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地下牢の契約

 股間が痛み、内股気味で廊下を歩く俺を騎士団長様が怪訝な様子で窺っていた。

 その様子を指摘するように隣で雪菜さんがわき腹を小突くがとてもじゃないが痛みで元のように歩くこともままならない。


(やりすぎだぜ……潰れてないよな? な?)


 下手したら子孫を残せないことさえ危ぶまれるのを気にしながら歩くこと数分。

 騎士団長が足を止めて扉の前で立ち止まる。


(ここが地下牢の続く扉?)


 王城の中でも普通の通りにある壁際の扉へ騎士団長は手袋を取り、手をついた。


「ミストワーツ」


 詠唱のようなものを唱える。

 彼女の手の甲がわずかに輝いた。手の甲には何かの紋様が浮かぶ。

 まるで今のはコードを読み取るかのように見えた。 

 扉は輝きだして、彼女は扉を開く。

 そこには地下へと続く階段があった。


「今、何をしたの?」

「ここは地下牢ですので、囚人が万が一脱獄できないように魔法による封印を施しており異次元の地下監獄にしています」

「異次元の地下監獄」


 本当にこの世界が魔法の世界なのだと理解させられる。

 その異次元の地下監獄とやらに続く階段に一歩足を踏み出して、歩き進む騎士団長に続く。

 ものすごく薄暗い地下への続く螺旋階段。

 目が回りそうなその階段を照らすのはわずかな壁際にある人体センサーで消灯するような提灯だけ。

 騎士団長が足を止めてもう一つの扉を開いた。

 そこはもはや暗闇といっても差し支えなかった。


「まったく見えない」

「お二人とも、ここから先は危険ですのでお手をつないでくださいませ。一応、私の明かりで照らしはしますが囚人への顔を見られぬことも防ぐのでこちらを」


 そう言って手渡されたのは何かの頭へと被るマスク。


「ちょっと、そこまでする必要あるの? だって、囚人でしょ? 身動きできないのよ」

「万が一を想定するのが最もな効率であります。囚人が逃げた場合、囚人が逃げられて報復しにきた場合の両方を想定しての対策です」


 慎重に慎重を重ねることは決してわるくないがこれでは逆に足早視界の悪さで何かあったら後れを取りそうで不安だった。


「くれぐれも声は抑えてください。それから、王女殿下かからは道中にあなたの考えも聞いておくようにと窺っていますので勇者様」


 と俺のほうを見て睨んでくる騎士団長様に思わず両手を上げる。


「わかったよ。ざっくりとだけど歩きながら囚人との謁見前に話そう」


 俺と雪菜さんは渋々ながら従い、変な鎧のマスクをかぶされて俺が騎士団長の手を握って、種村さんが俺の手を握った。

 人間列車のように手をつないでの移動歩行はだいぶ歩きづらかった。

 逆に神経は集中でき、話にも集中をできていた。

 かるくあらましを説明する。

 騎士団長は渋った顔をする。


「という感じで傭兵を利用しようと考えてる」

「そうなると、また必要なものがもろもろ出てくるのではないですか?」

「いいや、台所を借りた時におもったがこの国は道具に関しては困ったことはなかった。もしかしたら代用できるものがあるかもしれない」

「しかし、私は反対ですね。よもや、あのような輩に勇者様の知恵の産物をお与えになるなど」

「あくまでこれは交渉だって言っただろう。それにこのやり方にはケチ付けるなよ。あと、ギルドのものたちを味方に引き込む絶好のチャンスだ」

「……」


 その会話を盗み聴いていたのか俺の手を引く雪菜。


「なんですか?」

「また、あなたに負担をかけるんじゃない?」

「いえいえ、これには雪菜の協力も欠かせなくなりますよ」

「わたしも? なんで?」

「交渉の時により詳しく話しますよ」

「勇者様方、到着です。ここが例のスパイをしていた傭兵のいる部屋です」


 鉄格子上の扉のある部屋。

 ずいぶんと厳重な部屋なのもこの世界では魔法が使えるが故なのだろうか。

 またしても騎士団長が例のごとく牢屋の扉へと先刻同様の所作を行った。

 扉を開くと中で一気に灯が点灯する。


(これも魔法の仕組みというやつなのだろうか)


