だからノビ子はロリ探偵に泣かされる ~ 有罪証拠からの無実証明
『あらすじという名の挑戦状』
書き出し祭りの読者様、初めまして。
ミステリーの世界にようこそ。
わたくし、この物語の探偵役『八千代雅子』と申します。
さて、いきなりネタばらしです。
この書き出しで、物語の語り部であるわたくしの姉『ノビ子』こと『八千代典子』は、とある事件の容疑者となります。
でも、あららら? よく読んでくださいまし。
お姉さまを有罪にする証拠が『無実を証明する証拠』になっているではありませんか!
さあ賢明にして読解力に自信のある読者の様方に、このロジックが解けるかしら?
『実は〇〇だった』『読者をだますトリック』はありません。書き出しに書かれている内容だけで無実が証明できますのよ。
ヒントは『盗撮犯の心理』ですわ。
簡単すぎたかしら。
では、お姉さまとわたくしの綴る典雅なミステリーの世界をご覧くださいませ。
「カンニングなんてしていません!」
私「ノビ子」こと八千代典子は抗議した。
ホント悔しくてたまらない。大好きな漫画もアニメも封印して黒髪ストレートロングがバサバサになるまで勉強したのに『カンニング疑惑』を掛けられるなんて!
「そうはいってもね八千代君」
生徒指導室に集まった教師陣(といっても3人だけど)を代表して鳥嶋教頭先生が口を開く。
「今回のテストは難し過ぎた。2年生の数学Ⅱの平均点は51点、数学Bに至っては42点だ。なのに毎回赤点ギリギリだった君が100点と98点をとれるモノかね? 君の妹ならば話は別だが」
この先生ダイキライ。
そりゃ私は勉強もスポーツもダメで、料理も洗濯も掃除も洋服のセンスもイマイチで「ノビ子」なんてあだ名される女子ですよ? それで妹はIQ180以上で、10歳で高校1年生で、今回もテストでオール満点の完璧女子ですよ。でも比べることないじゃないですか。
ホント陰険で細目で性格悪い先生なんだから!
「ですけどマシリト、じゃなかった鳥嶋先生。私が高得点を取ったら、カンニングした、となるのは納得いかないのですが」
そうだよ。テスト中は問題と解答用紙とにらめっこに忙しかったし、時計や筆記用具も準備万端、キョロキョロしたり席を離れたりしたことは無いんだよ。
「理由はある」
マシリトはメガネをくいっと上げて言った。
「君にはテスト問題の盗撮容疑がかかっているんだ」
え?
「ええええーーーー!?」
思わず叫んでしまった。
でもしょうがないでしょ? だって盗撮だよ、盗撮。犯罪行為。なんで私が容疑者になってるの?
「八千代君、11月22日の放課後、何をしていたかね」
「11月22日?」
何してたっけ?
「教えてあげよう。君はその日、生徒会室で作業していた」
ああ、そういえば。
実は私は生徒会の書記なんてやっている。推薦されて仕方なくだけど、私はその日、生徒会に所属する他の生徒達と重要書類の作成をしていたのだ。テスト前で部活は活動自粛をしていたのに生徒会は例外なんてヒドイ話よね。
「11月22日。君は職員室に忍びこんでテスト問題を盗撮した、そうだね?」
なっ!?
「なんてこというんですか! 撤回してください!!」
自分でもびっくりするほど大きな声が出た。
「その日19時まで生徒会室や職員室のある教員棟に残っていた、それは事実です。ですけど私は他の生徒たちとずっと一緒でした。生徒会室で作業中も、教職員棟を出るまで、ずっとです。お疑いなら他の生徒に聞いてください」
「だが鍵を持っていたのは君だったね?」
「私の名前で借りましたから」
私は認めた。事実だからだ。
うちの高校は鍵を一括して管理しているが、学校が認めた場合、生徒でも鍵を借りることが出来る。
その日、私は会長の指示で教員棟の鍵を借りたのだ。
セキュリティでうるさい最近の世情とは逆行しているし、私も不用心だなって思うけど、理事長が「生徒を信用し大人と責任を共有することが人間的成長に繋がる」と持論を展開しての結果らしい。
「保安設備が作動するようセットされた20:00前、19:15までに鍵が閉められたのは確認している。その後はどうしたかね?」
「帰りましたよ。普通にみんなと一緒に校門を出ました」
「証明してくれる人は?」
「駅まで皆川君と一緒でしたから彼に聞けば良いかと」
「ほう、男子生徒と一緒に帰ったのかね?」
「変な想像は止めてください」
ピシャリと注意する。
「雨だったんです。天気予報では曇りだったから私は傘を忘れて、他の女子は予備の小さい折り畳み傘しか持っていなかったから、唯一、大きな傘を持っていた皆川君と……」
そこまで説明したところで、顔から血の気が引く音を聞いた。
「おや、顔色が優れないようだね?」
マシリトは見逃さなかった。
「君は皆川君と一緒に駅に向かった。だが『途中』は?」
「……」
私は答えられない。まさか、こんなことになるなんて!
