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File.01 出逢い

百合畑尊 https://ncode.syosetu.com/n6042gh/ と同じ世界のお話です。


時期的には、既に同性婚まで認められているので少しだけ未来です。


構想はこっちの方が早いという。


というか、後付けで百合畑をこっちの世界に繋ぎました。

 俺は、東北の辺境から高校入学を機に、首都、東京へ一人暮らしのため、上京した。

 辺境出身といっても、家は曾祖父の代から、陸軍で竜蟲というバカでかい害虫駆除の仕事をして一財産築いていたので、不自由はなかった。

 曾祖父は殉職したが、祖父は満期退官、父もまだ現役で部隊の隊長を任されている。

 何でも、軍でも特に殉職者が多い部隊らしく、それ相応の待遇が保証されているのだが、祖父は史上初の満期退官者で、さらに色が付いている。

 俺は、そんな男系の一人息子なものだから、えらく過保護に育てられた。

 それは、思春期男子には実に耐え難いものだった。

 元服を迎えている男がいつまでもどこまでも親と一緒というのはとても恥ずかしい。

 言い忘れていたが、母も過保護だ。仕事で家をよく空ける父の分もというかのように、それはまぁ見事な過保護っぷりだ。

 俺はそんな家が本当に嫌で、親には内緒で東京の高校を受験し、見事合格。合格してから親にすべてを話した。大層怒られたが、後の祭で渋々了承してくれた。



 さぁ新居探しだと、都内の不動産のホームページを物色していると、それは嵐のようにやってきた。

「家決まったから!」

 ドタドタと子供のように階段を駆け上がり、俺の部屋の引き戸を大きな音を立てて開くと同時にそれ――母は言い放った。

 俺はもう呆気にとられて「へ」だか「ふぇ」だかよくわからない鳴き声を小さくあげることしかできなかった。

 そんな息子の状態などつゆ知らず、母は続ける。

「次の非番にお父さんとミケルとで、もうあんたの荷物運んでしまうから。オーケー?」

「は、はい……」

 俺はそう返すしかできなかった。

 今の会話というか、報告に出てきたミケルとは、我が家で雇っている執事のアンドロイドだ。何かと息苦しい程構ってくる親と違い、とても自然に接してくれる我が家の心のオアシスのような人だ。家に来たのが俺の生まれる少し前ということもあって、兄同然に慕っている。



 父の次の非番の日、父とミケルと俺との3人で新居へと向かった。

 荷造りの段階で、ワンルームにしては物が多すぎるのではないかと言ったが、両親とも聞く耳を持たず、ミケルへ助け船を求めたが、態とらしく視線を逸らして無視を決め込んできた。

 何か企んでいるらしいことは明らかだが、腕っ節で現役軍人の父や、文字通りの鉄腕のミケルに勝てるわけもないので、諦めて流されることにした。

 2tトラックに揺られること半日(途中休憩を挟んでちょうど半日)。

 ようやく目的地に着いたのだが、どこからどうみても一軒家だった。

「父さん、これは……」

 そっぽを向いて口笛を吹けていない父。

 スリープモードを解除して荷台から降りてくるミケルを睨みつける。

「説明、してくれるよね?」

 ニコリと笑って二人に尋ねた。

「……はい」

 