 相手の顔だけがしっかりと見えた。

 傭兵の素顔は見ればあの時とはずいぶんとやつれている表情をしていた。

 赤い髪はくすぶって茶色が混じったようなこげ茶になっていて美人な顔もやつれたせいで台無しだ。

 牢屋の囚人がこちらに気付いて睨んでくる。 

 その睨みを見るだけであの悍ましくも怖かった経験が思い出される。

 でも、ここでくじけるわけにはいかない。


「一応は魔封じの枷をしておとなしくさせてますがいつ何時暴れだすかわからないのでご注意ください」


 騎士団長の指摘を受けて手足を見れば確かに枷のようなものはついていた。

 しかし、枷には微かにヒビが見えたのでたしかに団長の言う要注意性を感じ取った。


「私は部屋の外で待機しています。万が一の時はすぐにお呼びください」


 そう言って彼女は外へと出ていく。

 意外に中で待機しているものだと思ったがそうではないようだった。


「信用してるのかしてないんだかわかんねぇな。さてと」


 俺は鎧兜を脱ぎ捨てる。

 どうせ、相手には面が割れているので素顔を見せることはどうってことはない。

 それどころか味方につける相手に失礼だと考えた。


「おいおい、急な訪問者が誰かと思えばよぉ」

「どうも、数日ぶりだな」

「なんだよ、今回の勇者は傭兵をいたぶる趣味の持ち主でもあったか? 好きにすればいいさ。アタシは屈しないよ」


 強情な性格をしている彼女にまず俺は手を差し出した。


「は? 何の真似だ?」

「何って、これから仲良くなろうとしている相手には握手を求めるのが礼儀だろう?」

「あはは、それなら枷を解いて脱獄させてもらいたいね」

「いいや、それはできない。君が頼みごとを聞くまではね」

「頼み事だぁあ? あはは。まさか、そういうことか。例の情報が真実だったって話をアタシの口からひろめさせるためにわざわざ来たって事か」


 そこまで馬鹿でもない傭兵は嘲笑しながらこちらを睨みつけた。


「誰が従うかよ。たしかに、アタシのような潜入兵が情報を真実だったと訴えれば状況が一変するだろうさ。だがねぇ、他国からは破格の報酬と身柄の保全が約束されてるんだ。そんな簡単に裏切るわけねぇだろうさ」

「そういうと思ってたよ。なら、まずはこの手を取る前に話を聞いてくれないか?」

「話ぃ?」

「そうだ」


 俺は慎重に相手の反応を窺う。

 ここまでは良い感じだと思えている。


「頭、本当に大丈夫?」

「大丈夫です。彼女は理解する」


 雪菜の心配もわかりながら安心を促す。

 俺たちの会話を聞いてますますこちらをジルはあざ笑う。


「友好の握手は臨めないまでも改めて名前くらいは聞こうか。俺は霧山頭」


 俺の様子を見て何度も目を瞬きながら彼女は言う。


「おいおい、小間前はアタシの名前を知っているはずだろう。名乗ったはずだ」

「聞いたのはジルっていう名前だけ。それも兵士としての偽名のようなものだろう?」

「どうしてそう思う?」


 女の目が据わり始めた。

 俺が単純に指摘したこの偽名についてはゲームやアニメとかではよく用いられる手法であったからそう思ったに過ぎない。

 そんな回答をすれば相手は意味も分からないし納得もしないだろう。

 だからこそ、俺は答える。


「勇者の力ってやつだ」

「あははは。勇者ってのは真実まで見抜けるか」


 しばらく、笑った後に俺の表情を窺うとため息をつく。


「あながち嘘でもないか。わかったよ、名乗るさ。アタシの名前はジークライト・ルイーネだ」


 つまらなそうな感じで毒づきつつもジーライトは名乗った。


「ジークライトか、覚えたよ。ついでに雪菜も自己紹介良いですか?」

「わ、私も!?」


 おもわぬ流れに驚きながら彼女は少々照れ臭そうに咳払いしてから名乗る。


「私も一応、勇者の一人、種村よ」

「勇者が二人……あはは。そうか。勇者は二人いたのか。なんだ? まだいたりすんのか?」

「それは交渉次第だ」

「……いいさ。話せよ。その交渉の内容とやらを」


 俺は口元をほころばせて説明を始めた。


「まず単刀直入に聞くが、国への不満が傭兵たちにはあるんじゃないか?」

「あ? なんでそんなことを聴く?」

「いいから答えてほしい」

「…………あるぜ。アタシらに与えるものはわずかな報酬だけで情報偵察を行わせたりする。そして、偽情報を流す行為も全く同じだ。だから、今の情勢だと報酬の羽振りがいい国へ味方するのが傭兵や冒険者ってもんだぜ」

「冒険者と傭兵は何が違う? 行動原理が違うような言い回しに感じるが」

「アタイらは特に闇商売だ。冒険者と違って契約なんかコロコロ変えられるがアイツら冒険者は一度結んだ契約を素直に実行して報酬をもらうしかない。アイツらはギルドのお抱え雇用さ。アタイらは自分らで雇ってもらうように売りだすだけ。仕事をもらえれば何でもやる」


 つまりは契約社員か自営業かの違いというやつなのだろう。

 ギルドという場所に契約されている冒険者、自分らで自分のことを売りに出しに行く傭兵。

 まるで作家が紹介プロフィールを作って仕事を斡旋してもらう感じだな。


「本来ならこの国には闇ギルドってもんがあって傭兵も多額の仕事がもらいやすい環境があったはずがどこぞの勇者がぶち壊したから今じゃあこの国にいる傭兵はほぼ仕事をもらえずじまいだろうな。他国へ移動をしようとするも規制線で出られやしない。まるで監獄だ」

