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危険すぎる家政婦さん

 記憶喪失の成人女性【キノー】は、領主の娘【リュンヌ】の元で家政婦として働いていた。

 

 真面目過ぎる性格のキノーは、自分を拾ってくれた恩を返そうと家政婦らしからぬ仕事さえも全力でこなす。

 そんな彼女に、ある日リュンヌは衝撃的な事を告げる。


「アナタ、“配信者”でしょ? 私の母もそうだったから気付いたよ」


 リュンヌは亡くなった母親の事を知る為に、同じ配信者であるキノーを拾ったのだ。

 

 無自覚の自身の正体に狼狽するキノー。その頭上を、多数の流星が通り過ぎた。

 それを見た瞬間、キノーに僅かな記憶が甦る。


「あの流星は、全部“配信者”……私たちの敵ですっ!」

「やったー! それじゃーアイツらをとっ捕まえて、おかーさんやキノーのこと聞きに行こうよ」


 真面目な家政婦とイカれた少女の、失われた過去を巡る過酷な生配信が始まった。

 家政婦の朝は早い。

 五時に起床し、朝食を準備する。

 それが終わると庭の草をむしり、馬の蹄の手入れ。

 続けて館の使用人十数名の衣類を洗濯し、今度は倉庫の害虫駆除。

 ついでに補修工事をおこない、水回りの掃除もやり終えたところで時計を見ると、針は十一時を回っていた。


「あっ、もうお昼かぁ〜」


 ここまでの作業を、家政婦はすべて一人で終えていた。


 彼女の風貌は、真面目を絵に描いたようである。

 短い焦げ茶色の髪。整ってはいるが、華のない顔立ち。一般的、二十代半ばの体型。

 ただ一つ、遠目からでも目に付く真っ赤なエプロンだけが彼女の存在を過剰にアピールしていた。


 家政婦は館に戻ると、黒板に書かれた午後の業務を確認した。


「えーっと、町に買い出しに行って……で、その後は……別荘で……お嬢様と、面談……?」


 ◆


「リュンヌ様ぁ。あのキノーとか言う家政婦、なんで雇ったんです?」


 荒野を走る、一台の馬車。

 御者が、客車に座る少女へと問い掛けた。


 “リュンヌ”と呼ばれた少女。彼女は、誰もが息を呑むほどの美貌だった。

 長い金色の髪。整った目鼻立ち。身長は低く、十代前半の幼い体躯だが、瞳は妖しいまでに大人びた光を宿している。


「そんなの、使えるからに決まってるじゃん。みんな助かってるでしょ?」

「そうですが……でもこの前、フォークを食べかけましたぜ。『食事に使うものなんで、食べられるかとっ』とか言って」

「あはは! あれはケッサクだったな〜」

「どうかしてますぜ……買い物なんて任せて平気ですか?」


 すると少女は身を乗り出し、御者の横に脚を突き出した。


「ねえ、この靴見てよー」

「ぴっかぴかですねぇ」

「これ、キノーに磨き方を教えたらやってくれたの」

「ヘぇ〜、本当になんでもやりますねぇ」

「そー。教えれば教えるだけ、みんなを助けてくれるってワケ。記憶喪失らしいし、変なのはしょーがないでしょ。そこ以外は最高の家政婦じゃん」

「……まぁ、そう仰るなら」


 そう言いながら、御者は何処か不服気に遠くを見つめた。


(でもリュンヌ様……あの女は、どこか危険なニオイがしますぜ……)


 ◆


 数時間後。

 無事、買い物を終えたキノーだったが、空はもう夕焼けに染まっていた。


「間に合うかなぁ……お嬢様、時間に厳しいからなぁ」


 町から離れ、小走りに急ぐ。

 この先にある、リュンヌと面談予定の別荘へと向かっていた。


「お嬢様には、本当に感謝してるんです……。記憶も無く、行くあてもない私に仕事や住む場所をくれましたっ。一生懸命働いて、恩を返したいです……!」


 側から見れば、彼女は独り言をしゃべっている様に見える。

 しかし、本人にとっては違った。

 

