愛と青春のクラス転移 〜熱血教師と問題児たちの異世界700日間戦争〜
鹿木中学校3年B組は問題児ばかり集められていた。
しかし、担任の童門肇は己の進退も顧みず生徒にまっすぐぶつかる熱血教師で彼らの抱えた問題を解決し、晴れて卒業の日を迎えさせることができた。
これにて熱血教師と問題児たちの青春ドラマは終了……とはなるはずだったのだが、彼らは異世界に転移してしまう。
突然の出来事に混乱しつつも、童門の指導で人間的な成長を果たしていた生徒たちは知恵を持ち寄り互いに協力し合うことで異世界を生き延びる術を模索する。
熱血教師と個性豊かな問題児たちがぶつかり合った異世界の日々を描いた青春の英雄譚。
「な、何が起こったんだ!?」
誰かが声を上げると、それが号砲のように3年B組の29名は混乱に陥った。
卒業式の日、式典を終えると彼らは一年間通った教室に戻ってきたはずだった。
なのに今いる場所は見知らぬ草原。
遥か先まで大地が続いていて地平線は見えない。
澄み渡る青空には雲のように島がいくつも浮かび地球の光景とは明らかに異なっていた。
「お前ら、落ち着け!
隣のヤツの顔を見て気持ちを鎮めるんだ!」
担任の童門が声を上げる。
「まずは状況の把握だ。
俺たちはたしかに数分前まで教室にいた。
いったい、何が起こったんだと思う?」
無茶ぶりの質問に対して、気弱そうな男子生徒が手をおずおずと挙げた。
「小田! よく手を挙げた!
この訳のわからない状況で自分の考えを発表できるのは勇気の証だ!
思うままに言ってみろ!」
はっぱをかけられた小田はうっすら笑みを浮かべて喋り出す。
「これは……WEB小説なんかで読んだことある『クラス転移』ってヤツに似ている気がします」
「クラス転移?」
「あ、はい。
学校のクラスがまるごと異世界に転移することです。
原因はいろいろですが神様が間違って殺してしまったり、異世界の召喚の儀式に巻き込まれたり」
「あー、マンガで見たことあるわ。
じゃあ、なに?
俺らこれからモンスターと戦ったりしなきゃなんねえの?」
不良の門木に尋ねられ小田は少し緊張する。
しかし、黙ることはない。
『同じ人間同士、対等に付き合えないわけがない』と童門の指導を受けて小田は成長したのだ。
「焦っちゃダメだ!
そもそも本当に異世界転移なんて——」
「いや、そのつもりで行動した方が良さそうだ」
話に割って入ったのはクラス……いや、県下一の学力を誇る斎木だった。
「さっきからいろいろと試行してる。
この現象が作為的な奇跡だとしたらただ転移させただけとは考えにくい。
俺たち自身の身体も何か変化があるんじゃないかと思ってね」
「そう! さすが斎木くん!
クラス転移ものの物語ではだいたい『スキル』っていう特殊能力が各自に割り当てられていてそれが重要になってくるんだけど」
「やっぱりな。目を閉じて外から自分の身体を見るイメージを持つんだ。
すると、ゲームでいうステータスが見える」
斎木の言葉を聞いて生徒たちは目を閉じ、自分たちのステータスを確認し、口々に騒ぎ出す。
そんな生徒たちを童門はパンパンと手を叩いて静める。
「よし、上出来だ。
小田と斎木の二人を頭脳に置いて、まとめ役を委員長の的場。
今後の活動方針を立てていくことに異議はないな?」
そこからは早かった。
小田がクラス転移で起こりうることを解説すると、斎木が質問し、具体的な問題として。
二人の会話を踏まえて、的場は一人ひとりの声を拾い解決策を組み立てていく。
かつて鹿木中学始まって以来の最悪なクラスというレッテルを貼られていた3年B組は突然の異世界転移でも慌てることなく、自律した行動が取れる集団に成長していた。
童門は彼らの姿を見てこみ上げてくる嗤いを止めるのに苦労した。
一通り議論が煮詰まったところで、斎木が頭を掻く。
「しかし、クラス転移モノでお約束とされる裏切り者の存在が計算を狂わせるな。
どんな計画を立てても一人狂った奴がいたら瓦解するぞ」
「そうなんだ。ありがちなのがスキルの隠蔽。
凶悪なスキルを隠し持っておいて自分が完全に優位に立てると判断した瞬間、態度が豹変してクラスを支配下に置こうとしたりされたら……」
斎木と小田のやり取りに場の空気が重くなる。
門木がいたたまれず、
「なんだよ! お前らクラスメイトを信用できないのかよ!」
と叫び、空気はより重くなった。
そこで童門が助け舟を出す。
「完全無欠のスキルなんて有りはしない。
必ず弱点がある。
だったら、お互いのスキルが分からなければ下手な行動には出れないと思わないか?」
その言葉に斎木は眉を上げる。
「なるほど、手札を隠すことでゲーム理論における均衡状態を選ばせるということですか」
「少なくとも今のうちはな。
但し、スキルの内容は俺に申告してくれ。
もし、誰かが暴走しそうな時や逆に危機が迫った時、俺が采配をふるう」
「自己申告ですか?
