勇者の責務からの逃亡
俺はごく平凡な人生を送ってきたはずだ。
何不自由ない家庭で生まれて育ち、学校もやりたいことがあると親のすねをかじって大学にはいかず高校卒業後専門学校まで通ってきた。
学生時代は数多くのバイトを掛け持ちして親に金を返す日々。同時に休日も作っては友達と遊ぶ堕落した日々の青春を謳歌した。
趣味にかける熱意は強くっていつの間にか専門学校卒業してからは実家生活に甘んじてフリーター生活でライブ三昧。副職でアフィリエイトやシナリオライターの構成の仕事を請け負いながらの生活。
実に満足していた生活。人によっては平凡でないかと思われるのかもしれない生活だったが金遣いが荒い生活であったのもあろう。
それでも、至ってその他は平凡。
平凡な素養。
だから、そんな俺は『勇者』に選ばれたとかファンタジーではあるまいしと思ったが事実現実になってしまっている。
しかも、大好きな声優と一緒に異世界転生？
夢ならと信じるものであったが、頬をつねるとしっかりと実感を持って痛みが走った。
「夢じゃないのか」
「ですから、何度も申し上げています通りこれは現実でございます。お願いです勇者様方この世界の救世主になってください」
目の前の召喚者の美女、アルナ・イスアに召喚されてから数分が経過する。
俺は事のあらましとして、この美女はこの魔法世界『イシュラナ』を救ってほしいらしい。
なんでも、世界では多くの領土戦争や物流を盗むための戦争が頻発化し始めて止める手段が何もない世の中だという。
そんな過酷な戦争時代に魔王なる存在も現れて世界崩壊寸前であるらしい。
だったら、最初から戦争をするなよと思うわけなのだが。
「そんなこと言われても俺には戦争を止める力なんてないよ」
「何を言うんですか勇者様！ あなたは勇者様です。この世界を救う導き手にある力をお持ちのはずです」
「とか言われても俺はごく平凡な男だ。でも、彼女なら……」
俺は後ろを見た。
未だにこの状況に恐怖で震えている女性の存在。
俺のいた世界ではアイドル声優として有名だった彼女。
人々をただ声というもので笑顔にしてきた女性。
その愛くるしい美貌と歌声でも魅了してきた人だ。
俺なんかとは雲泥の差がある。
「な、なんですか！ 私には勇者とかわけのわからないことは無理です！」
「そんな……。この世界をどうにか救ってください！」
「無理なものは無理なのよ！」
とたんに彼女は立ち上がって近くにあった燭台を掴み投げた。
一心不乱に奥に見えた扉。出口と思われる場所へと走り去った。
「あ、勇者様！ 彼女を追ってください！」
慌てて控えていた二人組に命じた。
神官と思われるローブ姿の一人と甲冑を着込んでいる人、騎士であろう人は彼女を追いかけにいった。
あとに残されたのは俺だけである。
ますます勇者という責務を押し付けられそうな状況だ。
「勇者様、どうしても無理だというのならばこちらにも考えがございます」
「な、なんですか？」
アルナが手を空中にかざすと光の輪のような物体が顕現した。
（気〇斬かな？）
なんてふざけたことを考えている場合ではない。
「おいおい、ちょっと待てよ！ それをどうする気だよ！」
「少々乱暴になりますがしばらく監禁させていただきます！」
光の輪が俺に向かい飛んできた。
後ろに逃げようとしたが輪は俺を捕縛し――消滅した。
「勇者様！ おお、なんと神々しい剣を！」
よく見るとなんか、腰のホルダーバックが光っている。
ペンライトつけっぱなしだったか？
「なんか知らねぇけどラッキー！」
咄嗟に俺はアルナを突き飛ばして奥の出口に向かって走った。
ここに居たら無理やりに何かされると思い走る。
（逃げるが勝ちだっ）
俺は慌てて扉を蹴り飛ばしてその場から逃亡したのだった。