「代わりに言おう。君は校門を出てしばらく歩いた後、学校に1人戻った。『ごめんなさい。ちょっと、いや15分くらいここで待っていてくれるかな?』と皆川君に告げてね」
「それは……」
「違うのかね?」
「……そうですけど」
声が小さくなってしまう。
「皆川君は待った。彼は君が忘れ物をした?と思ったそうだ。だけど15分経っても君は戻らない。確認したが、君は30分ちかく彼を待たせたそうだね」
「……はい」
「皆川くんが心配して君の携帯に電話をしたが君は出なかった。メールで「どうしたの?」と尋ねても、「ごめん、もう少し待って。訳は聞かないで」とだけメールを返した」
「……はい」
「どうして電話に出なかったのかね?」
「……」
「どうして遅れる理由を説明しなかったのかね?」
「……」
「職員室でテスト問題を盗撮していたからだろう!」
「ち、ちがいます!!」
「では、なぜだ?」
「う……」
私は観念した。
「……生理だったんです」
「なに?」
「生理が来てトイレを借りに戻ったんです。寝不足で周期がズレて……突然だったし私も慌てて……皆川君を待たせたのは悪かったけど、駅までコンビニは無いし詳しく説明なんてできないし……」
「言い訳にしてはよく出来ているね」
「ほんとうです! 信じてください!!」
涙目で叫んだ。
「私、カンニングなんか絶対にやっていません。そうだ」
思い出した。
「女子生徒を見たんです!」
「女子生徒?」
そうだ。私は見たのだ。
鍵を開けびしょ濡れのまま教員棟に入ったとき、男子トイレに入る影のようなモノを。
「スカートを履いていたしアレは絶対女子生徒です。急いでいたし、確認しようにも男子トイレだし、誰もいないハズの校舎に人影なんて冷静に考えると怖くなるから『見間違いだ』って思い込んでいたけど、きっとその女子生徒が盗撮犯だったんです!」
「証明してくれる者は? 君の他に見た人はいるのかね?」
「う」
沈黙するしかなかった。
私は容疑者だ。容疑者の言葉など誰も信用しない。そして私の他に男子トイレの女生徒を見た人はいないのだ。
「では、最後にコレをみてもらおうかな」
追い打ちをかけるように教頭が告げる。
「私が極秘に仕掛けた監視カメラの映像だ」
最近は物騒だからね、とマシリトは暗に理事長を批判しつつリモコンの再生ボタンを押した。
テレビに照明が落とされた無人の職員室が映し出された。
日付は11月22日19:25。私がトイレを使用していた時間と被る。
ドアを開けて人影がひとつ、入ってくる。
暗闇のため人相は確認できない。私と同じ黒髪ロング、スカート、学校指定のコートを着ているのがわかるくらい。
暗闇の中、人影は職員室の机と机の間を歩き回る。ゴミ箱を避け目標の机にたどり着くと、引き出しを開けペンライトを点けて中身を物色。テスト問題と思われる用紙を見つけると取り出したスマホで撮影、元に戻す。
ずいぶん手際がよい。だけど職員室を出る時、人影はわざと何かを床に落とした。なに?と思うタイミングで教頭がそれを差し出す。
「男子生徒のネクタイだ。偽装工作とは、君はどこまで腐っているのかね」
「ちがう、私じゃない!!」
「「「犯人はみんなそう言うんだ!」」」
教師たちの言葉に私は打ちのめされた。
だめだ、誰も信じてくれない。
盗撮なんてしていないのに。トイレを借りに戻っただけなのに。
「う……」
昔から、何をしても何をやっても、うまくいかなかった。
「ひっく、う、うう」
私のこと、誰も認めない、見てくれない。そりゃそうだよね。
「……だって私、ノビ子だもん」
悔しくて、情けなくて、涙があふれて、子供みたいに大泣きしそうになった時、彼女は現れた。
「失礼しますわ!」
丁寧な口調とは裏腹にガラビシャドーンと全開される扉。
「こんな処にいましたのね」
驚く私や教師陣を無視して入ってきたのは、身長120㎝、明るい茶色の髪のツインテール。赤いフレームのトンボ眼鏡。小学生サイズのブレザーを着た美少女。
「みやびこちゃん!?」
「いかにも。って、トゥ!」
「いったぁぁい!」
私の妹、八千代雅子は、ジャンプするなり持っていた赤い扇子で、私の頭をひっぱたいた。
「いきなり何をするの、みやびこちゃん!?」
「おだまりなさい」
「ひっ」
10歳の妹に扇子を突きつけられ、硬直する姉17歳。
「わたくし、約束を破られるのがダイキライですの」
「し、知ってるよ」
私、みやびこちゃんのお姉ちゃんだもの。
「ならば、なぜ、お姉さまは『放課後一緒にケーキショップでお茶をする』約束を破り、こんな処で油を売っておられるのです!?」
ちょっと待って!
「みやびこちゃん、お姉ちゃんが今置かれた状況を見てから言って!?」
「そのとおり」
私の意見にマシリトも同意した。不本意だけど。
「雅子君。君のお姉さんには『テスト問題の盗撮疑惑』が掛けられているのだ」
「お姉さまが盗撮ぅ?」
「今、証拠が出されて有罪が確定したところだ。わかったら出て……」
「オーーーホホホ」
みやびこちゃん、突然の女王様笑い。
ポーズといい声量といいそりゃ見事な姿で、私や教師たちもみんな驚いて固まってしまう。
「笑えない冗談ですわね」
笑みを消し、みやびこちゃんは童顔に似合わぬ鋭利な瞳と声を教師たちに叩きつけた。
「よろしい。その証拠、わたくしにも拝見させてくださいな」
大人たちを見上げビシッと扇子で差して宣言する。
「その証拠と、わたくしの典雅な推理で、お姉さまの無実を証明してみせますわ」