ギルド作戦
昨日の騒動で一波乱があったけれども、明朝の俺は何事もなかったかのようにジルを引き連れて街中を歩いていた。
「今日は何も起こすなよ」
「だぁからぁ、言ってんだろう。アタシは何もしてねぇってな。それよりも、この親子も同伴とは聞いてねぇぞ」
ジルの後ろには二人の親子がいた。
例の鍛冶屋の親子だ。彼らの手には大きな籠がある。
「せっかく仕事を依頼したんだからこの人たちも楽しんでもらいたいんだ」
「はっ、優しいこったなぁ」
「それにおっさんにはライブを見てもらって今後の作戦の道具を作ってもらいたいしな」
「何をしようがアタシはアンタの奴隷さ。おもちゃのように扱われるだけでゾクゾクすんぜ」
「……それより、ここでいいんだな?」
俺は街中にある大きな建物に来ていた。
そこの建物の看板は頭上高くに掲げているが『ギルド』と書いてあるのが見えた。
「ああ、ここさ。それでアタシらはどうするってんだ?」
建物前で待ってると頭上から箒に二人乗りした女性が降り立ってきた。
「おまたせしました。ギルド長に話をしてきて扉を開けてもらってます。裏手には雪菜様とあなたがご用意したものを置いてあります」
「わざわざありがとうございますミレイさん。あとはジルやユカリさんとおじさんらと一緒に中で待っていてもらっていいでしょうか?」
「わかりました」
ミレイさんが中に入っていく。
つづけておじさんやユカリさんが入っていく。
ジルが続けて入っていく前に引き止めた。
「ちょっと待て」
「なんだよ」
「ジルはこの街中にいる魔王と繋がりある傭兵を少なからず知っている。そうだな?」
「なんだよ突然に。まぁ、知ってんぜ」
「そこでだ。今からある物を俺はこの場所で支給して冒険者と傭兵をそのブツで魅了させていく。その際に魔王の配下となる傭兵はその事実を伝えるために動くはずだ」
「あー、なるほど読めたぜ。その傭兵をアタシに潰せっていうのかい」
「いいや、違う。潰すんじゃない。情報をかく乱する役割をお願いしたい」
「あ?」
「その傭兵を追跡して、偽の情報を伝えるんだ。『アタシは勇者の仲間になった振りをして出てきた。今はこの未知の事業の裏の情報があると』」
「へぇー、そんな言葉だけでうまくいくのかい?」
「うまくはいかない。だから続けてこういうんだ『他の勇者も他国でこの事業を起こす計画にあるぞ』ってな。それとこれを魔王の傘下とあった時に読むんだ」
「それは良いけど、その事が今後なぁになるってんだ?」
「魔王の情報の入手と時間を稼ぐ」
「なんだぞれ?」
「まだ雪菜さんのライブ事業をするためには膨大な時間が必要なんだ!」
「そんな力説されてもアタシには何のことかさっぱりだぜ」
「とにかくだ。お前は今から中でそのブツについては何も知らなかった振る舞いをしろ」
「つまりはスパイ活動みたいなもんか」
「ああ。あと有効ならそのまま魔王の傘下の傭兵に暫く貼りつくんだ」
「んだよ。そのままアタシが音信不通になるかもしれねぇぜ」
「魔法の効果はだいぶ知っている。もしも、そうなったら容赦なく殺す」
「アハハハッ、いいぜ。ぞくぞくする」
「あの、早いところ来てください」
ミレイさんがしびれを切らしたように声をかけてくる。
本作戦のためにわざわざ牢屋から出した傭兵をギルド内にミレイさんと共に侵入させる。
「本当にわかってんのか。とりあえずは大丈夫か」
突然として影が差して頭上を見上げれば雪菜さんが箒に乗って降りてきていた。
「魔法扱えるようになったのか?」
「この世界の私の能力ってところなのかわからないけどそうみたい」
「やっぱりさすがとしかいえないな」
「それより、いつ始めるの? 来るの遅いけど」
「あ、今から行くところでした。すみません」
「敬語」
「すまない」
彼女が箒に跨って後ろを示す。
「え」
「乗って。運ぶから」
「で、でも」
「関係者入り口は上からしかないの」
ドギマギとしながら彼女を後ろから抱きしめ、俺はそのまま運んでもらった。
これから始めようとしている作戦なんか忘れてしまいそうなほどに今はこの幸福のひと時を味わいたいと考えていた。
******
多くの集まったお客さんたちをカウンター席の裏の陰から眺めながら俺はその裏の厨房で作り置いたある飲み物をジョッキに用意しておく。
本来はグラスのようなものに注ぎ入れたりするのが定番なのだが少々入手したり作るのが困難だった故に今は仕方なくこれでいくしかない。
「さて、先人の段取りは任せましたよ。ミレイさん」
さっそく、裏手からにぎやかな声が聞こえてくる。
「おいおい、マジか。その話ぃ」
「本当の話です。今日はここであの町一番の美女の歌というものが聞けるんです。しかも、この冒険者ギルドで」
「なんで、そんなことするんだぁ?」
