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昼休みとようやく知れた名前

 文化改革の始動を承諾をもらい、次の日にさっそく活動を始めた。

 まずは闇ギルド跡地へと俺と種崎さんは足を運んでいた。

 そこではいつものようにかわらず騎士たちががれきの撤去活動と周囲の建造物の補修工事を行っていた。

 ボランティア活動で負傷した民間人の手当てや補助などを行う光景があった。


「そろそろ昼時よね」

「はい。そろそろ始めるべきかと」


 俺は重い鍋を持ち運び、仮設テントの中にある机に置いた。


「これはこれは勇者様! そのようなこと我々が行いましたのに!」

「ああ、いや、これはこっちの作業なんだ。それと、今日からコイツが配給食になる」


 鍋ふたを開けるとスパイスな香りが周囲を十分に満たしていく。

 騎士たちも手を止め、民間人すら困惑と腹を抑えてこちらのテントを振り向いた。


「なんだこの匂い」

「嗅いだこともないような……」

「無性になんだか……」


 俺はその様子を確認しながら遠目で闇ギルドの瓦礫山に足を運んでいく種崎さんの姿を見た。


「あ、勇者様! そんなところ危ないですよ! 今は撤去中ですのでどいてください!」

「いいえ、その手を止めるのはあなた方。それと、私は勇者じゃない。アイドル声優よ!」


 彼女はずっと羽織っていたローブを振り払う。

 下から覗くのはきらびやかな衣装。

 この異世界に来てからずっと着ていたライブステージ衣装に俺がほつれ修理を行い新品同様になったもの。

 彼女は歌い始めた。


「本日から、イスア王女の伝達で昼時は俺らのライブ時間とします」


 その言葉に全員が困惑する。

 その中で彼女が歌い続けながらいる環境も相まってか周囲は決して嫌な顔をしてはいなくて反論もない。


「どゆうことですか?」


 一人の騎士が尋ねた。

 それに俺は答えた。


「この時間は彼女の歌声を聞きながらこの配給食を食べる時間とします。決して仕事をするのは許しません。安息を楽しもう!」


 その言葉に騎士たちが戸惑いを見せた。


「え、でも、それじゃあ俺らの給料は? 仕事はクビ?」


 そこへ一つの足音が聞こえ、周囲が騒めきだした。


「国民の皆様、我が国へ使える忠実なる騎士たち。あなた方へのねぎらいだと思ってください。クビではなくこれは変化ですわ。この時間は今日から勇者様方へとお任せし、あなた方は安息を楽しんでくださいませ」


