魔術師パパの子育て日記
「魔力」という概念が発見されておよそ50年。魔力は電気と同様に生活に根付いており、一般的に利用されている。
とはいえすべてを解明できているわけではなく、魔力に関する研究は盛んに行われていた。
魔術師であるアドミラス・アンジェプールはその研究員の一人。娘のクランテール・アンジェプールも当然魔力を持っているが、他の子の日ではなく、問題を起こす日々だった。
お絵かきで魔法陣を書いて悪魔を呼び出したり、積み木で魔界の門を開いたり、パイロキネシスを発動させて保育園を燃やしたりしていた。
そんなクランテールが、アドミラスの幼馴染であるクリールと買い物と行っている最中にさらわれた。娘の安否もさることながら、アドミラルには別の心配事が……
『アドミラス・アンジェプール様 魔力回路設計プログラムの更新が終わりましたので、資料を添付します』
会社から届いた簡易チャットを読み、「わかりました」とだけ返信を送る。同僚なんだから、もっと砕けた文章でいいと思うのだが、彼は会社でもいつもこうだ。
「魔力」という概念が発見されておよそ50年が経つ。以前は超能力などと言われていた事象が、電気と同じく発生の原理が解明され、今では一般的に利用されている。とはいえ、まだまだ不明な点もあり、それを解明するのが俺の仕事だ。
組織名こそ「聖魔術協会」などという大層な名前だが、要するに魔力の発生方法や利用方法を考え、製品を作って世の中に送り出す会社だ。その中で私は、一般的な会社で言えば研究職に当たる、「応用魔力開発部」に所属している。ただ、今は会社ではなく、家で仕事をしている。
というのも……
「パパ大変、お人形が変身してる!」
仕事場である書斎の隣の部屋から、娘の声がした。急いで部屋に向かうと、女児向けの女の子の人形から翼が生まれようとしているのを、5歳の娘が震えながら見ているところだった。
「はぁ……また人形をキメラ化させたのか……」
灰色のオーラを纏い、ぎらついた表情を見せる人形に手をかざし、魔力を込める。すると、人形から生えかけた翼は胴体に収められ、元の女の子の人形に戻った。
「クラン、人形に魔力を込めちゃダメだってあれほど言ったじゃないか」
「えー、だって、動かないとおもしろくないもん」
娘のクランテールはいつもこんな感じだ。
今や魔力は人々の生活に根付いており、誰もが魔法というものを使える世界だ。学校では家庭生活に必要な魔法を教える教科もある。
クランテールも例外ではないのだが、彼女の場合、生まれつき魔力が高すぎるせいでいろいろ問題を起こしている。
今回の人形のキメラ化は日常茶飯事であり、お絵かきをすれば勝手に魔法陣を描いて悪魔を呼び出し、積木を組ませれば魔界への門を開こうとする。
「これじゃあまだ保育園に戻れないなぁ」
「えー、まだみんなとあそべないの?」
「お人形をこんな風にすると、みんな怖がっちゃうからなぁ」
「うぅ……」
「分かったら、魔力を使わずに遊ぶんだよ」
「はーい」
無邪気に返事をする娘だが、どうせまた何かやらかすに違いない。そう思いながらも、昼食を作るために台所に向かった。
もともと保育園に預けていたのだが、そこでも問題を数多く起こしていた。
保育園では魔力を扱いきれずに問題を起こす子が多く、特に魔力が高い子は特別魔力クラスに入ることになる。
特殊な事例や事件がしょっちゅう起こるので、保育士たちも園児の扱いには慣れている……はずだが、クランテールの場合は想定外すぎることの連続だった。
同じクラスの友達の魔力を増強させて砂場に本物の城を作ったり、逆に大好きな男の子の魔力を封印したこともあった。もっとも、男の子の保護者は「手がかからなくなった」と大喜びだが、魔力が封印されたままでは今の世界で支障が起こる。封印解除の方法も、今研究中である。
さらにはクランテールがパイロキネシスを発動し、特殊素材で燃えるはずのない特別魔力クラスのある建物を半焼してしまった。一応、こういう損害に備え、俺も保育園も保険をかけているために損害賠償には至らなかったが、保険会社はさぞかし大損だったことだろう。
そのため、施設が修復するまで、クランテールは家で面倒を見なくてはならなくなった。もともとリモートワークでもできる仕事だったのが幸いだったが。
***
娘と昼食を終え、しばらく仕事をしていると呼び鈴が鳴った。
「やぁアドミー、遊びに来たよー」
ドアを開けると、金髪ロングの女性が立っていた。幼馴染のクリールだ。
「クリール、世間一般では今は働いている時間だと思わないのかな?」
「世間一般ではね。私たちフリーのライターには、そんな世間一般は通用しないわよ」
「売れないフリーライターな」
「一言多いのよあんたは。せっかく寄ったんだから、お茶くらい出してよ。クランちゃんもいるんでしょ?」
追い返そうとしたのだが、クリールは無理やり「お邪魔します」と言いながら中に入ってきた。邪魔するなら本気で帰ってほしい。
「あ、クリーねえちゃん、いらっしゃい」
「きゃぁぁぁ、クランちゃん、今日もかわいいねぇ! このさらっさらの長いスカイブルーな髪に青い瞳にすべっすべな肌! え、私がプレゼントした白いワンピースめっちゃ可愛くない?」
クランテールを見るなり、クリールは髪やら腕やらをぺたぺたと触りだす。家に来るといつもこうだ。
「お、おねえちゃん、く、くるし……」
「いやぁぁぁんアドミーと違って愛嬌すっごい!」
クランテールが少々うっとうしがっているにも関わらず、クリールは抱き着いたまま離れようとしない。しかし、この状態が続くと――
「クランちゃ……ぎゃぁぁぁ!」
クランテールが魔力を解放してしまい、クリールはその魔力にやられて倒れてしまう。
「……いい加減、学習したらどうだ? ライターなら記事にして自分の机に貼っておけ」
「うぅ……クランちゃん……また魔力強くなったわね……」
「これでも俺が魔力を抑えているんだがな」
常に俺がクランテールの魔力を抑える魔法を使っているが、それが無ければお前はバラバラだったぞ。
「あ……またやっちゃった。おねえちゃん、ごめんなさい」
自業自得なのだから謝らなくていいとも思ったが、こういうところできちんとしているところは教育の賜物か。
「だ、大丈夫よ、クランちゃんの攻撃なら……」
「そ、そうなの? ところで、おねえちゃん、今日は何をしにきたの?」
単に遊びに来たと言っていたが、それだけではあるまい。まさか本当にお茶を飲みに来ただけか?