 要約すると、この家は母の実家で、結婚するまでは父と二人で住んでいた。そういう家だそうだ。

 母は親族旅行で東北へ来ていた際、竜蟲災害に被災し、親族を失ってしまった。

 その竜蟲に対応していたのが父の所属していた部隊。

 その後、唯一生き残った母と父が恋仲になって、父に至っては所属を関東方面に異動までして一緒に青春を過ごしたそうな。

 まさか両親の馴れ初めを聞かされるとは思いもしなかった。そういえば母は『部屋』ではなく、『家』が決まったと言っていたが、こいうことだったのかと合点がいった。

 昔話を聞きながら荷解きを済ませ、新生活もいよいよだと期待に胸を膨らませていると、父が言った。

「電気無いから、どっかで拾うか貰うかしてくるぞ」

「何でだよ! 普通付けっぱなしだろうが!」

「いや、戻ってくるとは思ってなかったから、出て行くときにご近所さんにあげたんだわ」

 昔からこういう性格だとわかっていたから、これ以上反論せず話を進める。

「東京のそこらに竜骨なんて落ちてる訳ないから、屠畜場かな?」

「まぁ、そうだろうな。ここから一番近い所でも電車で1時間ってところか」

「あの――」

 ミケルが話に割って入ってきた。

「大型の家電量販店やリサイクルショップなんかで頼めばくれるそうですよ」

「「マジか!  都会すげーな!」」

 俺と父、同時だった。

 家電量販店で竜骨を貰って、父はついでに俺の新居の家電を趣味で見繕って購入。

 明日中には新品と交換だぜ! とテンション高めのまま家に着くなり、そそくさとトラックに乗ってミケルと共に家路についてしまった。

 放り投げるように置いて行かれた一ヶ月分の生活費と俺を残して――。

 次の日、身に覚えのない家具が、身に覚えのある家電と一緒に、別々の業者から送られてきた。

 父たちが帰りに家具まで見繕っていたようだ。

 そのまま人が入り乱れて、家具と家電の設置が始まった。

 あれはどこに、それはここにと、てんやわんやになりながらも、古い家具、家電の下取りまで済ませて、何とか一段落着いた。

 後はバイトを探したりしながら、高校生活の開始を待った。



 バイトで生活費を稼ぎながら学業をこなす。

 最初こそ大変だったが、三ヶ月もすれば慣れたもので、身体的にも精神的にも余裕ができてきたそんな頃、余暇のネットサーフィンをしているときに、ふと、ある広告が目にとまった。

 それは、新型のアンドロイドのテスターを募集しているというものだった。

 あまりこういう事に詳しくはないのだが、権威ある博士の名の下の募集だったらしく、SNSなどでは、興味のなかった俺の目に入るほどの話題となっていた。

 そんなに話題ならと、ダメ元、興味本位で応募してみることにした、ミーハーな俺であった。


 それから二ヶ月ほど経った頃。俺自身刹那的な思いつきで応募したために完全に忘れていた中、メールが届いた。


――この度は、新型アンドロイドのテスター募集に御応募いただき、誠に有り難う御座いました。


総応募件数159038件の中から、厳選な抽選の結果、遠野和隆様、あなたが御当選されましたことを御報告させ ていただきます。


つきましては、ご応募いただいた際に記入しました住所と相違が無いか、下記URLから ご確認していただきますよう、よろしくお願いいたします。


相違がある場合は訂正する項目も御座いますので、そちらから訂正をお願いいたします。


開発主任 皆本 絹枝――


 本題だけを簡潔に記した文面。形式立った手紙をあまり書いたことが無さそうなメールだ。そんな文面の後、最下段にURLが記載されていた。

 そんなまさかとURLをウイルスチェック、スパムチェック、マルウェアチェックなどなどにかけるも問題ないと出力される。


 侭よとクリック。


 リンク先に飛ぶと、応募時の電話番号と秘密の質問の入力欄があり、指示通り入力。

 ログインして表示されたページには、応募時に入力した個人情報が並んでいる。最下段に『修正』『確認』と書かれた次ページへのリンクがあった。変更も間違いも無かったので確認をクリック。

