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復讐の女神は、咎人の遺児を慈しむ

 家族三人で乗った車が事故に巻き込まれ、ただ一人助かった少年。

 身寄りを亡くした彼は、存在すら知らなかった叔母の元へ身を寄せる事になる。

 ややコミュ障気味で財産家の叔母は、ヒットメーカーとして名高い漫画原作者だった。

 不自由ない生活を与えられつつも、叔母が実家と疎遠だった理由が気になる少年は、彼女がかつて手がけた自伝的短編にその答えを見つける。

 そこには、少年の母が叔母に対して冒した、許されざる罪が記されていた。

 家族三人で出かけた帰り道の車中、僕は疲れからか眠ってしまった。

 目覚めた時は病院のベッドだった。

 医師によると、僕が寝ている間に、乗っていた車が事故に巻き込まれたのだという。助かったのは僕だけで、両親は即死だった。

 僕は半年もの間、昏睡状態だった。最後の別れもなく、ただ家族が目の前からいなくなってしまった訳だ。

 悲しみよりも、実感が全くわかない。

 昏睡状態だった間に色々と決められた事があったとかで、福祉事務所から来たという人が説明してくれた。

 まず、事故を起こした相手先との示談はほぼ終わっていた。二人分の命の代価という事で、賠償金は一億超だ。

 また、退院しても僕は元の家に帰れない。住宅ローンを清算する為に売られてしまったという。

 以上は、僕の後見人として家庭裁判所に選ばれた父方の叔母、つまり父の妹にあたる人が決めたそうだ。

 僕は一生、昏睡状態のままという事もあり得たというから、回復を待って希望を聞くという事は出来なかったのだろう。

 ただ、僕はそれまで、父に妹がいた事を知らなかった。何かの理由で疎遠だったのだろうが、どうして僕の後見人になってくれたのだろうか。

 まだ見ぬ叔母は東京在住で、僕が退院する時に迎えに来るという事だった。

 僕が目覚めたのは七月半ば。退院見込みは八月末との事なので、それまでは余計な事を考えず、リハビリに専念する事にした。



 八月末。

 退院する僕を迎えに来た叔母の第一印象は、物静かで理知的な、人形の様な透明感のある人だった。年齢は母と同じ三十五歳というが、もう少し若く見える。

 こちらの機嫌をとろうとする様子は全く無く、必要最低限の事だけを淡々とした調子で話す他は、ほとんど口を開かない。ややコミュ障気味の様に思えた。

 道中は新幹線だったが、未成年連れなのに、駅からのタクシーの車中で太い葉巻をくゆらせる辺り、明らかに無配慮な面がある。

 連れて行かれた先は港区のお台場にあるタワーマンションだ。叔母の家はそこの最上階だった。わかり易すぎる位にセレブである。

 叔母はずっと独身という事だったが、間取りは8DKと、一人住まいにしてはかなり広い。こんな所で生活出来る位に稼げる仕事は何かと思い尋ねると、漫画原作者なのだという。

 手がけたという作品は、アニメ化やドラマ化された超人気作ばかりだ。証拠として、有名出版社の編集長や、作画を担当する漫画家の名刺を二十枚以上見せられた。

 凄い人なんだと思いはしたが、僕はそれらの作品をタイトル位しか知らなかった。

 僕の家は厳しくて、パソコンやスマートフォンは持たせて貰えず、漫画やアニメ、TVゲームも禁止だった。両親はそういった物を毛嫌いしていて「あんな物に夢中になると、オタクの変質者になる」とよく言っていた。

 今にして思うと、叔母の存在を僕から隠す為だったのかも知れない。社会的に成功した後でも、いや、それだからこそ認める事が出来なかったのだろうか。

 僕に与えられた部屋には、カスタムメイドのパソコンが備えられていた。また、一〇〇インチの大きな液晶テレビもある。

 動画や本のネット見放題サービスにも、主要な大手には全て加入していたので、観る物には不自由しない。漫画原作者という職業柄だろうか。

 こうして、会ったばかりの叔母との共同生活が始まった。



 叔母の仕事は、パソコンと通信環境さえあれば自宅で出来る。打ち合わせも、基本的にオンラインで行うそうだ。

 よって基本的にインドア生活だが、家事の類は面倒がってしない。掃除や洗濯は、通いのハウスキーパーに任せている。食事もデリバリーが大半だ。

 僕の方は学校に行かなくてはならない訳だが、困った問題があった。普通の中学校だと、僕は出席日数不足で進級出来ないらしい。何しろ、半年も昏睡状態だったのだ。

 そこで叔母が薦めて来たのが、仕事で繋がりのある大手出版社が経営する私立中学だった。

 本来は不登校者対応の為の中学で、生徒個々へのマン・ツーマン教育が特徴という。出席日数が足りない分も、土日にも授業を行う事でカバーしてくれるそうだ。

 週七日授業は大変な様だが、僕が元いた中学は運動部参加が強制で、土日も朝から晩まで練習か試合だった。先輩から理不尽なシゴキを受ける事を思えば、授業の方がいい。

 実際に行ってみると、学校というよりは進学塾に近い雰囲気で、とても気に入った。制服はないし、マン・ツーマンで完全個別カリキュラムなので、生徒同士も接点がない。

 これなら通わなくてもオンライン授業でいい様に思うが、日本の法律では、義務教育ではそれが認められないのだそうだ。

 パンフレットを手に、「教員とのマン・ツーマンで他の生徒との接触がないから、いじめはあり得ない」と、叔母は珍しく饒舌に、この学校を強く薦めてきた。その様子から、過去に自分がいじめ被害を受けていたであろう事もうかがえた。



