛ばして、地震が起こった。
おもわず、足がもつれて尻餅をついた。
何事かと前を見ると崩れた塔の瓦礫の山が盛り上がっていく。
何かが飛び出そうとでもしているかの様子。
生き残っていた兵士たちが魔法の箒や杖や剣などを構えて応戦の構えをとった。
「ヴァアアアアアアアッ!」
出てきたのは強大な赤い鱗の化け物。
私はそれを空想の物語でしか見たことがない。
それは――
「なぜ、なぜレッドドラゴンがこんな場所に現れるのですかっ! 全軍、魔法障壁!」
王女の言うようにそこに現れたのはドラゴン。
赤い鱗に赤い体毛を後頭部から生えた赤い竜。
そんな存在を見たのは初めてだった。
何とも強大で雄々しい存在に思わず震えた。
踵を返して彼女たちを置き去りに私はその場から離脱する。
「た、種村様ッ!」
王女の言葉など私は無視してその場から遠くへ遠くへと走る。
そんな私の前に一人の子供が飛び出して私は子供を突き飛ばしてしまった。
「うぅ……」
泣いてしまうと思ったその子供の目を見て私は固まった。
泣くのではない、子供はもう死んだ目をしたように放心していたのだ。
子供の傍を見たらひとりの女性が瓦礫の破片で頭を打ちつけられたのか脳みそをまき散らして死んでいた。
「何これ!」
夢ならば冷めてほしいと思われるそんな光景にもう涙すらわかなくなってくる。
背後では懸命に数十メートルも強大なドラゴンを相手に戦う騎士たちの姿。
あのドラゴンを相手に人がかなうはずもない。
「あのドラゴン……」
ドラゴンを見て一つ気付く。
赤から連想される闇ギルドの中でいた私を捕えた女のこと。
「あのドラゴンがあの女なの……じゃあ、彼は……」
ドラゴンが赤髪の女であるということはあくまで推察論でしかなかった。
だが、十分すぎる要因は出そろっていた。
「私はまた助けられる……」
次第に変な感情がふつふつと湧きたった。
身体から煮えたぎる熱。
静かに私は立ち上がった。
「また逃げるなんて私は馬鹿よ。何のために変わろうとしたのよ私は」
あの時の後悔はしないと決めたのを忘れていた。
私は少女を抱きかかえた。
近くの安全な場所にまで少女をつれていく。
その場所の近くにいた鍛冶屋の店主らしき人が少女を保護してくれた。
「あの、高いところに行きたいんですけど」
私は鍛冶屋の店主にお願いすると彼は店の中に案内をして、私を二階へ上がらせた。
別にあらゆる建物が二階だけに入り口があるわけではなかった。
「なぁ、姉ちゃんや何をするんでい?」
二階の高さにしてはこの世界ならではなのか相当な高さがあった。
私たちがいた世界では学校の屋上くらいの高さはあろうか。
今の私ができうる手段を行使するにはちょうど良かった。
私はあることを思った。
ドラゴンをみて、ファンタジー小説を連想した時に、ファンタジーならではな世界観によくあるご都合主義という設定。
「彼がもしも、この世界に呼ばれた勇者ならそんな簡単にやられるはずはないわよね」
勇者は簡単に死ぬことはない。
もしかすれば、そんな勇者に選ばれて呼ばれた彼ならば瓦礫の山の中で生きているのではないかと。
瓦礫の山でもしも生きて気絶しているだけの彼がいると想定するならば。
「それを呼び起こせる方法は一つしかない」
彼の服装を見た時から私、本条雪菜には気づいていたことがある。
彼が私のアイドルとしてのファンだということに。
その私はアイドル声優だ。
声や歌でみんなを勇気づけることだってできる。
そんな彼を勇気づけることだってきっとできて、ご都合主義な設定を信じる。
「もしも、これが夢でもなく現実だとしてもそんな都合のいい設定を信じてみたいのよ」
私はみんなの勇気を与えるために歌いだした。
*******
この国の人々の視線が私へと注目が集まっているのを肌身で感じ取れた。
見てくれていることに高揚する。
ある時期から、私は声を歌を届けてみんなが楽しそうにする笑顔が好きになっていた。
最初の頃、声優と仕事に明け暮れて闇の営業で圧力を上から掛けられた時に絶望した。
あの事件が起こった。
そんな時に私は一人の男の人に救われた。
その時の救ってくれた男性の服装は馬鹿らしいほどにも笑ってしまう。
だって、私の演じたキャラの衣服を着込んでいてあまりにもダサイという表現が正しかった。
だけど、私は笑顔と勇気をもらえてアイドル声優としての道を大きく開けていった。
歌唱力に目覚め、みんなへと歌を届けることが自分の力にもなっていたあの時の高揚感。
そんなときに私は好きになった。
今、まさに歌へ目覚めた時の初心の気持ちになっている。
「ぐぉおおおおお」
目の前で騎士たちが退治しようとしている元はジルという女の姿をしていた赤いドラゴンがもだえ苦しんでいる。
まるで、自分の歌に反応しているのか。
周囲の人たちからはまるで光のオーラが放出されていた。
(何これ……。 私の歌が引き起こしているの?)
人々の目は私に奇異の目だったけれども、それは良い方向での視線。
敵のドラゴンに対しては苦しみを与える。
誰かが言った。
「女神様だ……」
笑ってしまうくらいの言葉。
女神なんて不釣り合いすぎる大きな名称。
私はサビに強調性をつける。
(どうにか彼に歌が届いて)
本来の目的はまだ達成できなかった。
どんなに歌を頑張っても彼が出てくることはない。
声に張りを利かせてさらにみんなへと熱い歌を届けていく。
だが、その行為が赤いドラゴンに火種をつけた。
赤いドラゴンがこちらを向いて大きな尻尾を振るいだしたのだ。
「っ!」
声も一瞬止まりかける。
その時、奇跡は起こった。
瓦礫の山からあふれ出してくる発光。
光の奔流の柱が天を突き破った。
それはまるで生き物のように動いて背後からレッドドラゴンを襲撃した。
「ギャァアアアアアアアィ!」
レッドドラゴンがうつ伏せに倒れていく。
そのドラゴンの背中へ一人の青年の姿があった。
「おいおい、ライブ中のマナーが悪いのはいけないな。ジルさんよ」
私は届いたと確信をもって涙を流しながら歌をつづけた。