「…………」


 勇者であっただけの俺にこの彼女があそこまで文句をぶつけて食って掛かったのは紹介斡旋業者のような会社が潰されたからキレたというわけなのだろう。


「闇ギルドはアタイら傭兵にとっては重要な場所さ。仲間で集まって食料を食べれる場所でもあった。それを潰されたんじゃあ腹も立つ」

「それは申し訳ないことをした」

「はっ、ならもう一度建て直してほしいもんだな。だけど、それは叶わねぇんだろう? なぁ、勇者様よ」

「それは……」


 闇ギルドの場所は彼女のステージへと帰ることは確定済み。

 それに対しても傭兵たちの不満は異常な興奮値を示してもいたのだ。

 物事は決して簡単には進むことはない。


「傭兵たちの不満はもっともだ。すまなかった。でも、今後はそれも改善されるようにする」

「何を言うんだ? 改善? ハッ。そんなことできるか」

「勇者の知恵で作ったものが出る環境を設けると言ってもか?」

「なに?」


 急に眼の色を変える。


「どういうことか説明しろ。国はずっと食料を与えてこなかった。それが突然与える? どういう……そういうことかよ、あははは」


 ようやく悟った。

 そうすると彼女は気に入らなそうに眼を研ぎ澄まして立ち上がる。

 俺はペンライトホルダーに手を添え構える。


「落ち着けよ勇者、なんもしねぇよ。今はな」

「なんだ? 今の話気に入らなかったか?」

「いいや、割に合うと思うぜ。つまりはその知恵の産物と環境を与える代わりに偽情報を流布しろってわけだ。しかも、アタシが主軸を切ってか」

「そうだ」

「アハハハ、そう簡単にいくと思うか? そもそも、勇者の知恵はたしかにすさまじい効果を見出しているさ。アタシもわずかに聞こえてくる声だけで何かを感じた。だがよぉ、そんな安請け合いして後悔しねぇのか?」

「あくまで、これは一部さ」

「一部?」

「そう。この交渉をもしも引き受けたあとにもまだしてもらうことはある」

「なんだそれは?」

「それはこの話がうまくいったときだ」


 彼女はしばし黙りながら考える。


「少し考えさせろ」

「時間ならあるから考えろ」

「へえーずいぶんと余裕な態度だなぁ。ちなみに交渉条件でアタシからも一つだけ条件がある」

「なんだ?」

「その勇者の産物ってのは先にアタシが体験できるようにしたい。それが条件だ」

「いいさ。だけど、こっちもそれを用意する時間がかかる数日は欲しい」

「ハッ、ちょうどいいさ」


 お互いににやけづいて笑う。


「勇者、もしも今回の件が失敗すればてめぇの首をいただく。いいや、嘘なんてついてみろ。それはてめぇの終わりだ」

「覚悟の上だ。じゃあ、交渉は成立かな」

「その交渉一度はのってやる。悪いことではないからな。ただ、賞金も出ねぇとこっちは動かねぇぞ」

「それなら心配ない。勇者の権限でどうにかするさ」

「馬鹿だな、てめぇ。後悔するぞ」

「しないさ。絶対に」


 俺は雪菜に向き直って言う。


「出ましょう。交渉は終わったので」

「え。今のでもう終わったの?」

「残りはまずは第1が終わった後だから」


 部屋から出ればあまりの速さに驚いた様子の騎士団長が出迎えた。


「もう終わったのですか?」

「はい。簡単な話でしたからね」

「そうですか。では、彼女を中から出しましょうか」


 騎士団長は中に入ってジルを引き連れて出てきた。

 彼女の首にはまだ枷がついていた。


「あの、騎士団長さん枷も外してやってくれ。一応協力者なんだし」

「それは応じかねます。一応約束はしましたがやはり危険人物には変わりないのでこの枷は外せません」


 確かに彼女の言い分もわかる。


「勇者様、私からあとお願い事があります」

「なんですか?」

「お手を貸してください」


 俺は手を出すとジルの手を騎士団長が取る。

 俺とジルの手を重ね合わせるとおもむろに彼女は重なり合った俺たちの手を取り出した短剣で貫いた。


「っ~」


 激痛に声にならない叫びが出る。

 それも一瞬のことで両手の甲に光輝く何かの紋様が浮かんだと同時に手の甲の傷がみるみるとなくなった。


「申し訳ありません。今私は勇者様とジル様に勝手ながら隷属の契約をさせていただきました」

「隷属の契約?」

「はい」

「あなたの言葉一つでこの奴隷はなんでも言うことを聞けるようにいたしました。その手の甲に光るマークと彼女の首枷のマークがその証です。今後、何かこの奴隷にさせたいことがあれば手の甲をかざして命じれば思いのままです」


 傍らで聞いていたジルはというとわかっていたような顔で笑っている。


「お前こうなること知っていたのかよ」

「勇者ぁ、あめぇなぁ。簡単にアタシは交渉で出られるなんて思ってなかったさ。だからこうなるのも承知の上だ。まぁ、勇者は悪いようにアタシをしないと思ってるから契約に乗ったまでだぜ。ギャハハ」


 まるでこのあとの人生を楽しみにしてるかのように彼女はひたすらに笑っていた。


「では、契約も終わりましたので王女の元へまいりましょう」

そのまま何事もなかったかのように話を進めて先に行く騎士団長の姿だった。


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