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#005:亜麻色の髪の乙女


 小唄こうたとしてはタイミングを見計らったつもりなんだろう、唐突な火の玉をギリギリ避ける。狙いは確かだったようで、ちょうど化け物たちが集まっていた場所に命中した。

「ギャウヴヴン!」

 なんとも気持ちの悪い悲鳴を上げて、化け物たちが身体についた火を消そうと身体を転がす。その中の一匹――白いオーラの山羊が、俺に突進してきた。

「……っ!?」

 思ったよりそれは早く、反撃が間に合うかすらわからない。剣で山羊の頭を止めようと構えるが、簡単に剣ごと弾き飛ばされた。

 地面に尻餅をついた瞬間、獣の荒い鼻息が耳をかすめる。小唄が何か叫んでいるが、たぶん魔法は間に合わない。もう仕舞いか――

 あっけなかったな、なんて思いながらぎゅっと目を閉じる。悲鳴のような雄叫びが上がり、そして――

「……?」

 なんの衝撃もないことに不思議に思った。と、目の前がやや暗くなる。見上げれば、それが人間であることが解った。

「大丈夫かしら」

 亜麻色って言うんだか、うすい茶色の髪をした、たぶん俺よりは年上の女の人。

 彼女の背後には、もう動かない山羊の化け物が倒れている。あの一瞬で、彼女は一体どこから現れたんだ?――そんな疑問より先に、差し出された手を掴んでいた。



「――あの、ありがとうございます」

 馬が一匹減ってしまったせいか、先程よりは揺れが酷くなくなった馬車で礼を言う。大人っぽい雰囲気の――美女に値する、と思う――彼女は、シエラと名乗った。

「礼には及ばないわ。馬車が見つかって、おまけにタダでいいなんて御の字だもの」

 言っていることとは裏腹に、彼女は品の良い笑顔を見せる。モノの価値なんか解らない俺でも解るほど良い服を着ている彼女が、金に困ることはあまりなさそうに見える。

「ところであなたたち、どこに向かうのかしら?」

 おそらくは意味のない、ただの話題作りなんだろう。が、俺は行き先を小唄に任せっきりでよく記憶してなかった。

「この先にあるミルダ渓谷に向かうつもりなんだけど」

 タイミングよく小唄が口を開く。あら、と驚いた様子でシエラが口元に手を当てた。

「偶然ね。私もそこへ行くのよ」

 にこりと微笑むシエラの、天使みたいな笑顔に気を悪くしない奴は居ないんじゃ無かろうか。少し見とれていると、肩を叩かれる。

 振り向くと、頬に小唄の人差し指が突き刺さった。

「んなっ!?」

「なーにデレデレしてんだよ、お前」

 ケラケラ笑いながら俺を小突く小唄に、からかわれたとようやく気付く。

 そりゃあイケメン様は美女なんか見慣れてるんだろ。ホームステイ先は美人ばっかだったなんて話も聞いた。そう考えればシエラすら小唄的には平凡なんだろうか。

「仲が良いのね。ところで二人とも、同じ服を着てるみたいだけれど……どこかに所属しているのかしら?」

 俺と小唄の掛け合い漫才を見ながら、シエラがふと訊ねてくる。確かに、制服ってもんはどの世界でも組織的に見えるらしい。

「あぁ、これは学校の制服ですよ。俺たち今、霊力マナについて研究してるんです」

 出た、小唄の口から出任せ攻撃。よくもまぁ平気で嘘が吐けるもんだ。

「そうなの?それでミルダ渓谷へ……まさか、混沌石ケイオスストーンを探すつもり?」

 いきなり確信に迫られて、俺は冷や汗をかく。が、小唄はそんなことないらしい、俺には構わずにそうなんですよ〜なんて。

「危険なものとは解ってるんで、破壊して調べてみようと」

 それとなく、混沌石をどうするかまで言ってのけるんだからすごい。小唄の話を聞いたシエラは、何かを考えるように腕を軽く組む。

「うーん、止めるつもりはないけど、心配ね。知ってるだろうけど、あの石の周りには魔獣が集まりやすいのよ?」

 彼女が俺たちを心配するのは、実力の面でも当たり前だ。けど、最後に付け足されたそれは知らないぞ。

『……説明し忘れてましたわ』

 ペンダントではなく、直接頭に声が響く。忘れてたって……。

「ねえ、よかったら私、一緒に行くわよ。もしかしたら目的のものも見つかるかも知れないから」

 目的のもの――?

