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カレースープ

 俺は王女の案内で厨房へとやってきた。

 それには種村さんも共に同席して俺の背中を見守っていた。

 厨房につくと多くの料理人たちが夕食の下ごしらえを行っていた。


「王女殿下っ!」

 王女存在に気付いた厨房にいるコックたちが敬意を示して頭を下げた姿勢を見せる。


「料理長、彼にここの厨房を案内してくださる?」

「え、突然ですね。彼は?」

「例の勇者様ですわ」

「な、なんとこの方が!」


 厨房の料理長と思われる長身の金髪の男性。年齢は30くらいに見える。

そんな男性が突然に俺の手を握ってきた。

思わず吃驚する。襲われるのかと身構えたが彼の口から呟かれた言葉に緊張感は解けていった。


「ありがとう! 本当にありがとう! この街を救ってくれて」


 純粋な感謝の言葉。

 彼をはじめとして厨房の料理人たちは俺や種村さんを見つめて敬意の意思を表していた。表情は無表情であるが尊敬する心は持ち合わせているのだろう。


「ですが、勇者様がなぜに厨房へ興味を?」


 そこに続くように種村さんも言う。


「それ、私も聞きたいわ。そもそも私のあの話忘れてないのよね?」

「しっかりと覚えていますよ。だから、まずはこの街の食文化を変えるところから始めるつもりでここには来たんです」


 その言葉にその場にいる全員が衝撃を受けたように俺を見ていた。


「あの勇者様失礼ながら料理経験はおありで?」

「料理長、心配しなくてもありますので大丈夫です」


 厨房にある食材たちを手に取って確かめる。


「あの、この食材たちを味見しても大丈夫ですか?」

「えっと、それは……どうして?」

「これからあるものを作るのでそのために確認したいんです。俺が育った世界で同じものの味を出せる食材であるのかを」


 その言葉を聞いて種村さんは何かを察したように「なるほど」とぼやいた。


「料理長、よろしくて?」

「勇者様は国を救ってくださったお方です。その勇者様がこの国を救うために何かを作ろうとしているのかは存じませんが食材を味見程度ならかまいません」


 この国の王族の料理長とも思われるエプロン姿の男性は平伏して、許可を出した。

 俺は包丁らしき物体を手にして、目の前にある細長く白い物体を輪切りにした。

 一つまみして咀嚼する。


「なるほど、この味は……ニンジンとして使えるか」


 さっそく当たりを引いた感触にやる気が満ちていく。

 さらにあと一つは黒くて丸い物体を手にして半分に切る。

 中は真っ白い。

 それを再度、細かく切り口に含んで確認しようとすると。


「お、おまちくださ……」


 料理長が止める前に渋みと苦みが口の中に広がる。

 俺は思わず吐き出した。


「なんだこれ!?」

「それは『アサブン』と呼ばれまして本来生で食べるものではございません」

「なるほど、こいつは使えねぇ」


 はずれを引き当てたことに少々難易度を感じ始めた時に背後で立っていた種村さんが隣に来て一つの野菜を手にした。


「二人でしたほうが効率良いわ。とりあえず何を作ろうとしているのか教えて」

「種村さんっ」


 思わず感極まって涙ぐむ。


「何泣いてるの? まったく、良いからさっさと教えて。あなたの考えはわからないけれど食文化を変革させることで私のプロデュースをつなげることになるなら手伝うわ」

「あ、はい」


 俺はある食べ物を伝えると彼女は苦笑する。


「たしかに割と誰でも作れるもので安直ね。ボランティア活動していたら出た発想といえばありきたりじゃない」

「でも、自分的にはそれが最善でベストだと感じたんです。それに、ここの文化はあらゆる方面で衰えてるんでまずはそういうチョイスを必要です」

「とりあえず、急ぎましょうか」


 二人してあらゆる食材を料理長に頼みだしてもらい、咀嚼して検分していくととりあえず1時間くらいかかったがだいぶ出そろった。


「あのー、一体なにを? この食材はどれも合わせが悪いように見えるんですが」

「これからのお楽しみですよ。あと火とか冷やせるものとかあったりしますか?」

「それなら、あります。ここは王宮なので魔道路が不具合を起こした対処としまして予備の非常用魔道路が王宮の地下に存在していますのでそれで動いていますので問題なく火や電気は動いています」