 最終確認のページ。最下段にある完了をクリック。


 ――『ご入力された住所への発送手続きをさせていただきます。お手数をお掛けしました。有り難う御座います。10秒後に自動でこのページは閉じます』――


 テンプレの表示後、きっちり10秒でブラウザが閉じた。



 そして待つこと2週間――。


 久しぶりにバイトも何もない休みの日。玄関のチャイムが鳴った。時間にして、午前8時である。

 今の時間はどこも始業前じゃねーのかよと、悪態を吐きつつ、まだ少し眠い目をこすりながら玄関へと向かった。

「お届けものです」

 女性の声だった。

 ここの管轄は、どこの配送業者も男性だったと記憶しているし、女性の配送業者はとみに珍しい。

 訝しみながら玄関を開ける。

「あ、おはようございます。こちら、遠野和隆様のお宅でよろしいでしょうか?」

 スーツを着た女性が、背中に大きな段ボール箱を背負って、涼しい顔をして立っていた。

 明らかに配送業者じゃない。

「あの、えっと。一応そうですけど、すみませんが、新興宗教の勧誘とか壷とかは買えないんで、お引き取り願えますか?」

「いえ、私はそういうのでは……」

「では、どのような用向きで?」

「ふふふ、用向き……用向きだってよ、聞いたかエルマ。今日日聞かないぞ、そんな時代がかった単語」

 エルマと呼ばれた女性の後ろから、女性というよりは、女児といった方が正しい声が聞こえた。

 首を伸ばして、エルマさんの後ろを覗くと、彼女の腰ほどの背丈の少女がたばこを吸っていた。

「子供が、たばこ!?」

 俺の声に驚いたエルマさんが振り向いて、少女を見る。

「あ、博士、ダメです。外で吸ってはいけないと言ったじゃないですか。保護者のような見た目の私が怒られるんですよ。罰金だって安くないんですから」

「どこもかしこも禁煙禁煙で、外以外のどこで吸えと言うんだお前は。それにな、罰金50万なんて私にとっちゃ端金だ、警察にでも裁判所にでもくれてやればいいだろ」

「今、博士は貯蓄を切り崩して生活してるってこと忘れないでください。博士の言う端金だって、減っていけばいずれ困ります」

「お前は母様みたいなことを言うなぁ……」

 俺は何を見せられているのだろう。漫才? 博士と呼ばれるこの幼女と、エルマと呼ばれたこの女性の関係はいったい……。


「あぁ、すみません。ほったらかしにしてしまって」

 エルマさんが、俺のことを思い出してくれたようで、話が本題に戻った。

「ご当選された、新型アンドロイドをお届けに上がりました」

「あ、あー! なるほど」

 合点がいった。だがなぜ配送業者を介さなかったのだろうか。それを質問すると、少しばつが悪そうに、歯切れ悪く答えた。

「込み入った事情がありまして、その、あまり深く詮索しないでいただけると助かります」

「別に隠すほどのことでもないだろ。まぁそのうち話してやらんこともないぞ、少年」

 このやたら偉そうな幼女は何なのだろうか。

「それで、この子供は、エルマさんのお子さんですか? 博士とか呼んでましたが……」

「あ、いえ、この方は本当に博士なんです。私の子供というわけでもありません」

「その博士は何のご用でこちらまでおいでですか?」

「え? あの、応募時に規約読まれましたよね? 『試験運用に際して、研究員2名が同伴することに了承するものとします』と書いてありましたが……」

 え、まったく読んでなかった。だって当たるなんて思ってなかったし……。

「よせよせ、エルマ。だから言っただろう、規約なんてこっちが読ませる努力をしなければ読む奴なんて皆無だと。応募総数のうち9割9分は規約なんて読んじゃいないさ」

「そんな……。それでは博士のお住まいが……」

「私はホテルでもネカフェでも良いと言っただろ」

「ダメです。補導されます」

「元の体だったらなぁ……」

「介護施設行きですね」

「そこまで耄碌しとらんわ、たわけ」

 コホンと咳払いを一つして、博士と呼ばれる幼女が俺に話しかけてきた。

「少年。なかなか良い家に住んでいるじゃあないか。部屋の空きとかはないのか?」

 まぁ言わずもがな、エルマさんとの会話の流れ的に、ここに住みたいということらしいことは分かった。

「部屋の空きはありますけど、一人暮らしなもので、掃除とかは行き届いてないですよ」

「それは当然こっちでやる。厄介になるのだからな。もちろん毎月3人分の家賃も払うぞ」

「3人?」

「お前がテストするアンドロイドの分だろうが」

「あぁ、そうでしたね」

「何かお前さんから守って欲しい条件とかはあるか?」

「じゃあ、室内は禁煙でお願いします」

「世知辛い! まぁ家主は未成年のようだしな、それも致し方なしか。少年、国民カードはあるか?」

「え、今部屋にあります」

「上がってもよいか?」

「あ、はい。お帰りなさい」

 その言葉にきょとんとする二人。あれ、変なこと言ってないよな? 俺。