 正直にありがたい申し出とその理由に、どちらから先に返事をするべきか迷う。と、小唄が俺の肩に手を置いた。

「それはかなり、ありがたい。けど、目的のものとは?」

 あっさりと二つの返事を返す小唄に、シエラはにこりと笑って一枚の紙を出した。

「……花?」

 手のひらから少しはみ出る程度の紙には、可憐という文字にぴったりの花が描かれていた。星形の花弁は、俺たちの世界にも似たものがあるが、それとはまた色や造形が違う。

『ミルダ渓谷のフェリシア、と書かれていますわ』

 またセイムルーダの声が頭に響く。下に書いてある文字を読んでくれたのだろう。

「その花はね、病気の治療薬なのよ。花弁にたまった小さな蜜に、霊力が溢れるほど含まれているらしいの」

「病気の家族でもいるのか?」

 聞いたあとしまったと思うが、シエラはいいえと首を振る。

「世界樹の麓で受けた依頼よ。普段は世界樹から出る樹液で賄えるけれど、混沌石のせいであまり世界樹の霊力を消費できないみたいで」

 これはセイムルーダには耳に痛い話かもしれない。シエラの説明に納得したのか、小唄はなるほどと頷いた。

「なぁ、小唄。フェリシア、って花もようは霊力の塊なんだから、混沌石を先に破壊しておかないと面倒なことになるんじゃないかな」

 さすがに俺だってなんの予測も出来ないはずはない。混沌石の特性を考えれば、フェリシアの花の霊力も奪われてしまうんだろうと思う。だからシエラは俺たちに協力を申し出たんだろう。

