#010:仲間
目が覚めると、ベッドの中はとっくに俺一人になっていた。小唄は先に起きたらしい。
『おはようございます、倭さん』
ペンダントからセイムルーダの声。おはようと一言返し、ペンダントを首にかけた。
「――小唄は?」
『倭さんが起きる少し前に、朝食を運んでくると出て行かれましたわ。今、下の階でメニューを選んでいるみたいですの』
たぶん、セイムルーダには俺も小唄も何をしているのか見えているんだろう。となると、小唄にも俺が起きたのは伝わったのかもしれない。
着替えて待っていると、程なくして小唄が皿の積まれたトレイを抱えて戻ってくる。
「お。ほんとだ起きてる」
にこにこと、嬉しそうに小唄が部屋に入る。手にしていたトレイには、料理がいくつも載っていた。朝食にしては量がなかなかある。
「多くないか?」
「三人分だったら、こんなもんだろ。ほら、座れよ」
三人分――そこでようやく、俺はもう一人の仲間を思い出す。昨日は夜だったからと会わなかった亜麻色の髪の彼女――シエラが、隣の部屋にいるはずだった。
「――あら、早いわね」
噂をすれば何とやら、思い出した瞬間、シエラがドアから顔をのぞかせた。
「倭君も、元気になったのかしら。いきなり倒れちゃって心配したわよ、もー」
「ごめ……ってわ、ちょっ!?シエラっ!?」
申し訳なくて謝ろうとした瞬間、顔全体を何かで圧迫される。次いで背中に回された腕で、シエラに抱き締められているのが理解できた、が。
この感触は明らかにヤバい、ヤバいだろ!思いっきり顔にダイレクトアタックされている。何がとかは聞くな。
「シエラー、倭が窒息するって」
あはは、なんて笑いながら小唄。窒息どころか鼻血の出血多量が死因になりかねない。ようやく離されて、当たっていた部分がどこかを再認識すると、顔が耳まで熱くなる。
「あら、意外と……」
「純真なのなー」
けらけらとからかいだすシエラと小唄を恨めしく睨みつけ、俺はまあまあと差し出された料理の皿を受け取る。美味しそうな匂いに、流石に空っぽになっている胃が蠢いた。
「消化の良いもんばっかり選んだつもりだけど、ちゃんと噛めよ。二日以上ろくに食ってないんだから」
「うん、サンキュ」
気を使っていろいろと準備してくれたらしい小唄に、俺はほんの少し嬉しくなって頷いた。こういう時のこいつの気配りは、本当にありがたい。
「じゃあ、いただきます」
全員が席について手を合わせる。シエラはここ最近で俺達の習慣が移ったらしい、手をあわせる必要がないのに合わせたりしていた。
食事を終えて、ひと段落。窓の外に身を乗り出し、俺はレダノの街並みを見渡した。
世界樹の麓よりも、舗装や建築物の整備がしっかりされている、整然とした街並み。話に何度か出てきただけの街の外観は、どこかイメージにぴったりだった。
通りのほうを見ると、モダンな石畳にランプ式の街灯が並ぶ。昭和初期の、洋風の街並みがそのままシフトしてきたような感じだ。
「レダノ公国はこのあたりでは比較的先進都市よ。領主の方針で、市民が自由に使える施設もかなり多いの」
「施設……って、公園とか、学校とか?」
街の説明をしてくれるシエラに、振り返って訊ねる。にこりと微笑むと、シエラは俺の隣に並んで外の建物のひとつを指差した。
「あれが、レダノ領主の城よ。中庭は一般解放されているわ。あっちは、教会。それから向こうは、孤児院や学生用の宿舎が並んでるの」
それら全てが行政の資金から賄われているらしく、レダノに留学して学士を目指す人間はかなり多いらしい。俺達の世界でも似たような制度の国があったな、なんて思いながら、俺は街を眺める。
「――なあ、倭」
背後から、小唄が囁いた。何となく迷いが含まれているようなその声に、俺は振り向いて小唄を見つめた。――表情はいつものまま、だ。
「昨日、シエラと話してたんだ。やっぱり、今の俺達二人だけでこれからも混沌石を探すのはかなり無茶だよ」