「なんでも、今日は冒険者様が日ごろの苦労をねぎらうとともに歌を聞きたいのであれば、ある手伝いを約束するならばもう一度この場所で週1ではございますが定期的に歌を届けるという話があるそうです」
段取りの通りにミレイさんとジルが普通の客を装い噂話のような会話を始めた。
それに聞き耳を立てていたかのように食いつく客が近づいた。
「おい、その話俺にも詳しく聞かせな」
「あ、俺にもだ! どこのどっから得た情報なんだよ」
ぞくぞくと食いついてくる客たち。
「まあまあ、落ち着いてください。情報の出どころは秘密ですが、情報は確かです。ですよね、マスター」
今日のためにこのギルドのマスターとも話を通し済みでギルドマスターは頷いた。
その反応に冒険者たちがはしゃぎだす。
「だけど、皆さん重要なのはここからです。なんでも、協力をしなければ今後はこの場所に現れなくもなります。さらに、冒険者様たちだけにこのことは用意されておりさらにはあるとっておきの物が用意されるそうです」
「なんだそれ?」
「俺たち冒険者だけにか?」
「そうです、つまり今冒険者として街の復興支援を行うと約束をし、それを見事に国へと知らしめたり勇者様の目に留まれば勇者様は冒険者たちにねぎらいをくれるということです」
その言葉に周囲がなんだか釈然としない気持ちを抱き始める。
「ちょっと、上からすぎねぇか」
「第一、たしかにあの歌って奴は魅力的だし、俺らもいつも遠くから聞いてる。だけど、例のカレースープを俺らに与えない勇者と国のために俺らがどうして下にみられないとならない? だいたい、この国のために命を張ってるのは騎士だけでなく俺らもだ」
一人の冒険者の言葉に他も便乗した。
その言葉を遮る様にジルが笑う。
「てめぇらは馬鹿だな。あの歌を遠くから聞いているんじゃわからねぇ効力ってやつがあるのかもだぜ。第一、あの歌を近くで聞いた騎士や民草がどうなったか覚えてねぇのかよ」
「あ、そういえば、なんか急に元気になった奴が多かったな!」
「そうだそうだ。カレースープとかってやつもエネルギーをもらえるとか」
「そうだぜ。いくら下に見られようと勇者の効果をただ手伝うのを見せればそれだけで恩恵がもらえるなら安いじゃねぇか」
ジルの言葉にそそのかされたように周囲が活気だった。
「そんで、マスターその勇者とやらはいつ出てくんだ?」
マスターは口笛を吹いた。
俺はバーテンダーのような恰好ではなく、普段通りの痛いシャツのライブ装備一式のような恰好で登場し、俺に伴って後ろから雪菜が登場する。
「あなた、その格好でやるの?」
「ここは冒険者たち、つまりは荒くれ集団ばかりなのでかなり激しめの応援でもいいと思って」
「私のステージそれで盛り上げること本当にできる?」
「大丈夫です」
マスターに頼み、二階席の室内デッキを借りる。
二階のほうでわざわざ、設ける彼女のステージポジション。
1階に集まる冒険者たちの目は彼女に集中する。
2階にさっそうとおじさんもある機材をもって上って来てくれた。
「ありがとうございます。さっそく、起動にお願いします」
「了解した。おい、そこの奴ちょっと手伝ってくれんか!」
「あ? んだよ」
おじさんに指名されて言われたのはジル。
ジルは二階に上ってきて昨日に操作を覚えたばかりの照明器具を操り始めた。
ライトアップされる雪菜さん。
俺は1階に降りて冒険者たちへ告げる。
「よう! 冒険者ども! 今日はお前たちがいつもありがとうの気持ちを込めて色々と用意してきた! これはおまえらと俺たち勇者の秘密の会合だ! だから、今日これから行われるイベントはくれぐれも公害はしては駄目だ! いいな! そして、これから始まるイベントはすべて俺の動きを真似てくれ! じゃあ、種村雪菜のライブコンサート開始だ!」
******
計画の通りに開始をしたライブは大盛況だった。
種村雪菜の歌に合わせて俺はペンライトを振るう。それらに合わせて全員が事前に作っていたペンライトをもって自分に合わせて振ってくれていた。
サビの場所では激しく俺はペンライトを振るい盛り上げる。
ギルドに心地の良い一体感が生まれた瞬間だった。
ジルは曲に合わせ照明器具を使い色を変えたり、彼女をうまく照らし演出を表現した。
大体の曲が終演に近づいてみんなが疲労した顔をしながらも笑顔を見せていた。
「なんだか、とんでもなく興奮したぞ」
「こんなに体が熱くなるのは何年ぶりだ」
生気のなかった顔つきをしていた冒険者たちに活気があふれていく。
俺はすかさずその様子を見た後にこの高揚感を与えた立役者へと手を差し出した。
「お疲れさま」
まるでお姫様を出迎える王子のごとく手をだして彼女を舞台上の二階から1階へ降ろす。
俺は彼女を連れて下に降りていくとバーカウンターの奥へと行く。
バーカウンターの奥はちょうど、キッチンとかある料理場。
