姉妹二人の世界旅行は、ロボットに操(の)って
「倉庫のトレース・ギアを私の元まで届けて欲しい。そうすれば、あなた達の面倒をみてあげる」
十三歳のミヨ、九歳のリップル。両親を無くした姉妹のもとに、その存在も知らなかった叔母から一通の手紙が届いた。
トレース・ギアとは全高約六メートルのロボットだ。父親が屋根の修理や、庭のもみの木にクリスマスの飾り付けをするのに使うところなら見たことがあった。しかし、こんな屋根修理ロボットなんか、持ってこさせてどうしたいんだろう?
そうは思ったものの、保護者になってくれるという叔母の申し出は有り難く、二人は旅に出ることに。
少女二人での旅は決して生易しいものではなかったが、それでも行く先々には様々な出会いが待っていた。二人は一つ一つの体験から学び、成長しながら叔母の元へと向かうのだった。
「ねえーぇ、ミヨ姉ぇ……ボク、お腹空いたよぉ……」
「リップル。さっき国境は越えたから。次の町まで待って」
ガチョン、ガチョン、ガチョン、ガチョン……。
リズミカルな歩行音を周囲に響かせながら、一騎の二足歩行ロボットが歩いていた。石畳を傷つけないよう街道を避けて、敢えて森の中を進んでいく。ロボットのコックピットは胸部にあった。その上部ハッチを跳ね上げて逆さまに中を覗き込みながら、リップルはミヨに抗議した。
「お昼だって、もうとーっくに過ぎてるよ? 朝からなんにも食べてないし、ボク、もうお腹ペコペコなんだもん!」
リップルはさらに身を乗りだそうと、足をハッチの周りの手すりに引っ掛けた。だらんとぶら下がって、自由になった両手をぶんぶんと振り回した。しかし、どんなにミヨの眼前を塞いで操縦を邪魔しようとも、VRゴーグルを付けているので、ミヨは気が付かない。
「ねぇってば!」
「わっ! ちょっ! リップル!」
リップルは、ミヨのVRゴーグルをもぎ取った。これにはミヨも慌ててしまい、思わず急制動を掛けてしまった。衝撃でリップルがコックピットに落ちてきた。
「ふぐぇ」
「もぉっ、リップル〜」
ただでさえ狭いコックピットでもつれた二人は、抜け出すのに四苦八苦だった。
「ふぅ……。仕方ないか。まだまだ民家や集落までは遠そうだし、あそこに見える川のそばで野営の準備、しよっか」
「やったー! ミヨ姉ぇ、あんがとー!」
ひょんな事で始まった姉妹二人旅。伸ばしていた髪は旅に出る時にばっさりと切ってしまって、二人ともショートヘアのハーフアップ。亡き父親譲りの赤っぽい黒髪をざっくり後ろでまとめてシングルテイルにしているのが姉のミヨ。同じく、亡き母親の面影を映す青っぽい黒髪を左右で小さなお団子にまとめているのが妹のリップルだ。
二人は、一年前不慮の事故で同時に両親を失った。心の傷に折り合いを付け、ようやく姉妹二人だけの暮らしにも慣れ始めた頃、その存在も知らなかった叔母から一通の手紙が届いた。
「倉庫のトレース・ギアを私の元まで届けて欲しい。そうすれば、あなた達の面倒をみてあげる」
トレース・ギアは全高約六メートル。全幅約ニメートル。胸部のコックピットを包むように、また関節の動きが阻害されないように、腰から左右に張り出した足の付け根は極端に外側にあり、両腕はさらにその外側にある。二足歩行ではあるが、手足のバランスは人間よりも、ゴリラに近かった。色もダークグレーとメタルブラックで、一層ゴリラを思わせた。ミヨは、トレース・ギアを父親が屋根の修理や、庭のもみの木にクリスマスの飾り付けをするのに使うところなら見たことがあった。しかし、こんな屋根修理ロボットなんか、持ってこさせてどうしたいんだろう? そうは思ったものの、ミヨは十三歳、リップルは九歳。保護者になってくれるという叔母の申し出は有り難かった。
ただ、トレース・ギアを連れての旅となると、バスや船、飛行船といった公共の移動手段が使えない。トレース・ギアを自分たちで操縦して運ぶしかないのだ。
トレース・ギアの操縦訓練は、三日もあれば十分だった。トレース・ギアはその名の通り、操縦者の手足の動きをトレースして動く。操縦者は腰の後ろで固定されているから、思いっきり体を前へ投げ出せば前転だってできる。歩く、走る、跳ねる、しゃがむ、前転、前中、バク転、側転。いずれも体の動きで指示を出す。オートバランサーが付いているので転ばない。
封筒には、足しにするようにと多少の路銀も同封されていた。長旅に備え、思いつく限りの荷物を用意した。キャンプ道具もその一つ。この姉妹にとってテントの設営は、トレース・ギアの操縦よりも大変だった。
料理はミヨの担当だ。保存用の乾燥肉とドライベジタブルとトマト缶と米を深めのクッカーにぶち込んで煮込み、塩、胡椒で味を付ける。毎度代わり映えのしない、ごった煮スープリゾットだ。しかし、ありがたいことにリップルはいつも
