彼女を守るためならば、敵にも男の娘にもなってやる!
「――そろそろ限界か」
土煙の上がる中、黒基調の服を纏った美少女がそう呟く。姿は中学生ほどにしか見えないというのに、その声は酷く落ち着いた色を持ち、相対していた白き少女の耳へと届いた。
しかし少女は表情ひとつ変えること無く「今度こそ逃がさない」と、より勢いを増し、黒き少女へと飛び掛かった。
だが――
「さらばだ、魔法少女よ!」とその声を残し、瞬く間に黒き少女の姿は消えてしまうのだった。
◇◇◇
先ほどの戦いから数分後。戦場となった広場から少し離れた建物の地下では、「あー、なんとかなったか」と、だらりと椅子に座る少年――京弥の姿があった。
齢十七。痩身黒髪で、その身には近くにある公立高校の制服を纏っていた。
そして、何を隠そう。この少年こそが、先ほどの黒き少女の正体であり、相対していた白き少女は……彼の幼馴染にして、将来を誓い合った恋人でもあった。
「今回もなんとか上手いことやれたな。戦いでは鈴に勝ちを譲りつつ、こっちはこっちで目的を果たしたわけだし。そもそも、鈴が魔法少女の仕事さえ始めなきゃ、俺がこんな苦労しなくて済んだんだが」
しかし、それを相手に伝えるわけにもいかない。なぜなら今、自分は敵であり、伝えることが危険になる可能性もあるからだ。
(あと、あれが自分だって伝えるのも……。それに、実はあの姿でも少年というのが余計背徳的というかなんというか)
「ま、とりあえず今日の所は俺の完全勝利だな。俺を退かせてるからあっちの給料も出るだろうし、俺は俺でボーナスたんまりだ」
そう言って笑い、京弥は椅子から立ち上がると、アルバイト先である悪の秘密結社本部から、自宅へと向かうのだった。
◇◇
二人がこんな歪な関係になってしまったのは、京弥が面接に行った先――葉隠精肉店が、悪の秘密結社本部だったことから始まっている。勿論そこが悪の秘密結社本部だとは知らずに面接に赴いたのだが、悪人達にはそんなことは関係無く……気付けば彼は、改造されるか、仲間になるかの二択を突きつけられていた。
「どうする少年。仲間になるか、それとも彼のように滑らかな甲殻類的フォルムになるか」
「――!」
ベッドに拘束され動けない京弥に対し、怪しげな科学者はそう言い放ち、彼の横で怪人は両手の鋏を打ち鳴らした。
逃げられない。そう思い至らせるには完璧すぎる状況だった。
動かない手足、怪しげな科学者、そして自らよりも圧倒的に力のありそうな怪人。
(どうしようもない、というのはまさに今の状況なんだろう。仕方ない――)
「質問がある。仲間になると言えば、改造からは逃れられるのか?」
「ほう。この状況で取り乱さず的確な問いを投げるとは……少年、中々に見所があるではないか。君のような人材なら改造はせず、道具を持たせる方が有用だろう」
「――!?」
科学者の言葉に驚いたようなリアクションを返す蟹怪人。その反応に京弥は少し同情しつつも、気を取り直すように息を吸った。
(ひとまず仲間になったフリをして、隙を見て逃げ出せば問題ないはず。葉隠精肉店は近くて安くて美味い肉を売ってるんだが……仕方ない)
「わかった。仲間になる。だからこの拘束を外してくれ」
京弥の言葉に科学者はニンマリと笑みを見せ、四肢を拘束していた器具を外す。
そして、京弥に小さな鍵を渡し、「これが君専用の道具だ」と呟いた。
その後、悪の秘密結社のボスへと面会させられ……アルバイト名目だったこともあってか、給料の話をしたりもしつつ、京弥が帰ろうと本部の外へと出た時には、すでに夜八時を回っていた。
そして帰路についた京弥は見てしまったのだ。
――彼の幼馴染にして恋人の鈴が、白い服を着て戦っている姿を。
◇◇◇
「はい、京君」
「いつもありがとな」
表情ひとつ変えることなく「いえいえ」と返し、鈴はお茶を用意すると、京弥の前に置く。
今は昼休み。京弥と鈴はいつものように、学校の屋上で鈴が作ってきたお弁当を食べていた。
「美味い」
「ん、そう言ってくれると嬉しい」
「でも、大変じゃないか? 仕事もあるんだしさ」
京弥の言葉に「んー」と無表情のまま悩む仕草を見せた鈴は「最近はそうでもないかな」と口を開いた。
「最初の頃は大変だったかも」
「あー、慣れてきたってことなんだろうな」
(もう、両手以上の数戦ってるからな)
「特に道具の扱い方に慣れてきたのが大きいかも。最初は壊しちゃいそうで怖かったから」
(前は魔力の使い方が滅茶苦茶で、街を破壊してたのはむしろ鈴の方だったしな……)
「ちょっとずつ力が付いてきた感じ」
(鈴の場合、魔力=筋力だから戦い方がアマゾネスだしな……。無表情で殴ってくるから、みんなボスよりも怖いって)