その隅っこに大きな箱が3ケース存在した。
その箱を開ける。
そこには紫色の液体入りのボトルが何百本も収納されている。
それは用意していたもので、1本を引っ張り出す。
「それって……」
「まぁ、ライブの後って言ったら打ち上げってやつかな。そのためにこれは作っておいたから」
グラスっぽい容器の中にとぼとぼと注ぐ紫色の液体。
俺は一口飲んで、口の中に渋さと甘さが満ちるような独特な味わいが口の中で風味を広げていく。
かすかに来るアルコール成分。
「まぁまぁかな」
横から妙な視線を感じて俺はそちらを見れば喉を鳴らす雪菜の姿があった。
「試しに飲んでみる?」
「べ、別に飲みたいなんて言ってないわよ」
「いえ、あくまで皆さんに提供するものなんで。できるなら、飲んでくれると助かるけど」
「それなら、少しだけ」
彼女は一口飲む前に香りを楽しむように鼻を近づけて顔を顰めた。
「あまりいい香りとは言えないわね」
「まぁ、即席で作ったものですから」
彼女はそういうと容器をくるっと回して口先に液体を触れて嚥下する。
「まぁまぁね。でも、あそこの人にこの味を知らせるなら無難じゃない?」
「そう言ってくれると助かる。さてと」
俺はさっそくギルドの受付であるカウンターのマスターを呼んだ。
「コイツは?」
「ワインってやつです。さっそく一つどうですか?」
「わいん? 聞いたこともないが」
マスターは一口飲むと顔を顰めたが、さすがは大人。
顔をほころばせながら言葉を零す。
「面白い味だ。なんとも独特だが何か東の山地にあるようなしょっぱいものが欲しくなるような感じだ」
「口にあったようでよかったです。さっそくですが、今からコイツを冒険者たちに提供します。協力できますか?」
「最初からそこは了承しておる。君たちにはこの町を救ってもらった恩義があるからな」
「ありがとうございます。じゃあ、まずはさっそくカウンターに座っている協力者からお願いします」
「わかった」
マスターはさっそくボトルの中身を手際よく容器の中に注ぎ、それらをカウンター席に座っている、俺らの協力者のミレイさんと鍛冶屋の親子にジルの元へもっていった。
俺は裏手から顔をのぞかせながらミレイさんと目配せをして頷く。
「コイツはなんですか?」
「勇者様からの例の提供物です」
「これがそうだっていうのですか!」
隣にいたジルが便乗するようにそれを一口飲んだ。
「ハハァ! こいつぁ、面白れぇ味だ! なんだか気分が高まるねぇ! さすがは勇者の作った代物だってやつかぁ!」
つづけて鍛冶屋の親子も飲んだ。娘の方も成人しているので問題なく酒は飲める年齢だ。親子そろってその未知の味に歓喜したように珍しく声を発する。
「これ好き」
「これは確かに東の産地の物が口に欲しくなって仕方ない」
ついにはそこへと他の客が乗ってくる。
「おいおい、そこのひとたちだけずりぃぞ! 俺たちにもくれよマスター!」
「ええ、勇者様がぜひとも皆様に用意したものですからお配りします。お待ちください」
全員に随時配っていき各々が俺の自家製のワインに上機嫌な評価をしていく。
高揚のあった効果は上々でまた飲みたいという人たちが続出する。
「おい、お前ら。どうやら口にして気分良いみたいだな! 口にあって何よりだ。だけど、コイツももっと飲みてぇって思うならまずは約束が先だ!」
俺の言葉に全員がしかめっ面をする。
「約束ってぇのはあれか、勇者様。例のお手伝いってやつかよ」
合図をあわせたようにジルが威圧的態度の発言をとる。
これも計画のウチ。
「その通りだ。これを今後もこの時間この場所限定でライブとこのワインは提供する予定でもいる。だけど、その手伝いが無ければしない。どうだ? 悪い話じゃないんじゃないか」
その言葉に全員が渋った顔もしながらもジルは先導をとる。
「わりぃ話じゃないな。しかも、特じゃないか。おもしれぇ、いいぜ。アタシは乗った!」
すると、徐々にギルドにいる冒険者らが乗り始めた。
「手伝いだけならアタシらにだってできるしなぁ。第一、食料調達だってしたっていいぜ」
ジルの言葉に他の冒険者もやる気を口にした。
「ありがとう! じゃあ、みんなにさらにワインを提供しよう! だけど、コイツはあくまで毒にもなる代物だ。だから、気分が悪くなることもある。その場合は飲むのを注意しろ」
「おいおい、毒って怖いじゃねぇの」
「そうだな。でも、これはウソじゃない。だから、注意も必要なほどに重要な飲み物だってことだ」
「まぁ、水を飲めば解消されるんだろ?」
「ああ」
「なら、今日は盛り上がるってわけか。ここまで気分が良いのは久方ぶりだぜ」
その日、ギルドは大盛り上がりになった。
途中で、俺はジルが消えていたのに気付いた。
(あれ、アイツいつの間に消えたんだ?)