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#012:嘘が招く罠


「――部下を放置して俺を追いかけるか?お前ならやるだろうな」

 立ち去ろうと構えている男に、アセレアは無言で一歩を踏み出す。ふたりの気迫は俺達なんかにはついていけないような、桁違いの「何か」がある――けれど、だ。

「待て!そいつをどうする気なんだ!?」

 飛び退き立ち去ろうとした男に、俺はできるだけ全速力で走り寄って叫ぶ。あいつどころか、アセレアの近くにすら近付いていないけど……。

「子供がしゃしゃり出る問題じゃない。巻き込まれたくなければ消えることだ」

 アセレアがカークと呼んだ男は、俺にそう言って踵を返す。追いかけようとするも、その一瞬で――

「なっ……、なんだあいつ……!?」

 小唄こうたが驚くのも無理はない、逃げ出したあいつの足の速さときたら、全力を出した俺にすら追いつけないくらい素早くて――。

 寧ろ、追いかける前に確実に間に合わないくらい遠くまで行ってしまっていた。

「……恐らく誰にも追いつけないでしょう。あれの足の速さは、故郷の誰もかなわなかったほどです」

 溜息を吐いて、アセレアが手にしていた剣を鞘に収める。かなり細身の剣は、多分フェンシング用だ。

「しかし――あなた方は何故ここへ?それに、混沌石が近くにあるのに何故立っていられるのですか?」

 振り向いてこちらに近寄ったアセレアは、厳しい表情のなかに困惑の色を見せていた。特に、その視線はシエラに比重が置かれている。――怒り半分、残りが困惑なんだろう。言葉を探している様子で、暫し沈黙があたりを支配した。

「……貴方が何も言わずに任務に出てしまったから、追ってきたのよ」

 漸く口を開いたのは、シエラだった。それから、向こう側で溜息。手のひらで顔を覆い――というよりこめかみに手を当て、アセレアは頭を振った。

「陛下がお聞きになったらどれだけ嘆かれるか……貴方は自分の立場を解っていらっしゃるんですか?」

 どうやら、シエラが件のシェーラ姫であることは間違いないようだった。今にも口論を始めてしまいそうな二人の間に、意外にも小唄が割ってはいる。

「とりあえず、ふたりともお互いに心配しあってるんだよな?変な喧嘩はしないで、とにかく一旦ここから出ないか?

 まさかあんたひとりで、ここにいる兵士さんを全員運べるわけないだろ?」

 無理にシエラとアセレアの視界に割り込んで、小唄は周囲で倒れ込んでいる兵士たちを示す。そこでようやく、ふたりは沈黙した。

「……身内を贔屓するようで悪いけど、小唄の言うとおりだよ。こんなところで言い争ってる場合じゃない」

 小唄の両脇で沈黙するふたりが、互いに目を合わせた。それから、ふたり同時に溜息。

「……確かにあなた達の言うとおりね。意味のないことはやめましょ」

「……お恥ずかしい限りです。

 ひとまず、兵を介抱しましょう――多少霊力マナを与えれば動けるようにもなるはずです」

 漸く、重い空気がなくなった。それに安堵して、俺達は倒れている兵士たちを介抱しはじめた。



 それはまさに、中世や洋風ファンタジーなんかに出てくるお城だった。

 大理石のようなものが張り巡らされた床に赤い絨毯、広い空間に間をおいて並べられる、凝りに凝った調度品。天井には一面に、随分と色褪せた絵画がそのまま施してある。そのせいか、真っ白だった外からの外観とは逆に古さを感じさせる。

 とにかく荘厳なんて言葉がやたら似合うここは、レダノ公国の領主が住む城だ。

「――場違いな感じがする」

 ぼそりと、小唄が呟いた。実際、それは事実だ。今の俺や小唄は服装も庶民的だし、そもそもがこの世界の人間ではない、完全な部外者だからだ。

「一般人が入れる場所ではありませんからね。とはいえ、貴方達にはいろいろ話を聞かなければならない」

 背を向けたまま、アセレア。言い方は優しいけど間違いなく、俺達は客ではないってことだ。それははじめから解っていたけれど、シエラがここにいないのはどういう事なんだろう。

