ボッチな僕が勇気を出してフレンドに会ったら、イケメン王子様で彼女持ちだった件
その日、日蔭一人はVRMMO『童話世界』で知り合ったプレイヤー“チェシャ”とのオフで会い遊ぶために高校入学前の春休みに待ち合わせ場所である秋葉原へと訪れていた。
中学では引きこもりであった一人だが、高校に入ったら少しでも周囲に馴染みたいと思いながら勇気を出して会うことを決心した。
だが現実というのは非常なもので……、やってきたプレイヤーである“チェシャ”は金髪碧眼の超絶王子様といわんばかりのイケメンで、しかも隣には一人どころか周囲の男性だって視線を向けてしまうほどの清楚で可愛らしい女の子を連れてきていた。
(どう見てもこれってカップルなうえにデートだろ!? というか、ボクはお邪魔虫にしか思えないんだけどぉ!!)
そんないたたまれない気持ちを味わいながら、一人は彼らと共に遊ぶのであった。
けれど、本当は…………。
『次は、秋葉原。秋葉原です、お降りの方は――』
電車のスピードが徐々に下がっていき、軽い振動と共に駅へと停車し……扉の前に立っていた僕は素早くホームへと飛び出すと同時に人の往来から離れる。
直後、津波のように電車に乗っていた者達が素早くホームへと降りていき、ホームに居た者達は代わりに黄色いラインが特徴的な総武線へと乗っていく。
ギュウギュウ詰めになった電車を見ていると、発射の音と共に扉は閉まり……電車は次の駅に向けて走っていった。
それを見届け、ホームに目を向けると先ほどまでの人の津波は引いており、若干落ち着いた。
「はあ、ふう……い、行こう」
小さく呟き、僕はゆっくりと歩き出す。エスカレーターで下り、コインロッカーが目立つ構内を通り、エスカレーターに乗る。
ガタンガタンとレールを走る電車の音が時折聞こえる中で一階に降りると、電気街口の改札からスイカを使って料金を支払って外へと出た。
外へと出るとまだ10時を過ぎていないからか駅前に人は疎らながらも居り、会社員は自らの職場へと向かったりしているのが見え、リュックを担いだ男性は電気屋やゲームショップに並ぶのだと思いながら待ち合わせの場所へと歩く。
「……“チェシャ”はいったいどんな人物だろ。というか、リアルとゲームのギャップに引かれないか? 不安だ」
不安を抱きつつも僕は考えるように呟く。
というか根暗ボッチで引きこもりの僕がどうして秋葉原に来ているのか、それは少し事情があった。
自分で言うのもなんだけれど、僕はゲームが好きだ。それもVRMMOという仮想現実のゲームが特に好きだ。
だって、ゲームでは自分はこんな低身長の根暗な見た目とは違って、もう少し身長を伸ばして顔立ちも少し良くしているのだから、自信が溢れる。
そんな僕だけれど、やっぱり人と話すのは苦手だったからゲームでもボッチなのは仕方ない。だけど少し前に初心者の“チェシャ”というプレイヤーと出会った。
”チェシャ“はVRMMOをするのは初めてだったらしく、慣れない動きが目立った。
だけど初めて目にするその世界に楽しそうに振舞うのが羨ましくもあり、楽しそうだと思い……僕は彼とフレンド登録を行い、機会があれば度々会って一緒にプレイを行っていた。
そんなある日、僕は”チェシャ“から相談を受けた。
内容は、動かそうとすると少し動き辛かったりする時が度々あるというものだった。
僕は”チェシャ”から詳しく話を聞くと、多分だけれど脳内の情報を送る為の機器が合っていないのだと考えて説明を行った。
「ボッチさん、その……出来れば一緒に見てもらえませんか?」
”チェシャ”は申し訳なさそうに言ってきて、その言葉に僕は躊躇った。
だけど、もうすぐ始まる新しい生活のことを考えるとこのままではいけないと思い、断腸の思いで僕は会うことを了承した。
そして今日、僕は”チェシャ”と会うためにここに来ていた。
”チェシャ”はいったいどんな人物なのだろうか、ちゃんと話すことが出来るのか?
そんな不安を抱きながら、駅の周囲を見渡す。
駅前から見えるUDXビルの大画面にはまだ時間が早いからか何も映ってはおらず、有名なカフェ2店も人が並んでいるけれど、まだ営業していない。
「あ……」
僕以外にも待ち合わせをしている人は居るのだが、目を引く者が居た。
清楚という印象が強く感じる白いワンピースに巻かれた赤いリボンがアクセントとなっているつばが広い帽子、それだけでは肌寒いのだろうかストールを羽織っている。
そんな長く黒い髪をした小柄ながらも美しい少女が立っていた。
明らかに場違いと言い様がないその少女も誰かを待っているようで、時折駅前の方をチラチラと眺めている。
一瞬、もしかしてもしかして。という淡い期待を抱いてしまった。
けれど、”チェシャ”は男性だと言っていたし、基本的にVRMMOでの性別を変えるのは原則的に禁止されているはずだから……それはないだろう。
そんな風に思っていると、スマホのアプリに通知が鳴った。
「うわっ!? あ、ラ……ラインか」
突然叫んだ僕を見る人が居た為に、こそこそと隅の方へと移動するとスマホを開きラインを見る。
するとメッセージは”チェシャ”からだった。
オフで会うことを決めた時に僕は彼と連絡先を交換し、どちらかが先に駅に到着したら連絡を行うことに決めていた。
「あちゃあ、忘れてた……」
自分が先に来ていたかも知れないから連絡するべきだったと思い出し、気まずく独り呟きながらメッセージを見る。
【秋葉原駅前に到着しました。”ボッチ”さんは何処に居ますか?】
「ぐふっ!」
自分のプレイヤーネームで呼ばれただけなのに、何というか心を抉られたような気分だった。
だけど耐えろ。耐えるしかないんだ。その名前を選んだ当時の僕を叩くんだ!