 騎士たちが困惑しているのでアルナ王女がテントにいた俺の隣の女騎士へと鍋から皿へとカレースープをよそって渡す。


「この綺麗な勇者の声を聞きながらそのスープを飲んでくださればわかりますわ。騎士団長のあなたが試してみて」


 俺の隣にいたのは騎士団長の女性だったらしく彼女は生唾を飲み込み、カレースープを飲んだ。

 彼女はその一瞬でまるで未知の味覚に遭遇したかのように恍惚とした表情を浮かべ一気に飲み干した。


「これは……こんなの……飲んだことない……なんだこの感じ……なんという」


 まるで『おいしい』という言葉や感情を始めて知ったかのような戸惑いを見せている。

 それを見て周囲も次々に並び始める。


「1列へ並んでください。1人まずは1皿です! 勇者の歌声も聞きながら安息を堪能してください!」


 これは一種の昼休み。

 安息の休息。

 学校とかでよくある音楽を聴きながら昼食を楽しむ。それを再現する状況だ。

 その効果は如実に表れだす。

 周囲が次第に顔をほころばせて人と人が会話を自然とし始めていた。


「そうだよ、これだよ」


 ここに居た人たちは死んだ目をして、休息をしていないように日常的会話をすることもないようにずっと見えていた。

 業務的会話しかない。

 でも、今ここに居る人たちは。


「この食材何かわかるか!?」

「フォルチャに似ているよな。 なんだろうこの舌がひりつく刺激」

「わからない。しかし、この耳に聞こえる勇者の声もまたいい。歌といったか?」

「らしい。近くで聞いてみよう!」


 自然と種村さんの周りにも多くの観客が集い始めた。

 俺はほくそ笑みながら計画がうまくいった兆しを見出し、さらに食事がすみ始めていくのを兆しに終盤の仕込みを始める。


「タイミング的に今がよさそうだな」


 遠目で民間人の群衆にまぎれて同じくカレースープに舌鼓していた鍛冶師のおっさんと目が合う。


「食事をしている中ですみませんが皆様にあるものを今から配ります」


 食事中の民間人に鍛冶師のおっさんが箱を抱えて一人一人に渡していく。


「なんだこれ? 食べ物でさえ不思議なのに。今から何が始まるんだ?」


 民間人は手にしたペンライトを困惑な顔をして見ていた。


「皆様のお手に渡ったそれで目の前で歌うアイドルを輝かせてください。私と同じように手ぶりしてくれるだけでよいです!」


 民間人が困惑する中でアルナ王女が率先してやり始めてくれた。

 周囲もおのずとやり始めて一体感ができあがる。

 一種の感動的なライブのイメージが雰囲気としてできてきた。

 民間人もわからないながらも振ってにこやかな笑顔を見せる。

 その笑顔の広がりを見て俺はこの計画の最初がうまくいったことを確信した。


*****


 私は周囲の変化を確かに感じながら1時間の歌を終了して舞台袖へと引っ込むように瓦礫の山から下りていった。

 多くの人々に拍手というものを伝達する彼の存在が目に焼き付くように止まった。

 本当にすごい人だと感心する。

 先導力と人に面白いことを伝えることに長けている。

 私に対してのあの怖いまでの愛情さえなければ完璧と思える優しい人。


「まったく、わからない人」


 思わず笑みがこぼれて自らの衣装を見る。

 彼の技術で補修された衣装。

 この昼休み時前に補修しますといって、この世界に存在する糸と針の道具を使ってそんなことまでできてしまう彼の技は衣装を見るだけで思い出す。


「まったくもって何者なのかって思えるほどよ」


 この歓声が今は私に向けられていても結果としてはすべては彼によってもたらされているものだ。

 無力で非力な私に向けられていいものではない。

 ふがいなさに沈痛な気持ちが芽生えた。


「お疲れ様です、種村さん!」

「お疲れ様」

「はい、ちょっとこっちへ良いですか?」


 私が名前を読んでいないことに全く気付いていない。

 彼は普段通りに足先を進めてその場からそそくさと私を引き連れてどこかへと行こうとする。


「あのどこへ?」

「この辺でいいですかね」


 あの闇ギルドの瓦礫の山の裏手の半壊したビルの陰に身を潜めて彼はそっと表の通りを窺う。


「先ほど配給活動していた時に気付いたことがあるんです」

「えっと、何かまずかった?」

「ああ! 種村さんにミスは全くないです! むしろ最高に良いライブでしたよ! 俺なんかもう涙が出るほどによくって生きていてよかったと思えるくらいに」

「そう」


 そこまで褒められると逆に引くくらいに気持ち悪いけれども彼がまじめに評価してくれるのはわかっていたので口には出しては言えない。

 もちろん、真摯に向き合い私は飲み込むようにして彼の言葉の続きを待った。


「えっとですね、ああ、いました。あそこです」


 彼が指さした先に二人組のケープコートを羽織りボロイ服装に身を着飾った女性二人組がいた。


「先ほど配給していた際に俺も騎士から説明を受けたんですがどうやららはこの国にいる傭兵らしくってこの国を偵察しているんじゃないかって話です」

「偵察って、もう他国から?」

「らしいですね。これでうまく他国に情報は流れるでしょう」


 わざと彼らが来るようにしていたかのように語る彼。


「このまま情報を流していくだけでは危険じゃない?」

「わかっています。ですから、王女には前もって先に手紙を出すように伝達もしています」

「相手が危険な行動に最初から出ることは考えられない?」


 彼はどこか得意げに『大丈夫』とでも言うように自信満々な表情を見せていた。


「そうですね。このままではこの国は戦時になりますけど、大丈夫です。このまま国が攻めてきてくれるようなほうが僕の作戦は進むんです。攻めてくるまでの間の2日間欲しいだけなんですよ」