「え、いやだって、今日からここに住むんですよね? ならもうここはあなたたちの家じゃないですか。だから……」

「ふははは、そうか、そうか。確かにそうだな。こちらこそ悪かった、少年。コホン――ただいま帰った」

「あ、あの、ただいま、です」

 少し照れくさそうに二人は言った。



 二人を家に上げ、ひとまず居間に通した。

 そこで改めて自己紹介をすることになった。

「では私から。私は、皆本絹枝。アンドロイドの開発者だ」

 先ほどから一番偉そうに話していた幼女が名乗った。聞いたことあるぞ、この名前。

「あれ、当選のメールの最後に名前のあった」

「そう、その絹枝です。私が」

「調べたときはもっと年寄りだって見たんですけど」

「まぁいろいろあってな、今はこの体が私だ」

 どんないろいろがあったら、70越えた婆さんが幼女の体になるんだよ。

「まぁそのからくりは、私を持ち上げてみたらわかる。とりあえず持ち上げてみろ。セクハラで訴えたりはせんから」

 恐る恐る幼女博士を抱き上げると、その体つきに似つかわしくないずっしりとした重さを感じた。

「え、なにこの、重っ!?」

「女性に重いとは失礼な奴だな」

 いたずらっ子の様な笑みを浮かべてロリババアがからかってくる。

「あ、そうか、骨、骨格か、重いの。アンドロイド?」

「正解だ。私の体は今、アンドロイドのものになっている。生身の人間に出来るだけ近づけようとはしとるんだが、まぁ限界はある。この体でも50キロくらいはあるからな。試しにエルマも持ち上げてみるか?」

「あ、いえ、あの、その私は、博士より重いので、大丈夫です」

「おい少年、男の人に抱きしめられたいという願望を隠してる少女を公然と抱きしめられるとしたら、君はどうする」

「愚問ですね」

 俺はエルマさんの後ろに立ち、肩と膝の裏に手をかけた。

「あ、あの、私、本当に重いんで!」

 グッと力を入れるが、びくともしなかった。

「え? いや、いくらアンドロイドでもこれは重すぎ!?」

 成人型のアンドロイドでも、どんなに重くても80キロほどなのだが、これはいくら何でも重すぎる。きっと100は越えているだろう。

「だから言ったじゃないですかぁ」

 少し涙混じりの声になっているエルマさん。可愛い。

「少年、その辺にしとかんと腰をやるぞ。抱きしめられたい願望は十分果たせたと思うから、な?」

 顔を真っ赤にするエルマさんから離れてロリババ博士に向き直る。

 ここだけの話、二人ともとてもいい匂いだったし、柔らかかった。いや、それが人工筋肉と皮膚に、人の匂いの合成香料のものだってことは、アンドロイドってことがわかった時点で気づいたけども……。

「顔が赤いぞ少年。女性に合法的に抱きつけて興奮しとるのか? エロガキめ」

 さすがの年の功と言うべきだろうか、俺のささやかな興奮を言い当てられてしまってさらに顔を赤くしてしまう。

「図星か。まぁこんな美少女を二人も抱きしめてしまったのだから気持ちは分かるぞ」


 永遠にからかわれるのはごめんなので、話を戻すことにする。

「お二人のことはわかったので、そろそろ本題の試験運用についていいでしょうか?」

「急に事務的な……。いじられるのがよっぽど嫌なようだな。まぁいいがな」

 エルマさんが部屋の隅に置いていた馬鹿に大きい段ボール箱を俺の目に前に持ってきた。

「じゃあ開けますね」

 俺の応答を聞く間もなく、段ボールは開封され、中から裸体の少女が現れた。

 驚いて思わず目をそらしてしまう。

「初な反応だなぁ。元服しといてまだ童貞か、少年よ」

「恋仲でもない女性の裸なんて、直視するべきじゃないでしょ」

「エルマの体の感触を確かめるように触っていた人物と同一とは思えんセリフよな。ほら、まーた顔を赤くしてからに。素直になれ。俺は童貞です。女性の裸体を見るのが恥ずかしいですと」

「話を先に進めてください!!」

 居たたまれなくて声を荒げてしまった。

「キレた……キレる若者だなぁ。年寄りの茶飲み話ぐらい苦笑いでも浮かべて聞き流せばいいんだよ」

 ロリ博士はやれやれと言いながら、少女の包装を剥がして箱から出すと、うつ伏せの状態にひっくり返した。

 少女の背中の中央、背骨の一つが肉ごと一つ分ほど抉り取られているような見た目だった。

 穴には風船状の緩衝材が入っていた。

 博士は緩衝材をスポッと取って、真空パックされた付属品を段ボールから取り出して俺に見せた。

 それは、ちょうど穴に収まるくらいの大きさの脊椎のようなものだった。

「それなんですか? 骨、に見えますけど……」

「骨だよ」

「骨に似せた電源パーツとか?」

「電源パーツではあるが、似せたのではなく、紛うことなく骨だぞ」

 何を言っているのかちょっとわからない。骨が電源って、それじゃまるで――。

「竜みたい、だと思ったか? 紛れもなく竜の骨を使った電源パーツだ。ちょっと軍から貰ってきた古竜種の骨でな、無尽蔵、半永久的に電力を供給してくれて、バッテリーが要らなくなる。これが私の最新型アンドロイドだ」