「なるほど、じゃあ冷蔵庫ってありますか?」

「れいぞうこ? それはどのようなものですか?」

「野菜とかを冷やすようなものなんですけれど」

「ああ! それなら『クライジャム』ですね」

「くらいじゃむ?」

「これです」


 厨房の料理人が示したものを確認する。たしかに自分のいた世界の冷蔵庫と似ているような道具だった。他にも似て名前が違うものが複数も存在してだいぶ道具がそろっていることも認識できた。

 俺は目の前の食材たちを前に袖をまくる。


「一度、王女様たちを外へとお連れしてもらっていいですか? 種村さん」

「もう手伝わなくて平気?」

「ええ。これは俺のプロデューサーとしてのまずは仕事ですので。アイドルのあなたは身体を休んでいてください」

「その言葉を信じるわ」


 種村さんに王女を外へと連れ出してもらい、俺は調理を始める前に両町の方を見る。


「料理長、少しお手伝いできますか? これから作るものはあなたにはぜひとも覚えてもらいたいので」

「勇者様の作るものはぜひとも興味あるので協力させてもらうよ」

「ありがとうございます!」


 そして、俺は異世界での初めての調理活動を開始した。


******


 俺は頼られたことに誇りや自信がついていた。

 何よりも、愛するアイドル声優とこの異世界へと召喚されたことは俺にとっては幸運ともいえる状況だった。

 だけれど、彼女にとっては最悪な状況だということは心の中ではわかってる。

 俺は正直、帰還を望んではいない。

 口には出しては言わず感情としても表には出さないであくまでもアイドル声優と同じ気持ちを装うことがファンとしての務めというよりもこの世界へと共に召喚された身分である考え方なのだと思ったのだ。

 だからと言って、自分は勇者業とかいうものを経験などしたくはなかった。

 命のやり取りなどごめんである。

 あの場の時はどうしようもない状況だから一生懸命に頑張れた。

 身に染みてわかってしまう。

 自分に戦える能力があっても、これ以上戦闘をするのは無理だと俺は理解したのだ。

 だから、彼女が提案したい気持ちを汲み取り、状況を把握する。

 自らもこの世界を見た時に思ったこともあったがゆえに考えたことが文化の改革。

 おおよそ、自分がどうしてこの世界に召喚されたのかはそこにあるのだろうとさえ思う。

 物心ついたときから親には何事も経験しろと多くのことを押し付けられてきた。

 成長していくとともにそれは増える。

 自ずとそんな生活を続けて、人の感情を読み解いていくのは得意になった。

 あらゆる分野に触れたことで未熟な部分はあれど経験を持つようになった。

 仕事はやりたい仕事へと就くでもなくふらふらは日常茶飯事。

 そんな経験だけを摘んできた馬鹿な俺だからこそこの世界の神様はその活かす場所を与えたのではないかと思う。 

 手元には作り立てのスパイスの効いた粉とひき肉が入ったフライパン。

 もう片方では鍋を用意してあらかじめ軽く炒めた野菜を放り込んで水を目分量で入れる。


「あとは煮込むだけだな」


 野菜を煮込み始める。

 蓋を閉じて時間を計測する。

 その間に次の日の仕込みをした。

 仕込みといっても簡単なものだった。

 ネギのような品質の野菜の根と芽を切り取り、大きな蓋つきのガラス製の中にそれらを入れて作っておいた甘酢風を注ぎ込む。

 冷蔵庫のようなものの中へとそれを入れて明日の楽しみとしてとっておいた。


「さて、10分は経過しただろうか」 


 鍋の中を確認すると思いのほか野菜は柔らかいものへと変化していた。

 魔道路の故障で当初は火を使えないような話であったが、王宮の地下には非常用の魔道路で動く発力システムのようなものが存在しているために電気や火が動くのは助かるというべきことだ。