そんなことを思いながら、僕は返事を返す為にフリックする。
【すみません。先に到着して電気街側の広場に居ました。今は隅の方に居ます。】
【わかりました。すぐに向かいます。】
時間はまだあるから、急がなくても良いのにと思いつつスマホをポケットに入れると……周囲にいた女性が駅前に視線を向けて興奮しているのが見えた。
どうしたんだ。そんな疑問を抱きながら、同じように駅前に視線を向けると……固まった。何せ、そこにはイケメン王子様が居たのだから。
サラッサラの肩までの金髪、切れ長の目から覗く碧眼、スラッとした体型。
着ている服は安物シャツとその上にデニム生地のジャケット、そしてジーパンという大分ラフな格好だった。
けれど王子様オーラと呼ぶべき陽キャオーラは消し切れておらず、チラチラと見ている女性に対して軽く手を振って「キャー!」と興奮した声を貰っていた。
「まさか……なぁ?」
若干嫌な予感を覚えながら、王子様を見ていると……目が合った。
すると王子様はにこやかな笑みを向けながら、こっちに近づいてきた。
え、え? どういうこと? いや、まさか、まさかな?
「えっと、“ボッチ”さんですか?」
「ふぁ!? え、えと、は……はい、“ボッチ”です」
「ああ良かった! 無事に会えました。初めまして、”チェシャ”です!」
安心したかのようにイケメン王子様は僕へと笑いかけた。
というか、ちょっと高いけど……声までイケメンかよ。
あまりの”チェシャ”のイケメンっぷりに衝撃を受けていると、安堵したように彼は微笑んだ。
「ゲームではよく助けてもらっていたから、どんな人かと気になっていたのですけど……優しそうで良かったです」
「あ、い、いえ……、その……」
優しそう、そう言われているけれど……僕は勇気がないだけだ。
それを言おうとしたけれど、それよりも先に”チェシャ”は申し訳なさそうに頭を下げてきた。
「それと“ボッチ”さん、すみません。実はひとり知り合いを同行させることになってしまったのですが……良いですか?」
「え、は、はい。大丈夫……、です」
僕が頷くと“チェシャ”はお礼を言ってからある方向へと手を振った。
すると、先ほど見えていたこの土地に不釣り合いな見た目の美少女が少し恥ずかしそうにしながら手を振り返し、嬉しそうに近づいてくるのが見えた。
その瞬間、僕は理解したね。あ、これ”チェシャ”の彼女だ……と。
これが終わったらデートするんだろうなあ……。
彼女さんの瞳が碧眼なのだと漠然と思いつつ、頭を下げる姿を見ながら僕はそう思っていた。
あれから少し時間が経ち、僕は”チェシャ”と彼の彼女である少女と共に電気街のVR機器を取り扱っている専門店を訪れていた。
”チェシャ”の端末を彼と会話をしながら一番フィットする物を選び、それを購入すると“チェシャ”の彼女も彼と同じようにゲームを始めたいらしい事がわかった。名前も”アリス“と決めていた。
とりあえず、キミと呼ぶのも抵抗があったから断りを入れてから僕は彼女を”アリス”さんと呼ぶことにした。
僕がそう呼ぶと、何故か”アリス”さんは嬉しそうに微笑んでいた。どうしてだろう?
それが少し気になったけれど、”アリス”さんの端末を選び彼女はそれを購入した。
購入した機器を大事そうに抱える”アリス”さんを見ながら、僕はさも突然とでもいうようにスマホを取り出すと……「あ」と声を漏らした。
「”ボッチ”さん? どうかしましたか?」
「え、っと……す、すみません。突然呼び出しが来てしまって、本当にすみません!」
もちろん嘘である。何というかイケメンと美少女に挟まれていたたまれないのだ。
カップルの間に挟まる邪魔者にしか思えなくて、僕は逃げるようにしてその場から離れて秋葉原駅の改札の中にあるトイレへと駆け込む。
「はぁ……勇気を出したっていうのに、これは難易度高すぎるだろ? でもって今頃、二人は僕が居なくなって楽しくデートを満喫してるだろうなあ」
便座に座りながら、僕は溜息を吐く。そんな時、スマホが鳴り通知からメッセージが届いているのが分かった。
内容は【本日は楽しかったです。またゲームでお会いしましょう!】と”チェシャ”からだった。
それに簡単な返事を返し、僕はトイレから出ると……自宅に帰る為に総武線へのホームに向けて歩いた。
「明日から新しい生活が始まるけど、自信が無くなったよ……」
ズンと心が重くなったような感じをしながら、僕はため息交じりに呟いた。
だけど、僕は知らない。
今日の出会いが……いや、ずっと前のゲームでの出会いが僕のこれからの人生を色々と変える事になるなんて、知る由もなかった。