#004:迷いと友情
街に着いて、手持ちの宝石を店で売り、そのまま宿屋へ。
世界樹の麓の街だというその街は、ところどころに古びた木の根っこが飛び出している。足を引っかけたりしたが、何もそれは余所者だけではなく住人もよく転ぶらしい。
かといってその根を切るのは、世界樹の寿命を縮めることになるらしい。確かにそれは困るなと思いながら、俺は世界樹の根が飛びだしている部屋を見た。
「宿屋にまでルーダが居るみたいな気分」
小唄の意見には賛成だった。世界とは縁がない俺達が、セイムルーダ本人とは面識を持っている。部屋の中に飛びだしたこの根も、彼女だということには驚くしかない。
だが――
「根っこ以外の部分はどうしたんだ?」
素直な疑問が口をついて出る。小唄もそこは気になったらしい。というのも、この周辺には木に見える場所がない。
『あら、さっきまで貴方達が歩いていましたわよ』
…………。
とんでもない発言を聞いた気がする。さっきまで俺たちは、神殿のあった山を下っていたんじゃないのか?
『わたくしももうかなりの年月、成長を続けております。長い間に隙間に土砂が積もって、一見山や森みたいにしか見えないのですわ』
横を見れば小唄があんぐりとしていた。それって一体どれだけ掛かったら実現可能なんだろう。一万年じゃ済むわけがない。
「すごい長生きなんだな……」
当たり前だが、そう言いたいのは理解できる。楽しそうに世界樹の根っこを触ったり、部屋の中を見て回る小唄を後目に横になる。正直な話、あの一件で少し気分が悪い。
『……自分の手で命を消滅させることを、喜ぶ方は居ませんわ』
セイムルーダの言葉に、はしゃいでいた小唄が静かになる。ベッドに揺れが生じて、小唄が乗ってきたんだなと理解した。
「……ごめんな、倭。俺、結局役に立たなかったし、お前一人に押しつけちまったよな」
案の定どころか、何で一字一句間違わないレベルで予想通りのことを言うんだよ。いい加減小唄の考えていることを予想しすぎだ。小唄自体が予想されやすすぎるのかも知れないが。
「……お前は悪くないよ。俺が気にしすぎてるだけだ」
溜息を吐いて起き上がれば、小唄は少し寂しそうに俯く。勝手に自己嫌悪されたって困るんだが。
「……倭さぁ、いつもいつも俺に気を使ってばかりだよな。……そりゃ、気を使わせてる俺が一番悪いとは思うけど」
困った様子で頭を掻く小唄を、俺はじっと見た。腐ってもなくても経営者、小唄は自己分析力には長けている。
「……でも、俺だってたまには頼りになるんだぞ。……悩み聞いたりくらいだけど。そんなんでも、ちょっとは気持ち、ラクになるんだぜ」
気がつけば、小唄は俺にかなり近寄って、すぐ側に顔がある。あんまり近すぎるその距離に、俺は今更驚いた。
というか、鼻がぶつかりそうだ。気分はヤクザにガンつけられた一般人。……語弊があるかもしれんが。
「……正直アレが人間だったら、もっと気にしてたな」
密着寸前の状態に耐えかね、俺は俯いて溜息を吐く。なぜか、小唄に頭を撫でられた。
「な、何で撫でるんだよ」
「いやぁ……年上としてはこう、いいこいいこってやんなきゃかなって」
たまにこいつは理解しがたいことをぽろりとこぼす。今回も例によってそれらしく、ニコニコしながら俺の頭を撫でていた。
「倭は全部自分の中で解決しようとしすぎなんだよ。だからって俺に何が出来るかも解らないけど、もしかしたら話せばラクになったり、もっと簡単に解決したりもするんじゃないか?」
「……」
多分、小唄の言うことは間違ってない。俺は確かに、他人に迷惑をかけるのが大嫌いで、できるだけ自分で解決しようとしていた。もちろん毎回上手く行くはずはなくて、たまには落ち込んだりする。
――小唄は、それを心配してくれてるんだろうか。
「たぶん俺だって、いきなりあんな風に生き物を殺したりすりゃ、怖くて震えるよ。でも、あれを倭が倒してくれなかったら、すごい怪我してただろうし、ひょっとしたら俺達二人とも死んでたかも知れない」