 キノーの視界の隅には、文字が映ってた。

 それがなんなのか、彼女自身も解らない。だが、どうやら文字は自分の言動に反応して変化しているらしい。

 いつしか、それは癒しになった。

 周囲に誰も居ない時、ついつい話しかけては文字の変化を楽しんだ。


 そんな時だった。

 物音と共に、突如キノーの隣りで草木が揺れた。


「あのっ……なんでしょうか?」


 全長四メートルはある毛むくじゃらの……熊によく似た獣が立っていた。

 獣は、鉤爪の様な鋭利な右手を持ち上げると、キノーの頭上目掛けて一気に振り下ろした。


 ◆


 同時刻、別荘にて。


「ボス! 何処にも金目のモンがねぇですッ!」


 身なりの汚れた小男が叫ぶ。

 ボスと呼ばれた中年の男は、心底うるさそうな顔をして返した。


「んなこたぁ〜見りゃ解るだろ! おいガキッ! 死にたくなけりゃ親を呼べ。悪い様にゃしねぇからよぉ〜」


 ボスがナイフを突きつける。

 その先に居るのは、椅子に縛り付けられた少女、リュンヌだった。


 リュンヌはボスを見ず、ただ部屋の中を見回す。

 ひっくり返ったテーブル。荒らされた部屋。

 ボス含め、計六人の野盗たち。それぞれが、革製の鎧とクロスボウで武装していた。


「あーはいはい。私を人質に、お金をせびるワケねー。自警団を呼ばれるだけだし、辞めときなー?」


 パシンッ!

 平手がリュンヌの頬を打つ。


「勘にさわるガキだ。立場わからせねぇとダメか? あぁ?」


 鋭い眼光で少女を睨む。

 そこでようやく、リュンヌはボスを見た。


「……」


 先ほどと打って変わって表情が無い。

 美しくも生気がなく、精巧な人形の様である。

 

「……黙ったら黙ったで、気色わりぃ」


 ボスは思わず顔を上げ、一度ため息を吐いた。


「別に、その身体を金に変えてもいいんだぜぇ?」

「じゃー、さっさとそうしたら?」

「……クソガキがよぉ」

 