 学校になじみ、生活も落ち着いて心の余裕が出来てきた頃。

 僕は叔母の作品がどんな物なのか気になり始めた。何しろ漫画禁止の家で育ったので、有名作であってもタイトル程度しか知らないのだ。家には一揃い置かれていたので、片っ端から読んでみた。

 対象は少年向け、青年向け、少女向けと様々で、舞台も現代日本、欧米、江戸時代、スペースオペラ、ファンタジー等と幅広い。作画担当の漫画家は、出版社や想定読者層で切り替えている様である。

 一方、細部は異なる物の、ストーリーラインはほぼ一貫していた。いわゆる復讐物だ。

 序盤で凄惨かつ理不尽な差別や虐待を受けた主人公が、力を得て中盤以降、加害者や社会へ容赦なく報復するというのが大まかな流れである。

 いじめやハラスメント、虐待の被害を受けた経験があるなら、共感出来る内容だろう。ヒットを連続させているという事は、社会にそういう人があふれているという訳だ。

 今の私立中学を薦めて来た時の叔母の様子を考えると、やはり自分の経験から、その様な作品を手がけている様に思う。

 一揃い読み、他にも単行本になっていない作品があるのではないかとネットで検索してみると、まず、叔母は作品全般の傾向から、ファンから「復讐の女神」と通称されているという事がわかった。

 肝心の単行本未収録作品はというと、問題作とされた短編が一本ある様だ。作者の自伝的内容をうたった学園物だが、ファンの間でモデルらしき舞台や登場人物を詮索する動きが出た為に封印されたらしい。

 どうにも気になるのだが、物議をかもした末に闇へ葬られた作品を、本人に見せてくれと言う訳にもいかない。

 不法アップロードされた物を探す手もあるだろうが、作家の身内としては海賊版をあさるのもはばかられる。

 気になりつつも、とりあえずは読む手段が思いつかなかった。



 ある日。

 学校から帰ったら、叔母が珍しく留守にしていた。

 ダイニングキッチンのテーブルの上には、叔母が仕事用に使っているノートパソコンが、電源の入ったまま置かれていた。

 遠くには行っていないだろう。何かあって、少し出かけたという感じだ。

 画面には漫画が映し出されている。作画担当者から送られてきた原稿のチェックでもしていたのだろうと思い内容を見てみると、タイトルは例の幻の短編と同じだった。

 単行本未収録だから、今になって復刻の話でも出たのだろうかと思いつつ、僕は内容を読み進めた。

 舞台は平成半ばの中学校で、主人公はそこに通う女子生徒だ。

 アニメ好きを同級生から馬鹿にされ、それが高じて日常から金銭を恐喝されたり、殴る蹴るの暴力を受ける様になる。

 ある日、いじめの中心になった女が「子供を産めない体にして、オタクの血を絶やしてやれ!」と、取り巻きに主人公を羽交い締めにさせて、下腹部を執拗に殴り続けた。

 出血でスカートが染まり、失神した主人公は放置され、発見した教師の通報によって救急車で搬送されるも、子宮破裂で妊娠が不可能になった。

 学校は事実を隠蔽し、加害者の親から示談金を積まれた両親も同調。絶望した主人公は自殺をはかり、命は取り留めるが、児童相談所に保護されて擁護施設へ送られる。

 他の作品と違って、復讐成就という爽快なオチはない。劣悪な環境から抜け出せたというだけで、娯楽的な内容は何も感じられなかった。

 全く名前が違うが、舞台となった中学校の校舎の造りや周辺の風景は、僕の通っていた処とほぼ同じである。

 漢字は変えてある物の、主人公の名前は漫画原作者としてのペンネームではない、叔母の本名と同じ読みだ。そして、いじめの中心人物となった女も、同じ様に漢字は違うが、母の旧姓と同じ読みだった。

 これが自伝的内容というなら……


「それ、読みたかったんでしょう?」


 声を掛けられて振り向くと、いつの間にか叔母が立っていた。

 

「この漫画、本当の、事、ですか?」

「ええ」


 恐る恐る尋ねると、叔母は一言で認めた。

 母の正体は、惨たらしい事を笑いながら出来る人間のクズだった。父も、妹をボロボロにした女と平然と結婚できる様なクズだ。

 僕は、頭が真っ白になってしまった。

 

「その…… 僕は、どうすれば……」

「あなたに罪はないけれど。親に代わって償うというなら…… 私の側にいなさい。大人になっても、歳をとっても、一生ね」

「一生……」

「それが、私の望み」


 叔母の口調は静かで表情も穏やかだったが、有無を言わせない圧力があった。

 僕はこの時、心に枷を掛けられたのを感じた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 好きです。 連載してください! 大真面目にお願いします。 連載してくれませんか? 復讐相手の子を保護した女性の話。 肝心なのはタイトルに『慈しむ』とあること。これでただの復讐ではなく、女性な…
[良い点] セリフなしの独白で物語が進んでいくもすいすいと読めて、地力のある方が書かれたんだなぁ、と思いました。 悲しい出来事なのに、淡々と進むところがかえって怖さを感じます。 その後の主人公の呆然と…
[良い点] タイトル。復讐の女神、ということは女性の復讐者で、咎人の遺児ってことは復讐相手の子どもですよね。慈しむのかあ。 遺児の年齢により、展開がわかれそうな気配を感じます! 事情がわからない赤児な…
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