「あ、そうそう、アドミー。今日買い物にクランちゃん連れて行ってもいい?」
「買い物? 一人で行けよ」
「いやね、今日行く店にめちゃくちゃしつこく言い寄ってくる店員の男がいて、困ってるんだ。子連れだったらさすがに声かけてこないと思って」
「はぁ……」
彼女は容姿はいいのだが、いかんせん人を選ぶ性格だ。そのため、言い寄ってくる男は多いが恋人が出来たことはないらしい。俺と同じ28歳なのだから、そろそろ結婚を考えてもいいと思うのだが、そういう気も無いらしい。
「まあ、クランの面倒を見てくれるのは助かるが……大丈夫か?」
「大丈夫よ、クランちゃん、おとなしいし」
「いや、お前が」
さっきみたいに無理やり抱きついて気絶しなければいいがな。
「もう、大丈夫だって。何回か一緒に買い物に行ってるでしょ? クランちゃん、お姉ちゃんと買い物いこっか」
「わーい、おでかけー!」
外に出ると聞いて、クランテールは思わず魔力で持っている人形を破壊しそうになる。記念すべき50体目になるのはまだ先にしてもらいたい。
「クラン、お姉ちゃんの言うことをよく聞いて、いい子にするんだよ?」
「うん!」
「野生のケルベロスとか拾ってきちゃだめだからね?」
「わかった!」
本当にわかっているかは知らないが、とりあえずクランに注意を促し、クリールに引き渡した。
「クリール、買い物はいいが、あんまり甘いものを食べさせすぎるなよ」
「えー、ちょっとくらいいいじゃない。大盛パフェとか一緒に食べたいし」
「クランは甘い物を底なしの魔力に変えるから、いくらでも食べるぞ。あと魔力過多で店が壊れたら、そっちに請求するからな」
「うぅ……それはいやだなぁ」
外に出ると、クリールとクランはスポーツカーのごとくものすごいスピードで街へと向かった。クリールは魔力で素早さを上げているのだが、それについてこれる子供はクランテールくらいだろう。
「ふぅ……久々に一人きりの平日か。さっさと仕事を片付けてゆっくりするかな」
いつもは娘の面倒を見ながら生活しているため、なかなか一人の時間が取れない。今日くらいはゆっくりしていても罰が当たらないだろう。そう思い、早速書斎で仕事の続きを始めた。
***
もうすぐ仕事も片付こうとしていた時、玄関からドン、という大きな音が聞こえた。
「クリールか? それにしては早すぎる気がするが……」
玄関に向かうと、息を切らしたクリールが立っていた。
「早かったな……というか、クランはどうした?」
「た、大変なの! クランちゃんがさらわれたの!」
「な、何だって!?」
突然の出来事に訳も分からず、とりあえず居間に通し、話を聞いてみることにした。
クリールが言うには、ウィンドウショッピングをしていて、数秒程度目を離した間にさらわれたらしい。
そして、クランテールがいた場所には、さらった人物からだと思われる脅迫状が残されていた、とのことだ。
脅迫状には「娘を返してほしければ金を用意しろ」といった内容の文言と、本拠地と思われる場所が書かれた簡易地図が記されている。
「秘密結社ヴァン・ヴァーク? 聞いたことないな。しかし、お前ですら気が付かないとは……クランをさらった奴は相当の魔法の使い手か……」
「ごめんなさい、私が付いていながら……」
「気にするな、お前のせいじゃない。それより、早く助けに行かなければ大変なことになる」
「そうよね、クランちゃんの身にもしものことがあったら……」
「いや、それもあるが、もっとまずいことが……」
俺は頭を抱えながらつぶやいた。
「このままでは世界が滅びる」