 そもそも、無かったら王族が市民への配給活動ができないでこの国は餓死という道を辿ったことだろう。

 この世界は非常にもったいないと思う。

 魔法という能力を持っているのにもかかわらず戦争ということでしか範囲を広げた考えを持ち合わせていない。

 武器の製造や建築物に特化してはいるがそれだけ。

 魔法による火力を実体験して本格的に思う。

 魔法の火力で野菜さえも早く柔らかくする。


「さてと」


 俺はその中へとスパイスの効いた粉を入れた。

 お玉のようなもので掻き混ぜる。

 スパイスの効いた良い香りが引き立つ。


「これは良い匂いですね」


 料理長が初めてその時に笑みを見せた。


「なんだか、気持ちが良い匂いだ。それにそそられる」

「一口食べてみますか?」

「いいのですかっ!?」


 料理長がお玉のような道具で一口つけて目を大きく見開いて驚いたように二口3口といってしまう。


「あ、その辺で!」

「す、すまない! あまりにもおいしくって! 妙なレシピとは思っていましたがこれほどの物が仕上げられるとは。しかし、このようなレシピ他国に知られたらとんでもないことに」

「いいえ、これは広めるためのレシピです。だから、これにアレンジを加えていくのはあなたがた料理人の仕事でもあります」

「これにアレンジですか? しかし、勇者様のレシピにそのようなことをするなど我々にできるとは」

「あなたは料理人でしょう! 何を言うんですか! それにこれを食して今気分がいいといいましたよね?」

「ああ」

「それは食の幸せというものを感じ取っているんです」

「食の幸せ?」

「そうです」


 料理人長が硬直し、その言葉に対して深く受け取ったように考えこんでいた。

 そのタイミングに匂いにつられたかのように厨房に王女様と種村さんも入ってきた。


「なんですのこの良い匂い」

「すごいのね、あなた。こんな未知の材料を生かして本当に作ってしまうなんてカレーを」


 2人が一様に驚きを示しながら鍋の中に入ったスープを見る。

 それは野菜と肉が入ったスパイスの効いたスープ。

 カレースープである。


「本当は米になるようなものがあったりすれば炊いて、ルーでもよかったんだけど、今回はスープにしてみましたよ」

「スパイスから調理できるのも大したものじゃない」

「あはは、レストランで過去にバイトしていた経験ですよ」

「ふーん、普通においしいわ。カレーとはちょっと程遠くてもそれっぽいわよ」

「ありがとうございます!」


 アイドル声優に自分の飯を美味しいといってもらえたことに思わず感無量で涙がこぼれる。


「ちょっと、何泣いてんのよ!」


 俺の涙につられたのか、それともおいしくてなのか、こっそりと試食していた王女と料理人が大粒の涙を流しながら二人でがぶがぶとスープを飲んでいた。


「なんて、なんて……言葉が見つからないです! うぅぅ。目から何かがあふれてきます」

「殿下、私も勇者に今学ばされたばかりですがそれは食の幸せというやつらしいです」

「食の幸せ……。勇者様、あなたはこういうことをどんどんとこれから始めていくつもりですの?」


 見つめてきた王女を見つめ返して頷いた。


「最初に言いました通り、食だけじゃなく文化の改革を行うんです。これは手始めにすぎません。それと王女殿下、お忘れではないですか? あと一つ頼んでましたよね。厨房だけでなく工房の件も」


 俺は二人の間から手を伸ばしてお玉を奪い取りながら王女の反応をうかがう。

 二人は恨みがましそうな目を向けるが無視して王女の言葉を待った。


「勇者様、工房の件は今は手配をお待ちください。ですから、そのスープをもう少しだけ」

「王女殿下、工房の件は了解しました。ですが、このスープはあなたのために用意しただけじゃないのを理解していただきたいです」

「どういういみですのそれは?」


 不穏な空気がたちどころに流れたが俺は鍋の蓋を閉じる。


「外では今は多くの市民が苦しんでいて、騎士たちも貧しい飯を食して奮闘していますよね」

「まさか、あなた……」

「明日から市民への配給物にコイツを加えてくださいませんか?」


 王女の戸惑ったまま固まったのであった。


「やっぱりそういうことだったのね」


 種村さんはわかっていたとばかりにそうぼやくのであった。


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