「軍から貰ったとか、今やばいこと言いませんでした?」

「言ってない」

 笑顔だった。

 いや、言ったじゃん。下手したら俺も逮捕ものじゃないのこれ。

「いやー、竜骨とは考えましたね。これ1個で相当な駆動時間が得られるじゃないですか?」

 1個くらいならバレないんじゃない? と平静を装って言葉を紡ぐ。

「1個だけだと誰が言った?」

「ひょ?」

 悪い笑みを浮かべているロリババア博士。嫌な予感しかしない。

「この新型アンドロイド最大の特徴は、主電源ユニットを竜骨にしたのもそうだが、その竜骨を削り出して、メインフレームとしても使っているのだ!」

 のだーのだーのだー。とセルフエコーまでして声高に言い放った。

 軍から貰った (自称)竜骨を全身に使ってるって言ったよね、この人。

 バレたら逮捕どころではない事態の発覚に、動悸が激しくなり、胸を押さえる。

「どうした少年。不整脈か? その歳で」

「誰のせいだとお思いで?」

「私の美貌かな?」

「もう突っ込む気力もないんで、先に進めてください」

 しかし、来てしまった以上は仕方ないし、どうしようもないし、何かあったら祖父の名前や親の名前を出して出来うる限りのコネを駆使しようと誓った。今誓った。俺悪くない。断じて。

 博士は個包装された生々しいパーツを真空パックから取り出し、背中の穴にハメ込んだ。

 再び仰向けにして、しばらく待つ。

流石にいつまでも全裸なのは忍びないので、俺の服を着せた。

「ノーパン主義か、少年。マニアックだな」

「女性物の下着なんて持ってませんよ!」

「エルマ、ちょっと行って買ってこい。パンツだけでいい」

 ハイと返事をして、エルマさんが出て行った。

 エルマさんや、この人と二人きりにしないでおくれ……。と俺は嘆いた。

「少年、今着替えさせたときに何か変わったことはなかったか?」

 唐突な質問の答えを考える。

 何かあっただろうか。変わったこと?

 柔らかかったし、いい匂いだった。

 おっと、いけない。また変態チックなことを考えてしまった。

 少しまじめに考える。

 博士たちと同じアンドロイドの最新型。アンドロイド……。

「あ、そういえば、博士たちよりだいぶ軽かったな。みた目通りって感じの重さだった」

「そうだろう? フレームに金属を用いていないからな、これまでのアンドロイドとは雲泥の差なのだよ。そのくせ竜骨は、そこらの金属と同等か、それ以上に硬いときたもんだ。このフレーム作るために、工作機械から開発する羽目になったくらいには硬いぞ。この竜骨をだな、人の骨の形に細工するのが一苦労でな――」