「どっちにしろ、花も一人で探すより俺達がいたほうが早く見つかるはずだよな。さっきので俺達の実力のなさを思い知ったし、シエラさんがいたほうがいいよ」

「そうだな……」

 俺の提案に小唄はゆっくり頷いた。

 なんとなく、ほんの少しだけ残念そうに見えるのは気のせいか。

「決まりね。それじゃあ、よろしくお願いするわ」

 そんな感じで、俺達とシエラのにわかパーティーが組まれたのだった。



 ミルダ渓谷の手前にある小さな街は、混沌石の影響か荒れ果てていた。土はからからに干からびて、干上がったのか川らしき場所も水が流れていない。

「すごいわね、街が死人みたい」

 シエラが神妙な顔つきで呟く。街は静かで、住人達もあまり活動的ではないらしい。それにしても街が死人だなんて、不思議な表現だ。

「……まぁ、この荒れようじゃそう言っても不思議じゃないよな」

 その感性には通じるところがあるのか、小唄は足元で枯れた雑草を手にすくい上げる。

「根こそぎって感じだな……住人、大丈夫なのか?」

「かなりダメージが大きいみたいね。水や食事は期待できないわ」

 水がなければ、人間は生きれない。俺たちの世界でもそれは当たり前だけど、この世界にとっての水は霊力を運ぶ媒体でもあるとセイムルーダが言った。

「宿……くらいはあるよな。少なくとも寝る場所くらいは確保したい」

 小唄が宿を提案するも、シエラはふるふると首を振る。

「同感だけど……たぶん無理よ。みんなマナを吸われてろくに働けないし、他人に構ってられる余裕はないわ」

 街の人間達は何故逃げないのか――一瞬そう思うが、逃げられるはずはない。

 だがいよいよもって、このまま野宿フラグが濃厚だ。小唄じゃないが、正直この場所で野宿はかなり衛生面が心配になる。

「渓谷に入って、すぐにでも混沌石を探すべきね。……住人がすぐに回復するとは思えないけど」

 結局、シエラの提案に従うことにする。とはいえ、これは野宿確定なんだろうな……。



 所々まだ草木や水が残っているようで、渓谷の中は街よりはマシに見えた。

 正直、霊力を溜め込んでいるフェリシアの花もヤバいんじゃないか。そんな事を考えていたんだが、もしかしたら生きているものがあるかも知れない。

「あっち側にはまだ水や緑がたくさんあるわ。……となると、混沌石はこっちよね」

 途中から二つに別れた進路を示して、シエラ。左側には確かに、生い茂るとまではいかないが青々とした草木が見られる。対して右は、一面茶色の、枯れ木と岩だらけの世界。

 ――同じ場所でこうも影響が別れるのは、セイムルーダの言っていた霊力の流れによるのだろうか。完全に色違いだ、なんて小唄が呟いた。

「とりあえず、右に行ってみよう。……の前に、いろいろお待ちかねみたいだけど」

 俺がそんな事を言う前に、シエラは気付いていたらしい。短剣を抜いて何かの言霊を発すると、彼女の体が一瞬赤く光る。

 途端に、前後左右から目の赤い獣が出てくる。狼にハイエナに猪、さらになぜかシカとかまでいる。たぶん、こいつらが霊力を奪われて暴走した獣なんだろう。

「猪は食料になりそうね。……たぶんあんまり美味しくないだろうけど」

 冗談のつもりか、シエラは笑みを浮かべて呟く。背後にいる小唄が、シエラのものをまねたのか頼りない声で言霊を発した。

 瞬間、身体が軽くなる。なるほど、これなら素早い動物相手に軽く立ち回れそうだ。

「サンキュー!」

「行くわよ!」

 小唄に礼を言って、俺は背後にいたシカと鬼ごっこを始めた。



「意外といけるものね、野宿」

 暗くなりはじめたころ、途中見つけた洞窟で俺たちは休んでいた。なぜか小唄が持っていたライターで枯れ木に火をつける。

 一瞬未成年で喫煙してたのか?と疑ったが、そんな事はないらしく、父親から貰った有名ブランドの特注品らしい。

「便利なものがあるのね。そんな小さなものが火の霊力を操るなんて」

「原理は簡単、だったはず」

 ライターをしまいながら、小唄が微笑む。興味はあるがそれほど頓着していないらしく、シエラはザックから非常食を出した。

 それを見て、俺達も念の為買っておいた食料を出す。備えあれば憂いなしなんて言うけど、備えが役立った事なんてこれを含めてほんの少ししかない。

「そういや小唄、なんかずいぶん魔法が様になってきたな」

「あー……うん。だいぶ、集中の仕方が安定してきたよ。それに、やまととシエラがいるから」

 ニコニコしながら干し肉をかじる小唄に、相変わらずだなあと感心する。小唄はとにかく、小さい頃から物覚えが早い。無理だって言われたり思われていたことを平気でこなしてしまうし、ぼーっとしているときにもちゃんと人の話は聞いているのか、よそ見をして授業で指されてもすらっと答えが出る。頭の構成はたぶん俺と間違いなく違う、天才タイプだ。

「学生にしてはいい戦いっぷりよ。でも不思議ね、言霊を魔法だなんて。……確かに、そんなものだけれど」

 どうやらこの世界では、言霊以外の呼び方はメジャーではないらしい。一瞬びくっとするが、魔法という単語自体はおかしくないようで安堵した。今度から気をつけなければならないか。

「あはは、魔法のほうが夢があるっしょ」

 相変わらず上手いごまかし方をして、小唄は水筒から水を飲む。しばらく、他愛もない会話が続いた。



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