「ミヨ姉ぇの料理は世界一だな!」
と言いながら食べてくれる。
ミヨが料理を作っている間、リップルはトレース・ギアのメンテナンスをするのが姉妹の役割分担になっていた。トレース・ギアの左肘のメンテナンスハッチを器用に足場として利用して、肩のメンテナンスハッチによじ登って頭を突っ込んでいる。小柄な体躯を活かし、狭い空間にも上半身をねじ込んで、可動部品に潤滑油を吹きかけたり、ナットの緩みを確認したり、ハンマーで叩いて金属疲労の兆候を確認したりしていた。
「リップル、そろそろご飯できるよー」
「あともぉぉぉうちょっとぉぉぉー」
これはもう少しかかりそうだなと、ミヨはクッカーを火から遠ざけた。
※ ※ ※ ※ ※ ※
「よぉ、あんちゃんも、傭兵志望かい?」
何本か歯が抜けているのか、少し空気の漏れるような音と、舌を打つ音をさせている。声の感じからは、初老の男性といった雰囲気だった。
ミヨとリップルのトレース・ギアを遠目に見つけて青いトレース・ギアが近付いてくるのには気がついていた。念の為、リップルをトレース・ギアに乗せ、電池駆動モードで静かにアイドリングさせてある。
ミヨたちのトレース・ギアには、もちろん武器らしい武器は無いが、イザとなれば右腕のパイルドライバーを相手のトレース・ギアの関節にぶち込んでダメージを与えることも出来る。また、危険と判断したら、ミヨを引っ掴んで逃げることも出来る。その場合、テントとクッカーと飲みかけのコーヒーとお気に入りのマグカップは置いていくことになるが。
「見たとこ、戦闘用じゃあねぇみたいだが……、あんちゃんはどっちに付く気だい?」
青いトレース・ギアがミヨたちの100メートル手前で停止した。ミヨは腰に手を当てると、堂々とヘッドライトの中に進み出た。
「おっと、お嬢ちゃんだったか、こりゃ失礼。……ってぇと、もしかして、アミュレット・シスターズかい?」
「だとしたら?」
「こりゃあ、良いや! ついてるぜ。いっちょ儂のトレース・ギアを見てくれないか。今から、降りる」
アミュレット・シスターズとはミヨたちが名乗ったわけではない。いつの間にかそう呼ばれるようになっていたのだ。だが、その名を知っている人で助かった。危害を受けることはなさそうだ。
この辺りは小さな国や自治領がひしめき合い、絶えずどこかで小競り合いを繰り返していた。戦争のない日は無いというほどの頻度で。そのため、国家お抱えの軍隊だけでは足りず、広く傭兵が徴用されていた。傭兵たちは、日々優勢と思われる方に加担して、日銭を稼いでいた。
ミヨたちは、そんな傭兵たちの戦闘用トレース・ギアのメンテナンスをして路銀を稼いでいた。仕事が丁寧で、信頼がおける上、支払いの方法が独特なのも特徴だった。「ツケ払い」が出来るのだ。先立つ金が無くても、戦闘報酬を受け取ってから払うことが出来た。万が一、戦闘中に破壊され、トレース・ギアを破棄することになった場合には、部品や残った燃料の鹵獲に同意すれば支払いを免れることが出来た。その日暮しな傭兵たちにとって、これ以上にない好条件だった。
「やぁ、初めましてお嬢さん。ニクルだ。思っていた以上に若くてびっくりしたよ」
「ミヨよ。トレース・ギアに乗ってるのがリップル。こちらこそ、声の感じよりも随分お年を召したお爺さんでびっくりしたわ」
「がはははは、ちげぇねぇや!」
ほとんど頭髪の残っていない寂しい頭をつるりと撫でながら、ニクルと名乗った老兵は豪快に笑った。
※ ※ ※ ※ ※ ※
「いやぁ、嬉しいのぉ。これよ、これ。幸運のお守りじゃ」
ミヨたちが、何より人気だったのには、もう一つ理由があった。彼女たちの仕事の証としてトレース・ギアの足首に描かれるサインだった。戦の女神アセーネを象ったサインは、幸運のお守りとして人気を博し、「アミュレット(お守り)・シスターズ」と呼ばれるようになっていたのだった。
「喜んで貰えて何よりです。支払いはどうされますか?」
「うむ。払えない訳ではないが、験を担いでツケでお願いするかな」
「分かりました。ご武運をお祈り申し上げます」
支払いをせずに逃げる輩も居なくは無かったが、傭兵たちは命のやり取りで生きているだけに、験を大事にしたし、次も幸運に恵まれるようにと、礼を欠かさなかった。
紛争が続く限り、路銀には困らず旅を続けられそうだった。
ニクルの駆る青いトレース・ギアを見送っていたら、空が白みはじめた。徹夜になってしまった。
「うーーーーん、ん、んーー!」
「ミヨ姉ぇ、疲れたねー」
「そうだね。ちょっと寝ようか」
「うん。ボクもう……眠く……て……」
言い終わる前に、リップルはミヨの腕の中で寝はじめてしまった。ミヨは妹をそっと抱きかかえると、テントの中へと入っていった。