「入ってください。シェーラ……いや、姫は後で参ります。どうせ、陛下に説教されているんでしょう」

 俺の疑問に答えながら、アセレアはいくつかある部屋のひとつを示す。並んでいる部屋にはみんな似たような銀のプレートがついていて、内容は解らないが文字が書かれている。この部屋が何をする場所か示しているんだろう――けれど、俺達にはわからない。

 意外にも、先に部屋に入ったのは小唄だ。こんな時ばかりは堂々としてるんだから、時々驚く。あいつにはヘタレな時とそうでないときの基準がある、らしい。その基準は良くは解らないが、乱闘とかになると間違いなく後込みするくらいは俺にもわかる。

「……会議室か」

 部屋の内装を見て、俺はこっそり安堵する。よくドラマなんかである拷問室だとか警察の事情聴取の部屋みたいなところを想像したりしたんだけど、良く考えなくてもいきなりそんな事があるはずがない。

「座ってください。姫が来るまで、お茶でも頂きながら待ちましょうか。作り置きの不味いコーヒーですが」

 部屋に入ると、それまで厳しい表情だったアセレアが優雅に微笑んだ。――どうやら、さっきまでは人目を気にしていたってことだろう。それにしても、こんな風に笑われたら別人みたいだ。

 良くも悪くも、アセレアというこの男の人は「きれい」だ。ウェーブのかかった水色の長髪に、同じ色のガラスみたいな目。男らしい体格ではあるけど、見る角度によっては女の人みたいに見える。

 意識しているのか、容姿だけでなく衣服まで品が良い。ぱっと見には、完璧そうな人物だ。

 その彼が勧めてくれたコーヒーを、俺は悪いと思いながらもパスした。ガキっぽいとか言われそうだが、どうもあれだけは苦手なんだ。

「なら、紅茶のほうがよかったでしょうか?お煎れしますよ」

「いえ、お構いなく」

 気を使っているらしいアセレアには悪いと思うけど、そんなに喉もかわいてないから断った。それに、こんな場違いな場所にいてモノを口にするのはなかなか辛いものがある。

「それは残念です。これでも紅茶の煎れ方には自信があるのですが……」

 苦笑して、アセレアは自分のコーヒーに口を付ける。そこで、ふと静かなことに気がついた。さっきから俺とアセレアしか会話してない――

 ――理由はすぐに解った。俺の隣で座っていたはずの小唄は、なぜかこの短時間ですっかり眠っている。それがおかしいことはすぐに理解できた。

「小唄さんは疲れて眠ってしまったんでしょうか」

 何食わぬ顔で、アセレアが微笑む。けれど俺は小唄がこんな所でいきなり寝るはずがないことを知っている。

「――小唄は寝付きが悪いんだ」

 多分、その一言で十分だったらしい。アセレアから笑顔が消えた。――無表情のままこちらを見据えると、青い目がそっと伏せられた。

「――困ったな、読みが外れたようです。まさか貴方のほうが騙されないだなんて」

 あっさりと白状した瞬間、俺は一瞬でアセレアの下に組み伏せられていた。そのタイミングで、ぞろぞろと兵士が部屋に入ってくる。

 ――完全に、はめられた。なんでこんな事になっているかは解らないが、今解ることはひとつ。

 俺達は敵に囲まれていたんだ。



「どういうつもりだよ?」

 地下牢らしき場所の檻。その外にいるアセレアを、俺は睨みつけた。

 あれから結局、俺は抵抗もままならず地下牢に放り込まれた。武器や荷物はすべて押収されて、逃げようにもなにもできない。

 目ざといことに、セイムルーダとの連絡手段だったペンダントとピアスまで押収されたのだからかなわない。あの二つが何か解らなくても、あいつらにとって脅威になりかねないという判断はついたらしい。

 アセレアという男は、策士としても相当の能力を持っているようだった。

「しばらくおとなしくしていただきたいのですよ。承諾して下さるなら、きちんと客室にもてなします」

 俺の睨みなんか意にも介さない様子で、アセレアはにこりと微笑む。出会ったときはこの笑顔で良いひとだなんて思ってしまったが、今となっては憎たらしくてたまらない。

 それに、こいつはシエラの好きな相手だって聞いた。なのにどうして、こんな事を――?

