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#008:荒野の主

 シエラの馬に荷物を乗せ、俺達は北へ歩いていた。流石に混沌石ケイオスストーンの影響があると、セイムルーダがこっそりと作ってくれた護符を馬にも装着して。

 荷物がないってのはなかなか気楽だ。が、今まであったものがないせいか違和感はかなりある。

「……それにしたって、ここまで徹底的に搾り取られてると、クラダ草原じゃなくてクラダ荒野に地名を変えたくなるわね」

 シエラの冗談に、俺はシャレにならないなと思いながら同意せざるを得ない。

 敵が少ないのも、立地のせいだろうか。荒野としか言えないそこでは、まともな生物が生きていけるとは思えない。そもそもがこれだけ開けた土地だ、敵に丸見えの草原に住む生き物なんて知れている。ワームの巣穴が大量にあるのは、小動物や虫を簡単に捕食できるからなんだろう。――が、ワームは巣穴を刺激しない限り出てこないので、実際のところ戦闘はほぼ皆無だった。

「こんだけ敵がいないなら、今回はラクそうだな。もうドラゴンなんか勘弁だぜ……」

 先日を思い出し、小唄こうたがげんなりとした表情で呟く。それを見ながら、シエラがくすくす笑い出した。

「確かにドラゴンは二度と嫌ね。でも、ドラゴンを倒せた人間なんかそうそうお目にかかれないわよ」

「それが三人も揃ってるのはまさに奇跡、ってか。……あんまり嬉しくないな」

 正直、生き物を犠牲にして名声を得る気は毛頭無い。強さってものには限りない憧れを感じるし、そのために体を鍛えてもいたけど――俺の欲しい強さは、ゲームみたいにモンスターを殺してレベルアップするようなタイプじゃない。とはいえ、鍛えだしたきっかけは特に覚えてない。まだ小学生でもなかったころからの記憶なんか、覚えていてもアテにはならないだろうが。