そこまで言うと、小唄はほんの少し俯いて「お前も倒れちまったし」、と続ける。
実際、小唄のその懸念は間違いないだろう。ドラゴンに巨大ワーム――これまでのいわゆるボス敵に値するやつらは、たぶんまだまだ存在するんだろう。それにここはゲームなんかじゃない現実の世界だ。俺や小唄がすぐに強くなることもできなければ、敵が俺達の強さにあわせて出てくるはずもない。俺達二人――特に俺の消耗は激しいはずだ。
「それでさ、シエラの提案なんだけど」
気がつけば全員ベッドの上で膝を抱えて向き合っている。子供の秘密会議か。
「まず、シエラが俺達についてくるって」
「……へ?」
唐突すぎる話に、俺は目を丸くする。聞いてないぞそんな話。
「――見てたら危なっかしいもの。それに、私は流れの傭兵だから特に目的地もないのよね」
いつもの天使の笑顔で、シエラ。ありがたいが、正直複雑だ。普通に考えて、彼女が一番混沌石に耐性がない。負担は俺なんかよりかなりあるはずだった。
「まあ、それはいいとしてよ。わたしが加わっただけでどうなるってものでもないから……もうひとり、仲間を探さない?」
仲間――
その響きの意味をようやく理解して、俺はほんの少し俯いた。確かにそのほうが、今まで辛かった戦闘も楽になるんだろう。けど――
「よく知らない奴を、巻き込んだりしていいのか?そもそも、シエラだって混沌石の影響を受けない訳じゃないんだ」
「……それは、俺も考えたよ」
俺の不安に、小唄は困った表情で俺を見つめる。それから、軽く肩を叩かれた。
たぶん、小唄の言いたいことは理解できる。俺達は弱いんだから、もっと周りに頼らないと駄目なんだって言いたいんだろう。
「……まぁ、そのあと一人の仲間をどうするかは別の話でさ。シエラはついてくるってきかないんだよな」
頭を掻きながら、小唄がシエラを見る。ニコニコ笑うシエラを、説得する自信はたぶんない。
「……シエラはどうして、ついてこようなんて思うんだ?」
改めて、俺はシエラの目的を尋ねる。危なっかしいからなんて理由だけでついて来るには、この問題はなかなか重たいと思うからだ。
「……あなた達が危なっかしいってだけじゃ理由にならないかしら。……さらに理由をこじつけるなら、混沌石の調査には興味がある……ってところかしら?」
にこにこと微笑みながら、シエラは「どう?」と首を傾げる。混沌石の研究なんて、ほんとはしてないんだけど……。
「……まぁ、シエラがいたから大分いろんな情報が手に入ったのは確かだけどな」
困った様子で、小唄が呟く。そんなに情報あったっけ?などと思いながら、適当に相槌を打つ。
「正直、仲間を増やすってのは重要だと思う。今までの二回にしても、混沌石はデカいバケモノの体内にあったんだ。次もそうだっていう確率はかなり高い」
小唄としては、シエラが仲間になるのは賛成らしい。そりゃあ、俺が倒れたならそうなるよな。
「――俺の考えでは、バケモノの体内に混沌石があるのはあいつらの防衛本能か何かじゃないかと思うんだ。見たところ、転移して増える以外は移動や防衛手段がないみたいだからな」
なるほど、そう言われてみると確かに納得できる。それにしてもさりげなく調査までしている小唄には感心せざるを得ない。
「まぁそんなわけで、シエラが居るのは俺としては賛成。……倭は、どうだ?」
不意に意見を求められ、俺は一瞬答えに詰まる。この状況でダメとは言えないし、多数決ですでに負けている。セイムルーダの意見は、シエラが彼女の事を知らない以上数にも入れられない。
それに、シエラが居てくれたほうがありがたいのは確かなんだ。なんだかんだ言って、それなりに戦い慣れているんだから。
「……危なくなったら逃げる、って約束してくれ。もちろん俺たちだって、逃げるけど」
「もちろんよ。なら、ついて行っていいのね?」
ニコニコと微笑むシエラに、俺は苦笑して頷いた。