「何故こうなっているかわからないと言いたげですね」

 俺の表情から意図を汲んだのか、アセレアは壁に寄りかかってどこか遠くを見る。

「あなたがたの研究は、危険だからです。混沌石など、研究して良いものではない」

 それだけだと言い残し、アセレアはさっさと歩いていく。去り際に、良く考えるようにと言い残して。

 しんと静まりかえる。小唄は違う場所に連れて行かれたらしく、俺が今入れられている牢にはいない。隣にも沢山牢はあったけど、連れてこられた時点ではひとりだった。後回しにされたのか、それとも違う理由か。それは解らないけれど、引き離すってことはそれだけ警戒されているんだ。

 アセレアの言っていた俺達の研究とやらは、多分最初にシエラに話した小唄のでっち上げに違いない。否定しようかとも思ったけれど、多分今更嘘だなんて言っても信用されないだろう。小唄みたいに口の上手い訳じゃない俺が何を言っても、おそらく無駄だ。

 今更ながらに、俺は小唄に頼り切っていたことを自覚する。あいつなら今頃誤解を解いてくれたかも知れないのに、今はどこにもいやしない。

「……大丈夫かな」

 現実を直視してしまうと、途端に不安になる。いつまでこんな所で、独りぼっちなんだろうか。回収されたセイムルーダのペンダントとピアスは戻ってくるんだろうか。シエラはこのことを知っているんだろうか――。

 唯一、天井付近にある小さな窓を見上げた。外はもう随分暗くて、雨なんか振り始めていて――

 溜息を吐いて、俺は簡素なベッドの上に座り込んだ。



 かつかつと、靴が石畳を踏み鳴らす。数時間前から耳にしているその音は、巡回中の兵士だ。

 最初にそれを確認した後は、もう見る気もしなくなった。現実を見たくないからだ。最悪なことに俺の精神力は現実逃避には向いていないんだけれど、見ないくらいの選択は出来る。

 膝を抱えて、ずっと俯くのも疲れた。もう、余裕で一日は過ぎた。いつまでこんなところに閉じ込めて置くつもりなんだろう。

「――倭」

 見回りがいなくなって暫くたっただろうか。不意に、潜んだような声が俺を呼んだ。

 ――その声を聞き間違えるはずがない。間違いなく、小唄だ。

「小唄?どこにいるんだ?」

「こっち、こっち」

 姿の見えない小唄の声に、俺は狭い牢の中を見渡した。程なく、窓の外に見覚えのある金髪を確認する。

「大丈夫だったのか」

 俺一人の状況は変わらないものの、小唄の声と顔を確認してほんの少し安心する。けれど、小唄が外にいると言うことは、逃げ出したという事なんだろうか。

 そんな事を考えていると、がこっと無機質な音がして窓についていた鉄柵が外れる。そうそう簡単に外れるものでもないだけに、ぎょっとする。

「今の、一体――」

「いいから、上ってこい」

 どうやって外したのか聞くものの、小唄は時間が惜しいのか俺を急かす。垂らされた縄梯子を掴んで、俺は狭い窓に体を潜り込ませた。

 窓の外は、城の庭に当たる場所らしい。整えられた芝生に手をついて、見回すと――

「――シエラ?」

 俺の腕を掴んでいる小唄のすぐ横に、亜麻色の髪の美女がいる。彼女はあの天使みたいな笑顔で微笑み、俺の腕を掴んで窓から出してくれた。

「ごめんなさいね、まさかアセレアがあんな事をするなんて」

 牢から這いだした俺に荷物を渡しながら、シエラは頭を下げる。彼女の性格を考えると、やっぱり俺や小唄を捕まえたのはアセレアの独断なんだろう。少しも疑わないわけじゃなかったけど、小唄と一緒に助けにきてくれたのだから、信用はできるはずだ。

「――あまり時間がないわ。気付かれないうちにここを出ましょ」

 話はそれから。そう言って、シエラは軽くウインクした。



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