「――近いわね」

 シエラが唐突に呟いた。俺や小唄は影響を受けないせいか、未だに近いのか遠いのかよくわからない。

『確かに近くにあるようですわ。……けれど、これは……』

 セイムルーダの声が頭に響く。頼むからそんな深刻そうな声音は止めてくれ。無駄に不安になる。

『――地面の下を、動いています』

「へ?地下?」

 慌てて俺は足元を見る。特に変哲もない地面だが、こんなに乾いた場所で地中を動けるもんなんだろうか。それとも何か空洞化してるところがあるのか。

『移動しているというか、何か生き物に動かされているような……』

 結局、ものすごく嫌な予感は当たってしまうらしい。この荒野で地下を動ける可能性がある生き物なんてわかりきっていた。

「地下……って、どういうこと?」

 シエラも嫌な予感を覚えたのか、笑顔がひきつっている。そりゃそうだよな。

「……やっぱり敵はいるみたいだ」

 げんなりした様子で小唄が肩を落とす。全員良い感じに帰りたいオーラがみなぎったところで、同時に溜息。こんなところで息が合わなくても……。


 ――ザザザァッ


 唐突に、砂を落とすみたいな音が響いた。びくりと震え、俺達は周囲を慌てて見渡す。

「……な、何かいるわよ」

 解りきっていることだが、それをあえて再認識するかのようにシエラが呟く。背筋に嫌なものが来て、俺はとっさに叫んだ。

「バラけるぞ!」

 シエラはさすがというか、即座に反応する。馬を安全な場所に放し、俺も小唄もその場に散開する。と――

 ザバッ、という小気味よい音を立てて、俺達が立っていた辺りが盛り上がり、上空にむけて土砂を撒き散らす。その中心には――

 巨大なワーム。

 ダメだ、最初に見たアレもかなり気持ち悪かったのに、でかいって……でかいって反則だ――

 想像してみてくれ、明らかに人一人簡単に飲み込んでしまいそうな巨大な芋虫もどきを。俺達の恐怖が量り知れるだろう。

『あれですわ!中に混沌石を宿しています!』

「よりによってあんなんが飲み込んでんのかよ!?」

 セイムルーダと会話しているつもりだが、うまいことシエラまで状況が把握できたらしい。たぶん、そうなるようにセイムルーダが言葉を選んでいるのだろう。

「厄介だわ、潜られないうちに倒すわよ!」

 シエラが剣を抜いて叫ぶ。俺もそれに倣うように剣を抜くと、地面から半身を出しているワームに切りかかった。

 が、巨大なワームの皮膚にはほんの少しの傷しかつかない。でかいだけあって、やたら丈夫なようだ。

「……魔法のほうが効果あるかもしれん」

 飛び退いて小唄に目配せする。近くではワームの頭に向けて、シエラが魔法を放っていた。

 俺の視線に気付いたか気付いてないか、小唄は両手を胸の前でかざして、その間の空間に何かを生み出した。それが炎になり、小唄の目の前に大きく広がると――

「フレイム!」

 言霊スペルによって、焔が渦を巻き巨大ワームに襲いかかる。巻き添えにならないように飛び退くと、容易には動けないらしいワームに見事に命中する。

 言葉では表せない、しかし聞くに耐えない悲鳴を上げてワームが悶える。火消しのつもりか、体を地面に叩きつけようとしたその下から、慌てて脱出する。こんなんに潰されたら一巻の終わりだ。

 ドスンとかいう音じゃ済まない音を立てて体を地面に叩きつけるワームに、小唄が追い討ちのようにまた言霊を発した。

「――アイシクルランスっ!」

 火に氷に、ワームも忙しいな。なんて思いながら、俺は見事着弾した魔法で凍りついたワームに突っ込んでいく。凍っている場所なら、剣も貫通するはずだ。

「――アイシクルっ!」

 タイミングよく、シエラがワームの巣穴を凍り付かせる。これで氷が溶けるまでかなりかかるはずだ。

 ありきたりなかけ声とともに、俺はワームの上に剣を突き立てる。が、貫通しきるはずもない巨体がそれで簡単にやられてくれるはずはない。凍り付きながら俺ごと頭を振り始めるのは、気持ち悪くて見たくないけど見なきゃならない。

「もう一度――!」

 剣を引き抜けば、そこから粘りのある液体が噴き出す。血なんだろうが、あんまり浴びたくない。が、それに構って居ては何も終わらない。

 俺はもう一度、剣を突き立てようと構えた。が、ワームの体力のほうが氷より上手だったらしい。いきなり、上に乗った俺ごと頭を持ち上げた。

「な……っ!」

 とっさに何をすることも出来ずに、俺はあえなく振り落とされる。地面に背中を強打して、息が詰まった。

やまとっ!」

 小唄が叫ぶ。明らかに心配されたな――思いながら、顔を上げ――

 硬直した。

 目の前に広がる、臓器の内壁のような赤いもの。円形にそれを縁取る、無数の細かい牙。それが、あの巨大ワームの口だと気付いた時には、情けなくも腰が抜けて動けなくなっていた。

「あ……」

「倭っ!」

 動けない俺に、小唄が駆け寄る。目が存在しないらしい巨大ワームが、小唄のほうを振り向いた。

「大丈夫!?」

 腕を誰かに捕まれ、その場から離された。シエラが引っ張ってくれたらしいことを認識し、俺はようやく安堵する。

「ごめん」

「小唄くんを援護するわよ」

 シエラに一言謝って、俺は一緒に飛ばされた剣を拾う。目の前では、小唄が巨大ワームに氷の魔法を放っていた。

 ほんの少し足が震える。さっきの恐怖があまりにも鮮明で、振り切るように剣を構える。

『かなり弱っているはずですわ!』

 セイムルーダが、俺の頭の中で叫ぶ。ペンダントが光って、体が軽くなった。たぶん、何か魔法をかけてくれたんだろう。

「これなら……いける!」

 今時ゲームや漫画で使い古された典型的な台詞がこぼれたが、実際に言いたくなる気持ちはよくわかる。何か特殊な理由がない限り、これくらいしか言い様はない――

「小唄っ!」

 すっかり氷を振り払って暴れるワームに、俺はサイドから突っ込んでいく。すぐ横を冷気の塊が、俺よりも素早く飛んでいった。シエラの魔法らしいそれが、俺がさっきつけた傷のあたりを凍らせた。