仲間を探す――なんて言ったはいいが、俺達は基本的にこの世界の仕組みを全く知らない。酒場で情報を集めようにも、どこにどんな街があってどんな組織があるかなんて知りもしないわけで。
そうなると、頼りに出来るのはシエラしかいない。とはいえ彼女も大したアテがあるわけではないらしい。
「まぁ、しばらくは混沌石の情報を探していくしかないよな。なんだっけ?レダノの特務が動いてるなんて話があったよな」
随分前に世界樹の麓で聞いた話を、小唄が掘り返す。シエラがああ、と反応するのを見るに、小唄はそれを狙ったみたいだ。
「一週間以上前に聞いたけど、そのあとの消息、聞かないわね。今朝聞いた話じゃ、ミルダ渓谷やクラダ草原が復活したのは彼等の功績だなんてデマが流れてるけど……」
どう考えてもそれは俺達が実行したことなだけに、飲んでいた紅茶を噴きそうになる。なんとか堪えているものの、なんか喉が苦しい。
「一応この周辺にある混沌石の情報はかなり集まったから、なんかヤバくなさそうなとこからおさえてく?」
乾いた笑いを浮かべながら、小唄。言いたいことは解るけど、堪えとけ。
「……というか、特務の人間がどこに行ったかも探るべきじゃないかしら?ひょっとしたら、良い戦力になるかも知れないわ」
唐突に、シエラはとんでもない提案をする。ひとつの街の軍隊を味方にしようなんて、実にシエラらしい考えな気もするけど……無茶だって。
「……仲間は無理にしてもさ、一応調べてみるのはアリかもな?もし、混沌石にやられて動けなくなってたりしたら大事だし、そうでなくても見かけたらいろいろ話を聞けるかも」
これは小唄の意見。確かに俺達にしか破壊できない混沌石を破壊すれば、もし特務とやらが動けなくなっていても助けることは可能だ。だったら、その特務の行方を捜査するほうが良いとは思う。
現状、セイムルーダの弱った霊力では、普段から出来ていたらしい「世界を見渡す」事が出来ないらしい。霊力の流れが断ち切られているからとか、難しい事を言われたがとにかくフルパワーになれないんだとか。
『特務の方々を助けに行くのは、わたくしも賛成ですわ。シエラさんの言うとおり、戦力になる可能性は高いですから』
タイミングよく、セイムルーダの声が頭に響く。最近あんまりにも寡黙だから、たまに喋られると反応に困ったりする。
「じゃあ、手分けして特務の情報でも探すか。……とはいっても、倭は頼りないから俺とシエラで話を聞くしかないか」
小唄がごく自然に切り出す。頼りないなんて小唄には言われたく無かったが、こと頭を使う作業は向いていないだけに文句は言えない。
結局、一旦街に出て噂話から情報屋までしらみ潰しに当たることになった。
とは言え、人が多い街では意外とそれらしい噂話がまことしやかに流れている。俺と小唄が出来るだけ集めた情報は、かなり突飛な内容から実際にありそうな話まで様々だった。
霊力の戻ったミルダ渓谷にドラゴンの遺体が見つかって、それを倒したのが特務だ――なんて噴飯ものの話から、実は特務は神の使いだの、レダノには神が居るだの、ぶっちゃけ小学生でもそんな妄想はしないだろという噂が殆どだ。
そんな中、直接関係ないけど――なんて言いながら、最後に入った酒場のマスターが変な話をしだした。
「レダノ公国特務の代表は結構な美男子なんですがね、彼が混沌石の調査任務に出た次の日から、シェーラ姫が失踪したんだとか」
シェーラ姫って?と聞こうとしたのはこらえた。流石に、聞いただけでどういう地位の人間かはわかる。
「シェーラ姫と特務隊長のアセレアは恋仲だってウワサでね。ふたりが駆け落ちしたんだとか、姫が隊長を追っかけて家出したんだとか、そんな噂が流れてんです」
ご苦労な姫もいたもんだ。万一それが本当ならふたり揃って共倒れなんてこともありえそうだ。
結局、俺達はろくな情報も得られずに宿に戻る。先に帰っていたらしいシエラが、妙に上機嫌で出迎えて吉報を告げた。
「――特務の動き、掴めたわよ!」