 なにやら俺にはよくわからない、専門的な話が始まって、俺は聞き流すことにした。

 ぼーっと博士のキューティーボイスを聞き流していると、仰向けで横たわっていたアンドロイドが大きく息を吸った。

 それとちょうど同じくらいに、エルマさんがコンビニから帰ってきた。何でアイス食べてんの、この人。

「あ、みなさんの分もありますよ」

 そう言ってビニール袋を手渡してきながら、女性用下着と、もう一つの自分用のアイスをとりだした。

「なんで、お前は二つ食っとんじゃ」

 博士、ありがとう。初めて意見が合いましたねと、心の中で親指を立てた。

「お使いに行った手数料ですよ。暑いですからねぇ、東京。あ、初期起動始まりますね。下着着せちゃいます」

 エルマさんは、下着の入った袋を開けて、手早く浅い呼吸のアンドロイドにパンツを履かせた。

 履かせ終わると、アンドロイドが発話した。

「初期、起動シークエンス。初期設定を開始します。ユーザー認証設定を行います。網膜登録のため、ユーザーは、私と目を合わせてください」

「ほら少年、いけ」

 博士にわき腹を小突かれて、俺は、アンドロイドの顔の前に自分の顔を向き合わせた。

 すっと瞼が開いて、エメラルドのような瞳がじっと俺の目を見つめてきた。

 瞳の奥で、カメラがフォーカスを合わせるのが見えるくらい近い。

 瞳が綺麗すぎて見とれてしまっていたら、登録終了の声に驚いて体がビクッとしてしまった。

「網膜認証登録が終了しました。続いて、ユーザーの個人情報登録と、声紋登録を行います。ユーザーは、国民番号カードをカメラの前にかざしてください。終了しましたら、私の名前を決めて、発話してください」

 あ、ここでカード使うのねと、アンドロイドに着せる服を持ってくるタイミングで一緒に持ってきたカードをかざす。

「読み取り完了しました。ユーザー名、遠野和隆。登録しました」

 ここでロリババ博士を見ると、どこから出したのか、スケッチブックに字を書いて俺にかざしていた。


『お次は大事な名付けだ』


『私たちは喋られん』


『自分で決めるんだ、少年!』


 そんなことを言われ――書かれても困る。何かの名前を決めるという行為はずっとまだ先のことだと思っていた。

 どうしたものかと頭を抱える。


 5分ほど悩んで、結局、第一印象で残っている目の美しさを思い出し、その色からヒスイと名付けることにした。

「ヒスイ」

「ヒスイ――。認識、登録しました。私の個体名は『ヒスイ』です。同時に、ユーザーの声紋登録も完了しました。もうしばらくお待ちください、機体を再起動します」


 しばらく待つと、深緑色の双眸が開いて、システムメッセージが流れた。

「最適化が終了、人格データを構成します」

 このタイミングで、これまで黙っていた幼女博士が口を開いた。

「少年、この行程が終われば、運用テストの開始となる。君には、その日その日の終わりに、報告書――まぁ、言うなれば日記を書いて私に提出してもらうことになる。ヒスイと過ごした一日について、率直な感想や感情の動き、ヒスイの成長や変化など、何でも良い、君自身が感じたまま、感じたことを書いて欲しい。プライバシー保護の観点から、この報告書は、私のアーカイブにブラックボックスとして保管、保護し、部外秘とすることをここに誓う。必要なら書面として出すが?」

「えっと、じゃあお願いします」

「うむ。賢いのぅ。誓約書や契約書はちゃんと取り交わしておくべきじゃ。エルマ」

 エルマさんは、ハイと返事をして、すぐに誓約書とペンを取り出し、博士に手渡した。

 博士はサラサラとサインをして、ペンと紙をこちらに寄越す。

 俺は、しっかりと誓約書の内容を読み込んでからサインをした。応募規約と同じ鐵は踏むまいと。


 サインをして紙を博士に戻し、ふと横を見ると、上体を起こしたヒスイがこちらを見ていた。人格データの構成とやらは終わったのだろうか?

 まぁ、初対面なわけだし、これから一緒に住むわけだし、挨拶はしておかなきゃな。人間関係の基本は挨拶からって言うし。

「えーっと、おはようございます?」

「何で疑問系なんじゃ……」

 博士うるさい。

 俺のワイシャツを着たヒスイが、人格データの構成を終えて初めて口を開いた。

「時間的には、そろそろ、こんにちはと言った方が適切だと思うけど、まぁ、何とも微妙な時間よね。私の初起動でもあるわけだし、今回はそちらに倣っておくわね。おはよう、和隆――さん? くん?」

 ヒスイという名前に相応しい、宝石のように綺麗な声だった。俺、少し声フェチが入ってたのかもしれないと、自覚した。

 若干の照れが心の中で生まれることを感じつつ、それを隠しながらヒスイに返答する。

「呼び捨てで良いよ。俺は、さんとか付けた方がいい?」

「いくら特別人権があるっていっても、そこまでアンドロイドに気を使うことは無いと思うわ。私も呼び捨てで良い。じゃあ、握手。今後ともよろしくってことで」

「あぁ、おう。よろしく、ヒスイ」

 初めて握った、母親以外の女の子の手は、とても柔らかかった。

 アンドロイドだけど……。

色々あって絹枝おばあちゃんはロリババアンドロイドになったんだ。

開発者権限でユーザー登録も全部スキップしてるよ。

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