「2日間?」

「そうです。その2日間が大事なことです。それに一番盛り上げるのは種崎さんの力が一番重要だと今目の前の光景に写ってわかると思います」


 彼が示したのは傭兵の存在だけではなかった。

 騎士たちがライブが終わった後に各々でエネルギーに満たされたかのようにライブ前以上にやる気を見出して魔法力でどんどんと瓦礫の山を撤去し始めている。

 半壊した建物もあっという間に一部補修が終わっていた。


「スピードが全然違う。それどころか、みんな顔に明るさが出てる」

「これこそ、種村さんの歌の力ですよ。決して俺一人では成り立たなかった。種崎さんは俺が先導しているからとか思ってるかもしれませんがそれは決して違います」


 彼はまるで見え透いていたのか自分だけの力を全否定した。


「この光景はあなたの歌にもたらされる力によるものが大きいですよ。俺だってあの自分のいた世界ではあなたの歌にエネルギーをよくもらっていました。歌というのは人の気分を高揚させる効果があると俗説でよく言われています。まさにそれは正しいと思います。それに歌を歌うにもあなたのような絶望をしっかりと知っている方が歌のと歌わないとでは全然違う」

「どういう意味?」

「種村さんが勇者召喚の勇者に選ばれた意味は俺もよくわからないです。でも、一つだけ予想できるのは種崎さんは絶望を知っても這い上がって人に笑顔を届けることができた人だったからなんじゃないかと思うんです」

「そんなこと」

「俺はそう思います。まぁ、こんな俺なんかの言葉じゃあ信用できないかもしれませんけど」


 彼は持論で私を元気づけようと必死なんだと彼の表情を見て悟った。

 本当に優しい人なんだとわかると胸に奇妙な感覚がぽかぽかと湧き上がる。


「それじゃあ、城に戻ってちょっとした仕事の作戦の続きを実行しませんとね」

「あ、ちょっと待って」

「なんですか?」


 私は裾を力強くつかんで、一呼吸ついた。

 彼は妙に顔を赤らめている。

 どうせ、変な勘違いでもしているのだろうとわかった。

 けど、それは今『伝える言葉』じゃない。

 今私が言う言葉は違う。


「私たち、自己紹介していないんじゃない?」

「え……えっと……ああっ!」


 彼は自らもすっかり忘れていたかのように戸惑ってそののち頭を下げた。


「本当にそうでした! 申し訳なかったです! なんか種崎さんが普通にファンとして堂々と平気で話しかけたり接していました。種村さん接しやすくて……」

「いいの。私もその方が接しやすいから話もできていたし、それにこんな境遇者はあなたしかいないから普通に話してくれて助かってた」

「そう言ってくださると助かります」

「それと種村雪菜は本名じゃないわ。芸名」

「え!? マジですか!?」

「種村はいそうな名字だけど芸名よ」

「うっわぁー、スゴイ失礼でしたよね。申し訳ないです」

「いいの。芸名も気に入ってるし仕事柄よく呼ばれてるから気にしない」


 本当になんとも面白い戸惑い方をする彼に笑いが込み上げた。


「あはは、不思議ですよね。数日たっておいて今更お互いの名前を自己紹介もするなんて……って、名前でしたよね。俺は霧山頭です。霧が立ち込めるに山脈の山に頭数の頭で霧山頭です」

「私の本名は本条雪菜、本の本に条件の条、そして雪菜はそのまま芸名と同じよ」


 私たちはお互いに初めての自己紹介を交わす。


「これからよろしくお願いします本条さんでいいですかね?」

「できれば、名前で呼んでほしいわ。それとため口で。お互いにこの世界に飛ばされた者同士であるわけだし」

「わかりまs……わかった雪菜。じゃあ、俺も名前でいいから」

「うん、頭」


 そうして握手を交わした私たちだった。


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