「……そうか。でも大変だろ?」
「大変だけど……二人の将来のためだから。頑張れるよ」
「鈴……」
顔に感情を滲ませることなく鈴が言った言葉に、京弥は嬉しさと申し訳なさの両方を滲ませつつ「一緒に頑張ろうな」と、お弁当の中身をかき込んだ。
そう、そもそも二人がアルバイトをする事になった原因は、京弥の家庭環境にある。
京弥の弟が生まれてから、すぐに父を亡くした京弥家の家計は、母が仕事をすることでなんとか持ちこたえているものの、京弥のこれからのことを考えると金銭面に不安があった。
しかし、京弥も高校二年生。進路を決めなくてはならない時期に差し掛かりつつある。
京弥の希望は県外大学への進学だが、それには入学金や授業料など、多額のお金が必要になってしまうことは明白。
ゆえに、一度は就職へと道を変更しようとしたのだが、京弥の母はそれを良しとせず、あろうことか「この程度で将来を変えるなら、アンタにこの家の敷居はまたがせない」とまで言い放ったのだ。
それならば少しでも負担を軽くしようと、働くことを決めた京弥だったが、これに恋人であり、同じ大学を希望していた鈴が協力してくれるという話に。
そう、家族公認となっていた二人は、将来の負担を減らすため、大学への入学が叶った際は同棲すること、そのための資金調達を二人で行うことに決めたのだった!
しかし、その結果がこの状況を産むことに。
あの日……帰り道で鈴が戦う所に出くわした京弥は、彼女の戦いがあまりにも危なっかしく、このままではいつか大怪我を負う……そう確信してしまった。
だからこそ――
(鈴の前に立ちはだかる役を誰にも奪わせない。鈴を守る為にも)
京弥は逃げる予定だった秘密結社に、未だ身を置いている。
鈴の相手をして守りつつ、作戦を成功させて自らの立場を悪くしないように立ち回りながら。
「……ねえ、京君は今日もバイト?」
お弁当を食べた後、いつも訪れる静謐な時間に、突然鈴の声が響く。
考え事をしていた京弥はそのことに少し驚きつつも、「ああ、その予定だけど」と返した。
「最近あまり一緒に帰れないね」
表情こそ変わらないものの、少し寂しそうな声色を響かせた鈴に、京弥は「あー」と何か思い至ったような声を出してから、「今度の週末にでも、どっか行くか」と笑いかけた。
そんな京弥の言葉が嬉しかったのか、少し俯いてから「うん」と返した鈴を見て、京弥は少し安心したのだった。
◇◇
(今度の週末だけは休みをもぎ取ってやる)
そんなことを考えていた京弥を置いて、今日も本部では作戦会議が行われていた。
題目はもちろん、次の作戦について。
この会議に参加するには、幹部以上でなければならないのだが、今回の会議にのみ、最近活躍めざましい京弥も、アルバイトという立場ながら参加を強制されていた。
「諸君、よく集まってくれた」
一番奥に座っていたボスの言葉に、皆、顔を真剣なものへと変える。
それを確認して、ボスは大仰に頷くと「皆の働きにより、目標には大きく近づいている」と、話を始めた。
「だが、今の状態ではその達成は難しいだろう」
「何故ですか?」
「良い質問だ、ドクター。皆も分かっていることだろうが、我々の敵……すなわち魔法少女の存在だ。奴をどうにかせねば、いずれ邪魔が入ることは明白」
ボスの言葉に幹部達は苦虫を噛み潰したような表情を見せ、会議室に不穏な気配が漂い始めた。
(すげぇ嫌な予感がする。なんだ、鈴に何をする気だ)
そんな京弥の心境を余所に、ボスは手を叩き、鋭い音を響かせる。すると、怪人達はハッと正気に戻り、また真剣な顔をボスへと向けた。
「だがそこで朗報だ。――我が情報部隊が魔法少女の正体を掴むことに成功した」
「――!」
まさかの展開に、京弥は酷く動揺していた。
だが、それは仕方ない。
なぜなら京弥も気付いてしまったからだ。
――すでに鈴を守ることすら難しい状況になりつつあるということを。そしてきっと、京弥と鈴の関係も、気付かれてしまっているであろうことを。
「そこで次の作戦だが……京弥にやって貰おうと思う。最近の功績に加え、お前は次の作戦向きだ」
他の幹部は、ドクターを除き怪人ばかり。
そうなると、おのずと作戦の内容は予想が付く。
(……親しい俺に、変身前の鈴を倒せってことかよ! つまり、他の幹部達のいる会議に呼んだのは、断った時のためか……!)
そんな半ば怒りに震えつつも逃げ道を探る京弥を置いて、ボスは自信をその身から溢れさせながら口を開いた。
「次の作戦は……京弥が女生徒として同じ学校に転校し、魔法少女の弱点を探るのだ!」
「……、はあぁぁぁ!?」