そんなの嘘つかれたら何の意味も」
「大丈夫だ! 俺には最高のスキルがあるからなっ!」
「最高のスキル?」
童門はニヤリと笑う。
「おう。それはお前たちにウソをつかせないスキルだ!
お前たち一人一人と向き合って問題を解決したから得ることができた!
俺はお前らを疑わない!
だからお前らも俺を信じろ!」
クラス全員の心が熱くなった。
そして思い出す。
傷だらけで冷え切った心を彼に温めてもらったことを。
信じられない、なんて言い出す生徒は一人もいなかった。
結果、3年B組の29人は童門に耳打ちで自分のスキルについて教えることとした。
そして、最後の一人、大神が伝え終わると、
「ありがとう!
お前たちのおかげで先生の夢がようやく叶えられるよ!」
満面の笑みでそう言った童門。
その笑みに嫌なものを感じ取った大神は思わず声をかけるが、
「童門……それって、どういう意味———グハッ!」
童門の手が大神の腹を貫いた。
予想外すぎる出来事に生徒たちは悲鳴を上げる。
「イヤアアアアアッ!!
せ、先生なんで!?」
「いい質問だな。
要するにお前たちはハメられたのさ。
ここに来たのも実は俺の計画のうち。
そして俺は童門なんていう人間じゃねえ。
本当の姿は……」
童門の背中からコウモリのような黒い羽が生え、顔には刺青のような紋様が浮かび上がる。
「簒奪の悪魔、ファウスト。
それがこの世界における俺の名だ」
突如変貌した童門の姿に殆どの生徒は怯えるが、強力なスキルを持った生徒たちは勇んで迎え撃とうとする。
「悪魔だかなんだか知らねえが、俺たちだってスキル持ってんだぞ!」
「よくも大神をやりやがったな!」
スキルを発動させようとする生徒達。
しかし、何も起こらなかった。
その様子を見て、童門改めファウストは大笑いする。
「ハハハ! 俺のスキルの名は『スキルテイカー』。
スキルの名前と効果を本人から教えてもらえればそれを奪って我が物にできる。
この奪う、ってのがミソなんだ。
単純に俺が使えるようになるだけじゃなくお前らはスキルを使えなくなる。
ククククッ! 平和な世界で育ったお前らがスキルなしでどこまでやれるか見守ってやりたいが、俺は忙しいからな!
生きていたらまた会おうぜっ!」
一方的に捲し立てるように喋ってファウストは空の彼方に飛んでいった。
取り残された生徒たちは信頼しきっていた担任教師に裏切られたショックとこの世界で生き残るためのアドバンテージであるスキルを失った恐怖に打ちひしがれ阿鼻叫喚の様相となった。
喧嘩を始める者、嘆く者、何も言わずに落ち込む者。
クラスが崩壊していく中、大神に想いを寄せていた女子生徒の小鳥遊は虫の息になっている彼の手を握る。
「……大神くん。痛かったよね」
もうすぐ死んでしまいそうな彼を少しでも安らかな思いをさせてあげようという心遣いだったが、
「【スクエア・ワン】」
「え?」
大神の体が光に包まれ、ビデオの巻き戻し再生のように傷が塞がり、意識を取り戻した。
「ふぅ……危ねえ。
小鳥遊が手を握ってくれなきゃ、死んだフリがフリじゃなくなってた」
苦笑する大神をクラスメイトたちが一斉に見つめる。
「大神くん……それ」
「なんでスキルが使えるか、ってか?
当然、童門に嘘ついたんだよ」
淡々と語る大神に斎木が尋ねる。
「大神……まさか童門の正体に気づいて」
「俺はお前みたいに頭が切れるキャラじゃない。
バカだから半グレのクソどもに利用されて犯罪の片棒担がされてさ。
童門がいなきゃ、どうなってたことか……」
寂しそうに笑う大神にその場にいる皆が共感した。
多かれ少なかれ童門に人生を救ってもらった人間の集まりなのだ。
「アイツが俺を殴りつけて、怒鳴りつけた一言が『他人の言うことを簡単に信じるな』ってね。
へっ、まさか自分に返ってくるとは思ってなかったろうよ……
俺のスキルは『スクエア・ワン』。
効果は『対象のステータスを一時間前の状態に戻す』。
これを使えばみんなのスキルを取り返すことができる」
大神の言葉に全員が歓喜で沸きたつ。
そんな中、斎木がポツリとつぶやいた。
「共通の敵がいる今、裏切って戦力を削ぎたいバカはいないだろう。
これは根拠がない、ただの妄想だが……童門はこの展開を望んでいたのかもしれない。
単純にスキルを奪うのが目的だとしたら用済みの俺たちは殺されている」
慕っていた童門が裏切ったと思いたくない。
それぞれの脳裏に今までの思い出がよぎる。
的場が皆を見渡して呼び掛ける。
「アイツはしょっちゅう言ったよな。
『人と人はぶつかり合わなきゃ分かんねえ』って。
だったら、やってやろうじゃんか。
なんで俺たちをこんなことに巻き込んだのか、知りたいだろ?」
的場の言葉に門木が威勢よく応える。
「おうっ! ぶん殴ってでも聞き出してやるぜ!」
他の生徒たちも「そうだそうだ」と熱っぽく声を上げる。
こうして熱血教師と問題児だらけのクラスの2年近くに及ぶ戦いの火蓋が切って落とされた。