 ボスの怒りが爆発しかけてところで、外から声が聞こえて来た。


「お嬢様ぁー! お嬢様ぁ〜?」


 聞き慣れた声に、リュンヌの眉が微小に動く。

 その変化を、ボスは見逃さなかった。

 部下に目線で合図を送る。ドアに近い一名が、武器を隠しながら出ていった。


「おいガキぃ、良かったなぁ。ちゃんと助けが来たぜぇ〜?」


 数分後。野盗に連れられキノーが入って来た。


「なっ……」


 驚いたのはボスの方である。

 キノーの肩や腕、片頬が朱に染まっていた。


 呆れた様子で、リュンヌが声を掛ける。


「キノー……また【魔獣】に襲われたの?」

「あ、はいっ! なんとか手を振り払って逃げて来ました……! あっ、“これ”はただの返り血なのでっ!」

「なんなんだ、お前……」


 意外な来訪者を、ボスはいぶかしむ。

 部下たちに素早く合図を送り、家政婦を取り囲ませた。


「あれ……? ひょっとして今、まずい状況です?」

「まーね」

「おい女ぁ! チャンスをやる」


 ボスは少女の首元にナイフを這わせた。


「雇い主を呼べ。そうすりゃ見逃してやる。だが逆らえばぁ! 今すぐガキもお前も殺す!」


 しかしキノーはキョトンとした表情で、ボスとリュンヌを交互に見ていた。


「あの……お嬢様っ。私はどうすれば……」

「好きにしなよ」


 柔和な表情を浮かべ、少女が続ける。


「私はアナタのこと、便利な家政婦としか思ってないの。無茶な仕事もやらせたし、時にはイジワルもした。こうなってるのも、自業自得かなーって」

「お嬢様……」

「でも、キノー。アナタは強いし、誰かを頼らなくたってこの地で生きていける。だからさ……」


 少女の大人びた瞳が、真っ直ぐキノーを見つめる。

 危機的状況にも関わらず、それは決意に満ちた、とても力強い目だった。


「もう、好きにしなよ」

「……解りました」


 返答すると、キノーは直ぐさまきびすを返し、ドアへと向かった。


「おいっ! 逃げ……」


 ガチャリ。


「逃げられると面倒なので、カギを閉めさせてもらいましたっ」

「……てめぇ、イカれてんのか?」


 しかし、その直後だった。

 ボスの横を何かが通過した。


「あぁ……?」


 横目で見ると、それは先ほどまでキノーの隣にいた部下だった。

 背中を壁に打ち付けた衝撃か、軽く吐血している。


 あり得ない光景。

 だが、判断は早かった。


「撃ち殺せッー!!」


 ボスの命令に、部下たちが一斉にクロスボウを放った。

 短い風切り音と共に、秒速六○メートルの矢が四本、家政婦に向けて飛び出す。


「【凝視キャッチ】っ」


 キノーが小さく呟いた。

 その直後、再び風切音が鳴る。


「うぐぁ!?」

「なんだァ!??」


 部下たち全員が、腕を押さえてうずくまった。


「一体ッ何しやがった……?」

「何って、矢を投げ返しただけですがっ?」

「なんなんだよオメェはよぉ……!!」

「家政婦です」

「オメェみたいな家政婦がいるかクソがよぉ〜!!」


 ザクッ。

 鋭利な刃が突き刺さる。

 何が起こったのか理解できぬまま……ボスは、矢の刺さった自分の腕を見つめた。


「お嬢様の前で、汚い言葉は止めて下さいっ」

「は……? なにこれ……」

「返却です。吹っ飛ばした時、一本借りたのでっ」


 キノーはボスの側まで進み、拳を振り上げた。


「それより……お嬢様の頬が赤いのは、あなたのせいですよねっ?」

「ひッ……!!」


 ボスは思わず恐怖心を露わにした。

 しかし容赦なく、彼の頭上に家政婦の拳は振り下ろされた。

 


 御者が自警団を引き連れて来たのは、それから数十分後。

 野盗たちは、ひどく怯えた顔で連行されていった。


「御者を逃して正解だったー」

「お嬢様はなぜ残ってたんです?」

「キノーが来た時、誰も居ないと困るでしょ?」

「あー……そうですねっ」

「さっきは『好きにしな』って言ったけど、ホントは手放す気なんてないの」


 リュンヌは向き直り、家政婦をじっと見上げた。


「キノーは真面目で誠実で、強いのに全然威張らない。こんな素敵な人、他にいないと思わない?」

「あっ、ありがとうごさいます! そんなに褒められるなんて……」

「アナタに言ったんじゃないよ」

「へっ?」

「画面の向こうの人たちに言ったの」

「……え??」

「だってアナタ、”配信者”でしょ?」

「はいしん……しゃ???」


 ただただ、困惑するキノー。

 そんな彼女の視界の隅で、いつもの文字が高速で流れていた。


『まど:え!?』

『na na:えぇ??!?』

『ヒッポロ鳥:どゆこと??』

『しっぽGAME:なんで知ってる?』

『333:なにこれこわい』

『TA親方:まじか』

『升:どうなってるの……』

『ママ'sエプロン:ひょっとして……俺らのことが見えてる???』

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[一言] 個人的にはもう少し、話の先を見たい一話だったけど。 面白そう、と思った一話なので掴みは良いと思う。 ファンタジーに、動画配信者と視聴者が組み込まれた話。こういう風に動画配信を扱う作品は、捻り…
[良い点] タイトル。家政婦さんだから、めっちゃ怖いご婦人?でも危険だから、暗器いっぱい持ってるお姉さんでもありですよね。タイトルになるくらいだから、家政婦さんをメインにした話。ということはお家、ある…
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