 いいタイミングだ――思いながら、俺はそのまま横から巨大ワームの頭を貫いた。


 藍色の石を、剣で砕く。みるみるうちに灰色になっていく石に反して、俺を中心に大地に緑が広がっていく。

 今度は倒れなかったシエラが、座り込んだ俺の肩に手をおいた。背中にずきりと痛みが走る。

「あっちに、湖があるはずなの。きっと水が戻ってるわ」

 彼女が何を言わんとしているかはよくわかった。が――

「――倭っ!?」

 ――返事を返すまもなく、俺はその場に倒れてしまった――。



 * * * * * *



 いつものように、帰りに友達と遊んで日が暮れる。そんなこと、子供ならみんなそうなんだろうと、俺は思っていた。

 だが、そいつは違ったんだ。

「なぁ、けーいち。アレ見ろよ」

 友人の一人の声に、俺はその指のさす方向を見る。公園のそばを、重そうな鞄をさげて歩く一風変わった子供がいた。まだ俺よりも背が低く、くすんでいるがちょっときれいな金色の髪。気弱そうに下を向いて歩くそいつを、周りが冷やかし始めた。

「あれ、外人だよな。はじめて見た」

「おい、そこのお前!」

 たぶん、奴らはなんにも考えてなかったんだと思う。金色の髪の、たぶんあんまり歳も変わらない相手が珍しかった。そんなところか。

 見たことのないそいつに友人たちが駆け寄っていくから、俺もその後ろについて行く。新しく友達が出来るかも知れない、そんな期待で俺はそいつを見た。

 声をかけられた理由を知るはずもないそいつの目は、ほんのすこしおびえていた。灰色の瞳が俺達を順に見て、割と自然な日本語を発する。

「な……なにか、用?」

 周りはみんな、彼より背が高い。怯えるのも当然だと今なら思える。

「なぁなぁ、どこの国から来たんだ?アメリカ?」

「え……、ぼ、僕は、外国人じゃないよ」

 不躾な質問に、彼は泣きそうになりながら答える。それが信じられなかったのか、友人はその金色の髪を軽く掴んだ。

「じゃあなんで金髪なんだよ、染めたのか?」

「痛っ……そんな事してないよ……、離してよぉ」

 さすがに、俺は友人の間に割って入って、そいつを背中にかばった。髪を引っ張るなんて、いくら何でもやりすぎだ。

「やめろよ、これじゃいじめだろ」

「何だよ、俺はほんとの事聞きたいだけだろ!」

 子供なんて、それが間違いでも認めたがらない。既に泣き出している金髪の子を見て、俺は自分の髪を指さした。

「引っ張ったくらいで染めたかどうか解るなら、俺のも引っ張ればいいだろ!お前らどうせ、俺も染めてると思ってるんだろ」

 鮮やかな赤い髪。それは俺の後ろで泣いてるあいつと、共通していた。日本人離れしてる、と。

 さすがに、この中では一番の力持ちの俺に対してみんながそんな事を出来るはずがない。やるならやれって思ったくらいだけど、全員黙り込んだ。



 他の奴らと別れて、俺は金髪の子――みやび 小唄と、公園のベンチに座っていた。聞けば父親がアメリカ人だが日本生まれで、ずっとこっちで育ったらしい。

「……さっきは、ありがとう」

 恥ずかしそうにしながら、小唄は俺を見る。きれいな灰色の目はたぶん、父親に受け継いだんだと思う。

「いいよ、俺達が悪かったんだし。痛くないか?」

「うん、大丈夫……えっと」

「倭だよ。やまと、けいいち。呼びやすいから倭でいいよ」

 ようやく自分の名前を教えて、俺は小唄に手を差し出す。その手を、小唄が握った。


 それが、俺と小唄の出会いだった。



 * * * * * *



 懐かしい夢を見たあと、俺はゆっくりと起き上がった。非現実的な夢から小さい頃の夢を見るなんて、随分寝ていた気がする。

 が、目覚まし時計を探そうとして、俺は一部が夢でないことに気付く。

 木造の知らない部屋、時計もあるはずはなく、あるのはベッドの脇に置かれたザックと、椅子に掛かった服やマント。

 そして――ベッドの脇には小唄が突っ伏して眠っていた。


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