小唄はすこし言葉を探しながら、俺の目を見る。やはり距離はかなり近いが、無駄に顔がいいせいか反らしたくはならない。
「……正直怪我が無くて安心したし、それに、あんな風にちゃんと戦える倭はすごいなって思った。……俺なんか腰抜かしちまったしな、すんげー情けないぜ」
はぁ、と溜息を吐いた小唄に、俺はなんとなくこいつがさっき俺を撫でた理由が解った気がする。真似るように頭を撫でてやると、へへ、と笑って顔を上げた。
「次は絶対腰抜かしたりしないからな」
「……どーだかな、足すくませんなよ」
精一杯の小唄の虚勢に、憎まれ口を叩く。なんとなく頭を痛めていたあのもやついた感情は、今はない。
『お二人は、仲が良いですわね』
沈黙を守っていたセイムルーダが、くすくす笑いながら囁く。そんなことあるよねー、なんて言いながら小唄が笑い出すと、俺も自然と笑っていた。
「混沌石?あんなもん探してどうするんだ」
酒場のマスターらしき禿親父が、俺を睨んで(たぶん、そのつもりはないのだろう)質問する。どう答えようか迷っていると、小唄が一歩前に出た。
「さる高名な方が私たちに、世界樹の霊力がこれ以上浪費されないよう石を破壊せよと命じたのです。これ以上の説明は容赦していただきたい」
なんという口から出任せだろうか。だがこの世界にも王族やら貴族はいるはずで、名前さえ伏せればなんとでも言いようがある。
「こりゃ驚いた、まさかあんたら、レダノの特務か?動き出したとは聞いたがこんなところまでなぁ」
「ご理解頂けたなら話が早い。何か情報はないだろうか」
勝手に勘違いするマスターに、小唄はいけしゃあしゃあと交渉をはじめる。その手から金貨が手渡されたことには、本人達以外には俺しか気付かない。
……もしかしたらこいつ、この世界に向いてるんじゃなかろうか。あまりの手際の良さに、セイムルーダすら呆気にとられている。
「倭、いくつかそれなりな話が聞けたぜ」
話を聞いているあいだ待っていた俺に、ニコニコしながら小唄が近寄ってきた。向かいに座って、ウェイトレスに適当に注文をつけると、制服からメモを出す。普段は奴の会社のスケジュールやらが書かれているメモは、普段以上にまったくよくわからない単語に溢れていた。
「地名とかはわからないからとりあえずメモだけはしたけど、あとで地図買ったほうがいいかもな」
運ばれてきた飲み物と料理を前に、小唄は細い目をさらに細くして呟く。そこでようやく、セイムルーダが口を開く。
『小唄さんは、交渉術に長けているのですね。驚きましたわ』
そりゃあ若干18歳であれだけのはったりをかましてくれたら、いくらなんでも誰だって驚く。こういうのが得意とは聞いていたけど、実際見るのは初めてだ。
「ダテに投資家やってないよ、必要な情報もできるだけ値切るからな。とはいってもまだこの世界の金の基準が解らないけど」
「はぁ……。お前ほんとに高校生かよ?」
サラダをつつきながら、小唄ならすぐにその基準ってやつを体得しそうだと思った。なんせ15の時に一年留年までして世界一周ホームステイなんてことをやり遂げたやつだ、外国にでもいるつもりなんだろう。
「――そういや、なんで言葉が通じるんだ?」
ふと、俺は今まで何故か気付かなかったことに疑問を抱き、首を傾げる。ここが外国なら普通言葉なんか通じないはずだ。
「あ、俺さっきそれが気になって、マスターに英語で話してみたら通じたぜ」
「……まじで?」
セイムルーダではなく先に発せられた小唄のセリフに、俺は冷や汗を垂らす。もしかしてこの世界の住人はみんな2カ国語ペラペラなんじゃなかろうか。そんなまさか。
『小唄さんがいきなり違う言葉で話されたことには驚きましたわ。でも、意味さえあれば伝わるようになっていますの』
「へぇ……便利だな。もしかしてこの世界の他の地域で言葉が違っても、俺達には解るのか?」
