異世界召喚
「……、………」
一体何が起きたんだ。
誰かの声が聞こえている。
俺は生きているのだろうか。
「うぅ、ここは……」
視界に飛び込んでくる見知らぬ景色。
明らかに先ほどの会場ではない。
ここは一体どこなんだ？
目の前に数人の男女。それもなんかのコスプレなのか。
奇妙なローブを着込んでいる。特殊メイクで人間のような姿をしていない。
まるでファンタジー世界に出てくるエルフとか獣人みたいな姿。
こちらに話をしているのか。
なんか設定がだいぶ洗練されている。会話の内容ですら国外の言葉だ。
「なにかのイベント？ いや、それにしても俺だけ？ あ、まさか最前列のど真ん中特別枠のイベントとか！？」
言葉に対する反応が悪い。
どちらかといえば、真逆。
まるでこちらの言ってる言葉がすべてを理解していないような感じの捉え方をした反応。
ここはどこなのだろう。
周囲の景色はどこかの神殿っぽい雰囲気。
足場は魔法陣のような模様の描かれた石畳の上にいる。
（ふむ、わからない）
思考回路をめぐらしただけでは何も想像つかない。
目の前の人物らが種明かしをしてくれないと。
まるでこんな異世界召喚をされたような状況イベントってライブで経験するなんて初のことだから限定ドッキリイベントとか嬉しいんだけれども引っ張られつづけると不安が募っていく。
「いやぁ！ 来ないでくださいっ！」
近くに女性の声が聞こえて振り向いた。
どうにも耳慣れたかわいいアニメ声。
アニメ声でもあるしアイドル顔負けに愛くるしいその美声は俺の耳が効き間違えるはずもない。
どんなに怯えている悲痛の叫びでも何度も彼女の出演作はチェックして視聴済み。
バラエティー番組にもしっかりと視聴し、ラジオまで拝聴したこの俺の耳は耳ざとく逃さない。
「え……種村雪菜っ！？」
声優界の今をトキメク売れっ子であらゆる作品のユニットグループに所属し、さまざまな分野で幅広く活躍し始めているアイドル声優の種村雪菜が目の前にいた。この俺自身も本日のライブを彼女目当てに参加したといっても良い。その愛してやまなくあこがれも抱くほどの女性が今目の前で怯えていた。
彼女に近づく獣人姿をした男性の二人。
「あなたたち誰ですか！ 来ないで！ ひぃい！」
まるでヒーローが登場でもしていけばそのままヒロインになっていくかのような流れのワンシーンを想像できそうな一幕が目の前である。
これもイベントの設定なのだろうか。
でも、彼女の怯え方も演技とは思えないほどにすごい。
「さっすが声優！ すっげぇー！」
なんだか、感慨深く頷いた。
だけど、違和感。
よく見る彼女の演技とその行動を画面越しではあったが観察してきた。
気持ち悪いくらいに。
その彼女を知っている。
目の前の彼女がマジで怯えている。
わかったときには足が動いていた。
「おい！ あんたたち何しようとしてんだ！ 彼女に触れるんじゃない！」
「ひぃい！ また男の人ぉ！」
「え」
助けに入った俺の後ろで俺からも過剰に距離をとった。
今の言葉は聞き逃すこともない。
（まさか、男性が怖いのか？）
そうだとすればさっきの異常なリアルな怯え方も説明付く。
いや、そうだとしてもイベントスタッフがイベントの中にそのような仕掛けをするとは思えない。
何よりも次第にはっきりと認知出来てきた。
「これ……じつはマジの異世界召喚された？」
はっきりと分かったときに目の前の獣人男二人に俺は組み伏せられていた。
すかさず、種村雪菜にも近づく女性と男性のエルフ二人。
瞬時に頭に響くような激痛が走ると一人の女性が前に進み出てフードを取り払う。
「すみませんが手荒な真似をお許しください。こうでもしないと勇者様方が暴れてしまうと考えたものですから。今魔法で言語を通じさせましたので言葉が理解できていると存じますが伝わってますか？」
フードを取り払った時に見えたその女性の美貌にふがいなくも見惚れてしまった。
輝く銀髪、スッと整った鼻梁、小ぶりな唇、切れ長の目、空のような美しいスカイブルーの瞳と純白の肌。
そのすべてが美しく整った顔をした女神のような人。
彼女は今何と言った。
『勇者』その一言だけで自分の予想は当たったとわかったのだ。
「フィクションだって誰かボード版を持ってきてくれよ……」