俺が興味本意で聞くと、セイムルーダはそうですわと答える。加えて、これは召喚術にそういう要素が含まれているからとも教えてくれた。
「通訳の仕事とかやったら儲かるんじゃないか?」
冗談混じりに小唄が言う。確かにそれはラクそうな話だ。が、俺達が金を稼ぐ理由は今のところない。
「ま、今は混沌石をぶっ壊しに行くのが先だよな。聞いた場所はどこもばらけてるから、馬車で移動したほうが良いみたいだぜ」
「あんのか、そんなもん」
すっかり情報役になっている小唄は、得意げに乗り合い馬車があると言った。それもさりげなく聞いたんだろうなと思う。
「けど、まずは服をどうにかしないとな。制服はともかく、マントはもうかなりぼろいし」
確かに、神殿にあったマントはかなりの年月放置されていたのか、あちこちが痛んでいる。着れないわけではないものの、破こうとすればすぐに破ける。
「まずは身の回りのもん揃えて、地図……かな。商店の場所も聞いたからなんとかなるだろ」
いつの間にか互いに食事は済んでいた。勘定を済ませて外に出ると、まだ日が昇りきるくらいの時間だった。
がたがたがたがた。
ごとごとごとごと。
無機質な音を立てて走る馬車の中、俺はげんなりして頭を抱えた。
粗末な木造の椅子が、これまた木造の車輪の荒い動きと同時にガタガタ揺れる。馬車を舐めていた俺が悪いんだろうが、正直とても座っていられない。
「クッションでも、用意、すればよかった、な」
途切れ途切れに小唄が呟く。あんまり歯切れも良くないのは、舌をかまないようにしているせいか。
『大変そうですわね……』
半ば他人事にセイムルーダが呟く。遠くにいる奴は良いよな……
当たり前だが揺れの影響がないらしいセイムルーダに、この苦痛は解らないだろう。仕方ないとは思うが、それにしたってもう少しどうにかならないもんか。
思っていると、急に馬車が停止する。そして、御者の悲鳴――
「……おい」
急停止はともかく、悲鳴は普通じゃない。慌てて窓から外を見れば、前方に黒い影が複数あった。
「大丈夫か?!」
御者に声をかけると、何とも言えない悲鳴と一緒に「助けてくれ」という叫び声。生きてはいるが、逃げ出すことも出来ないのだろう。
「小唄、腰抜かすなよ?」
「わ、解ってるよ……というか、どうすんだ?戦うにしても、あいつら群れみたいだぞ」
確かに、窓から見るに正面切って戦うのは不利だと俺でもわかる。となれば、頭を使うしかない。
「俺が先に出て、あいつらに追いかけ回される。その間にここの上に登って、魔法で狙ってくれ」
ものすごく気が進まないが、これくらいしか方法はない。小唄の返事を聞かずに馬車から飛び出すと、御者ににじり寄っていた化け物達は俺を見る。念の為剣を抜いて化け物の群れに突っ込んでいくと、そういう習性なのか飛び上がって飛びかかる。難なくそれをしゃがんで避ければ、目標を見失ったらしいそいつらが背後に着地した。
思ったより数は少ない。5匹ほどのそれは、まぁ見事に白と黒。黒い奴は昨日お目にかかった狼と思うが、白いのはなんだか山羊みたいな体型をしていた。
「あの白いのも魔法じゃなきゃきついか」
外見的に、そんな事を思う。狼と同じく「白いオーラ」みたいなもんを纏っていたから、なんて理由だが。
「よし、鬼ごっこだ。100M12秒いらない俺を舐めんなよ」
挑発というのをどうやるかわからないが、それっぽい口笛を吹いてみた。が、どうやらノってくれたらしく、化け物どもが一斉に飛びかか……
「うわっ、早っ!?」
すぐに眼前に迫られ、俺は横に飛び跳ねる。反復横跳びをはじめて生かした気がする、とかはどうでもいい。
飛び退いて走ってを繰り返しながら、俺は出来るだけ馬車と距離が離れないように化け物を一カ所にまとめる。簡単に言ってるが、並々ならぬ努力のもと……というわけではないか。
「ふ……ファイアボールっ!」
俺が必死に走っていると、突然ぎこちない言霊が響いた。